黒チョコの三角

< 2月13日・未明 食堂 >

※※※は焦っていた。計画に必要な物を手に入れるのに想定以上に時間がかかってしまった。
しかも待たせた割りに「あいつ」は妙なデザインの物しか持って来なかった。
こんな場所に人を閉じ込めておいて「不自由はさせない」なんて言っていたくせに……。
ふつふつと怒りが湧き上がってきたが、※※※は気持ちを切り替えようと大きく息を吐く。
……今となっては「あいつ」に腹を立てても仕方が無い。今は、それどころではない。
とにかく誰にも見られないように今日中に「あれ」を完成させて、明日、彼に渡さなければならないのだから。
胸いっぱいの、この気持ちを添えて──


< 2月14日・午前 寄宿舎 >

恒例の朝食会を終え、部屋に戻ったボクはどうにも落ち着かず、しばらくして再び部屋の外に出た。
……モノクマによると今日はバレンタインデーらしい。今まで母さんや妹ぐらいからしかチョコを貰った事のないボクだけど……
やはり、どうしても意識してしまう。恐らく数日前から大半の男子はそうだったんじゃないだろうか。
十神クンや石丸クンはまるで気にもしていない様子だったが、他の男子は一様にソワソワしているように見えた。
寄宿舎の廊下を、当ても無く歩き出すボク。無意識に足は人が集まる食堂に向かう。
……何を期待してるんだ。いや、でも、万が一という事も……。

あれこれ考えながら食堂の扉をくぐろうとした時、ちょうど出てきた人とぶつかりそうになってギョッとした。
ボクと同じように目を丸くして一瞬固まっているこの人物は……セレスさんだった。
彼女自身の言葉を借りるならボクと「とっても仲良し」な女の子。
セレスさんなら……義理にしても……あるいは……?

「あ、苗木君。あの……。……いえ、何でもありませんわ」

期待に胸を膨らませていたボクをよそに、彼女は何か言いかけてやめてしまった。
そしてそのままボクの前から離れていってしまう。……まあ、そうだよな。
そもそも、倉庫に備蓄されていたお菓子はスナック菓子や飴といったものがほとんどで、チョコは置かれていなかった。
恐らく倉庫には冷蔵設備が無いせいで、チョコは溶けてしまうからだろう。
仮にチョコを渡したいと思ったとしても、今のボクたちには手に入れられないのだ。
何らかの手段で、学園の外から調達するのなら話は別だけど。
……そう。だからセレスさんからチョコを貰えなくても仕方がない。……仕方が、ないんだ……。

少し落ち込みながら食堂に入り、何気なく辺りを見回す。中途半端な時間のせいか、予想に反してボク以外の人影はない。
……お茶でも飲んで部屋に戻ろう。そう思って厨房に歩を進めた時、突然背後から声をかけられた。

「苗木君! ここにいたんですね」

振り返るとそこには“超高校級のアイドル”舞園さんが立っていた。
相変わらずの華やかな笑顔を浮かべている彼女を見るだけで、気分が和らぐ。

「さっき苗木君の部屋に行ったんですけど、探しましたよ。……はい、これ」

そう言った舞園さんは人目をはばかるように周囲に目を向けてから、ボクに向かって赤いリボンのついた白い箱を差し出した。
わざわざ……ボクを探して? これって、もしかして……!?

「チョコレートです。ちょっと恥ずかしいから、他の皆さんには内緒にして下さいね」

「あ、ありがとう! 舞園さん!」

微かに頬を染めた舞園さんから、チョコが入っているという箱を両手で受け取る。
う、嬉しい……。まさか舞園さんがチョコをくれるなんて。感動で目頭が熱くなってくる。
舞園さんに断ってから、添えられていたメッセージカードを開くと、そこにはこう書かれていた。

『いつも優しく励ましてくれてありがとうございます。   舞園さやか』

ただの日頃の感謝の気持ちを表したようにも見える文章だったけど、そんな事は問題じゃない。
トップアイドルの舞園さんがバレンタインデーにチョコをくれたっていうだけで、十分すぎるぐらいだ。
ボクはこの学園に来て初めて、心から自分の“幸運”に感謝した。

