大人ナエギリ花札編 四枚目

四枚目:藤に時鳥

「綺麗でしたわ、銚子の『臥龍の藤』」
「隣に愛する人がいてこそ、ひとしおの美しさでしたな」
「…いつのまにウチの駄豚は、そんな歯の浮くようなセリフを覚えたのでしょうか」

 ぎゅー、と、山田君の頬を抓りあげながらも、ほんのり頬が赤いセレスさん。
 あのポーカーフェイスがここまで分かりやすくなるなんて、人も変われば変わるものだ。
 あまりの微笑ましさに、霧切さんもため息をつく。
「…惚気は余所でやってくれないかしら」
「はは…まあ、藤の花言葉も『恋に酔う』だし、今の二人にはピッタリだったかもね」

 久々に来客用のカップを出して、紅茶を淹れてリビングに戻る。
 机の上には所狭しと写真やパンフレットが広げられていた。
 二人で休暇を合わせ、先月末に旅行に行ってきた、そのお土産だそうだ。

 山田君とセレスさんは高校以来の恋仲で、時々こうして暇を持て余しては二人揃って遊びに来る。
 遠目に見ればご主人様と召使のような関係だけど、二人とも満更じゃないらしい。

「そういうお二人は、…藤を見るにはまだお早いようですわね、霧切さん」
「…大きなお世話よ」
「え? 何、どういうこと?」
 不機嫌そうに顔を背け、カップをひったくる霧切さん。
 話についていけずに解説を求めると、三人がほぼ同時に顔を見合わせた。
「……はぁ」
「…同情いたしますわ」
「ギャルゲー主人公もビックリの鈍感っぷりですぞ、苗木誠殿…」

 冷や汗を拭いながら、山田君に箱を手渡される。

「お土産のほととぎす饅頭ですぞ。紅茶のお供にでも」
「わ、ありがとう」
「…何故、藤の名所のお土産にホトトギス…?」
「藤にホトトギス、そういう組み合わせなんだよ。到来する季節も同じ頃だしね」
「…博識ね。どうして知識はいらないくらい余ってるのに、知恵は回らないのかしら」
 心外である。
 首を傾げていたから分かりやすく説明したつもりが、ジト目で睨みあげられてしまう。
 時々彼女はこうして唐突に怒っては、その理由すらも説明してくれないので、僕はただ粛々身をすくませるばかりである。

「ま、まあ、日本のホトトギスは、藤よりも俳句で有名ですからな」
 見かねた山田君から助け舟。
「そ、そうだね。鳴かぬなら、ってやつでしょ。僕は『鳴くまで待つ』派なんだけど」
「私は『鳴かせてみせる』派ですわ。まあ、山田君は早々に鳴いてくれましたが…うふふ」
「…実際は『殺してしまえ』の勢いでした…ええ、はい」
 当時を思い出したのか、山田君の顔が青くなる。

「…私のホトトギスは、いつになったら鳴いてくれるのかしらね」
 ぽつり、霧切さんが漏らした。

「え? 霧切さん、ホトトギスなんて飼ってないでしょ」

「…鳴くのは当分先のようですな」
「待つ身は辛いですわね、霧切さん」
「いいえ…結局は『鳴かせてみせる』技術も『殺してしまう』勇気もない、私自身の問題でもあるのよ…」
 はぁ、と、三人分のため息が重くのしかかる。
 見えない針の筵と化してしまった家の中で、家主の僕はワケも分からず紅茶を啜るのだった。




ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。