今日はクリスマスイブ。
街にはきらびやかなイルミネーションが施され、道を行きかうカップルであふれている。
しかし、僕、苗木誠はというと。
「・・・」
熱を出し、保健室で寝ていた。
(はあ。どこが超高校級の幸運だか・・・)
特に用事があったわけではないが、なんだか損した気分になる。こういうところは、僕が凡人だからなのだろうか。
前向きが唯一のとりえである僕だが、こういうシチュエーションにはへこんでしまう。
「フン、風邪を引くなんていかにも庶民のお前らしいな。」
「いや、関係ないでしょ・・・」
「ずばり、苗木っちの病気はすぐに良くなるべ。
俺の占いは3割当たる!」
「・・・残りの7割はどうなるの?」
「風邪なんて、プロテインを飲めばよくなるよ!」
「いや、我は病気のときは走りこんだ後に、滝に打たれるのが一番だと思うぞ。」
(いや、僕はそんなことしたら死んじゃうと思うぞ・・・)
皆家に帰っていたり、仕事が忙しかったりで寮に残っていたのは彼らだけだった。しかし、その4人も用事ができて外出してしまった。
彼らといると、疲れるも確かだが、いないとさびしく感じてしまう。
(はあ・・・この後どうしよう)
壁の時計に目をやると、すでに7時を回っていた。
彼らがいなくなった後、もう一眠りしていたため、風邪はかなりよくなっている。しかし、外に一人で出る気にはとてもなれなかった。
若干のホームシックを、胸に感じながら寝返りを繰り返していたとき、
ガチャリ、とドアを開ける音が後ろから聞こえた。
誰が来たんだろう。振り返ってみると、そこにいたのは。
「・・・メリークリスマス。調子はどうですか、苗木君?」
「舞・・・園さん?どうして・・・今日は仕事じゃなかったの?」
「さっき終わりました。苗木君が風邪だと聞いたので、こっちによることにしたんです」
「ご、ごめん、気を使わせちゃって・・・」
「もう、苗木君。誤る必要なんてないですよ。私が勝手にしたことですし。
それより、林檎買ってきました。今、切りますね。」
「はい、苗木君。あーん」
「ちょ、いくらなんでも恥ずかしいよ・・・」
いたずらっぽく笑った舞園さんが、フォークにささった林檎をちらつかせている。
「誰も見てなから大丈夫です。それより、苗木君は病人としての自覚を持って下さい。」
まだ、顔も赤いですよ・・・と、僕の顔を覗き込む舞園さん。
もっと恥ずかしくなり、目をそらしてしまう。
「だ、大丈夫だよ。熱はだいぶ下がったし・・・」
林檎と同じぐらい顔を赤くして答えるが、全く説得力がない。
本当ですか?と、クスクスしながら首を傾げる舞園さん。
見るものを笑顔にさせてくれる、彼女の仕草は。何時だったか本人が言っていた、過去の記憶の。彼女を励ましたアイドルのそれと同じだろう。
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「そういえば、クリスマスプレゼントもあるんですよ。」
嬉しさ3割、恥ずかしさ7割の食事の後、待っていたのは嬉しい贈り物。
彼女から差し出された紙袋には、暖かそうな赤いマフラーが入っていた。
「わあ、ありがとう・・・! でも、僕は何も用意していないな・・・」
「いいんです。苗木君にはこの1年間、お世話になりっぱなしでしたし。」
「じゃあ、せめて、何かしてほしいことがあったら言ってくれる?」
別に今すぐじゃなくてもいいからさ。僕がそういうと、舞園さんは頬に手を当てて少し考えたあと、
「そうですね・・・。苗木君がよければ、一緒に初詣にいきましょう。いいですか?」
「もちろんだよ。」
少し意外な申し出ではあったが、断る理由はないし。なにより舞園さんから誘ってくれたのは、嬉しかった。
会話の後、すこしの間二人とも黙ってしまったので、僕は起き上がり、
「僕、コーヒー入れてくるね」
何ももてなしをしていなかったことに気がつき、そう言った(僕の部屋ではないけどね)。
「あ、私がやりますよ?」
「いいよ。これくらいならできるから。」
「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
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保健室の奥にある電気ケトルでインスタントのコーヒーをつくり、再びベッドに戻ると、
(・・・あ。)
やはり仕事帰りで、疲れていたのだろうか。彼女はスヤスヤと、安らかな寝息をたてて僕のベッドに突っ伏していた。
このままでは風邪を引かせてしまう。が、寝させてあげたほうがいいだろう。
そう判断した僕は、起こさないように、そっと、慎重に彼女を隣のベッドまで運んだ。
向こうで寝る彼女は、本当に気持ちよさそうだ。
しかし、さっき恥ずかしい目にあったことを思い出した僕は、ささやかな反撃をしかけた。
(えいっ・・・)
パシャッという音。もちろん僕のケータイの音だ。
心を洗われるような彼女の寝顔。 今日の僕の不幸なんて、彼女は一瞬で消し去ってくれる。
思い返せば、僕こそ舞園さんの笑顔に勇気付けられ。言葉に励まされ、この学園での1年を送ってこれた。
同じ中学のよしみとはいえ、何のとりえもないといっていい僕に普通に接してくれたのは、彼女だけだった。
もし彼女がいなかったら、すでに学校をやめていたかもしれない。それだけ、この学園生活は天才たちに囲まれる不安や、自分の能力への絶望でいっぱいだった。
だからこそ。舞園さんと出会えたこと、それが僕の最大の「幸運」だと信じて。
「来年もよろしく、舞園さん」
最終更新:2012年01月04日 18:20