ナエマイSS『エスパー』2

 釈然としないままに、苗木君の後ろに着いて店内に入る。
 やや古ぼけた、昔ながらの文房具屋だ。
 未だに鉛筆が店頭に並んでおり、シャーペンの芯は果たして置いてあるのだろうか、と、ちょっと心配になるほど。

「芯の他に、何か買うものはあるんですか?」
「うーん、参考書とかかなぁ…舞園さんは?」
「私は、特に」
「え?」

 怪訝な顔で、苗木君がこちらを見る。
 本当に何をしに来たのだろう、と、不思議に思っているという表情だ。

 もう、ホントに。
 報われないアプローチほど辛いものはない。
 いや、本当に私が勝手に着いてきただけだから、文句を言う筋合いなんてないんだけど。

「…ダメですか」
「いや、ダメなんてことはないけど…」
「……苗木君と一緒にいたかったからっていう理由じゃ、ダメですか」
「え?」

 少し露骨かな、と腹の底で考えつつも抗議をしてみれば。
 今度は目を丸くして、マジマジと顔を覗き込んでくる。


「なんで…僕?」


「~~~っ…」


 ここまで報われないことってあるのか。
 草食動物なんてレベルじゃない、この朴念仁。

 今の一言、私がどれだけ勇気を振り絞ったと…

 思わず拳を握りしめてプルプルしていると、今度は心配そうな瞳に覗きこまれる。

「あ、あの、僕なんかまずいこと聞いたかな…」
「い……いえ、なんでも…ないんですよ」

 たちが悪いのは、悪気がないということだ。

 憤懣を必死で笑顔で隠す。
 ここで感情のままに振舞ってしまっては、台無しだ。

「え…っと。僕、参考書見てくるけど」
「…私も行きます」

 嫌とは言わせないぞ、と、やや力強く言う。
 ぷらぷらと本のコーナーへ向かう少年の背中を、恨めしく見やる。
 いや、別に彼が悪いわけじゃなくて、ただ私の好意が空回りしているだけなんだけど、
 ここまで失敗が続くと、恨みごとの一つや二つはぶつけたくなってしまうというものだ。

 どうすれば、いつになれば、あなたは振り向いてくれるのか。
 同じ中学で、同じクラスで、これほど頑張ってアピールしているのに。

 あまりの鈍さに、いっそ怒りまで覚えてしまう。
 もちろん、決してそれを表に出したりはしないけれど。


「あ」

 参考書のコーナーで、ふと苗木君が立ち止まる。


 見上げるのは数学の参考書。
 おそらく彼が欲しいのは、一番上の段にある青い本だろう。
 先日石丸君に聞いていた、おススメの問題集と同じものだ。

 ぐ、と背を伸ばしているけれど、どうも彼の身長と手の長さでは届きそうにない。
 代わりに、と手を伸ばし、目的の本を取って渡す。


「はい、これですよね?」
「あ……」

 む、と。

 苗木君の眉が、一瞬だけ不機嫌そうに曲がった。
 けれどすぐに取り繕うに、ぎこちなく笑う。

「あ、ありがと…」


「……あっ、ゴメ…」

 とっさに飛び出そうになった謝罪の言葉を、すんでのところで呑み込んだ。
 犯してしまった過ちに気付いても、いつだって時既に遅し。


「僕じゃ届かなかったから…助かるよ」


 自虐気味にふわりと笑うも、あなたの作り笑いは下手すぎる。
 実は傷ついている、という内心が見え見えだ。


 年頃の男の子というものは、難しい。


 とはいえ、今のは完全に私の失敗。
 背が低いことを気にしている彼に、まるでそれを強調するかのようなお節介。
 厚意でやっただけに、ごめんなさい、と謝る訳にもいかない。


「僕、会計済ませてくるね」
「は、はい…」

 いくら心が読めたって、それが転ばぬ先の杖にならなきゃ、意味無いじゃないか。 
 男の人をたてるのが良い女の条件だって、事務所の先輩にも口を酸っぱくして言われてるのに。

