かぼちゃシチューの謎

闇の中に、蝋燭の明かりに照らされた白い顔がぼんやりと浮かんでいる。
その顔は精巧な人形のように綺麗で、どこか作り物めいてさえ見える。
一際目を引く桜色の唇がぼそぼそと小さく動く度に、ボクの心は様々な感情にかき乱されて小さく震えた。
ボクの頬を汗が伝い、掌にも汗が噴き出してくる。それは当然、初夏の暑さのせいだけではない。

そして……物語が佳境に入ったと思えた時、突然「彼女」は叫んだ。

「 『 お 前 だ あ あ あ あ ッ !!!! 』 」

「きゃああああああああっ!!」

真っ暗な体育館の中に女の子の悲鳴がこだまする。ボクもつい叫んでしまいそうになった。
悲鳴にではなく、闇の中で誰かがボクの右腕を思い切り引っ張った事に驚いたからだ。
ボクは慌てて、左手に固く握り締めていた懐中電灯のスイッチを入れた。刹那に闇が追い払われる。

「ま、舞園さん!」

ボクの右腕を両手でしっかりと掴んでいるのは右隣の椅子に座った舞園さんだった。
彼女は青ざめた顔をして、恐怖に耐えるように歯を食いしばっている。
本人も必死なのか、掴まれたボクの腕が胸元にかなり近づいているのに気づいている様子はない。
彼女の手を振りほどいていいものか、ボクが一瞬迷ってしまうと、正面の椅子に座っている女の子が声をあげた。

「ちょっと! どさくさに紛れて何をしていますの!?」

珍しく声を荒げたのは、白くて綺麗な顔のセレスさんだ。
その声に、舞園さんは我に返ったようにボクとセレスさんの顔を見比べた。そして少し遅れてボクの腕を放す。
惜しいような……安心したような……ってそんな場合じゃないな。

「だって、セレスさんの怪談が怖すぎなんですよ。……ごめんなさい。苗木君」

そう言って舞園さんはボクに向かって頭を下げた。

「い、いや、大丈夫だよ」

答えるボクを見つめるセレスさんの顔が不機嫌そうに見えるのは気のせいだろうか。
ボクはなるべく自然に目を逸らそうとしたが、上手くいったかどうか自信はない。


……そう。ボクたち(ボクとセレスさんと舞園さん)は、初夏のこの日、体育館に集まって怪談話に興じていた。
何故、こんな事になったのかと言うと──


「あー、暑い! 暑すぎんぞ。何でこうクソ暑い日に限ってエアコンがイカレやがるんだよ、ったく!」

昼食を食べに食堂に集まった十五人の生徒が黙々と食事を進める中、桑田クンが誰にともなく怒声を漏らした。
彼の言う通り、まだ初夏だというのに今日はかなり暑い。にも関わらず、学園中の空調は故障していて冷房が効いていない。
皆、口には出さなかったが、汗だくになりながら食事を続けていたのだ。

「落ち着きたまえ、桑田くん! 『心頭滅却すれば火もまた涼し』、と言ってだね──」

「ちょっと黙っててよ。この状況で精神論なんか持ち出したって、余計暑苦しいだけだっつーの」

石丸クンが桑田クンを諌めようとしたが、すぐに江ノ島さんに遮られて黙ってしまった。
この暑さでほとんどの人がイライラしているみたいだ。……無理もない。
気まずい沈黙が流れる中、ボクの正面の席で食事をしていたセレスさんが口を開いた。

「あの……苗木君。暑さを凌ぐいい方法があるのですが、いかがですか?」

彼女はいつものゴスロリ服にがっちり身を包んでいる割に、涼しい顔をしている。
ほんの少しだけ口元が引きつっているようにも見えるが……さすがはセレスさんだ。ボクは心から敬服した。

