ダンガンロンパ トゥルーエンド サイドB

関係を迫らないと、「苗木君は鈍感です」と言われた。
関係を迫ると、「私の方から言いたかったのに…」と言われた。

たびたび部屋を訪れると、「もう、何度も来すぎです…///」と言われた。
あまり部屋を訪れないと、「もう来てくれないんですか…?」と言われた。

流行りのカッコいい服を着ると、「カッコよくて、素敵です」と言われた。
流行りのカッコいい服を着ないと、「いつも通りの方が、落ち着きます」と言われた。

話を聞きながら発言すると、「相槌打ってくれるから、話しやすいんです」と言われた。
話を黙って聞いていると、「黙って聞いてくれるんですね」と言われた。


それは。
失われたはずの記憶、なんだろうか。

―――――

「お、お墓を作る、ですって…?」
「…ふん、いいんじゃないか」
「遺影は…あの写真で、いいべ。みんな笑ってんだし」

この学園を後にする前に、と提案した僕に、みんなは賛同してくれた。

「…いいでしょ、霧切さん」
「…反対はしないわ。やり残したことがないように、という点には共感するから」

墓と言っても、立派なものじゃない。
例の、遺体が保管されている生物室。
そこに、植物園で摘んだ花と、遺影を飾るだけだ。

いずれこの学園も、終わる。

電力供給が無くなれば、少しずつ、彼らの体は時間に溶けて腐っていく。
建物が倒壊すれば、こんな寂しいちっぽけな墓なんて、跡形もなく崩れ去ってしまうだろう。

それでも。

「僕達は、クラスメイトだったんだ。記憶が無くたって、それは変わらない」

お別れを済ませなければ、後ろ髪を引かれてしまう。
前に進めなくなってしまう。

「ちゃんと、弔ってあげたいんだ」

そんな僕の言葉を、思う所あってか、みんな聞き入ってくれた。

―――――

待ち合わせに遅れる度に、「大丈夫です、私も今来たところだし」と言われた。
けれども自分が遅れると、「私から誘ったのに、ごめんなさい…」と言われた。

やきもちを焼くと、「ふふっ…苗木君、かわいいです」と言われた。
やきもちを焼かないと、「ちょっとくらい、妬いてくれたって…」と言われた。

そうだねと賛成すると、「やっぱり、苗木君もそう思いますよね?」と言われた。
それは違うよと反対すると、「苗木君がそう言うなら…」と言われた。


愛しているよと言うと、「私の方が愛してます」と言われた。
大好きだよと言うと、「私だって…大好きです」と言われた。




その幻は果たして、真実だったのか。

学園を出ると決めた数日前に、うなされるようにして見た、酷く現実味のある夢。
夢の中の僕達はとても楽しそうなのに、それを見ている間の僕は、酷く苦しかった。
まるでいつか、記憶を思い出しかけた、あの夜のように。

―――――

その翌日。
一つの決心とともに、僕達はそれを行動に移した。

パソコンで引き延ばした一人一人の顔写真を、遺体の保存されているその扉に貼り付けていく。

いつものお調子者がウソみたいに、葉隠君は辛そうな顔をしていた。
大神さんの遺影を貼る時、朝日奈さんの肩は震えていた。
霧切さんは顔色を変えなかったけれど、お父さんの遺骨を大事そうに抱えていた。


そして、僕も。


「…苗木君」

後ろから、声をかけられる。

「…辛いなら、私がやるわよ」

そっけない台詞と裏腹に、彼女の声は慈愛に満ちていた。


けれど、これだけは。

「…ううん、大丈夫。ありがと、霧切さん」

他の人には譲れない。

僕達は、たぶん恋人だった。
記憶が無くなっても、それは変わらない。

だって、体が、心が、覚えている。

そうじゃないと、これほどまで悲しいのはおかしい。
そうじゃないと、勝手に涙が出てくるのはおかしいんだから。


「苗木っち…」
「…みんな、行くわよ」
「で、でも、霧切ちゃん…」

「…一人に、させてあげて。こんな時くらいは、せめて」

霧切さんがみんなを部屋から出して、辛そうな顔で僕に歩み寄る。

「お別れを、言ってあげなさい。特別に大切な人だったんでしょう」
「…ありがと、霧切さん」
「…別に。あなたがしてくれたことを、返すだけよ」

ロビーで待っている、三十分経っても来なければ呼びに来る。
そう告げて、自身も部屋から出て行った。
その後ろ姿に、心の中でお礼を言って、

僕は舞園さんがいるであろう、一つのその安置箱の扉に、肩を持たせかけた。


目を、つぶれば。
僕の知らない、舞園さんとの記憶がよみがえる。


同じ高校に入学して、同じクラスになって。
勉強会と称して集まったり、二人で買い物に出かけたり。

大事な時期にマネージャーさんが急病で、代役を買って出た、なんて一大イベントだってあった気がする。
風邪を引いたら看病してくれたし、その逆もあった…んだと思う。

好きだ、と告げたのはどっちからだっけ。
最初のキスは…上手くいかなかったような。

おぼろげで不鮮明な記憶ばかりだけど。
まだ、ちゃんと思い出せていないけれど。


その直感に良く似た記憶は、

『エスパーですから』

きっと本物なんだろうな、と、僕は信じた。

「…このまま、ここに残っちゃおうかな」

舞園さんのいるその扉に、頭をつけてひとりごちる。

「そうすれば、ずっと一緒だよね」

「ダメですよ、苗木君」

「どうして?」

「苗木君は、私の分も生きてください」

「…無理だよ。誰かの分も生きるなんて、現実には出来っこない」

「…そんなこと言うの、苗木君らしくないですよ」

「一緒に生きるのが無理なら。一緒に…」

「無理じゃないですよ」

「一緒に、」

「――苗木君なら、出来ます。だって、私が好きになった人なんですから」




ぼたぼたぼた、と、水音が地面を叩く。

涙を拭うことはしなかった。
その行為すら、余計なものに思えた。


「…ふっ、ひぐっ……!」


肺の奥が痙攣するように震えて、

僕は、


「うっ…うぁ、あぁああ」


子供みたいに、みっともなく泣きだした。




僕は泣いているのに、

記憶の中の君は笑っている。





「…行かなきゃ」

泣きやんで時計を見れば、三十分なんてとっくに過ぎていた。
誰も呼びに来なかったのは、単にめんどくさかったから…なんてことは、ないだろう。

押しつけていた頭を離して、僕は立ち上がる。

「――もう行くね、舞園さん」
「――行ってください、苗木君」

振り返らないで、悔やまないで。
怖がらないで、どうか元気で。

たしか、きっと、彼女の好きだった唄。
それを口ずさみ、僕はゆっくりと歩き出す。

僕は歌う、歩きながら。
いつまで君に、届くかなぁ。

涙と引き換えに。
記憶と引き換えに。



「「――ありがとう」」



「…、苗木君」
「もういいのか?」

みんなは、ホールに集まっていた。
各々が、最小限の荷物だけ持っている。

「大丈夫、苗木君…?」
「…大丈夫、じゃないけど。でも」


一緒に生きていくことが出来ないなら。
一緒に死ぬことも出来ないなら。

僕は前だけ見て、思い出をまるごと引きずっていく。

それが彼女の言う、『誰かの分も生きる』ということになるんだろう。


「もう、振り向かないって…決めたから」
「…そう」

人よりちょっとだけ前向きな、それだけが取り柄の僕を。
そんな僕を好きと言ってくれたのも、紛れもない彼女の声だったから。


「――さあ、行こう」


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最終更新:2011年07月15日 12:12
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