「じゃあ、私はこれで。溶けちゃわないうちに食べて下さいね」

照れ隠しか、早々に踵を返す舞園さん。彼女が出口に向かって少し歩いた所で、その前に人影が現れる。
さっき食堂から出て行ったばかりのセレスさんだ。
もしかして、今の様子を見ていたのだろうか。……何故か少し後ろめたい気がした。
無表情のまま、舞園さんと視線を交わしたセレスさんはボクの方を向いて口を開く。

「あの、ちょっと相談がありますの……」

言い終わって、彼女は再びちらりと舞園さんに視線を送った。


セレスさんに促され、ボクは空いている椅子に腰掛けた。
舞園さんが無言のままこちらに目を向け、軽く会釈をして食堂を出て行くのを見て、ボクの隣にセレスさんも座った。

「実は、わたくしも……チョコレートを用意していたのですが」

セレスさんは誰の為に用意したのかは言わなかった。……非常に気になったが、ひとまずそれは置いておく。

「昨日、冷蔵庫に入れておいた物を朝食の後に取りに行ったら、それが無くなっていたのです。
ひょっとすると誰かに盗まれてしまったのではないかと思いまして」

ここで言葉を切ったセレスさんは言葉を探すように目を伏せる。
チョコ泥棒……!? 本当なら許せない事だけど……何だろう、この感じ。何か嫌な予感がする。

「ですが、今この学園内にいらっしゃるほとんどの方はあまり料理をしませんわね?
従って、冷蔵庫を開ける機会が少なく、チョコを見つける事ができないと思うのです。
しかもチョコレートは貴重品……そうそう手に入れられる物ではありません」

セレスさんの視線はいつの間にかボクの持っている箱に移っていた。
ボクは彼女が何を言いたいのかすぐに理解できた。

「ちょ、ちょっと待ってよ! まさか、舞園さんが犯人なんてこと……」

ボクは動揺のあまり、つい椅子から立ち上がりそうになった。
そう。セレスさんは舞園さんがチョコを盗んでボクに渡したのではないかと疑っているのだ。
まさか、あの舞園さんがそんな事をするなんて、ボクには到底思えないが……。

「落ち着いて下さい、苗木君。わたくしも舞園さんをそこまで強く疑っているわけではありませんわ。
ですが……先ほど申し上げたような理由で、些少の疑念を抱かざるをえないのです。
つまらない疑いを晴らすためにも、そちらのチョコレートを見せて下さいませんか?」

話の筋は通っているし、ここで拒否する訳にはいかないだろう。ボクは箱を開けて中身をセレスさんに見せた。
箱の中に入っていたのは……大きなハート型のチョコレート。大胆にも中央に希望ヶ峰の校章があしらわれている。
学園オリジナルのチョコレートだろうか。こんな模様の、よくあったな……。

「どう、セレスさん?」

固い声で尋ねるボクに、セレスさんは首を横に振って答える。

「わたくしのとは違うデザインですわ。……おかしな事を言って、すみませんでした」

素直に頭を下げるセレスさん。ひとまず、このチョコは安心して持っていていいようだ。
だが当然、これで解決というわけにはいかない。

「では、改めてお願いです。苗木君……わたくしのチョコレートを盗んだ犯人を、どうか捕まえて下さい」

セレスさんはすがるような表情で、ボクの顔をじっと見つめてきた。


こうしてセレスさんのチョコレートを盗んだ犯人を探す事になった。
人気のない食堂で、ボクとセレスさんの二人だけの捜査会議を始める。

「じゃあ、まずは誰にセレスさんのチョコを盗みだす事が出来たか考えてみようか。
チョコは当然、厨房の冷蔵庫の中に置いてあったんだよね?」

そうでなくては、暖房の効いた学園内ではあっという間に溶けてしまうだろう。

「もちろんですわ。冷蔵庫はここの厨房にしかありませんもの。
わたくしの部屋にも冷蔵庫があれば、こんな事にはなりませんでしたのに……」

ボクの質問に答えてセレスさんは物憂げに少し俯いた。彼女の辛そうな表情を見ていると胸が痛む。

「チョコを冷蔵庫に入れたのはいつ?」

「昨日……13日の朝です。チョコを用意している所を、他の方に見られたくありませんでしたから」

という事は、犯人は13日の朝から今朝までの間に厨房に侵入してチョコを盗んだのか。
さて、これを踏まえて犯行が可能な人物は──

「……誰にでも犯行のチャンスはありそうだね」

ただでさえ人の出入りが多い食堂だ。ましてや丸一日も猶予があってはとても犯人を限定できそうにない。
昨日からずっと厨房で人の出入りを監視していた人なんている訳がないし……。