 彼の背中を、今度は畏まって見送った。
 ごめんなさい、苗木君。

 ―――――


「お待たせ…しました」

 一足先に店から出ていた私の元に、ぎこちない笑顔のまま、苗木君が戻ってくる。
 やや距離も感じる。
 意外と引きずっているのかもしれない。

 背が低いことなんて、短所でも何でもないのに。
 あなたの魅力は、そんなことじゃ微塵も揺らがないのに。


「……苗木君、この後お暇ですか?」

 落ち込んでいる男の子を立てるのは、良い女の条件。


「特に予定はない、けど…どうして?」
「駅の方に、ケーキの美味しい喫茶店があるんです。よかったら、と思って」
「え…ぼ、僕と?」

 沈んでいた彼の表情が、パッと灯る。
 驚きと気恥ずかしさの入り混じった表情。
 そこまで慌ててくれるなんて、相変わらず誘い甲斐のある少年だ。

 表情から見ても、悪い返事はないだろう。
 ただこればかりは、エスパーぶって答えを当ててしまうと、自意識過剰な女になってしまう。
 なので。

「ダメ…ですか…?」

 まるで不安そうに返事を待っているかのように、上目遣いで見つめていると、


「ぼ…僕なんかで、いいのかな…」

 ポリポリと頬を掻きながら。
 またそんな、自信なさげな言葉が返ってきた。

「苗木君がいいから、誘ったんです…」
「で、でも、二人でってことは…」
「…デート、ですね」

 そのために誘ったんだから。
 私の浅慮で落ち込んでしまったあなたを、励ましたくて。
 決して、単に私がデートしたかったから、というわけではない。

「じゃあ…行っていいかな、一緒に」
「ホントですか!?」

 ここぞとばかりに表情を一変、不安そうだった少女の顔から満面の笑みに。
 あなたの返事に喜んでいます、を思いっきりアピール。
 嬉しいのは本当だけれど、お人好しな彼に元気を出してもらうには、コレが一番だ。

「あ、でも私から誘ったんだし、代金は私が持ちますねっ」
「え!? そ、そんな…悪いよ」
「先日、ちょうど給料日だったし。お財布には余裕があるんですよ」
「だとしても…女の子に出させるなんて。むしろ、僕が二人分出すからさ」

「あ、じゃあお言葉に甘えますね」
「……、なんか上手くしてやられた気がする」


 二人でクスクスと笑いながら、駅の方に足を進める。

 さすがに指を絡めるには、まだ彼の手は遠かったけれど。
 幾分元気を取り戻してくれたのは、確かなようだ。

 超高校級のアイドルの、面目躍如。


「…お、おい。あれ、さやかちゃんじゃね!?」
「……うぉ、マジかよ…隣、彼氏か?」

 すれ違った二人組の男性が、騒ぎ立てているのが聞こえた。


 道の端々から声が聞こえる度に、前を歩く苗木君の体が強張っている。
 私としては声も視線も慣れたものだけど、やっぱりその隣を歩くというのは居心地が悪いのだろうか。


「な、なんか…考えてみたら、スゴイ事だよね。国民的アイドルと、これから一緒にケーキ食べるのか…」
「そんな、気構えないでください。私と苗木君の仲じゃないですか」
「うぅ…胃が痛くなってきた気がする」


 足早になった少年にに合わせて歩幅を広げ、向かうは駅地下。

 ―――――



「ここ、前から来たかったんです…!」

 偽りのない本心を告げて、メニューに手を伸ばす。

 クラシックな雰囲気の木造のカフェは、駅前の商業ビルの地下、レストラン街の端にある。
 以前江ノ島さんや朝日奈さんと、近くにランチを食べに来て見かけて以来、気になっていた。
 けれど、他の学生からの評判も良いものの、どうしても一人で来る気にはなれなかった。


 と、いうのも、


「……」
「周り、気になります?」
「そ、それは…だって、こういう場所だって思わなくて…」


 真っ赤になった苗木君が、ギクシャクとした動きで自分のメニューに手を伸ばす。
 メニューで顔を隠すようにして、ちらりと右側の席を盗み見れば、

 大学生と思しき一組のカップルが、互いのケーキを食べさせ合っていた。
 左側の席では、私たちと同い年ほどの男女一組。少年の頬に着いたクリームを、女の子がペロリと舐め取っている。

 甘すぎるお菓子と一緒に食べれば、他のものの甘さが分からなくなってしまうのと、ちょうど似ている。
 さすがに、こんな甘々な空気の中、独り身でケーキに舌鼓を打てるほどに図太くはない。


 それにしても。
 目の前で真っ赤になって慌てる少年の、なんと可愛いことか。
 意識してしまったのか、目も合わせてくれないけれど、私の表情をチラチラと盗み見てくる。

