ナエギリ晴耕雨読 第四話『フェイント!』

 霧切さんが白くなった。


「苗木君、そっち持って」
「うん。いくよ、せーの」

 二人で袋を抱えて、さかさまにする。端っこが控えめに切り取られた袋の中から、褐色の球体がぽろぽろとこぼれ落ちた。
 赤玉土はプラスチックの皿の中七分程度に留め、別の袋も同じようにさかさまにする。こっちはさっきのよりも軽めだ。
 その二種類をスコップでざかざかと混ぜ合わせ、隣に置いたプランターへと移していく。一通りの作業を終わらせ、たっぷりと土が入ったプランターを見て、霧切さんは満足そうに小さく頷く。汗が一筋流れて、体操服の襟元にしみこんだ。


 花を植えよう。

 昨日、僅かばかり影になった校舎の片隅で、アジサイと梅雨明けの空を眺めたボクらは、どちらからともなくそう言った。
 顔を見合わせて、鏡合わせのように二人、不思議そうな顔をして。ああそうか、同時に同じことを言ったのかもしれない。
 昨日よりかは幾分と日当たりの良い(つまりは無茶苦茶暑い)所で、植物園から拝借した園芸道具一式を使い、わざわざ体操服にまで着替えて、土いじりをしていたのである。梅雨の時の気だるさなど、どこへやらだ。


「霧切さん、種ってどこへ置いたっけ」
「私が持っているわ」

 小さな写真入りの紙袋を霧切さんから受け取る。ちなみにこの種を買ってきたのは霧切さん自身だ。やる気と行動の早さに本人が一番驚いている。
 今だって首にタオルを巻き、頭には麦わら帽子(何故か山田クンがくれた)をかぶっている。もはやトレードマークとでも言うべき黒の手袋は、その上に大きめの軍手をはくという驚異のスタイルチェンジを遂げている。白手袋である。農協のシロギリさんである。

「…………白兵戦において最も人を殺傷し得る武器はシャベルらしいわよ」
「すいませんでした」

 ジロリとボクを睨みながら土に第一関節ぶんくらいの穴を空けていく。そこにボクが種を蒔いて、その上からシロギリさんが土をかけた。

「……………………目つぶしほど効果的なかく乱も無いのよ」
「すいませんでした」

 小さなジョウロを使い、土がえぐれてしまわないように慎重に水やりをする。こんなに暑いと、土もすぐ乾いてしまわないだろうか。頻繁に水を与えなくても良いものとはいえ、流石に少し心配になる。
 花を咲かせるための最初の手順が終わって、なんとなくボクらはお互いを見やった。

「霧切さん、訊いてもいいかな」
「…………なに」
「どうしてコスモスにしたの?」

 パッケージに使われていたのは、いくつものコスモスの写真だった。種袋を示すと、霧切さんはぷいと目をそらした。
 その視線はプランターに向けられている。

「…………別に。私が知っている、六月にでも蒔ける数少ない植物だったから」

 その回答にボクはそうなんだとだけ返した。それはそれで正解なのだろうけど、それが全てではないように思える。
 頬をつたう汗をタオルで拭って、霧切さんはそれに、と早口で付け加えた。

「それにね、………紫の花がね、咲くのよ。…………また、貴方は、その」

 少しこぼれた土塊をスコップで潰しながら霧切さんが呟いた。小石がスコップにあたって、小さな音をたてた。


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