ナエマイSS『エスパー』

 エスパーだから、だなんて、本気で言っているわけじゃない。
 人よりちょっと直勘が鋭いのと、ちょっと感情の機微に敏いくらいだ。

 ただ何かしら芸風があった方が売れるし、と勧められて、デビュー当時はそういうキャラで押していた気がする。
 もちろん売れてからは、そんなことをする必要などなくなったけれど。

 けれど、未だに。


「…ゴメンなさい、シャーペンの芯は、私も切らしちゃってて」
「えっ、あ、……ホント、よく分かるよね、そういうの」
「エスパーですから。えっと…この時間だと、まだ購買は開いてますよね」


 反応が楽しいので、彼の前で限定して、私はエスパーになる。



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  弾丸論破 ナエマイSS 『エスパー』
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 簡単に言うと苗木君の場合は、極端に考えていることが顔や仕種に出やすいのだ。

 今だって、申し訳なさそうな顔をしながらシャーペンを手にとってやってきたなら。
 だいたい、その用件はわかってしまうだろう。

 それは例えば、先輩アイドルが煙草を指で遊ばせているそれに近い。
 「火をつけろ」という合図。
 もちろん私は煙草なんて吸わなかったけれど、そんなときのためにポケットにライターは忍ばせている。

「うーん、購買まで行くのもなぁ…他の誰かに借りるよ。ゴメンね、舞園さん」

 なんて、彼が目と足を向けたのは、私の二つ前の席。
 どこに忍ばせていたのか、魔法瓶から注いだ紅茶を優雅に啜る、セレスさん。


 むっ、とする。

「…苗木君。そんなに今すぐ必要なんですか、シャーペンの芯」
「え?うーん…なんか、無くなったら足しておきたくなるというか」
「次の授業は体育だし、もう今日は使う授業は無いですよ」
「そっか…あ、でも」
「日誌、は、ボールペンで書けばいいんじゃないですか?」

 言う前に言い当てられて、相変わらず驚きに目を開く。
 その仕種がなんとなく可愛くて、私は頬を緩ませてしまう。

 けれど。

(断られたからって、何も他の女の人の所に行かなくても…)

 彼の方は、私の心なんて露とも察知してくれない。
 そんな、人の裏を知らないような純朴な所も、まあ、その…素敵だけれど。

「まあ、舞園さんがそう言うなら」
 納得したようなしていないような微妙な顔色で、彼は自分の席に戻っていく。


 と、それに合わせたように、


「随分とご執心でいらっしゃいますのね」

 皮肉と嘲笑を含んだ、いやに丁寧な声が前の席から届いた。

「…何のことですか」
「独占欲の強い女は引かれますわよ、と申し上げたのです」

 つ、と紅茶を含みながら微笑されて、なんとも言えない気持ちになる。

 考えを読まれる側に回るのは、怖い。

 ―――――


「あ、舞園…さん」

 休み時間をまたいで体育館に向かえば、苗木君が重そうなポールを一人で運んでいた。


「今日、バレーでしたよね。ポールとネット、先生が来る前に出しておきましょうか」

 苗木君は目を合わせようとしない。
 その割に、ちらちらと頻繁にこちらに視線を送っている。
 視線の矛先は、言わずもがな。

 この学校は、未だに体操着がブルマだ。
 学園長の趣味だろうか。

 中学までの私なら、嫌悪感から逃げ出してしまっていたかもしれない。
 男子のそういう視線には、慣れていなかった。
 けれどそれは、アイドルになる前までの私。
 業界のセクハラの前では、山田君も泣いて逃げ出すだろう。


 下着のズレを直すフリをして、わざと指を中に滑らせてみる。


 耳まで真っ赤に染めながらも、苗木君は食い入るようにその仕草を見つめる。

 汚らわしい、雌の高揚感。
 ゾクゾクと、見せつけていることに背徳的な興奮を覚える。

 視線を感じる。視線で感じる。苗木君の視線が気持ちいい。
 ステージ上にいる感覚に似ている。

 羞恥心が心地よい、鼓動が速くなる、体が熱くなる、もっと――

 …と、いけない。
 これじゃ、変態さんだ。


「…もう、どこ見てるんですか」

 自分を棚に上げ、唇を尖らせて咎めると、ビク、と体を強張らせる。
 小動物のような仕草はいっそ、可愛らしさまで感じてしまう。

「えっ、う、あ……ご、めんなさい…」
「苗木君、エッチです」
「ちが、違うんだ、これは、その…」

 クスリと笑ってみせると、苗木君は少しだけ安堵したような表情を浮かべた。

「そ、そうだ!ホラ、早くバレーの準備しないと」
「うーん、なんか誤魔化されている感が…」
「僕こっちのネット張るから、舞園さんはそっちをお願い!」
「…ふふ、わかりました」


 軽蔑、するだろうか。

 私があなたの考えを覗いて、わざとあんな行為をしていると知ったら。

 いや、するに決まっている。
 気は弱いけれど、意外にまっすぐな少年だ。
 私みたいなねじ曲がったような存在を、きっと許せない。


 まだ少し残る興奮に蓋をして、私は彼の後を追う。

 ―――――


「買い物、ですか」
「うん、どうせだから色々文房具とかそろえようかな、って」

 放課後。
 二人で帰ろうと提案すると、今日は本屋に寄るから遠慮すると言われた。
 文房具>私 という式が真っ先に頭に浮かび、急いでかぶりを振って払拭する。

「じゃあ、私も一緒に行っていいですか?」
「え?」
「ダメ、ですか」
「いや、あの、もちろんいい…んだけど、僕に着いてきても、特に面白いこともないよ」

 視線を反らしながら、ポリポリと頬を掻く。

 む、と、思わず頬を膨らませそうになった。
 卑屈なところというか、人に気を使いすぎるというか。
 そういうところは、好きじゃない。

「私が着いて行きたいから、勝手に着いて行くんです。ホラ、早く」
「わわっ…」

 手を取って、引っ張る。
 もう少し男の子として頼れたら、引っ張ってくれたら、とは思う。

 まあ、そういう遠慮も彼の優しさから出ているのだと思うと、魅力的だと思えなくもないけど。

 ぐいぐいと手を引っ張ると、恥ずかしそうに苗木君がごねる。

「まっ、舞園さん、あの、手…みんなに見られるから…」
「え?なんですか?」

 わざと聞こえないふりをして、掴んだ手に指を絡める。
 ひゃっ、と苗木君が女の子みたいな声を上げるので、思わずクスリと笑いを洩らしてしまった。

「もう…舞園さん、わかっててわざとやってるでしょ」
「さあ、なんのことでしょうか」
「うぅ…そうやって僕のことからかうんだから」


 からかってるわけじゃ、ないんだけどな。

 結構本気でアプローチしてるのに、もうそろそろ真に受けてくれたって、


「あ、ホラ…着いたよ」

 校門を出て、ものの三分。
 握りしめていた手を振りほどくようにして、苗木君が文具屋を指し示した。
 そして一人、先にその店の中に入って行ってしまう。


 …もしかして本当は嫌われてるんじゃないだろうか、と時々思ってしまう。


 ここまで何度も何度も、勇気を出して迫っているのに。
 けれども嫌っている素振りもないし、ただ脈がないだけだろうか。
 いや、脈がないっていうのもそれはそれで傷ついたりするんだけど。

「舞園さん?」

 人の気も知らないで、入口からひょっこり苗木君が顔を出す。

「うー…今行きます」
「? うん…」


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