 私だって周りが気にならないわけじゃないけれど、それよりも苗木君の一挙一動に目が行ってしまう。
 だって、まるで怯え恥ずかしがる小動物みたいな仕草で。


「苗木君、もう決まりましたか?」

 まあ、少し可哀そうでもあるので、助け舟。
 あまり困らせるのも申し訳ない。本来の目的は、彼に元気を出してほしい、ただそれだけなのだ。

 繰り返すけれど、私が単に苗木君とデートしたかった、などという理由ではない。

「う、ん…舞園さんは?」
「ちょっと迷っちゃって…チーズケーキが絶品らしいんですけど、個人的にはベリーのタルトも…」
「あ、じゃあ二人でその二つ頼もうよ」

「――え?」


 今度は、私が惑わされる番だった。
 あまりにも苗木君が、何でもないように言ったので、一瞬流してしまいそうだった。

 彼の提案の、その先を想像して、頬が熱くなる。


「そ、それって、つまり……」
「……、!!」

 私に尋ね返されて、ようやく自分の発言の重大さを理解したのだろう。
 苗木君は耳まで真っ赤にして、両手をブンブンと振って否定する。

 二人で二つのケーキ、それが意味するところは、


「え、あ! いや、その、ふ、深い意味はなくて…っ」

 ごにょごにょと、声が萎んでいく。
 本当に軽い気持ちで、それこそ友達同士の感覚で言ったのだろう。
 しばらく苗木君は何か上手な嘘を探していたようだけれど、見つからなかったのか、

「変なこと言ってゴメン、何でもなかったんだ…忘れて」

 誤魔化すわけでもなく、眉尻を下げて困ったように笑った。

「……」
「あの、舞園さん…?」

 けれど、舞園さやかにそんな言い訳が通じると思ったら大間違いだ。
 もう遅い。既に言質はとった。
 普段のアピールに気付いてもらえない私の鬱憤、ここで思いっきり晴らさせてもらおう。


 最初の目的から大幅にずれた、そんな目論見を抱きながら、私はウェイターを呼ぶ。


「ご注文、お決まりでしょうか」
「チーズケーキと、ベリーのタルト。それから紅茶セット、二人分のダージリンで」
「あ、……」
「畏まりました、ご注文を繰り返させていただきます…」


 何か言いたげに目配せしてきた苗木君に、満面の笑みを返す。
 もしかして私も、好きな異性をいじめたくなってしまうタイプなのかもしれない。

「お待たせいたしました」

 特に待つともなく、注文した紅茶とケーキが届く。
 私はタルトを、苗木君はチーズケーキを。
 目にも鮮やかな、赤と紺のベリーが散りばめられたタルト。
 ブログ用に一枚写真を取って、さて、と苗木君を見据える。

「あの……じゃ、食べよっか」
「苗木君」
「あ、紅茶…僕が注ぐね」
「苗木君、ほーら。逃げないでください」

 タルトの乗ったフォークを差し出す。
 誤魔化しきれないと悟ったのか、真っ赤になりながら苦笑い。

「う……ほ、ホントにやるの…?」
「ここで会ったが百年目、年貢の納め時、観念して神妙にお縄についてください」
「それ、全部追い詰める時の決め台詞だよね」
「だって苗木君、追い詰められてるみたいな顔してるから…」