「わたくしも、あなたに相談する前に同じように考えましたの。
そこで、先程言いましたように『冷蔵庫を開けて偶然チョコを見つけそうな人』が誰かを考えました。
その条件が唯一当てはまりそうな人物が舞園さんだったのですが」

ボクは自分の記憶を辿り、改めてセレスさんの意見を検証した。……確かに。
昨日、というかこの学園に来てずっと、仲間の内でまともに料理をしているのは舞園さんぐらいのものだ。
ほとんどの人は料理の技術がないだろうし、あっても面倒だからとインスタント食品やレトルト物ばかり食べている。
……十神クンが皆の前で「毒でも盛られたら~」なんて言ったせいもあるかもしれない。

「うーん、そうなると……」

時間と場所の条件で考えると、犯行自体は誰にでも可能。というか情報不足で絞り込めない。
冷蔵庫を開けそうなのは舞園さんだけだけど、彼女がボクにくれたチョコはセレスさんの物とは違う。
……これは難しい事件だ。それとも、アプローチの方向が間違っているのだろうか。
何か他の可能性はないかと頭を悩ませる。一瞬、おかしな考えが頭をよぎったけどそれはすぐに追い払った。
ボクが唸り声を上げながらひたすら頭を悩ませ続けていると、セレスさんが口を開いた。

「では、こういうのはいかがでしょう? やはり、舞園さんが犯人……」

あまりにもあっさりした言い方にどきりとする。それは……ボクも考えた事だけど……。

「ひとまず、舞園さんが犯人だとして検証してみましょう。ありえなさそうでも、彼女が最も犯人に近い人物なのですから。
何も盗んだチョコレートの使い道があなたへの贈り物だけとは限りませんわ。
……そう。自分のプレゼント用とは別に盗んだチョコレートは、食べてしまえばいいだけでしょう?」

「うーん。あり得ないとは言わないけど、舞園さんのイメージとは違うような……。
セレスさんのチョコはどのくらいの大きさなの?」

ボクの質問に、セレスさんはボクが抱えている箱を指差して答えた。

「そのチョコと同じくらいか、少し大きいぐらいです。
一度に食べなくても、こっそり食堂から持ち出したというのは……不自然でしょうか」

ボクが舞園さんから貰ったチョコレートの量は、よくある板チョコ4枚分ぐらいだろうか。
同じくらいの量のチョコレートとなると正直言って一気に食べるのはきつそうだ。
そして、こんな人目を引きそうな物を密かに食堂から持ち出すのは難しそうに思える。
一応、他の人に舞園さんが食堂から不審な荷物を持ち出したか聞いてみるのも手かもしれないけど……。
いまいち、ピンとこない。

「食堂から持ち出した可能性は、やはり低そうですか。それならば……そうですわ。
わたくしのチョコレートがまだ厨房に置いてあるというのはどうです?
舞園さんはチョコレートを食べたのでもなく持ち出したのでもなく、冷蔵庫から取り出して別の場所に隠した…!」

「……何の為に、そんな事を?」

ボクが聞き返すと、セレスさんは少し居心地が悪そうに目を伏せ、言い澱んだ。

「それは……わたくしと……いえ、動機など犯人でないわたくしにはわかりませんわ。
とにかく、一緒に厨房を調べてみましょう。チョコレートさえあれば、こんなに頭を悩ませる必要もありませんし」

半ば強引に話を切り上げたセレスさんは、ボクの返事を待たずにさっさと席を立って厨房に向かった。
ボクも慌てて後を追って立ち上がる。


厨房に入ったボクたちは、まずチョコが保管してあったという冷蔵庫を一緒に調べてみた。
扉を開けると、中にほとんど隙間無く食材が詰まっているのが目に入る。
空いていた僅かなスペースにチョコが置かれていたのだろう。
問題のチョコがちょうど収まりそうなぐらいのスペースだけが空いている。

