苗木君が縮んでしまったようです(後編)

 食事を終えた二人は、手掛かりを求めて校内の捜索を開始しました。
 今は化学室の薬品棚を調べているところですが……。
 ちっちゃい苗木君は、棚の薬瓶を一つ一つ確認している霧切さんからやや離れたところで、なにやらまごまごしている様子です。

(今更ながら……この視線の高さだと、霧切さんのミニスカートがものすごく目に毒だ……!)

 あまりに近づき過ぎると、見たいけれど見てはいけないものが視界に入ってしまうかも知れない。
 今現在、霧切さんは高いところにある薬瓶を取ろうと爪先立ちに背を伸ばしたりしているので尚のことです。
 それがちっちゃい苗木君の動けない理由でした。
 もっともそれ以前に、ちっちゃい苗木君では薬品棚を調べるのを手伝おうにも背丈が足りないのですが。

 しかし霧切さんはちっちゃい苗木君の懊悩を知る由もありません。
 ふと棚から視線を外すと、ちっちゃい苗木君を振り返ります。

「苗木君。あなたの為に探し物をしているというのに、当のあなたはそんなところで何をしているの?」
「あ、いや……今の僕だと、かえって霧切さんの調査の邪魔になるかと思ってさ」 
「……なるほど、それもそうね。うっかりすると居ることに気付かず蹴っ飛ばしてしまいそうだし、今のあなた」
「ひ、酷いなあ……」

 言うだけ言うと、霧切さんは再び薬品棚に視線を戻します。


 それから十分ほど経った頃でしょうか。
 棚の確認を終え、次なる場所の捜索に移ろうとした霧切さんの観察眼が何かを捉えました。

「あら……?」
「どうかしたの、霧切さん?」
「あの棚の間で……何かが光ったわ」

 霧切さんは棚の一つの前で両膝をつき、這うような姿勢をとります。
 そして、片手を棚と棚の間の隙間に差し入れるのですが……。

「何かが落ちているけど……届きそうで届かないわね……」

 上半身は床につけ、下半身は膝立ち。つまり霧切さんはお尻を上に突き出した非常に危険な体勢になっています。
 新たな発見に意識を集中しているためか、自分が無防備な姿を晒していることにも気付いていない様子です。

「あ、あわわわわ……!」

 ですが、背後の苗木君は冷静ではいられません。
 霧切さんが手を伸ばすのに合わせてスカートが揺れて、闇のヴェールに包まれているはずの禁断の領域がともすれば見えてしまいそうなのですから。
 というかチラチラ見えています。ちっちゃい苗木君の視線と同じ高さのところで。
 見てはいけないと思いつつも目を逸らすことができないのは、ごく一般的な男子高校生としては仕方の無いことでしょう。

「苗木君」
「は、はィッ!!」

 突然霧切さんが呼びかけます。
 ちっちゃい苗木君の返事が上ずった声になってしまったのも、これまた仕方の無いことでしょう。

「今のあなたなら、この隙間に入れるんじゃないかしら」
「……あ、ああ! 分かった、やってみるよ!」

 雑念を振り払い棚の前まで駆け寄ると、ちっちゃい苗木君はカニ歩きで狭い隙間へと入り込みます。

「……なんだか虫みたいね」
「む、虫!?」


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「ふう……」

 隙間から這い出てきた苗木君の手にはきらきら光るものが握られています。

「何だった?」
「えっと……モノクマメダルだったよ。手掛かりにはなりそうもないかな」
「……そう……」

 霧切さんのポーカーフェイスにも、僅かに落胆の色が滲んでいます。

「丸一日調べまわったけれど、解決の糸口になりそうなものは何も見つからなかったわね……」
「うん……。だけどもうすぐ夜時間だし、残念だけど今日はここまでだね」
「ええ。また明日、今日調べきれなかったところを探してみましょう」
「そうだね。……ゴメン、一日つき合わせちゃって」
「別に、気にしなくていいわ」

 そこで霧切さんは苗木君から視線を外して呟きます。

「でも、このままというのも捨て難い気も……」
「え? 何か言った?」
「なんでもないわ。こっちの話よ」

 そう言うと、霧切さんは化学室の扉に向かって歩き出します。

「それじゃあ、早く寄宿舎に戻りましょうか。夜時間になる前にシャワーを浴びておきたいし」
「あ、そうだシャワー……!」

 そう、苗木君は気付いたのです。今の自分の背丈では、自分でシャワーの蛇口を捻ることもままならないことに。
 一日二日なら我慢できますが、このままずっとシャワーも浴びられないとなると流石に辛いものがあります。
 ちっちゃい苗木君の途方に暮れた様子に、霧切さんも事情を察したようです。

「さて、どうしたものかしら。果たして私がここまで面倒を見る必要があるのか……」

 霧切さんは腕を組んで、なにやら考え込んでいます。

「まあ……いいわ。あなたには普段色々と世話になっていることだし」
「え……霧切さん?」

 霧切さんはそれ以上何も言わず、ちっちゃい苗木君を小脇に抱えると足早に歩を進めます。

「ちょ、ちょっと霧切さん!? 一体どこに……?」


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「湯加減はどうかしら、苗木君?」
「え、ええと……。うん、まあいい具合だよ」

