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体育の時間、ふとした弾みで足を挫いてしまった私は、自分が連れて行くと言ってきかない苗木君に背負われ、保健室を目指していた。
冷やかしていたクラスメート達には後ほど個別に制裁を加えるとして、当面の問題は――
「苗木君、その……重くない?」
「な……!そんな訳ないよ!霧切さん一人くらいなら軽いもんだよ。心配しないで」
「そう……」
彼はそう言い、私を安心させるように笑う。
本当はそんな訳ない。
彼より私の方が身長が高いのだし、彼もそんなに体力に自信があるタイプではない。
その証拠に、私を支える腕は痙攣し、足取りも時折ふらついている。
……それでも、彼が私を落とすことは決してないだろう。
そう信じられるだけの力強さを、その背と両腕に感じていた。
「……苗木君は、いいお父さんになるわね」
彼に負ぶられる子供は、きっと安心してその背に身を任せることが出来るだろう。
――遠い昔、既に記憶にも定かでない、私を乗せる広い背中を思い、そんな事を言っていた。
「この歳でお父さんっていうのは複雑だけど……でも、そうなれたらいい、かな」
苗木君はそう言って笑う。
きっといつもの子供のような……でも人の心を穏やかにさせてくれる笑顔を見せているのだろう。
「…………」
私は眼を閉じると、彼の華奢な身体を抱くようにそっと手を回す。
「き、霧切さん!?」
「どうかした?」
「う、ううん。別に……」
背中から見える、彼のうなじと耳が真っ赤になっているのがわかる。
少し意地悪だったかもしれない。
……私らしくないことをしているのはわかる。
それでも今は、何も考えずこの背中に身を任せていたかった。
「苗木君」
「うん?」
――ありがとう
言葉の代わりに、こつんと額を背中に当てる。
少しだけ――ほんの少しだけ、子供の頃に戻ったような、そんな気分に浸りながら。


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最終更新:2011年07月15日 19:35
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