「やはり、何度見ても中の様子は全く変わりませんわね……」

セレスさんが冷蔵庫の中を見回しながら呟く。

「食材が一杯なのは、誰も使わないからかな。補充もされないからチョコのスペースはそのまま、か」

冷蔵庫はこれで十分だろう。次にボクたちは手分けして別の場所を調べてみる。
ボクは手始めに食器棚の扉や調理器具が収められている引き出しを一つずつ開けていった。
何個目かの引き出しの中にハートの形をした『型』があった。底には大きな希望ヶ峰のマーク。
これは舞園さんがチョコ作りに使った『型』か。……手作りチョコだったんだ。舞園さんがボクの為に──
……って、感動している場合じゃない。今大事なのはセレスさんのチョコだ。
気合を入れ直して、その横の列の引き出しを開ける。
そこには、またお菓子作りに使うような『型』が入っていた。薔薇の模様で縁取られた四角い『型』。
中央にはやはり希望ヶ峰の校章がデザインされている。もしかして、これをセレスさんが……?
さらにあちこち調べてみたが、チョコも事件に関係しそうな物も他には無かった。

「セレスさん、何か事件に関係ありそうな物は見つかった?」

セレスさんに向かって声をかけると、彼女はゴミ箱を覗き込んでいるところだった。
こちらを向いて首を横に振るセレスさん。

「……いいえ。あるいはゴミ箱に捨てられたのでは……とも思ったのですが、
わたくしがチョコ作りに使った板チョコの包み紙が入っているぐらいで、
数日分のゴミが入ったまま回収されていませんし、それは無さそうですわ」

舞園さんがセレスさんのチョコを盗んで捨てた? 何か、ドロドロした少女マンガの世界みたいな話だな……。
ボクは少し寒気を覚える。その仮説が当たらなくて本当に良かった。
さて、それはともかく……もうここで調べるべき事はなさそうだ。
ボクたちは食堂に戻り、集めた情報を整理する事にした。

これまでの捜査と推理でわかったのは……
一つ、冷蔵庫を開けてチョコを見つけられるのは舞園さんだけだった可能性が高い。
二つ、チョコが食堂から持ち出された可能性は低い。
三つ、厨房の中にチョコは無い。捨てられたわけでもない。

ここから導き出される結論は──

「舞園さんが誰にも見つからないようにチョコレートを厨房で食べた……という事ですわね」

セレスさんはそう言って失望したようにため息をつく。ボクは慌てて言い返した。

「いや、でもどうして舞園さんがそんな事を?」

さっきチョコを貰ったから……という個人的な感情を排除しても、やはりおかしい気がする。
舞園さんは別に食いしん坊キャラでもないし、誰もが認めるトップアイドルだ。
以前に彼女の口から「一刻も早くここから脱出して仕事に復帰したい」、とも聞いている。
太っちゃいそうなリスクを冒してまで大きなチョコを盗み食いするだろうか?
ボクの反論にセレスさんはやはり残念そうに首を振った。

「一流の芸能人であろうとストレスで食い気に走ってしまうのはよく聞く話ですわ。
あるいは、もっと悪い想像をするなら……わたくしの邪魔をしたかったのかも……」

「邪魔って?」

「それは……いいでしょう。動機は本人に聞いてみれば。
とにかく、舞園さんが犯人です。『例えどんなにありえなさそうでも、最後に残った可能性が真実』なのですから」

セレスさんはどこかから借りてきたような言葉を言い放って強引に議論を結んだ。
理屈は通っているようだけど、何だろう、いつも余裕のセレスさんが妙にムキになっているような……。
それにしても『舞園さんがチョコを盗み食いした』なんて、やっぱり納得出来ない。
まだ、他の可能性があるんじゃないか? 厨房で見たものを思い出して、検証してみるべき可能性が──


