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 机の上の無機質なプラスチックの塊を見つめる。
 銀色の手のひらに収まるその物体は、私が先ほど廊下で拾った落し物であり、
 今や1人1台が常識になっている通信端末・・・・・携帯電話だ。

 見るべきか、それとも見ないべきか。
 そんな、なんて事のない問答をさっきから何回繰り返しているのだろうか?
 時間の無駄だ。結局結論なんて出ないのだろうし、
 まだ、これが苗木君のものだと決まったわけでも無いのだから。
 例え、これが落ちていた場所が私の教室の前の廊下で、私が連絡先を知っている数少ない
 異性である彼の携帯が目の前のコレと同じ機種だとしても。

 そうだ、私は持ち主を確認したいだけなのだ。
 持ち主の確認は落し物の拾い主の義務とも言える。このクラスの人の持ち物である事は、
 ほぼ確実だし、開かないまま苗木君に聞いてみる手もあるけれど、
 不確実な情報で手間を取らせるわけにはいかないわね。

 意を決して携帯を掴む。
 自分の物とほとんど変わりの無いはずのそれが、いやに重く感じる。
 大丈夫、今は休み時間だし、苗木君が席に戻るまで、時間はあるはずだから・・・・。
 なんだか言い訳をしながら携帯の画面を確認した。


 何というか、拍子抜けするほど簡単に携帯の持ち主は判明した。
 ロックの一つでも掛っていれば、頭を悩ませる事だったのでしょうけれど、
 画面に浮かぶプロフィールは間違いなく”苗木誠"の物だった。


 持ち主の確認という作業を終えてしまった私は、それでも手に握った携帯を手放せずにいた。
 ここから先は、ダメだ。落し物拾得者の義務という言い訳も使えない。
 友達の間でも、恋人の間でもマナー違反となる行為だ。
 彼に対して不誠実になってしまう。
 私は、そう判断して、携帯を閉じようとして。閉じようとして、本当に偶然に、
 写真のフォルダを開いてしまった。そして、そこに保存されていた写真には苗木君と見新らぬ女の子が並んで映っていた。

「えっ!?」

 思わず、声が漏れた。

 苗木君が、女の子と!?嘘!?誰?!いったい誰!?
 彼女?恋人?いえ、たまたま隣に居た通行人?友達?

 ぐるぐると、疑問符だらけの言葉が頭を回る。
 落ちつかなければダメよ響子!
 自分を自分で叱ってから頭をクリアにする。

 感情を挟まずに冷静に分析すれば、何か分かるかも知れない。
 私は、事件の証拠品を観察するように携帯の画面を再度確認する。


 場所は、どこかの公園のようだ。
 苗木君とその少女は、並んでカメラの方を向いて立っている。(この時点で通行人の線は消えたわね。)
 身長は苗木君よりも低いから、女子としても少し低い方かしら。
 顔立ちは幼いながらも可愛らしいものだ。
 苗木君の年齢が今と変わらないように見えるし、この機種は発売からまだ一年以内だから、
 写真が撮られたのはここ一年以内。

 そこまで、考えてそれ以上の思考を断念する。
 データが少なすぎる。まともに判断をできるほどの情報がこの写真には無いようね。
 これで、二人が手を握っていたり、ペアルックだったりすれば決定的なのだけれど。
 確認するには、直接苗木君に聞くしか無い。

 でも・・・・。たまたまとは言え、自分の携帯を見られた事を苗木君は嫌に思わないだろうか、
 嫌に思わないはずがないわね。さっき自分でも考えたじゃないの、友達としてもマナー違反だって。

 私は、苗木君に対しても誰に対しても冷静で合理的な態度を見せるようにしている。
 探偵として育った私は、常に落ち着いていて頼りがいのある人間のつもりだ。
 そんな私がこういう行動をとったことをどう思うだろうか?
 今までの評価を全部崩してしまって、空気の読めないだけの、マナーのない人だと思われないだろうか?
 そして、こっちの方が問題なのだけれど。
 何と聞けばいいのだろう?

 この娘、苗木君の彼女?
 この娘だれなの?
 苗木君のくせに彼女がいるなんて生意気ね?
 どれも私にできる質問と思えない。
 だいたい私と苗木君が付き合ってるわけでもないのだ。
 この娘だれよ!!なんて、浮気を発見した妻のような真似なんてできるわけない。

 携帯を拾って色々考えていた時より、難しい問題を拾ってしまって私はため息をついた。




 教室に戻ると霧切さんに呼び止められた。

「うん?どうしたの霧切さん?」

 僕が振り向くと一瞬たじろぎ、なんだか緊張したような動作で、霧切さんは携帯を差し出して来た。
 って?!コレ僕の携帯だ!

「えっ!?コレ、僕の携帯だよね。どうして霧切さんが・・」

「廊下に落ちてたのよ。確か苗木君の携帯がコレだったと思って。
 後、申し訳ないけれど持ち主を確認する為に、中を見させて貰ったわ。」

 なんとなく伏せ目がちに霧切さんが告げる。
 どうやら、携帯の中身を見たことに気まずさを覚えている見たいだ。

「そんな事気にしなくていいよ!見られて困るような物もないし、拾ってくれてありがとう!。」

 彼女に気をつかって明るく告げた僕を、じとっとした目で霧切さんが見つめてきた。
 アレ?なんかおかしな事言っただろうか?

