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苗木君と喧嘩をした。
喧嘩、と言うよりも、一方的に私が拗ねているだけなのだけれど。
あの苗木君が誰かと口論なんてするはずがない。出来るはずがないのだ。
そう―――悪いのは、私。

ショッピングモールに特設された水着売り場の中をとりあえず徘徊していた時のこと。
私に何が似合うかなんて分からないし、そもそも私に水着なんて似合うのかしら? なんて思っていたけれど。
私だけスクール水着というのもなんだか気が引けてしまうから、こうしてここに来たわけだ。

「ねぇ…やっぱりボク、外で待って……」
「駄目よ。水着、選んでくれるって約束だったでしょう?」
「それは霧切さんが一方的に取り付けたんじゃないか…」


苗木君は優しい。半強制的に水着選びにつき合わせたのに、文句の一つも言わない。
さすがに女性物の水着ばかりが並ぶ場所にいるのは気が引けるらしく、先ほどから俯きがちに、困った顔をして私の傍にいる。
子犬のような困り顔。それを見てると、なんだか嬉しくなる。私って、そういう気があったのかしら?


「それで、苗木君はどんな水着がいいと思うの?」
「ええっ!?」
「選んでくれるって約束。」
「またそれ? ボクは男だし、女の人の水着のことなんてよく分からないよ…」


視線をさまよわせていた苗木君が、ふとある一点に視線を止める。
私も釣られてそちらを見る。数冊の雑誌が綺麗にディスプレイしてある。


「ほら、ああいう雑誌を見ながら決めるっていうのはどうかな?
モデルになってるのも江ノ島さんだし、分かりやすいんじゃない?」


青い海に白い砂浜。まさに常夏といった背景に、江ノ島さんの笑顔。
それを見ていると、なんだか負けている気がして悔しくなった。
青い海も、椰子の木も、ぎらぎらとした太陽も、そして、江ノ島さんが着ているようなビキニタイプの水着も、私には似つかわしくない。
私はあんなにまぶしくないもの。太陽に負けないくらいの笑顔なんて、私には無理だ。


「……やっぱり、帰るわ。」
「えっ? でも、水着――」
「私のような人間は、海に行くべきではないと思う。」


彼の声も無視して、水着売り場を去る。一刻も早くあの場所から逃げ出したかった。


…といういきさつがあって、私は今自室に篭っている。
あんな場所、行かなければよかった。2人でカキ氷を食べたあの時に、気付いていればよかった。
小さなため息が、湿気過多の室内に消えていく。


「苗木君、どうしてるかしら」


あのまま私は一人でここまで帰ってきてしまった。苗木君のことなんて、全く頭に無かった。
彼はきっと途方に暮れているだろう。水着売り場に置いてけぼりなんて屈辱を受けても、きっと、私を恨んだりなんてしないだろう。
連絡くらい、したほうがいいわよね? 机の上に放り投げた携帯に手を伸ばそうとした時。


「霧切ちゃーん、いるー? 朝日奈だけどーっ!」


軽快なノックの音と共に、朝日奈さんの元気な声が轟く。


「…いるわ。入ってどうぞ。」
「そっか。それじゃ、おっ邪魔しまーす!」


勢いよく扉が開く。満面の笑顔の朝日奈さんと目が合った。


「今日は大神さんと一緒じゃないのね。」
「うん。途中まで一緒だったんだけどね。こういうのはあたしのほうが適任だからって、さくらちゃんが」
「適任?」
「そっ。はい、コレ!」


薄桃色の紙袋を手渡された。状況がつかめず、紙袋と朝日奈さんを交互に見る。


「ビックリしたよー。さくらちゃんとショッピングデートしてたらさ、落ち込んだ苗木がいるんだもん!
苗木、すっごく落ち込んでたよ? デリカシーの無いこと言って、霧切ちゃんを傷つけたって。」
「え……」
「そんで、苗木に頼まれたの。霧切ちゃんの水着選びを手伝って欲しいって。
だから、あたしとさくらちゃんで霧切ちゃんに似合いそうな水着を何個か選んで、最終的に苗木に選ばせたの!
霧切ちゃんが気に入ってくれるかわかんないけど…苗木が選んだほうが霧切ちゃん、嬉しいでしょ?」


ウインクをする朝日奈さん。何も言えなかった。苗木君は何も悪くないのに。
胸の奥がぎゅっと苦しくなって、思わず紙袋を抱きしめる。


「苗木君はどこに…?」
「食堂にいると思うよ。さっきさくらちゃんと…って、霧切ちゃんー?」


食堂へ向かって走り出す。
謝らなくちゃ、そしてちゃんとお礼を言わなくちゃ。そうじゃないと、私はまた、苗木君の優しさに甘えてしまう。
だって、悪いのは、私なんだから。


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