ボクの頭には、ある仮説が閃いていた。それを確かめる為にセレスさんに質問する。

「……ねえ、セレスさん。さっき厨房で薔薇の模様と希望ヶ峰のマークが入った四角い『型』を見つけたんだけど、
もしかしてセレスさんがチョコ作りに使った『型』なのかな?」

「ええ、そうですわ。それが何か?」

「実は舞園さんのチョコレートと同じ形をした『型』も近くで見つけたんだ。
これって二人ともチョコをこの厨房で手作りしたって事だよね?」

──何を当たり前の事を。そう言いたげな表情でセレスさんは頷く。

「でも、それだと少しおかしな事があるんだ」

「……? どこがおかしいのでしょうか」

「ゴミ箱にはセレスさんがチョコ作りに使った板チョコの包み紙ぐらいしか入ってなかった。
じゃあ、舞園さんがチョコ作りに使った材料は何だったんだろう?」

舞園さんがどうやってチョコを作ったとしても厨房で作業をした以上、
材料にした……例えば板チョコの包み紙……なんかが残っていなくてはおかしい。
ゴミ箱には数日分のゴミが残っていたというから、舞園さんのチョコの包み紙だけが処分されたわけもない。
ボクの言葉に、セレスさんは少し考えた後、目を見張った。彼女も気がついたようだ。

「そんな……では、舞園さんが材料に使ったのは、わたくしのチョコレートですの?」

あくまでも推測だけど、その可能性は高いだろう。
セレスさんのチョコは、舞園さんの『チョコと同じくらいか、少し大きいぐらい』だったらしい。
溶かして別の型に入れ直したんだから少し小さくなるのは当然だ。

「そうですか……。しかし結局は舞園さんが犯人だったのですね。
どうしても材料が欲しかったのか、それとも……やはり、わたくしの邪魔をしたかったのでしょうか……?」

セレスさんが小さな肩を落として呟く。
いつも気が強く見えるセレスさんだけど、仲間から悪意を向けられて平気なわけがない。
痛ましくて見ていられず、ボクは慌てて言った。

「それは違うよ! きっと……いや、絶対に舞園さんは知らなかったんだ。
セレスさんはチョコを用意してるところを誰にも見られないようにしてたんだよね。
だったら、冷蔵庫にあったチョコが誰のかなんて舞園さんにわかるはずがないよ」

「……確かに、そうですわね。早く型を洗って片付けておく為に、
わたくしはチョコをお皿に移して冷蔵庫に入れておきましたから。……でも……」

ボクに頷きを返したものの、セレスさんは俯いて気を落としたままみたいだ。
舞園さんが悪者になるのはボクだって嫌だ。そして、さっきセレスさんに言ったようにそれは違う。

「この事件には、他に黒幕がいるはずだよ。そいつが真犯人で、舞園さんが勘違いするように仕向けたんだ」

はっとしたように顔を上げるセレスさん。

「黒幕……! それは、一体誰ですの?」

「モノクマだよ。こんなタチの悪いイタズラをするのは、あいつしかいない」

学園に閉じ込められたボクたちは、学園内にある物を使って生活している。
だから学園にない物……今回ならチョコの材料を手に入れたければ唯一、外に出られるモノクマから調達するしかない。

「セレスさんは、モノクマに頼んでチョコの材料を用意してもらったんだよね?」

「ええ。学園には元々チョコレートが置いてありませんでしたからね。
ここに閉じ込められた時に『不自由はさせない』と言われていたので、
材料やお菓子作りの道具を頼んでみたらあっさりと承諾してくれましたわ」

セレスさんはここで言葉を切り、記憶を探るように目を伏せる。

「ただ……一つ念を押されました。『こんなご時勢だから、全部リクエスト通りには集められないかもしれないよ』と。
実際、モノクマが用意したのは市販の板チョコやセンスの悪い型、それにプレゼント用の箱だけでした。
どうせならば、ブランド店の高級チョコレートか、お菓子を飾りつける為の素材も欲しかったのですが」

……『こんなご時勢だから』? どういう意味だろう。それはともかく、思った通りだ。

「きっと、セレスさんの後で舞園さんもモノクマと同じようなやりとりをしたんだよ。
そして、こんな風に言われたんだ。『材料のチョコは冷蔵庫に入れておいたから』──ってね」

セレスさんが大きく頷くのを見て、ボクは食堂の監視カメラに向かって声をかけた。

「そうだろ? 出て来いよ、モノクマ!」

数秒の沈黙の後、突然物陰から飛び出した何かが視界に入った。
ボクはとっさの事に驚いて姿勢を崩し、椅子を倒しそうになる。セレスさんはそんなボクの袖を掴んで少し後ずさった。
ボクの目の前に現れたのは、白黒のクマの形をした物体。……モノクマだ。いつもいつも、驚かすなよ!