 そこまで拒まれたら傷ついちゃうんだぞ、と、わざとらしく口を尖らせてみる。

「あ、う…」

 この手の表情には弱いのだろう、逡巡する素振りを見せて、ケーキと私を交互に見比べて。

 相変わらず、押しには負けるお人好し。
 もちろん、そこが良いんだけれど。


「はい、あーん」

 完全に退路を塞いだのを確認して、詰みの一手。
 ぎくり、と背筋を硬直させるも、諦めたように苗木君は口を開いた。

「うう…」
「あーん。苗木君?」
「…あ、あーん」

 ぱくり、もぐもぐ。

 ベリーよりも顔を赤くして、タルトを咀嚼。

「美味しいですか?」
「緊張して、味わかんない…」

 率直な感想だ。
 いかにも彼らしい。

「それじゃダメです。おススメのお店なんだから、ちゃんと味わってください」
「えぅ…」

 緊張している苗木君を尻目に、もう一刺し。
 再びフォークをチラつかせれば、今度はさっきよりも素直に口を開いてくれた。

「あーん」
「うぅ…あーん…」


 パシャ ティロリロリー


「むぐっ!?」

 ベストショット。
 ちょうど差し出したタルトに、おずおずと開いた口が重なる写真。

「な、何…っ」
「口にモノを入れたまま喋っちゃ、マナー違反です」
「う…」

 言われて、素直にタルトを味わう苗木君。

 しかし、本当にいい絵が取れた。
 待ち受け画面にしてしまおう。

 タルトを飲み込んで、もはや撮った理由を問う気も失せたのか、軽くため息を吐く。

「女の子とのデート中にため息も、マナー違反ですよ」
「だって、舞園さんが僕で遊ぶんだもん…」
「ほら、次は苗木君の番です」

 うん、我ながら良い仕返しを思いついたものだ。
 ケーキと苗木君、二つの魅力を一度に味わえるだなんて。

 自分が食べさせられるよりは羞恥が少ないのか、苗木君は躊躇なくフォークでケーキを切り分けた。

 と、机の下からカチカチと、クリック音が聞こえる。

「……」
「舞園さん、あーん」

 ニコリ、と、満面の笑みで返す。

「あの…あ、あーん…」
「写真を撮ってくれるなら、笑顔で写りたいんです」
「……、あー」

 机の下に隠していたケータイを取り出し、気まずそうに笑う。
 悪戯のバレた子どものような、バツの悪そうな顔。

「…舞園さんに、隠し事は出来ないや」
「撮らなくていいんですか?」
「たまには仕返し、と思っただけだし…あまりカメラ向けられるのも嫌かな、と思って」
「撮影で慣れてるから大丈夫ですよ。あ、でも…ネットに公開、とかは控えてもらえると…んむっ!」


 口を塞ぐように、放り込まれたチーズケーキ。
 少し目を離した隙に構えていたのか、苗木君がしたり顔でこちらを見返していた。

「あはは、お返し」
「むぐっ…ふ、ふぃきょう…」
「食べてる時にしゃべるのは、マナー違反だよ」

 意趣返しとばかりに、先程の私のセリフを返す。
 しっかりと濃厚なチーズの風味を味わってから、紅茶を啜る。

「さすがの舞園さんも、不意打ちは予知できないんだね」
「うー…いきなりは卑怯です…」


 立場は簡単に逆転してしまった。
 悔しいことに、彼にいじめられることすらも、嬉しいと思ってしまう私がいるわけで。
 やり返そうかな、とも思ったけれど、大人しく自分のケーキを堪能することに二人で落ち着いた。

 ベリーのタルトは、私の中で想像以上の点数を叩きだしていた。
 生地に塗られているカスタードクリームの甘さと、ベリーの酸味の相性の良さは、筆舌に尽くしがたい。
 お土産に何個か買っていこうとも思ったけれど、彼の奢りでそれは少し不躾だろう。

「ふー。美味しかったね」

 彼の方もチーズケーキを堪能したようで、満足げに紅茶のお代わりを注ぐ。

「暇なら毎日でも来たいです。でも…食べ過ぎてしまいそう…」
「……」
「アイドルなので、ほんの些細なプロポーションの変化にも気を使うんですよ」
「あ、はは……ここまで考えてること読まれると、……あ」


 ふ、と言葉を中断して、苗木君が時計に目をやった。


 針が示す時刻は、寮の門限のちょうど三十分前。
 駅から学校は割と離れているので、そろそろ出ないと危ういかもしれない。

 楽しかった時間ほどあっという間に過ぎるというのは、本当らしい。


「…じゃ、行こうか」
「そう、ですね」

 自然な動作で伝票を手に取り、レジへ向かう。

 こういう自然体で気を遣える所は、苗木君の一番の長所だ。
 そんな彼を独り占めできただけで、十分満足。
 普段からの報われないアピールも、いくらかは救われたというもの。

「えっと…ごちそうさまです」
「気にしないでよ。舞園さんと、その…デート出来たんだし、これくらいは安いものだから」

「っ……」


 だから。
 不意打ちは卑怯だって、いうのに。

 そうやって私を魅了するから、この恋心はいつまで経っても冷めてくれないというのに。


 駅を後にして、飛び出すように高架下をくぐり抜ける。
 降り始めた小雨が、熱くなった私の頬には、ことさら冷たく感じられた。


ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。