 お湯の張られた洗面器の中から、ちっちゃい苗木君が答えます。

「そう。それは良かったわ」

 ちっちゃい苗木君のすぐ隣で、霧切さんは湯船に浸かっています。
 そうです。霧切さんが向かった先は浴場だったのです。

「あのさ……面倒をかけておいて、こんなことを言うのもなんだけど」

 ちっちゃい苗木君は霧切さんに話しかけながらも、なるべくそちらを見ないようにしています。
 というのも、入浴なのだから当然のこと、霧切さんはバスタオルと手袋の他には何も身につけていないからです。

「その、なんというか……霧切さんも僕と一緒に入る必要あるの?」
「洗面器のお湯なんてすぐに冷めてしまうわよ? 誰かがお湯を継ぎ足す必要があると思うのだけれど」
「そっか……それは、僕一人じゃ無理だね。でもさ……」
「それに、何かの拍子であなたが溺れたりしたら大変でしょう? 今の状態であなたを一人で入浴させるわけにはいかないわ」

 喋りながら、霧切さんはちっちゃい苗木君の洗面器にお湯を足してあげています。
 なんだかうまい事言いくるめられている気もしますが、霧切さんをロンパできるとも思えません。
 間近に迫る霧切さんの胸元から慌てて目を逸らながら、ちっちゃい苗木君は反論を諦めるのでした。




「さて……」

 しばし経って、霧切さんが湯船から立ち上がりました。
 濡れたタオルが体に張り付いて、ボディーラインがくっきり浮き出ています。
 おまけにあおりのアングルです。
 ちっちゃい苗木君は、またもや視線を明後日の方向に漂わせる羽目になってしまいます。

「そろそろ出ましょうか」
「あ、う、うん」

 ドキドキしつつ、ちっちゃい苗木君も洗面器から立ち上がろうとして。

「わわっ!?」

 洗面器ごとひっくり返ってしまいました。
 霧切さんが急いで駆け寄り、ちっちゃい苗木君の上に覆いかぶさっていた洗面器を取り除けてあげます。

「痛ったた……」
「大丈夫、苗木君?」
「な、なんとかね……」

 ちっちゃい苗木君は体をさすりながら立ち上がります。
 腰に巻いたバスタオル代わりの布切れが無事だったのは僥倖というべきでしょう。
 霧切さんはその様子を見つめながらしばし思案顔をした後、やがて口を開きました。

「やっぱり、その身長だと何かと心配ね。タイルの上は滑りやすいから尚更」

 言うが否や、霧切さんはちっちゃい苗木君をおもむろに小脇に抱え、出口に向かって歩き出します。

「わ、ちょっ……!」

 浴場にやって来た時と同様の格好ですが、しかし先程とは異なる点が一つ。
 現在の霧切さんはバスタオル一枚で、ジャケットもシャツも着ていません。

「あ、や、わ……」

 背中から直に伝わってくる柔肌の感触に、ちっちゃい苗木君は霧切さんの腕の中でカチコチに固まってしまうのでした。


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 浴場を出た後、霧切さんは苗木君を個室まで送ってくれました。
 一人になったちっちゃい苗木君は、大きすぎるサイズになったベッドに寝転がっています。

 霧切さんは自分の個室に戻る前に、倉庫から持ってきた適当なもので苗木君の個室の各所に踏み台を作ってくれました。
 おかげで、ちっちゃい苗木君でも一応は不自由なく個室で過ごせるようになりましたが……。

「これが……いつまで続くのかなあ……?」

 前向きが取り柄の苗木君もさすがに気が滅入ってしまいます。
 まあいろいろと役得もあった気もしますが、この体は何をするにもあまりに不便です。

「霧切さんにも迷惑をかけてしまっているし、早くなんとかしたいなあ……」


 そんなことを考えているうち、ちっちゃい苗木君は次第にうとうとしてしまいます。
 なにしろちっちゃい苗木君にとって、校舎内は昨日までより何倍も広くなったのと同じです。
 にも関わらず一日校舎中を駆け回って、おまけに霧切さんに何かにつけてドキドキさせられて、疲れが溜まらないはずもありません。
 心配事は尽きませんが、今は苗木君の心も体も何より休息を求めています。
 プリミティブな欲求に誘われるまま、ちっちゃい苗木君は深い眠りに落ちていくのでした。


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 朝。目覚めた苗木君はおおいに困惑しました。

「……あれ? へ?」

 自分の身長が元に戻っていたのです。
 まったく、何事も無かったかのように。

「なんなんだコレ……いや、なんだったんだ昨日のは???」

 嬉しさや驚きよりも前に、拍子抜けした上に釈然としないというのが苗木君の正直な感想でした。

「でもまあ、ひとまずは良かったってことで……いいのかなあ?」

 いろいろと腑に落ちないものを抱えながらも、苗木君は朝食に向かうべく部屋を出ます。



「あら、苗木君。元に戻ったの?」

 食堂の前に来たところで、背後から呼びかけられます。

「あ、霧切さ――」

 苗木君は振り向きますが、そこには誰もいません。
 確かに霧切さんの声がした筈なのに……。
 辺りを見回しても、視界内に人影は見当たりません。

「ここよ、苗木君」

 何故か声は足元の方から聞こえてきます。
 苗木君が視線を下に落とすとそこには……。

「まったく、どういうことなのかしらねこれ……」
「え、えぇぇぇ!?」

 苗木君の膝丈くらいの、ちっちゃい霧切さんがいたのです。

「まあともかく、昨日のあなたへの貸し分は今日返してもらうわね」
「へ……え?」

 うろたえる苗木君をよそに、ちっちゃい霧切さんは口の端を上げて微笑します。

「よろしく頼むわね、苗木君」


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