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 年越し・正月は家族で暮らすのがしきたりだなんて、古臭い。
 そんな愚痴を吐きながらも、霧切さんは律義にもクリスマスの翌日から実家の方に戻っていった。

 事務所には年末年始休業の旨の張り紙を張って、僕も久しぶりに実家に帰省して年を越し。
 そうして三箇日を終え、帰ってきても事務所に彼女の姿はなかった。

 郵便ポストには、一通の封筒。
 筆跡から彼女のものと判断してしまうあたり、僕も探偵の助手として中々成長できているのかもしれない。



『苗木 誠君へ

 あなたも実家に帰ると言っていたから、この手紙を読むのは一月三日以降になるわね。
 急なことで申し訳ないんだけど、しばらく事務所の留守を頼まれてくれないかしら。

 実は、久々の私の帰省に興奮した父が、勝手に旅行を計画していたらしくて…
 「親族全員を集めて、世界で一番早く初日の出を迎える」なんて言い出したの。
 こちらの仕事の予定も考えずに、勝手なものでしょう?
 無視して帰ろうとしたんだけれど、あまりにもあの人が憐れで、仕方なく付き合ってあげることにしました。
 いい加減に娘離れしてくれないと恥ずかしいと、あなたもそう思わない?
 父以外にも、メイドはあなたとの仲を執拗に問いただしてくるし…私の実家に安息の場所はないのだと、思い知ったわ。

 愚痴っぽくなってしまってごめんなさい。お願い、聞いてもらえるかしら。
 もちろん無理にとは言わないわ。その場合、戸締まりだけ頼まれて頂戴。鍵はいつものところにあります。
 お土産は買って行くつもりだけれど、あまり期待はしないように。

 P.S. 明けましておめでとう。今年もよろしくね』



 探偵一族に隠し事は出来ないようで、霧切さんのご実家、学園長も僕たちの仲は知っている。
 それどころか彼女の家のメイドは、僕たちがどこまで進んだ、とか、そういうことまで事細かに把握しているらしい。
 時々彼女の家から、僕個人宛てに結婚式場の案内まで届く始末だ。
 悪戯にしてはたちが悪い。

 それにしても、新年のあいさつを追伸で済ませてしまうところなんか、とても彼女らしいというか。

「…何? 手紙に、おかしい所でもあったのかしら?」

 ひょい、と、霧切さんが僕の手から封筒を奪う。

「ううん。いたって普通の、霧切さんらしい手紙だったよ」
「言葉に含みがあるのが気に入らないわね…」

 主を失って、年末の掃除もろくに出来なかったせいか、事務所の中は閑寂が支配してしまっている。
 とりあえず換気と荷物整理から始めて、ひらりと落ちてきたのが、この一週間前に受け取った手紙だった。


 あの学校を卒業して、もう五年が経つ。


 僕は大学に進学し、霧切さんは再び海外に戻って活躍を続け。
 記憶が思い出になって、学園で過ごした日々よりも大学での勉強の方が頭を占めるようになった頃。
 きっかけは、彼女が日本に居を構えることになったという知らせを綴った、希望ヶ峰学園のまとめサイト。
 僕は何の気なしに彼女の事務所の住所を探し、そして手紙を送ってみた。

 もしかしたら返事の手紙が返ってくるかも、なんて淡い期待程度しか抱いていなかった僕は、
 まさか手紙の住所をたよりに、彼女本人が僕の家まで押しかけてくるとは露とも思わなかったわけで。


 と、こんな感じの、ドタバタした慣れ染めを思い出しつつ。
 僕らは二週間遅れの大掃除に、一区切りをつけている。


「…霧切さんのそういうところ、学園にいた頃と変わらないよね」
「あなたは、学園にいた頃の方がまだ可愛げがあったわ」

 荷物の整理を終えて、ついでに掃除も晩飯の支度も済ませて一段落。
 整理中に見つけた希望ヶ峰のアルバムを眺めながら、僕たちは一つのソファーに腰掛けていた。

「まさか、こんな意地の悪い男になってしまうなんて…思ってもみなかった」
「うーん、そんなに意地悪したつもりはないんだけどな」
「よく言う…私が夜中にトイレしている時に電気を消す病気を治してから、出直して来なさい」
「嫌いになる?」
「……、馬鹿」