「やあやあ、苗木クン。呼んだかい? どうしたんだよ、そんな怖い──いや、面白い顔しちゃってさ。うぷぷぷ……」

嫌らしいニヤニヤ笑いを浮かべたモノクマは、ふざけた事を言いながらボクの肩をポンポン叩いた。
今度ばかりは言ってやろうと、ボクは怒りを込めてモノクマの手を払う。

「誤魔化すな! どうせずっと見てたくせに。……お前が今回の事件の黒幕で間違いないな?」

「黒幕ぅ……? どういう事?」

モノクマは首を傾げ……ようとしても首が無いので体を斜めに傾けて見せた。

「お前が、セレスさんのチョコを舞園さんが材料にしちゃうように仕向けたんだろ?」

もしかするとチョコを飾る素材を渡さなかったのもわざとかもしれない。
飾りのないチョコはただの材料にも見えてしまうだろうから。
確信を持って言った言葉だったけど、モノクマは再び笑みを浮かべた。

「やだなあ、それは誤解だよ。確かに、きみが言ったような事を舞園さんに話したよ。
だけど、『仕向けた』なんて……。ぼくはただ、二人にチョコの材料を頼まれたけどウッカリしてただけさ。
一個目のチョコの材料だけを冷蔵庫に入れて、二個目は忘れちゃったんだよね。
要するに、これは事故だよ。学園長先生は忙しいからね。仕方がないよねぇ」

「そんなの、おかしいよ! チョコを一人分しか冷蔵庫に入れてないのに二人に『入れた』なんて言うわけ──」

モノクマの短い手がハエでも追い払うように、うるさそうに左右に揺れる。

「それはきみの勝手な憶測だよ。だって舞園さんが本当に勘違いするかなんて、わからないじゃない。
まあ、こちらとしてはどんどん勘違いしてくれて良かったんだけどね。
『恋敵のチョコを盗んだ少女と、盗まれた少女』! 『三角関係のもつれがコロシアイに発展』!
──なーんてワクワクするよねぇ! うぷぷぷぷぷぅ…………アーハッハッハ!」

勝ち誇るように腹に手を当て、大きく体を揺すって大笑いするモノクマ。
……くそっ! ほとんど悪意があった事を認めてるようなものじゃないか。
ボクが拳を握って歯噛みしていると、ふいにセレスさんが口を開いた。

「それは、『不確実だがそうなっても構わない』という……“未必(みひつ)の故意”があったという事でしょうか。
“刑事裁判上は故意があるものとして扱われる”と、以前テレビで見た事があるのですが」

背筋が寒くなるような冷たい声だった。さすがのモノクマもピタリと動きを止める。

「……そ、それは屁理屈じゃないですか。ここは外の世界とは違うしぃー」

『校則』でボクたちを縛り、普段『裁判』を取り仕切っているモノクマだけにルールには弱いらしい。
口笛を吹くような仕草をして露骨に誤魔化そうとする。
しかし、さらにセレスさんに睨みつけられてわざとらしく叫んだ。

「ああっと! 残念ですがここで時間切れ! 先生は用事を思い出したので失礼しますね。
学園長は忙しいんです。オマエラとは違うんです。…………じゃあねっ!」

モノクマは大げさに飛び上がったかと思うと、あっという間に机の下に潜って姿を消してしまった。
小さな事件でのささやかな勝利だけど、あのモノクマを言い負かしたのは痛快だ。
残されたボクたちは顔を見合わせて、思わず吹き出していた。


