大人ナエギリ花札編 二枚目

二枚目:梅に鶯

 ホーホケキョ、ケキョケキョ。
 隣の庭の梅の木がお気に入りらしい鶯は、今日も変わらず喉を鳴らす。
 窓から覗き、綺麗なオリーブ色の羽毛を見て、昼はパスタでも作ろうかなどと思い至る。

「ん…」
 時計の針が十二時を過ぎた頃、ようやく眠り姫が寝室からのそのそと這い出てきた。
 瞼をこする仕草がなんとも色っぽい。
「おはよ、霧切さん」
「…あなた、またソファーで寝たわね」
 爽やかな朝の挨拶は、ジト目でもって跳ね返された。

 霧切さんが僕の家で寝てしまうことは、実は頻繁にある。
 仕事の疲れからウトウトと、とか、お酒で酔いつぶれて、とか。今日は後者だ。
 彼女が言うには、自分の家よりも落ち着いて、どうも気を抜いてしまうそうだ。

「お客様をその辺に寝かせるわけにはいかないでしょ。まあ、僕のベッドも上等とは言い難いけど」
「寝心地は最高だったわ。…けれども、どうして家主を追い出して、私がベッドを占領するのよ…」
 霧切さんはまだ眠いようで、起きてきたばかりなのに、再びソファーに横になってしまった。
「適当に転がしておけばいい、と、いつも言っているでしょう…」

 とは言っても、それは無理な話。
 何せ彼女は、寝返りを打つたびに服を肌蹴るんだから。
 目の毒だし、そのまま放置して風邪を引かれても困る。
 ホント、ベッドに運ぶまで大変だった。主に理性が。

「文句があるなら、今度からは飲みすぎないでね」
「…普段はないのよ、酒に呑まれることなんて。どうしてあなたの家では…」
 昨日の酒盛りを思い出す。
 確かに、お互いに飲み過ぎというほど飲んだわけじゃない。
「僕の家なら別にいいけどさ。他の人の家では、絶対にやっちゃダメだよ? 特に男の人の家」
「その心配はいらないわ。どういうわけか、あなた以外には縁が無いのよ」
 ヒラヒラ、と、ソファーの上で手を振る。

 まあ、僕の家では安心して眠ってしまうということは。
 つまり、それだけ僕が男として意識されていないということだろう。
 職業上、身の危険には人一倍敏感な霧切さん。
 その彼女が落ち着けるというのだから、危険とすらみなされていないんだ、僕は。
 彼女の心を休める止まり木になれているのなら嬉しいけれど、男としては幾分複雑である。

「…あなたの部屋、鶯の囀りが聞こえるのね。お陰で目を覚ましたわ」
「春告げ鳥の谷渡り、だね。目覚まし代わりにしては風流じゃない?」
「まあ、そうね…ただ、風流を感じるには、まだ頭が起ききっていないかも…」

 ゴソゴソとソファーの上で丸くなる姿は、寒がりな猫そっくり。

「…良い匂い。何を作っているの…?」
 ソファーから届く声に、まどろみが混ざる。
「ただのパスタ。ニンニクを炒めてるだけだよ」
「あと何分で出来るかしら…」
「十分くらいかな。サラダも合わせれば、もう少し」
「…私はもうひと眠りするわ。御飯が出来たら起こして頂戴」
 少しして、寝息が聞こえる。
 春眠暁を覚えず、にはまだ少し季節が早いと思うのだけれど。
 三鳴鳥の目覚ましも、彼女の休息を妨げるには役者不足のようだ。




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