ナエギリ春夏秋冬 最終話『猫を抱いて、炬燵で丸まって』

 まずは昆布。
 なべの底に敷いたら、その上に白菜の根元をのせて。葉っぱの側にはシイタケとエノキ、水菜にネギ。軽く飾り切りした人参は目にも鮮やかだ。
 下ごしらえしておいた鮟鱇を部位ごとに盛って、隣には豆腐を配置。出汁を注いで火にかけて、鍋のフタがコトコト音を立て始めたら。
「アンコウ鍋の完成ですぞ!」
「いつも思うけど。結構器用だよね、山田君」
「動けるでぶは萌えるのです! ぶー子ちゃんを見なさい。世界の常識ですぞ、苗木誠殿!」

 その日はとても寒かった。あれだけ美しかった紅葉もイチョウも全て散ってしまって、木々はすっかり寂しくなって。
 足下で悲しげにかさりかさりと音を立てる彼らの名残に、小さいころに聴いた冬の風来坊の歌なんかを思い出していた、ある放課後のこと。

「鍋が食べたいですわ」――セレスさんがそう言った、らしい。
 伝聞形なのは山田君から伝え聞いた話だからだ。その山田君はボクの横でさっきまで包丁の腕を揮っていた。
 ボクも料理の腕にはそこそこ自信があったんだけど、ちっとも役に立ったように思えない。
「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな!」
「ええっと?」
「自分を卑下する必要はない、ということですぞ。それでは僕はコレを運びます故、苗木誠殿には食器を四人分お願いできますかな?」
「わかったよ、って、四人分? 山田君とセレスさん、それにボクで三人分じゃないの?」
 そう尋ねるボクに、山田君は両目をつぶった。ウインクのつもりだろうか。
「行けば分かりますぞ、さあ、俺に構わず先に行け!」
「りょ、了解!」
 不穏な単語を契機にしてボクは調理室を出る。向かう先は二つ隣の和室。よっぽどのことが無い限りたどり着けないことはないだろう。
 例えば、いきなりロボットに襲われるとか。
 突如として廊下に現れる巨大ロボットを想像しながら歩いていると、目的地の扉がからりと開いた。
「…………あら。くだらない思考を拾ったと思ったら苗木君じゃない。どうしたの」
「思考を拾ったって、舞園さんじゃないんだから。……山田君が、鍋を一緒にどうかって。霧切さんは?」
「私は、セレスさんに。そう、四人目って苗木君のことだったのね。お疲れさま。どうぞ上がってちょうだい。この和室、炬燵があるのよ」
ボクの両手からお皿を取り上げた霧切さんが目で下駄箱を示す。不意に近づいた彼女からは何か良い香りがして、危うくボクはお箸を落っことすところだった。
「何してるの」
「いや、うん。あはは、なんでもないよ」
 そう? と少しだけ目を丸くする仕草がやけに可愛く見えて、ボクはなんだかドキドキしてしまって。
――霧切さんの些細な、けれども豊かな感情表現に気がつくことができるようになったのは、いつからだろう。
 それはボクにとって普通のことになっていた。風が吹き花が咲いて春が来たのを知るように、いつの間にか目の前で変化する様をゆっくり目で追えるようになって。
 止まない雨の中うっすらと、けれども鮮やかに花開くのはまるで紫陽花のようで、一度気が付いてしまってからはもうボクは目を離せない。
「………苗木君? ちょっと、どうしたの?」
 部屋の奥から霧切さんの声がした。ふと覗きこめば、セレスさんと霧切さんが見える。
 ちょうど食器を天板の上に積んだ霧切さんが炬燵の中にいそいそと潜りこむ所で、ふっと緩んだ表情と、首を伸ばして僕を見る姿はひどく無防備だった。
 それは嫌々出かけた秋の日に満開の紅葉と巡り合って、人知れず零れた笑顔のようで。
「……霧切さんって、さ」
「?」
 だからボクは、言ってしまうのだろう。うっすらと降り積もった雪の中、一輪だけ咲いたスノードロップを指さすようにして。ほら、こんなところにも春が来ているよと、
 皆に教えるようにして。
「可愛いよね。すっごく」
「……!? ~~~っ、この!」
 顔を真っ赤にした霧切さんがボク目掛けて座布団を投げつけてくる。ぼふん、と狙い違わず顔面に当たったのに全然痛くなくて、たまらずボクは笑いだした。
「ちょっと!? どうして笑うの、苗木君」
「いや、だってさ、ははは、あ、だめだこれ、あははははっ!」
「なえぎくん!」
「そういった行為は余所でするか此方に上がってからやりなさいな。扉が開けっぱなしだと寒いしその位置だとろくすっぽからかえないのですわこのバカップル共」
 セレスさんの辛辣なもの言いも、今のボクにとっては笑いを加速させるだけで。霧切さんがボクを蹴っ飛ばすまでボクはそうやって笑っていた。

 できるなら、いつまでも。彼女とこうしていられますように。四季の静かな変化に目を向けて、ふたり生きていけますように。

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