「いい方法って……室内プールに行くとか? でも、まだ開放されてないはずだよ」

「違います。怪談ですわ。エアコンもない古来から、暑い時には怪談と相場が決まっていますでしょう?
ですから、その……夜になったら、わたくしと──」

セレスさんが言い終わる前に、後ろから声がした。

「怪談ですか。いいですね、やりましょう!」

ボクが振り返ると、空になった食器をトレイに乗せた舞園さんが立っていた。
眉をひそめるセレスさんと、笑顔で視線を交わす舞園さん。何故かボクらの周りに緊張が走る。

「おお、それはいい考えじゃないか。よし、今すぐ全員で体育館に移動しようッ!」

「アホか。んなモン真っ昼間にやってどうすんだ。夜になってからでいいだろ」

固まってしまったボクらを無視して、石丸クンと大和田クンが近づいてきた。他の皆もぞろぞろと集まってくる。

「むふふ。ならば拙者が、とっておきの猥談を……」

「怪談だってば。……うう、やだなー。私、そういうの苦手なんだよね……」

「怪談……。そうね、たまにはいいかもしれないわ。私はミステリの方が面白いと思うけど」

「フン、下らん遊びだな。付き合っていられるか」

反応はそれぞれだったが、結局、なりゆきで夜七時に気の向いた人は体育館に集合することになった。
昼食会の場は何とか丸く治まったようだが、セレスさんが小さく舌打ちをするのをボクは聞き逃さなかった。

……そして、約束の夜七時。十五人のうち、体育準備室に集まったのは、ボクとセレスさんと舞園さん。
それに石丸クン、大和田クン、山田クン、霧切さん、江ノ島さん。これで全員だ。
他の人は「怖い」「面倒臭い」「愚民の遊びに付き合うつもりはない」「不参加者の付き添い」などの理由で不参加らしい。
それでもクラスの個性的な面々にしては、これだけ集まったのは上出来だろう。

八人分の椅子と懐中電灯、雰囲気作り為の蝋燭を体育館に持ち込んで、怪談は始まった。
参加者が一人ずつ『語り手』に回り、とっておきの怖い話を順番に披露していく。
大和田クンの『首なしライダー』や霧切さんの『人喰いの滝』など、意外にもなかなかの豊作だ。
幸い、ボクは皆の前で醜態をさらさずに済んだが、舞園さんや山田クンは終始悲鳴を上げていた。
皆、結構楽しんでいるようで、今回のイベントは成功と言っていいんじゃないだろうか。

とは言え、順番が二周もして時刻が夜八時を回るとさすがにダレてきたようだ。
「飽きた、寝る」と言って江ノ島さんが抜けたのを皮切りに、一人、また一人と参加者が減っていく。
夜九時になる頃にはとうとう霧切さんも帰ってしまい、座にはボクとセレスさんと舞園さんが残った。


──そして、セレスさんが何度目かの怪談を語り終え、現在に至る。

「よろしいですか、舞園さん。苗木君はわたくしのナイトですの。つまり、わたくしの物ですわ。
勝手な真似は慎んで下さい」

「冗談は止めて下さい。……苗木君は人です。物じゃありませんよ」

きっぱりとした口調でセレスさんに反論して、舞園さんは再びボクの手を取った。
何か言いたげなセレスさんの視線がボクの顔を捉える。これは、まずい……。
ボクはそっと自分の手を引っ込めると、場を取り繕う事にした。