 言葉を濁して、こつん、と肩に頭を乗せてくる。
 その仕草が可愛くて、拗ねたまま赤くなっている彼女の頬に、ついばむ程度にキスをした。
 真っ赤になってそっぽを向かれるけれど、その仕草もまた可愛い。

 当時の学友たちには見せられないほどの惚気。
 なんだかんだで僕は霧切さんに惚れ込んでいるし、彼女もこんな僕を好いてくれている。


「…、と。そういえば、お腹空かない?」

 触れ合う彼女の体の温もりは、まだ惜しいけれど。

 霧切さんが事務所に戻ってきたのは今朝、ほんの数時間前だ。
 それから二人で書類の整理なんかして、気付けば昼時と言うにはやや遅すぎる時間。
 何か食材でもあったか、とソファーから立ち上がれば、

「…空かないわ」
「う、わっと」

 彼女の両手が、再び僕をふかふかのソファーに引きずり込んだ。

「私はお腹は空いていないわ。今食べるのも中途半端だし、夜まで我慢しましょう」
「いや、あの…?」

 引っ張られた拍子に、腕を絡めとられる。
 霧切さんはそのまま僕の左腕を抱き込み、身動きをとれなくしてしまった。

「あの…霧切さん?」
「…何? 何か問題でもあるかしら?」

 憮然とした表情で、こちらを見返してくる。
 相変わらず、こういう時は何を考えているのか分からない。
 いつも僕の予想の斜め上にいるのだ。
 もちろん、それも彼女の魅力ではあるんだけど。

「…今日は寒いわね。こうしてくっついていないと、震えてしまいそう」
「あ、暖房の温度上げてこようか」
「…必要ないわ」

 ぎゅ、と、少し強めに僕の腕を抱いてくる。
 下手すると一カ月近くも触れていなかった、柔らかな胸の膨らみが、腕に押し付けられてスポンジのように形を変える。

 なんだろうか、と改めて顔を覗き込む。
 こうして彼女が、ろくな説明も無しに強引に迫ってくる時は、大抵何かあるんだけど。

 …と、今度は顔を反らされてしまった。


「あの…霧切さん」
「……」

 思いついた、一つの仮説。

「もしかして、甘えたいの?」

 ボ、と、音を立てて彼女の顔が真っ赤になった。
 図星のようだ。
 納得。確かにこれまでも、彼女は時々こうやって、無言のスキンシップを求めてきた。

 普段は知的でミステリアスな人だけれど、決して表情に乏しいわけじゃない。
 隠された内心を暴くのは得意なのに、自分が隠すのは苦手のようだ。

 そのくせ素直じゃないので、

「…子どもじゃないのよ。甘えたい、なんて幼稚な…思ってないわ、そんなこと」

 一向に腕を離す素振りも見せず、不機嫌そうに言い放つ。

 さて、この大人のような少女をどうしてくれようか。
 これが付き合い始めなら、彼女の気持ちを汲んでずっと一緒にいるのだけれど。
 この数年間で僕の中に芽生えた好奇心は、どうも彼女の言う通り、意地の悪い方へと枝を伸ばしてしまったようで。

「ふーん、そっか」
「あっ…」

 やや強引に立ち上がり、僕は霧切さんの腕を振り払った。

「やっぱり、何か作るよ。僕もお腹空いてるし」
「……」

 何かを抗議してくるような視線を受け流し、僕は台所に向かった。

 どうも彼女は、自分の気持ちに対して素直になれないきらいがある。
 というか、学園にいた頃からずっとそうだ。
 いくらそれを言葉で説明しても、彼女は否定するばかり。
 ならば今日は、言葉じゃなく行動で以て、彼女にわかってもらおうと思う。


 本音?

