大人ナエギリ花札編 九枚目

九枚目:菊に盃

 『九月九日は重陽』と言われて、ピンとこない人も多いかもしれない。
 五節句のうち、菊の節句とされる九月九日を祝う風習は、日本ではほとんど廃れてしまっている。
 特に何をすると決まっているでも無い。
 雛壇を出すわけでも、鯉幟を上げるわけでも、短冊に願い事を書くわけでもないのだ。
 その影の薄さに、どことなく親近感を覚えてしまう。

 なので、こっそりと祝ってみた。

「…今日は何か特別な日だったかしら…?」
 怪訝そうな表情で食卓に着く霧切さん。期待通り、ビックリしている。
 旬の野菜が入ったので、とだけ伝えて、いつも通りに僕の家に招いただけ。
 予想通り、テーブル上の異様なほど豪華な食事に目を見開いていた。
 気合を入れて作った甲斐もある、というか、これがやりたかっただけ、というか。

 カボチャは煮崩してから、牛乳で伸ばしてポタージュに。
 御飯には栗を混ぜ込んで、メインディッシュの鮭はたっぷりのキノコとともにちゃんちゃん焼き。
 最後に渾身の力作、タルトは生地にババロアを流し込んで、桃のコンポートで飾り付け。
 旬ということで、予算も思ったほどかからずに豪勢な食卓が出来上がったわけである。

「誕生日、じゃないわね…手帳にも特に予定は書いていなかったし…」
 推理が始まると長くなってしまうので、僕は先手を打ってコップにお酒を注ぐ。
「ホラ、料理冷めちゃうよ霧切さん。かんぱーい」
「え? あ、ええ…そうね、乾杯」
 まだ納得は仕切っていない様子だが、それもそうだろう。
 海外暮らしが長い霧切さんのことだ、きっと今日が何の日かなんて、

「いくら苗木君とは言え、まさか菊の節句だから、なんてベタな理由を持ってくるとも思えないし…」
「……」

 さあ、もう後には退けない。
 なんとかして、今日を菊の節句以外の、何か別の記念日としてこじつけなければ。

「えー…っと、そう、今日は、実は……、…」
「…ふふ、冗談よ。私でも菊の節句くらい知っているわ」
 僕の顔色が変わったのを察してか、霧切さんから種明かし。

「…そういう心臓に悪い持ち上げ方、止めない?」
「あら、あなたが最初に私を担ごうとしたんでしょう? 十年早いわね」
 いつの間にか彼女は箸を取り、一足先に料理に手を伸ばしていた。

「だいたい、情報戦で探偵に勝とうなんて考えがもう甘いのよ、あなたは」
「一応僕の土俵でもあったんだけどなぁ…あ、クルトン取って」
「これ? …その日が何の日か、というのはミステリでも使い古されたトリックよ。まだまだ凡人の域を出ないわね」
「う…そこまで言う?」
「私に勝負を挑んだ報いと、日頃のお返しよ」
「ええー…」
「毎月毎日負け越しだもの、あなたには。今日くらい鼻を伸ばしても良いでしょう?」
「僕、そんなに霧切さんと勝負した覚えないよ」
「……ええ、そうね。あなたに自覚がない時点で、もう私の負けだわ」

 さっきまでのしたり顔とは打って変わって、憂鬱気に眉を顰める。

「惚れた弱み、とはよく言うけどね…」




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