「そ、それにしても……だいぶ涼しくなってきたね。他の皆は帰っちゃった事だし、そろそろお開きにしようか?」

この時間だ。さすがに真夏ではないので、日が落ちてからは暑さはかなりマシになっていた。
むしろ昼間かいた汗が冷やされて肌寒いぐらいに感じられる。

「そうですわね。寝る前にシャワーも浴びておきたいですし、片づけをして寮に戻りましょう」

懐中電灯と蝋燭を倉庫に返して食堂へと移動する。椅子は食堂から持ち出したからだ。
食堂には、怪談に不参加だったメンバーのうち五人が集まっていた。

「あら、皆さん。どうしましたの? 食堂に集まって」

セレスさんの問いに、入り口近くの椅子に掛けていた朝日奈さんが答える。

「私は、その……怖いから体育館に行かなかったんだけど、なんとなく部屋に一人で居るのが落ち着かなくて。
さくらちゃんにも頼んで一緒に居てもらってたんだよ」

大神さんが朝日奈さんの隣で頷き、他の皆も口々に答えた。

「私もぉ……。怪談って想像しただけで……一人でいるのが怖かったんだぁ」

「お、俺はビビッてねーからなッ! 食堂に居りゃ、いつでも冷えたジュースが飲めるから居るだけだからなッ!」

「…………」

哀れむような眼が桑田クンに向けられる。桑田クン……そんなに強調すると逆に怖かったみたいだよ……。
……それはともかく、ここに居る人たちはわざわざ示し合わせた訳じゃなく、自然と食堂に集まったみたいだ。
セレスさんは興味を失ったように「そうですか」とだけ返して、ボクの方に振り返った。

「ところで苗木君、小腹が空きませんか?」

怪談の為に夕食は皆で早めに済ませてあった。確かに、少しお腹が空いたような気がしなくもない。
ボクがそう答えると、セレスさんは声をひそめて言った。

「実は、こんな事もあろうかと『かぼちゃシチュー』を作っておいたのです。いかがですか?」

あまりにも意外な言葉だった。

「……セレスさんが? 作ってくれたの?」

あのセレスさんが、ボクの為に? 信じられない。ボクの胸に暖かいものが広がる。
無意識に頬が緩んでしまっていたのか、セレスさんは少しだけ怒ったような口調になった。

「勘違いしないで下さいね。下僕の労をねぎらうのも主人の務めですから、その……ただの気まぐれです。
特別な意図はありませんわ」

それでも嬉しい。ボクが素直に「ありがとう」と答えると、セレスさんは照れ隠しにかそっぽを向いた。

「わあ、『かぼちゃシチュー』ですか。それは美味しそうですね。ご馳走様です、セレスさん」

いささか唐突にボクの背中の方から声をあげたのは舞園さんだ。

「舞園さん。あなた、今日はグイグイ入ってきますわね」

「ふふっ。そうでもありませんよ」

セレスさんの硬い声をまるで気にしていないように、舞園さんは極上の笑みを浮かべる。
……まただ。ボクの背中を冷や汗が伝う。
だが、今度はボクがおろおろし始める前に、セレスさんがため息をついて緊張を解いた。

「……まあ、いいでしょう。厨房に置いてありますから、ついて来て下さい」

セレスさんの号令で、ボクたち三人は食堂の奥の厨房に移動した。
厨房に入るなり、舞園さんが奥の冷蔵庫を指差す。

「そう言えば私も昼間、かぼちゃのサラダを作ったんですよ。一緒に食べませんか?」

「舞園さんも作ってたんだ。それは嬉しいけど……何でかぼちゃ?」

かぼちゃ料理が二つ……かぼちゃって今の時期が旬なんだっけ?

「半分使いさしのかぼちゃが残っていましたから、明日の朝にでも食べようと思って作っておいたんです。
今思うと、セレスさんが使った残りだったんですね」

そう言って舞園さんは冷蔵庫からかぼちゃサラダを取り出した。
銀色のボウルに盛られたそれは、とても色鮮やかで、見るからに美味しそうだ。ボクは思わず喉を鳴らした。

「ま、舞園さんは……料理がお上手ですのね。意外と侮れませんわね……」

珍しくセレスさんが表情に動揺を滲ませる。
負けず嫌いのセレスさんの事だから、料理の腕でも対抗心があるのかもしれない。
そんなセレスさんの内心を知ってか知らずか、舞園さんは優しい笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。でも、味の方は食べてみてのお楽しみ、ですよ。
……それで、セレスさんのシチューはどこにあるんですか?」

