アイドルと呼ばれた少女

「っは・・・なえ、ぎ・・・く・・・」

薄れゆく意識。かすかに残る体温も急激に消えていく。
私は刺された。刺した人はもうとっくの前に逃げた。
身体はもうほぼ動かない。けれど、残りの力で私は残す。彼に伝える、最期の悔い。
どうして私はそんなことをしてしまったのだろう。残ったのはただの後悔だけだ。
私を刺した彼は『卒業』するのだろう。それが悔しい。悔しい。悔しい。

「・・・ぅぐ」

そんなことを思う自分が嫌になる。けれど止まらない嫉妬。憎悪。憎しみ。悲しみ。
ぎり、と歯を噛みしめる。まだそんな力が残っていたのかと、どこかおかしい。
いつの間にか涙が流れていた。この涙はどの感情からなのだろうか。
嫉妬?憎悪?憎しみ?悲しみ?後悔?喜び?悔い?楽しみ?喪失?苦しみ?虚脱?

「っ・・・?」

頭の中に映像が流れる。走馬灯、なのだろうか。それにしては違和感がある。

「何・・・で?」

流れてくる映像。そこには開放された窓に、白で統一された教室の壁、
そして、共に閉じ込められている皆が仲良く笑い合っている光景があった。
大和田紋土と笑いあう不二咲千尋。
セレスにちょっかいを出し踏みつけられている山田一二三。
葉隠康比呂と桑田怜恩に説教する石丸清多夏。
プロテイン談義をする朝日奈葵と大神さくら。
江ノ島盾子と一緒にいる黒髪の少女。
そして、霧切響子に話しかける苗木誠の姿があった。

頭が混乱する。まったく意味が分からない。なぜこんな映像が。
ありえないのに。みんなが平和に笑い合っているなんてありえないのに。
けれど、この流れてくる映像は確かにあった出来事だと分かる。

「うぷぷぷぷぅ」

混乱を消し去るように、耳に付く笑い声が聞こえる。
何かと必死に目の焦点を合わせると、目の前にモノクマの姿があった。

「どう?絶望してる?」
「・・・え?」

絶望。最初からずっとこのモノクマは『絶望』という単語を多用する。
それが妙に心地よい響きに思えた。ゼツボウゼツボウゼツボウ―――
ああ、そうか。私は絶望に侵されたんだ。だから、あんな事をしてしまったんだ。と、他人事のように思う。
私は弱かった、負けたんだ。
けれど、その事は別に悔しくも何ともない。何故だろう。

―――それはきっと、絶望に染められたことで逃げれたからだ。逃げたかったことから逃げれたから。
『舞園さやか』というアイドルの仮面を被っていたから。
アイドルになって、今まで話しかけてこなかった人達も話しかけてきた。
けれど、気付いた。その人達は『私』じゃない、すなわち『アイドルとしての舞園さやか』を求めていた。
誰も彼も彼女もあなたも君もお前もあいつもこいつもそいつもあれもそれもみんな―――

「ねえ、反応してよ!わざわざボクが『超高校級のアイドル』の死に様を見に来てやったんだからさ!」
「っ・・・!」

かすかに残る力でモノクマを睨み付ける。
それに気付いたのか気付かなかったのか、モノクマは「うぷぷ」と笑いながら続けた。

「まあ、反応しなくてもいいよ。
舞園さやか・・・超高校級のアイドル・・・なーんて幻想だものね!」
「!!」

思わずモノクマに飛び掛ろうとする。けれど鉛のように思い身体は動くはずもなかった。
声を出そうにも、かすれた息しか出てこない。
それをよしとしたのか、モノクマはニヤニヤと笑う。

「疲れただろう・・・ボクも疲れたよ、舞園さん・・・何だかとっても眠いんだ・・・
まあボクは寝ませんけどね!お迎えの天使にもなってやりませんけどね!
皮肉だよね。みーんなオマエを求めていなかったんだ。偶像だけを求めていたんだ。
アイドルという仮面を無理やり被らされてオマエはどうした?
外そうともせずに、その仮面によって与えられたものにただすがってただけなんだよ。
それが悲劇面するなんて滑稽だよ!滑稽すぎて滑りまくるよ!」
「うるさ・・・いっ・・・」

「おやあ」とモノクマは首を傾げる。「否定することはないじゃないか、本当のことだもん」
「ちが・・・うっ」吐く息に等しい声で続ける。「私・・・は・・・ちが、う・・・」
私はただ、夢のために。

「何が違うんだい?オマエは『アイドルとしての舞園さやか』を演じてきただけなんだろ?
そしてこの絶望生活で、オマエはその仮面を外した。外せた。その結果がこれだよ!」

と、ビシッと音を立ててこちらに指をさす。

「仮面を外したオマエはただの女の子。何もないただの女の子、いや、人間だよ。
そして、本当の自分は何をした?
思い続けてた人に気持ちを伝えるわけでもなく、みんなと脱出しようと頑張るわけでもなく、
人殺しをしようとした!『卒業』しようとした!ただ1人で!」
「う・・・ぁ」

そのことに間違いはない。事実だ。それを突きつけられても返す言葉がない。
最低だ、私は最低なんだ。涙が止まらない。拭おうにも手はもう動かない。
頬を伝い、口の中に入る。しょっぱい。辛い。

「うぅ・・・ひっく・・・う・・・あぁ、ひぐっ・・・うぅうううぁ・・・」

モノクマに写る私はきっと情けなくて汚いんだろう。けれど、もうどうでもいい。
きれいな私になんて、もうならなくていい。私は私なんだ。
『舞園さやか』だ。1人の女性としての『舞園さやか』なんだ。

「っぐぅ・・・う、ぐぅ・・・ぁ、モノク、マ・・・」
「何さ」

もうダメだ、と分かる。もう、ダメ。だから、せめてこれは私の、『舞園さやか』としての言葉。

「お願い、苗木君を・・・みんなを、助けて・・・みんなを」

もう苦しくない、痛くない、ただ眠い。それだけだ。
死ぬ、のかな。ゆっくりと瞼が落ちていく。ダメ、まだ伝えてないのに。お願い、あと少しだけ待って。
これが私の最後の言葉。

「みんなを、『卒業』させて」

ふ・・・と意識が消える。消えるその直前、聞こえた言葉。
それがとてつもなく絶望で、けれどもう意識が落ちるのは止まらなくて、そして―――


 超高校級のアイドルと呼ばれた少女、舞園さやか。
彼女は絶望にめけて、殺人を犯そうとした。
けれどそれは失敗に終わり、逆に刺されてしまうという実に滑稽な展開となった。
そして、そんな彼女が最期に見たものは、この殺し合いを促した張本人・モノクマ。
最期に聞いた言葉は、絶望そのものだった。


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