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気がつけばそっと体を引き寄せられ暖かなもので体を包まれていた。
それは苗木君の腕であり体であり、服一枚隔てた先から命の脈動が伝わってくる。
誰もいない、夕焼けに染まる教室の中で私たちは密着していた。
廊下からは下校する他の生徒の声が聞こえてくるがそれすらも遠い世界の出来事のようだった。

(暖かい…)

知らず知らずのうちに私の手は苗木君の背中へと回っていた。
息を呑むような苗木君の気配が伝わってくるが、今更手を降ろしたりはしなかった。

(もう少しだけ…もう少しだけこうしていたい…)

それは紛れもなく本心だったが、そんな事を考えている自分に驚くと同時に恥ずかしさがこみ上げてきた。
ちょうどその時下校のチャイムが鳴りそれを合図に抱擁が解けた。

(あっ…)

少し残念に思う己の思考を振り払う。
正面にははにかむような苗木君の顔がある。
直視できずに私はそっぽを向いてしまった。
なんだろう、この気持ち。
私は探偵で、常に冷静でいなくてはならないのに。
自分で自分の心が分からない。
苗木君と一緒にいるとかき乱されてしまう。

「その…嫌、だったかな」

その声にハッと顔をあげる。
戸惑ったような視線とぶつかり、何か言わなくてはと焦ってしまう。

「ち、ちがうわ…」

反射的にそう応えてしまった。
本当にらしくない。よく考えを吟味せずに発言するなんて。

「良かった…」

心底安心したように苗木君が微笑む。
たったそれだけのことなのに幾分か心が安らぐような気がする。
色々考えているのが馬鹿らしい気がしてくる。

「そろそろ帰ろうか?」

手を引っ張られ教室を出る。
少し前を行く苗木君の耳は少し赤くて、でもきっと私の顔もきっと赤い。
そのことに自然と笑みが浮かぶ。
手袋越しにでもやはりその手は暖かかった。


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