大人ナエギリ花札編 三枚目

三枚目:桜に幕

「…お花見?」
「近所の公園、満開だったよ。これ、お土産」

 苗木君の手には、一本の桜の木の枝。
 まだ開く前の蕾が、なんとなく愛くるしさを感じさせる。
 木を手折るなんて無粋な真似はしない人だ、落ちているのを探して拾ってきたのだろう。
 受け取って、花瓶代わりのコップに挿すと、これで中々趣がある。

「いつもどっちかの家で飲むばかりだからさ」
「居酒屋やバーで飲むよりも経済的だし、料理も美味しいもの」
「はは…作ってるの僕だけどね。でも、花見にしてもお弁当は僕が作るし」
「そう、ね…」
「今週末あたりに、みんなも誘って…どうかな」

 予想通り。
 相変わらずの苗木節に、思わず吐きそうになったため息を飲み込む。
 私がその手の宴会に行き渋る理由を、彼は未だに理解してくれない。

 彼の言う『みんな』とは、高校時代の友人のことだ。
 卒業して社会人となった今でも、親交は深い。
 あの学び舎で築いた交友は、ある意味では血よりも濃い。
 特に苗木君が声を掛ければ、例え国外でもスケジュールを調整して会いに来る人も。
 ひとえに彼の人望がなせる業だ、それはいいとして。

「…苗木君。『桜』は『咲く羅』の話、知っているかしら?」
「う、うん…桜の花は、死んだ人間の血を吸うから赤くなる、って噂だよね」
「噂の審議は分からないけれど…あの辺り、昔は墓地だったそうよ」
「……」
 口から出まかせだけど、分かりやすいくらいに苗木君は顔を青くする。
 ホラー映画は平気なくせに、どうしてノンフィクションにはこうも弱いのか。

「それにこの時期は虫も出るわね。木の下に幕を張れば、ボトボト落ちてくるわ」
「うぇえ…」
「私は虫は平気だけど、あなたは苦手でしょう。両方とも」
「う、うーん…」

 一度、珍しくも彼の方から家に呼び出されたことがある。
 何かと思えば、台所にゴキブリが出たから退治して欲しい、という依頼だった。
 虫だの鼠だのに怯んでいられない探偵職、確かにゴキブリは平気だけれど。
 頼りにされるのは嬉しい半面、そんなところで頼りにされる女というのもどうなんだろうか。

「どうせ夏には、また集まるんでしょう?」
「一応花火大会の日に招集はかけるけど…」
「再会の楽しみは、それまで取っておきなさい」

 二人分のコップを取り出し、ビールを注ぐ。
 苗木君が作ってくれた惣菜も、皿に盛り付けて食卓へ。
 真ん中に桜の枝を飾れば、これも花見でいいじゃないか。
 桜に盃、宴で一杯。

「私の家で、桜の枝を肴に…大人しく『二人で』飲みましょう?」
「…うん、そうする」
「ふふ…乾杯」




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