「そう、そうよね。見られて困る物でもない・・わよね・・・。
 苗木君・・ごめんなさい。見るつもりは無かったのだけど、携帯の中身の写真を見てしまったの。」

 !!?

 まさか・・!?あの、写真見られた?霧切さんに。
 そんな、メモリーの中に移して簡単には開けないようにしていたのに。

「見るつもりはなかったのだけれど、私の・・・。」

「あ、あの霧切さんこれには、わけが・・・・」

 僕は、背中に汗をかきながら浮気を見つかった男のような台詞を口にする。

「・・・ごめんなさい。別に非難しているわけではないわ。ただ、やっぱり写真を見てしまってごめんなさい。」

「いや、僕の方こそ、ゴメンなさい。勝手にあんな写真を撮って、携帯に保存してるなんて幻滅したよね。」

「何のこと?苗木君が誰と付き合っていてもかまわないし、私に断りが必要なわけじゃないのよ。」

 どこか拗ねたような口調の霧切さんは続けた。

「私が一方的に気にしているだけなのよ。苗木君に問題があるわけじゃないの。
 ・・・その、苗木君に彼女がいるなんて知らなかったけれど。隠す必要なんてないわ。」

 うん?彼女の写真?何の事だろう。

「・・霧切さん?あの、霧切さんが見た写真ってどんな奴?」

「どんなやつって・・・その。苗木君が彼女と二人で公園にいる写真で・・・。」

「ちょ、ちょっと待って、僕彼女なんていないよ!!」

 慌てて、携帯を操作し写真のフォルダを開く。
 一番頭にあったのは、この間家族旅行で出かけた時の写真だ。
 妹と二人っきりの写真なんて嫌だったけど、祖父母にメールで送るためと仕方なく撮った兄弟写真。

「もしかして、コレ!?」

「ええ、その写真よ。仲よさそうに写っているわね。」

「コレ・・・妹だよ。」

「え?」

 その時の霧切さんの顔は、僕が今まで見たことのある顔の中で一番間が抜けていたと思う。
 口を半開きにして、日本語で無い言葉で話しかけられたように、ボケっとしている彼女にはいつもの凛々しい感じがまるっきり無かった。
 まぁ、場違いにもそれはそれで隙があって可愛いと思ってしまったのは秘密だ。

「・・・そうか、妹。妹ね。うかつだったわ。苗木君に妹さんがいる事は知識として知っていたのに。
 盲点だったわね。・・・・・・いえ、そんな事すら考え付かないほど焦っていたという事かしら。」

 なにやらぶつぶつと自分の世界に入ってしまった霧切さんを呼び戻す。

「霧切さんが見た写真ってコレだったんだね。でも、これはこの前家族旅行に行った時の妹との写真で僕に彼女はいないんだ。」

「そう。勝手に見て勘違いしてしまってゴメンなさい。」

 そう言って頭を下げる。

 良かった。万事収まった。
 あの写真を見られたのかと思った。
 これで、全部が終わったと思った僕は、まだ甘かった。

 さっきまでの緩かった顔をキッと引き締めて霧切さんが言う。
「ところで、さっき苗木君が謝っていたの聞いたのだけど。”これにはわけが”なんて、間抜けな男みたいな事言ってたわね。」

「な、何の事かな。あれぇ、そんな事言ったっけ。ははは。」
 自分でもバレバレで、目が泳いでいる事も分かっているだけどとりあえずごまかしてみる。

「ふーん。ごまかすのね、苗木君のくせに生意気だわ。そうね、その携帯確か見られて困る物は入って無いんだったわね。」
 そういうと、僕の手から携帯電話を奪い取った。

「え、ちょっと!それはあんまりだよ。」

「いいえ、私に謝ったという事は私に関係ある写真という事ね。関係者である以上事実を確認する義務があるわ。」
 有無を言わさぬ口調だ。
 まずい。こうなってしまった霧切さんは止められない。

 いったい何と罵倒されるのだろうか?
 幻滅されるだろうか?

 しばらくして、目当ての写真を見つけたのか霧切さんは硬直した。
 その間僕はずっと直立不動で硬直していたけど。
 判決を待つ被告人の気分だった。

 だいぶ顔を赤らめて、口元を引きつらせて霧切さんは言った。

「な、なえぎくん。この写真について、ちょっと聞きたいんだけど。」

 そこには、幸せそうな顔で机で眠っている霧切さんの写真があった。


 この写真について、これからさっき以上に一悶着あったのだけれど。
 それは、割愛しておく。
 ただ結果だけ、言わせてもらえば。この写真は、今も僕の携帯の中に残っているし、
 対になるように、僕が机で寝ている(ふりをしている)写真が霧切さんの携帯に追加された。


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最終更新:2011年08月08日 12:06
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