大人ナエギリ花札編 八枚目

八枚目:芒に月

「絶好の観月日和ね」
「…もう夜だけどね」
 苗木君の茶々は置いといて、夕刻過ぎれば暑さも忘る。
 ベランダから仰げば、見事な仲秋の名月。
 郊外の住宅地なので、街灯が月影を邪魔することもない。

 月見でもしないか、と提案したのは私の方から。
 いつも彼の家にお邪魔して、冷蔵庫を漁るばかり。
 たまには私がもてなして、女らしく手料理の一つでも振舞おう、そう決意したまではよかった。

 脱ぎっぱなしの服、放置された食器、溜まるだけ溜まったゴミ袋。
 最近出張が続いて、自宅の掃除なんてほとんどしていなかった。
 プライベートの私の怠け具合は苗木君にもバレているが、それでも招く側にもマナーというものがある。
 朝からゴミを捨て、部屋を片付けて、掃除機をかけて、…

 まさか、それだけで日が沈んでしまうとは思わなかったのだ。

 何が悔しいかと言えば、苗木君がそれを見越していたこと。
 あらかじめ料理を作ってきてくれたようで、何故、と聞いてもはぐらかされる。
 きっと彼にはお見通しだったのだろう。
 肝心なことは気がついてくれないくせに、こういう余計なところにばかり気が周るのだから。
 …今度からは、マメに部屋を掃除しよう。そうしよう。

「お待たせ、霧切さん」
 先日買った組盃のセットを持って、苗木君がベランダに上がる。
 私は一足先に、夜風に交じる虫の音を楽しんでいた。

「…松虫、コオロギ、鈴虫。日本の夏は自然と共にあるべきよね」
「姿が見えない分にはいいんだけどね…。霧切さん、甘いソースとか大丈夫だっけ?」
「あなたが作ったのなら大好物よ。里芋かしら?」
「お月見料理だから、丸いものをね。茹でて柚子味噌付けただけなんだけどさ」
 お皿に盛りつけられた里芋の山に、さっぱりとした柑橘系の香り。
 単純な料理のはずなのに、それだけですごく美味しそう。
 私も自炊が出来ないわけじゃないけれど、彼の料理を見るたびに、やっぱり比べてしまう。

「本当は団子とか豆料理も用意しようかと思ったんだけど、あまり多すぎてもどうかな、と思って」
「…あなた、主夫でも目指しているの?」
「いや…なんていうか、一人暮らしだと料理ぐらいしか趣味が持てなくてさ」

 二人分の盃に清酒を注ぎ、カツ、とぶつける。
 水面に映った月が、波に乗って揺れた。

「…月の綺麗な夜、美味しい料理、高いお酒…」
「隣に良い人でも居れば、最高だね」
「…そうね、最高だわ」

 ふふ、と笑いかけると、苗木君は首を傾げた。
 きっと意味の分かっていない彼の盃に、二杯目の清酒をなみなみ注ぐ。

「うわ、とっと…ぼ、僕はあまり飲めないからね。帰りもあるんだし…」
「良いじゃない、たまには止まっていきなさい。明日は休日だし」
「うー…酔っ払って霧切さんに迷惑かけるかも知れないし」
「いつもの私への当てつけかしら?」
「そ、そうじゃないけどさ…っていうか、僕が霧切さんを迷惑に思うことなんて、……ないよ、あんまり」
「…今の間は?」




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