「わたくしのは、あちらの鍋の中ですわ。まずは温め直さなくては……」

セレスさんは一瞬でいつものポーカーフェイスに戻ると、コンロの方に足を向けた。
そして鍋が乗ったままのコンロのスイッチを入れる。
……と、何気なく鍋の蓋を取って、中を覗き見たセレスさんが突然声をあげた。

「えっ……。そ、そんな……!?」

その顔には、明らかに驚愕の色が表れている。ただごとではない。ボクはすぐにセレスさんの方に駆け寄った。

「どうしたの?」

「……鍋の中が、空ですわ。わたくしのシチューが、盗まれてしまいましたの!」

ボクと舞園さんが鍋の中を覗き込む。中には僅かにシチューがこびりついているだけで、空と言っていい状態だ。

「えっと……誰かが、勝手に食べちゃったってことかな?」

「こんなの……絶対に許せません。他人の料理に手を出すような卑しい人は、ぐにょ~っと歪ませてやりますわ!」

セレスさんが白い頬を紅潮させ、怒りを露にする。
ボクはなんとか彼女をなだめようと言葉を探したが、ボクより先に舞園さんが口を開いた。

「本当ですよ。犯人を捕まえて歪ませてやりましょう!」

「ま、舞園さんまで……? お、落ち着いて、二人とも」

舞園さんもまた、自分の事のように怒っているようだ。

「ダメです、苗木君。女の子の手料理は、そんなに安いものじゃないですよ。
ましてや、せっかくセレスさんが苗木君の為に作った物じゃないですか。これじゃ、セレスさんが可哀想です」

「……ありがとうございます、舞園さん。わたくし、あなたの事を少々誤解していたようですわ……」

「いえ、気にしないで下さい。私達と苗木君で犯人を捕まえて、お仕置きしましょう!」

ボクは、二人の瞳に連帯の光が宿るのを見た。
確かに、セレスさんのシチューを食べられなかったのはボクもすごく残念だ。
でも……この二人を敵に回した犯人に、ちょっと同情しちゃうな……。

ボクたちは早速、食堂に戻って、そこにいる人たちにシチューを食べたか尋ねた。
当然のように、返って来た答えは全員「NO」だ。そこで事情を説明して、捜査会議を開くことになった。
何故か満場一致で進行役を任されたボクが、まずセレスさんに質問する。

「じゃあ……セレスさんが最後にシチューを見たのはいつ?」

「怪談を始める直前……体育館に向かう前に最後の味見をした、午後七時頃ですわ」

「問題はいつ、シチューが食べられたか、だけど……朝日奈さん。朝日奈さんは、ずっと食堂にいたの?」

ボクの質問に、朝日奈さんは緊張した面持ちで答えた。

「うん。七時頃から、さくらちゃんと一緒にずっといたよ。セレスちゃんとも会ったし」

「七時から今……九時までに、誰が厨房に入ったのかわかるかな?」

朝日奈さんは心許なそうに首を傾げて、隣の大神さんの方を見た。代わって彼女が証言する。

「怪談に参加しなかった者たちは、我も含めてほとんど全員、一度は厨房に入ったように思うぞ。
ただ、最後に厨房に入ったのは江ノ島だ。江ノ島が、『飽きたから抜けてきた』と言って時計を見たのでよく覚えている。
あれは八時過ぎだったな。ちなみに、奴は水の入ったコップを持ってすぐに出てきたゆえ、犯人ではない」

怪談に参加したメンバーは、(石丸クンが時間にうるさいから)八人全員が時間通りに体育館に来ていたはずだ。
そして、八時ごろ……最初に怪談を抜けたのは江ノ島さんだった。
という事は、犯行があったのは七時から八時の間で、犯人は怪談に不参加だったメンバーの中にいる。
ボクはそう言って全員の顔を見渡した。すると、不二咲さんが、おずおずと手を挙げた。