 素直な気持ちと、それを表現することへの気恥ずかしさの狭間で、ヤキモキしている可愛い霧切さんが見たいだけです。
 あわよくば彼女の方から甘えてくれて、まさに一石二鳥。


「…そんなにお腹が空いているなら、出前でも頼めばいいでしょう」

 ソファーの隅に座ったまま、霧切さんは依然として抗議の視線を送ってくる。
 いつもの僕なら、そこで彼女の気持ちを察して、二人の甘い時間を堪能するんだけど。
 やっぱり、いつも一緒にいてはそのありがたみが薄れてしまう。
 たまにはこういう刺激も必要だろう。

「出前は高いから」
「…戸棚に即席麺があるわよ」
「それは非常食。栄養も偏るし」
「……」

 少しの間沈黙していたかと思うと、ペタペタとスリッパの音が近づいてくる。
 あえて振り向かずに、冷蔵庫の中の食材を適当に漁っていると、

「…ぐぇ」
「……」

 ぐい、と、シャツの後ろを引っ張られた。
 首元がきつくなる。

「あの、霧切さん…苦しいんだけど」
「……」

 無言で、ぐいぐいとシャツを引っ張り続ける。
 まるでペットが飼い主に構ってほしい時のように。

 思わずにやけ顔になるのを必死に抑えて、適当に野菜を見繕う。
 晩飯の支度は終えてしまっているので、作るのは間食程度。野菜スティックなんかでいいだろう。

「霧切さん、包丁使うから。危ないから離して」
「……」

 ペットでなければ、聞き分けのない子供だろう。
 余程構ってほしいのか、注意に反抗するように、ますます強く引っ張られた。

「…私よりも料理の方が大事なのね、あなたは」

 いつもの凛とした声ではなく、拗ねたような甘ったるい声。
 猫なんかが、構ってほしい時に出す間延びした鳴き声に似ている。

「甘えたいの?」

 確認するように振り向けば、ぷい、とそっぽを向く。
 ああ、もう、撫でまわしたい。
 いつもは必要以上に大人びているのに、どうしてこういうときだけこんなに子どもっぽくて、可愛いのか。

「えーと、ニンジン、きゅうり…あと、大根も欲しいよね」
「……」
「ディップはどうする?霧切さんの好きな味噌マヨソースでいいかな」
「……」

 自分よりも食事を選んでいるのに相当お冠のようで、反応を返してくれない。
 そのくせシャツの裾を離そうともしないので、もう筋金入りだ。


 そりゃ、二週間以上も離れ離れだったのだし、僕だって霧切さんといちゃいちゃしたい。
 したいけど、こういう時はいつも、僕の方から迫るばかりだ。
 たまには彼女にも求めてほしいというか、愛するよりも愛されてみたいというか。

 焦らし続ければ、きっと彼女も観念するだろう。

 そういう、作戦だったんだけど。


「……もう、いい」


 掠れそうな声が背中で響くと、それまで僕のシャツを引っ張っていた腕が離れて、

「…うぐっ!!」

 どす、と、思いっきり僕のわき腹を突いた。
 ペタペタとスリッパが遠ざかっていく音、ぼふんと何かがソファーにのしかかる音。

 様子を振り返って見れば、ソファーに寝っ転がった霧切さんが、クッションに顔を埋めていた。

 ああ、もう、やっぱり撫でまわしたい。
 拗ねた子供みたいな仕草、おそらく本人は自覚していないんだろうけど。
 普段とのギャップで、それはいっそう可愛らしく見えてしまうのだ。

