kk5_177-180

 学園を抜けて、荒廃した世界に降り立った私達が最初にした事は、
 やはり自分の家の確認だった。
 それぞれに、自分の大切な人や物が気になって誰を一番初めにする事も出来なかった私達は、
 とりあえず三日後に再び学園に集合すると決め、それぞれの場所へと急いだ。
 そして、私は私の家にやってきた。
 いえ、私は私の家に帰って来た。
 家は無残にも破壊されていた。まあ、周りの家全てが無事で無い状態だったので、予想通りの姿ではあったが、
 車が突っ込み、窓ガラスが割られ、おまけに火もつけられたのか一部の壁は燃え落ちて完全に家としての機能を失っていた。

「仕方がない事、なのよね・・・・。」

 世界があんなのだから、自宅だけ無事などとは到底思えない。と頭では、理解していたものの。
 見慣れていた風景が、様変わりしている様子に思いのほかショックを受けた。
 壁紙の色とか、足のもげたイスとか、見慣れた部分が目に入るだけに、そこが自分の家だと強く思い知らされる。

 誰もいない瓦礫だらけの庭を抜けとりあえず、自室があったとおぼしき場所に近づく。
 何か持ち出せるような物は無いかと、捜索を開始してふと、
 倒れた本棚の隅から砂ぼこりで汚れた黄緑色のノートが覗いている事に気がついた。
 愛着があるノートでは無い。むしろ見た事のないノートだったので気になったのだ。

「これ、私の??」

 そのノートには小さな字で にっきちょう と書かれていた。


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 *月*日

 きょうから、にっきをつけるよおにします。
 ママから、きょうこはあたまがいいからきっとかけるわよと。
 にっきちょうをもらいました。うれしい。
 まだ、じがじょおずにかけないけど、がんばってつづけます。

 *月*日
 ママから、にっきはだれにもみせないでいいよといわれたので
 だれにもいえないひみつを、ここにはかいておきます。
 うちのだれにもひみつだけど、
 おとなりのねこちゃんとあそんできました。
 また、あしたもいこう。なにかおみあげあげようかな。

 *月*日
 おとなりのマコちゃんときょうもあそんだ。
 わたしのてからえさをたべたり、しっぽをふってたり、
 マコちゃんもたのしそう。
 これは、ひみつなんだから。ままにぱぱにもだめっていわれるから
 にっきにだけかいておきます。
 たくさんあそんでもうねむいので、きょうははやくねます。

 *月*日
 きょうはひさしぶりに、パパにごほんをよんでもらいました。
 パパのひざにのってごほんをよんでもらいました。
 もうなんども、よんでもらっているえほんだけど。
 ぱぱはいつも、はじめてのときみたいに どうなるのかな~?
 とわたしにゆいます。
 わたしはおもわず、もうしってるよー とすねてしまうのですが、
 ぱぱは、そういうと おおそうかもうおぼえちゃったのか。きょうこはかしこいな。
 とあたまをなでてくれます。
 なんどもやってるのにくすぐったくて、 はやくつづき!
 といってしまいます。
 そうして、きずくとべっとのなかでねています。きっとパパのおひざのうえで
 そのままねたのだとおもいます。こんどこそ、おきていようとおもったのに。
 また、パパにおねがいしないといけません。
 こんどこそおきていられますように。


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 昔の日記を見るのがこれほど恥ずかしいとは、思わなかった。
 そうか、私も昔はあの人に甘えていたのかと思うとなんだか複雑な気分だけれど、
 子供の頃から今のようにひねくれた性格でなくて良かったとも思う。
 パラパラとページを送りながら、小さくて丸っこい自分の字を指でなぞる。
 そこにあった、今は無い幸せな日々を心に沁みつかせるように。

 読み進めているうちに気付いた。
 私は、ほとんど家族の事しか日記にしていなかった。
 外で遊ぶ子供だった記憶は無いけれど、それでもまったく同世代の子と遊んでいないというのは
少しおかしい気がした。

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 *月*日
 きょうのママとパパはきげんがわるくて、
 ちょっとしたことでわたしがおこられます。
 こんなひはきょうだけでいいので、もうねます。
 はやくあしたにならないかな。


 *月*日
 きょうは、パパとママがけんかをしました。
 きょうこはあっちにいきなさい。とへやをだされてしまったので
 ほとんどきけなかったけれど、きりぎりのいえがとかのもんだいみたい。
 わたしには、あんまりわからないけど、ふたりはなかよしなのがいいとおもう。

 *月*日
 きのうのけんかは、たいしたことなかったみたいで。
 きょうは、パパもママもわたしにやさしかった。
 ひさしぶりにパパにごほんをよんでもらった。
 きょうのぱぱは、ごほんをよむときちっともたのしくなさそうで、
 おかげでわたしは、ほんのおわりまでねなかった。
 こんなふうに、おきてるつもりじゃなかったのにな。

 *月*日
 ママといっしょにかいものにでかけた。
 こんどだいじなことがあるので、あたらしいふくがいるみたい。
 ママとのおでかけは久しぶりでたのしかった。

 *月*日
 きょうはパパといっしょにえいがをみにいった。
 パパがなんでもいいよというので、わたしのきぼうで
 ミッキーになった。
 パパはおみあげに、かわいいシールをかってくれた。たのしかった。


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 私の日記は途中から、必ず楽しかったで終わるようになった。
 それも決まって、両親とのエピソードの後にだ。
 多分分かっていたんだろう。
 あの人が、霧切の中でうまく立ち回れていない事も。
 子供の敏感なこころで、感じ取ってしまっていたのだろう。
 それでも、自分の日記の中でだけは幸せな日常を信じていたくて。
 いや、もしかしたら幸せな日記をつける事で、現実を幸せにしてくれる魔法が起きると思っていたのかもしれない。

 私は昔からほんの少し頭が良くて、きっと昔から不器用だったのね。

 日記を閉じると、辺りを見渡す。
 この日記以外に持っていく物もなさそうね。
「ほんの少しだけど、幼い頃の事を思い出したわ。私があの人を大好きだったって事も思い出した。
 貴方がつなぎ留めようとしたものは、結局うまくいかなかったけれど。あなたの書き留めた言葉はこれからの私を勇気づけてくれそうよ。」

 昔の自分への独り言を置いて、霧切家を後にする。
 やることは沢山ある。それに、仲間の待っている学園に戻らないと。
 仲間と考えた時に真っ先に思い浮かんだ少年の顔を思い浮かべながら。
 彼女は、立ち去った。一度も振り返らずに。
 胸に一冊のノートを抱いて。


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