「怪談に参加しなかった人の中で、十神君と腐川さんは犯人じゃないよぉ。
あの二人は、一度も食堂に来なかったから。多分、また図書室じゃないかなぁ……」

十神クンが図書室に入り浸り、腐川さんがそれに付いて回るのはいつものことだ。ボクは頷きを返した。

「さて。それで……えっと……」

ここで詰まった。犯人じゃないのは怪談に参加した八人プラス不参加の二人。
それはいいけど、集まった情報では残った人の中で犯人を限定できそうもない。
重苦しい沈黙が場を支配する。すると、助け舟を出すようにセレスさんが提案した。

「では、どうでしょう。動機の面から犯人を探すというのは?」

「動機というと……お腹が空いていたから、とかシチューが大好物だから、とかですか?」

十五人の生徒の中に特別、空腹だった人はいないだろう。六時半には皆が揃って夕食を食べたんだから。
しかし、朝日奈さんが舞園さんの言葉に応えて証言した。

「そういう事でもいいなら、私とさくらちゃんはシロだよ。だって七時からずっと、ここでドーナツ食べてたんだもん。
お茶を取りに厨房には入ったけど、お腹一杯でシチューも食べる余裕なんて無かったよ」

確かに、朝日奈さんの前のテーブルには、ドーナツの空箱がいくつも積み上げられている。
朝日奈さんのドーナツ好きは相変わらずみたいだ。隣の大神さんが少し恥ずかしそうに頷く。
仲のいい大神さんは付き合わされたに違いない。……とりあえず彼女たちは、容疑者から外してもいいだろう。

「私も……いいかなぁ。晩御飯を食べすぎちゃって、今もちょっと気分が悪いぐらいなんだけど……」

そう言って、不二咲さんも名乗りをあげた。ボクがどういう事か尋ねると、桑田クンが証言に加わった。

「不二咲は、晩飯の時に石丸と大和田が大食い勝負をするのにつられて、無理して腹一杯食ってたんだよ。
『早く大きくなりたいから』なんて言ってよ。晩飯の後からずっと具合悪そうにしてんのを俺や大和田が見てるし、
まあ、こいつもシロでいいだろ」

当の不二咲さんは顔を真っ赤にして俯く。石丸クンたち、またどっちが男らしいか勝負してたんだ……。
それはともかく、不二咲さんもまた容疑者ではありえないみたいだ。これで不参加者三人が容疑から外れた。
さらに他の人が自分の潔白を主張しないか待ってみたが、誰も口を開かない。

「お腹が一杯の人は、もういないみたいですね。他には、どういうケースがあるんでしょう?」

「逆に怪しいのは、先程、舞園さんが言ったように『かぼちゃシチューが大好物の人』でしょうか。
……そんな人は心当たりがありませんわね。では、言い換えて『わたくしのシチューに価値を見出す人』……」

セレスさんがボクの方にちらりと視線を送る。いや、まあセレスさんの料理には確かにすごく惹かれるんだけど。
ボクが犯人じゃない事は考えるまでもなく……もちろん客観的にも……明白だ。
おまけに怪談に不参加だった人の中には、セレスさんの料理に特別興味を持ちそうな人は見当たらない。
……いや、待てよ。鍋に名前が書いてある訳じゃあるまいし、そもそもセレスさんの手料理だって誰がわかるんだ?

「セレスさん。セレスさんが料理をしていた事を知っていたのは誰なのかな?」

「それは……。そう言えば、変ですわね。知っていた人はいませんわ。
その……少し照れ臭いので昼間、誰も食堂にいない時間を見計らって料理をしましたから」

わざわざ人のいない時間に……いつも余裕たっぷりのセレスさんだけに微笑ましい。
これではっきりした。思った通り、『盗まれたシチューはセレスさんの手料理とわからなかった』のだ。
ボクは犯人の気持ちを想像する。『空腹でもないのに、シチューに特別な価値を見出す人』の気持ちを……。

「……じゃあ、舞園さんが料理をしていた事を知っていたのは誰?」

ボクの唐突な質問に、舞園さんは呆気に取られたような表情を浮かべた。

「セレスさんじゃなくて……私ですか? えっと……私はセレスさんが料理を終えた後に厨房に入って……。
そう言えば、かぼちゃを切っている時に一人だけ厨房に入ってきましたね。そこの……桑田君が」