 グラスに野菜スティックを挿しこんで、ソースを小皿に移し入れて、ソファーに戻る。
 小机に置いたところで、芽生える悪戯心。

 投げ出された足の裏を、軽く擽ってみる。

「んっ、…!?」

 クッションの奥で、くぐもった声。
 びく、と体を一瞬縮こまらせて、それから抗議するように足を振るう。

「霧切さん、よけてくれないと僕が座れないんだけど」
「……」

 黙って足をよけてくれる霧切さん。
 拗ねていても、こういうところは素直だ。

「ありがと。ほら、野菜スティック出来たよ」
「……」
「霧切さん、あーん」
「……」

 適当にスティックを摘まみ、反対の腕で霧切さんの肩をつつく。
 と、バシッ、と力強く指を振り払われる。

 少し、虐めすぎただろうか。

 まあ、少し自惚れっぽいけれど、離れていて寂しかったのは僕だけじゃなかった…のだろう、たぶん。
 だとしたら、少し悪いことをしてしまったのかもしれない。

「霧切さん…怒ってる?」
「……」
「あの…ちょっと、悪戯したくなっちゃって…その、ゴメン。もうしないからさ」
「……」

 あ、やばい。
 反応がない、というのはよっぽどだ。
 以前に同じような状態に陥った時は、翌日まで会話を許してくれなかった。

 野菜を皿に戻して、覆いかぶさるように霧切さんに添い寄る。


 グス、と、鼻を啜る音が聞こえた。


「え、ちょ…泣いてる?」
「……グスッ」

 サッと、背筋が冷たくなっていった。
 霧切さんは、怒らせるよりも泣かせる方が怖い、と、耳にタコが出来るほど学園長から念を押されていたというのに。

「き、霧切さん、ゴメン!」

 先程の優勢はどこへやら、僕は慌てて彼女に顔を寄せて、

「…ふぶっ!」

 思いっきり、クッションを押し付けられた。


「ふぁもが…きりぎりふぁん…?」

 力の限り押し付けられているようだけれど、クッションなのでせいぜい息がしにくいくらいだ。 
 けれどもどういう仕組みなのか、霧切さんは僕の顔にクッションを押し付けている間に、
 するりと体勢を入れ替えて、僕をソファーの上に組み敷いてしまった。

 つまり、下からソファー→僕→クッション→霧切さん。ちなみにマウントポジションである。


「謝ったということは…私を虐めている自覚があったのね」

 怒気を孕んだ、湿っぽい声。

「ふが…クッション、のけて」
「よけない。わざと私に、ああいう…冷たい態度を取ったということよね、あなたは」
「む、ぐ…ふぁい」

 仕返しするように、ぐいぐいと顔にクッションを押し付けてくる。

 なんとも微笑ましい反撃だけれど、彼女の声音は潤んだままで、僕の罪悪感を拭うには足りなかった。

「私自身の都合で離れていたとはいえ…あなたに会えない二週間、私は本当に寂しかったのに…」
「う…」
「久しぶりにあなたと会って、二人だけで過ごせる甘い時間を、本当に心待ちにしていたのに…」
「……」

 クッションを取り払い、そのまま腕を僕の背中とソファーの間に潜り込ませて、胸板に顔を埋める。
 ようやく、いやもしかしたら初めて、霧切さんが自分から僕に甘えてくれた瞬間だった。

 さすがにもう、ここから悪戯を仕込む気にはなれなくて。

「ゴメンね、霧切さん…」

 シャツがわずかに涙の跡を作るのを構わず、僕は彼女の背中に手を回した。


「こういうことするの、いつも僕の方からでしょ。だから…たまには霧切さんから甘えて欲しくて」
「…じゃあ、最初から素直に、『甘えてください』って言えばいいでしょう…」
「う…それだとなんか違うんだよね…」
「とにかく、二度と…ああいうことはしないで。…あなたに嫌われたのかと思ってしまうから」
「わかった、絶対しない」

 約束する、と付け加えると、顔に押し付けられたクッションがよけられて。
 さっきまで胸元にあったはずの、霧切さんの顔が目の前にあった。
 睫毛がうっすらと濡れている。

「……許しを、乞いなさい。私に、少しでも申し訳ないと思っているのなら」

 なんか物騒な言葉。照れ隠しだろうか。

「…本当に、ゴメンなさ」
「そうじゃない」

 どすん、と、僕の上に乗った霧切さんが体重を掛けてくる。
 重くはないけれど、少しだけ苦しい。

「その、だから…言葉じゃなくて態度で…恋人なら、恋人らしい方法で…」

 どす、どす、と、何度も胸板を叩いてくる。
 攻撃的なスキンシップかと思いきや、頬は真っ赤で、視線は泳いで。

 ああ、と納得する。

「…『ごめんなさいのキス』をしろ、ってことかな」

 彼女は、今、せいいっぱいに。
 僕に甘えようとしてくれているのか。

「言葉に…しなくても、いいでしょう…」
「いや、間違っていたら困るからさ…」
「…あなたに…キスされて、困ることなんてないわ…」

 落ちてくる、濡れた目元。
 涙の痕がうっすらと光っていて、綺麗で、


 僕は、その幸せを享受した。




 そのあと、あの閑寂な事務所で何が起こっていたのかは、お察しいただきたい。
 あの展開から予想されるであろう、恋人としてやるべきことをやった。
 ただ、いつもよりも霧切さんは素直に甘えてくれた、とだけ記述させてほしい。

 ことの顛末を知るのは、僕と、霧切さん。

 そして、

 どういうわけかあの時の様子を事細かに映像として記録し、ホームビデオに加えようととしていた、探偵一族のみである。


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