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「お待たせしました」

目の前に置かれた広口のガラスの器に、私はほんの少しだけ胸を躍らせる。
勿論、テーブルの向かいに座る彼には、それと知られないように。

偶然通りがかった喫茶店の店先に「かき氷はじめました」と記された看板を見つけたのは苗木君だった。
日本の夏の風物詩であるところのそれは、幼い頃から海外で過ごすことの多かった私にとってあまり馴染みのない食べ物で、
それだけに興味を惹かれるものがあった私は、迷わず一服することを彼に提案したのだ。

鮮やかな青色のシロップに染められた雪山の一角をさくりとスプーンで掬いとり、口に運ぶ。
柑橘系の甘い香りと、サイダーに似た淡い酸味。
軽く目を閉じ、舌の上で氷の粒が溶けていく感触に意識を傾ける。
梅雨が明けてからというもの日に日に暑さが増していることもあり、身体の内から涼やかになる感覚がとても心地良い。
ささやかな幸福感に浸りながら、私は瞼を開く。
と、向かいの彼がこちらを見つめているのに気付いた。

「どうかした?」
「ん、いや。随分美味しそうに食べるんだなあって」

氷の山をしゃくしゃくと崩しつつ、苗木君が応える。

「そう? 日本のかき氷は久し振りだから、少し感動していたのかも」
「そっか、海外長かったんだもんね。ブルーハワイ好きなの?」
「特別好きというわけでもないわ。何となく選んだだけよ」

本当のところは、かき氷と言えばイチゴ、レモン、それにメロンくらいしか食べたことのない私には、この青色が物珍しかったというのが理由だったりする。
が、なんとなく気恥ずかしくてそれは口にしない。

「ふうん。でも、似合ってるよ。霧切さんにブルーハワイ」
「……よく分からないわ。ハワイなんて柄でもないと自分でも思うのだけれど」
「いや、澄んだ海の色ってさ、霧切さんに似合うなって思ったんだ」

彼のことだから気取ったつもりもなく、きっと素で言っているのだろう。
そうと分かっているものだから、私は尚更どきりとさせられてしまい、それを隠すのに苦労させられる。
そしてそんな時には、私は決まって彼をからかうような言葉で誤魔化してみせる。
意趣返しというわけではないのだが。

「あなたって、時々平気で恥ずかしいことを言うわよね」
「うっ……ひどいなあ」
「そんな顔をしないで。まあ、一応ありがとうと言っておくわ」

苗木君はいつもの如く子犬のような困り顔を返す。
この表情が可愛らしくて、私は彼をからかうのをなかなか止めることができない。

どうにも、彼と過ごしている時の私は、子供じみた言動に走ってしまう傾向があるように思う。
――いや。彼の前では、私は歳相応の子供の部分を幾分かさらけ出せているといった方が正確だろうか。
彼にしてみれば迷惑な話かもしれないが、どうやら彼と一緒の時間は、私にとって何よりも心安らげる時であるらしい。
最近になってようやく、私はそれを自覚し始めた。

「あ、そうだ。海と言えばさ。霧切さん、この前の話はどうするの?」
「この前の……何?」
「ほら、今度の週末にみんなで海に行くって話。やっぱり忙しい?」
「ああ……」

夏の海。かき氷ほどではないが、これもまた私には縁遠いものだ。
探偵の仕事にばかり感けてきたからというのもあるが、元来私は人の多い賑やかな場所を余り好まない。
けれど。

「そうね。行ってみようかしら」
「本当!? 良かった!」

これだけのことで、苗木君は大袈裟なくらい喜んでくれる。
私にはない真っ直ぐさが、とても眩しい。
綺麗な笑顔。困った顔よりも、他のどんな表情よりも、私はやはり彼のこの顔が一番好きだ。

「でも……私は水着なんて持っていないから、今のうちに買っておかないといけないわね。苗木君、あなたが選んでくれる?」
「え、えぇ!? 僕が?」
「嫌かしら?」
「い、嫌じゃないけどさ。そういうのは、女子の誰かに頼んだ方が良くない? 江ノ島さんとか」
「そうね。でも私としては……男子にはどんな水着の需要があるのか、あなたから是非教えてもらいたいところだわ」
「なっ……! もう、またからかって……」

また困り顔をさせてしまった。
今のは、からかい二割に本音を八割は混ぜ込んでみたつもりだったのだけれど。
彼が鈍いからではなく、おそらく私の日頃の行いが悪いせいなのだろう。

「霧切さんってさ、時々意地が悪いよね」
「ブルーハワイ……悪くないわね。また注文してみようかしら」
「あ、無視された」

まあ――今はまだ、このテーブル一個分の距離を楽しんでみるのもいいのかも知れない。
子供のようなやり方で彼を困らせてみたり、子供のように彼にどきりとさせられてみたり。
私がもう少し、素直な子供になれるまでは。

「それじゃあまだ時間もあるし……これを食べ終わったら水着を見に行きましょうか」
「え、さっきの話決まりだったの!?」


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