これで、犯人は決まった。本当の動機もボクには容易に想像がつく。
舞園さんに指差された桑田クンは、顔を真っ青にして動揺した。

「ななな、何言ってんの、舞園ちゃん!? そりゃ、確かに俺は料理中の舞園ちゃんに厨房で会ったけどさ。
それが、そこのゴスロリ女の料理と何の関係があるんだよ!?」

後半の言葉はボクに向けられたものだ。他の人もいまいち納得がいかないような顔をしているので、
ボクは順を追って説明する事にした。

昼間、セレスさんが誰にも見つからないうちに料理を終えて厨房を出た。
次に、かぼちゃシチューの入った鍋が置かれたままの厨房に舞園さんが入り、残ったかぼちゃでサラダを作り始める。
そこに桑田クンがやって来て、彼は勘違いした。『舞園さんがかぼちゃでシチューを作った』と。
そして夕食の後。彼は怪談に参加せず食堂に向かい、厨房の『舞園さんのシチュー』に手をつけたのだ。

「それって、本当は舞園ちゃんの料理が食べたかったってこと?」

朝日奈さんがなおも不思議そうに言った。桑田君が青い顔のまま黙っているのでボクが答える。

「“超高校級のアイドル”の舞園さんの手料理なら、男子はみんな食べてみたくなると思うよ。
ある意味、どんな高級な料理よりも価値がある物だからね。でも、盗み食いは……」

「……ああ。悪かったよ。ほんの出来心だったんだ。その……すまねえ」

桑田クンは素直に非を認めて、セレスさんに向かって深々と頭を下げた。
あまりに潔い態度に、セレスさんは毒気を抜かれてしまったようだ。舞園さんも居心地悪そうにしている。

「呆れた人ですわね……。もう、結構ですわ。今回だけは許して差し上げます。舞園さんの手前もありますしね」

セレスさんの言葉に、桑田クンは礼を言って、もう一度頭を下げた。

「本当に、すまねえ。お前らも悪かったな。俺のせいで疑われちまって」

こうなっては誰も彼を責められない。ボクは場を治めることにした。

「それにしても、よっぽど美味しかったんだね。セレスさんのシチュー。
晩御飯の後なのに、鍋の中身を空にしちゃうなんて。ボクも食べたかったなあ……」

桑田クンは頭を掻いて、それに答える。

「いや、その……正直、薄味過ぎて俺にはあんまり……」

セレスさんの眉がぴくりと動いた。と、そこで桑田クンは、はっとしたように目を見開いた。

「ちょっと待て。俺が食ったのは一皿分だけだぞ。何で鍋が空なんだよ?」

場の全員に衝撃が走った。……まさか、他にも犯人がいるのか?
ボクは必死で思考を回転させ、昼食からの記憶を辿る。あの場にいた十五人の中に……もう一人の犯人が……?


その時。唐突に食堂の扉が開け放たれた。

「おお、皆どうしたんだべ? やけに深刻な顔しちまって!」

能天気な顔で現れたのは、クラスメイトの葉隠クンだ。
……そうだ、葉隠クンがいるじゃないか! 昼から姿の見えない彼の事を、ボクはすっかり失念していた。
ボクのクラスは全部で十五人じゃない。怪談に参加したメンバー八人と、ここにいない十神クン、腐川さん。
それにこの場にいる、桑田クン、朝日奈さん、大神さん、不二咲さん、戦刃さん。
そして、今になって現れた葉隠クンを足して十六人で全員だ!

「……大神さん。ちなみに、葉隠クンは?」

「……うむ。食堂に来た。厨房にも入ったのも見たぞ」

大神さんがさっき「ほとんど全員」と言った中には、葉隠クンも含まれていたのだろう。
ボクは皆の顔を見渡した。ボクと同様に目を丸くしているセレスさんと舞園さんは、やはり葉隠クンの事を忘れていたようだ。
他の人は当然、そうでもない。相変わらず無口な戦刃さんに至っては無表情……。
ただ、議論の過程で葉隠クンの存在が抜け落ちてしまったのだ。

「葉隠クン、今まで何してたの?」

「んん、俺か? 俺は朝から腹が痛くてよ。昼飯も晩飯も抜いて、ひたすら自分の部屋と便所を往復してたんだべ。
それから、ちょっと前にやっと腹の調子が戻ったんで、腹が減って厨房に残ってたビミョーなシチューを全部食べたんだべ。
んで、今は水を飲みにきたんだけどよ。……苗木っち、何か事件でもあったんか? 後ろでセレスっちがぷるぷるしてんぞ」

ボクは言われるままに振り返った。セレスさんが怒りのあまり体を震わせている。
危険を察知し、慌てて耳を塞ごうとしたが間に合わなかった。

「 こ の 、 ビ チ グ ソ が あ あ あ あ あ あ ッ ! ! ! ! 」

「ひ、ひえええええええっ!!??」

食堂に怒声と悲鳴が反響する。
その後……葉隠クンは一ヶ月間のゴミ当番とトイレ掃除を約束させられ、ようやく許された。

結局この騒動で、この日は解散になってしまった。
他の人がぞろぞろと食堂を出て行き、セレスさんが舞園さんに話しかける。

「……でも、よろしいんですか? あなたのサラダはまだ残っていますのに」

「いいんです。こういう事はフェアにやらないとダメですから。
また今度、セレスさんが料理を作った時に、私の料理も一緒に苗木君に食べてもらうことにします」

そう言って舞園さんはにっこりと微笑み、セレスさんと固い握手を交わした。
……何だかよくわからないけど、事件のお陰で二人は仲良くなったみたいだ。ボクは胸を撫で下ろす。
舞園さんが爽やかに食堂を出て行くのを見送って、ボクは気になっていた事をセレスさんに質問した。

「それにしても……セレスさんが急に怪談とか料理とか……嬉しいけど、どうして?」

色々と理屈はついていたが、やはり腑に落ちなかった事だ。セレスさんは恥ずかしそうに答える。

「それは……本当は、あなたとパジャマパーティというのがやりたかったんですの」

パジャマパーティ。仲のいい女の子たちが夜、寝巻き姿で集まって、
お菓子や軽い料理をつまみながらガールズトークに花を咲かせるという、何とも可愛らしいイベントだ。
一人でいることが多く、あまり女子の皆と打ち解けていないセレスさんだけど、そういうイベントに憧れがあったんだろうか。

「でも……なんで男のボクを」

「……それを言わせますの? 苗木君、もっとわたくしの気持ちを察しなさい。修行が足りませんわ」

セレスさんは少し頬を染めてぷいっと横を向いてしまった。……何だか、すごくドキドキしてきたぞ。

「ああ、でも……修行が足りないのは、わたくしも同じでしょうか。少しぐらいは腕を磨いた方がいいかもしれませんわね。
……苗木君、当分わたくしの料理はお預けですわ」

「そんな。セレスさんの料理、すごく食べてみたいよ……」

もちろん正直な感想だ。桑田クンたちは料理の味について、ああ言っていたけど料理の価値は味が全てじゃない。
セレスさんが作ってくれるっていうだけで、ボクは嬉しい。ボクの継いだ言葉に、セレスさんの顔が赤くなる。

「で、では……せいぜい期待してお待ちなさい。いつか素晴らしい料理を作って、あっと驚かせてやりますわ!」

そう言い残して、彼女は逃げるように食堂を出て行った。
……ボクも、部屋に帰ろう。ボクは『いつか』への期待に胸をいっぱいに膨らませながら自室へと戻った。

余談だがこの翌日、厨房でこっそりと舞園さんに料理を教わるセレスさんが見られたという……。

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