< 2月14日・午後 寄宿舎 >

何はともあれ事件が解決して、ボクは一人自室に戻った。
もやもやとした気持ちを持て余して、ベッドの上で横になりながら何度も寝返りを打つ。

モノクマが姿を消した後──ボクとセレスさんは相談して今回の件を秘密にしておく事にした。
モノクマが全ての元凶とは言え、舞園さんが知ったら嫌な気分になるだけだろうから。
ただ、件のチョコはセレスさんに回収されてしまった。
「元々はわたくしのチョコレートなのですから、それは返して頂きますわ」──なんて言われたからには仕方がない。

もちろん舞園さんのチョコは惜しい。けど何だろう、それだけじゃなくて……もやもやの原因は他にもある。
……そうだ。あのチョコ──セレスさんは誰にあげるつもりだったんだろう。
あれこれ詮索するのは失礼だ。でも……妙に気になる……。
そんな風に頭の中で堂々巡りを繰り返していると、突然インターフォンが鳴った。
誰か来たみたいだ。ボクは慌ててベッドから飛び降り、廊下に通じるドアを開けた。訪ねて来たのは──

「セレスさん!」

「何ですの、その顔は。わたくしがわざわざ来てあげたのですから、もっと嬉しそうな顔をして下さい」

ボクはよほど妙な表情をしていたらしい。反射的に笑顔を作ったけど、セレスさんは不満そうに横を向いてしまった。

「……ごめん。えっと、何か用事?」

今、ちょうどセレスさんの事を考えてたんだ。……なんて言えるわけがない。ボクは何気ないそぶりで尋ねた。
セレスさんは少し思案するように細い顎に手を当ててから、横を向いたままボクに黒い箱を差し出す。
真っ赤なリボンで飾られた黒い箱。……こ、これは……。

「先程のチョコレートですわ。あなたに差し上げます。ご自分の幸運に感謝するといいでしょう」

セ、セレスさんが、ボクにチョコを……! 何だか無性に嬉しい……!
喜びに震える手で、ありがたく受け取ってボクは言った。

「ありがとう! でも、どうして? ……違う人にあげるつもりだったんじゃ。
今日、食堂で出会った時は素通りしちゃったし」

セレスさんからチョコが貰えたのは嬉しいけど、それは聞かずにいられない。セレスさんは小さく咳払いをして答える。

「……そんなつもりはありませんでしたわ。あなたに贈るチョコレートを、あなたに探させるのはどうかと思いまして。
ですが、その……舞園さんが…………」

後半は声が小さくて聞き取れなかった。舞園さんが~、と言うと……負けず嫌いなセレスさんの事だ。
舞園さんに対抗心を燃やして? ……という事だろうか。もしかして、舞園さん犯人説を強く主張していたのも──
いやいや、自惚れるな。ボクは心の中で自分の頬をはたいた。

「言っておきますが、中身は舞園さんが作ったハート型のままですわ。
形は変われどわたくしのチョコレートには違いありませんし、舞園さんの気持ちも汲んで差し上げないと不公平ですから」

「なるほど。……うん、わかったよ。本当にありがとう、セレスさん!」

ボクが素直に感謝の意を伝えると、セレスさんはまた小さな咳払いをする。
何だろうと思って手の中の箱を見ると、リボンの下に二つ折りにされたメッセージカードが挟まっているのを見つけた。

「これ……読んでいいの?」

「どうぞ。そこにわたくしの気持ちが」

胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、ボクはゆっくりとカードを開いていく。
そこには…………何も書いていない。白紙だ。
不審に思ってセレスさんの顔色を伺うと、彼女は微かに頬を染めながらにっこりと微笑んだ。

「ナイトであるあなたなら、わざわざ書かなくても、わたくしの気持ちはわかりますわね?」

ボクは自分の顔が急激に熱くなるのを感じる。一方、セレスさんはいつものポーカーフェイスになっていた。

「で、では、用が済んだのでわたくしは失礼しますわ。……苗木君。御機嫌よう」

優雅な仕草で一礼して、セレスさんは自分の部屋の方に戻って行った。
……歩く姿がいつもよりたどたどしく見えたのは気のせいだろうか。

一人になって、もう一度セレスさんに貰ったチョコの箱とメッセージカードを見る。
ここにセレスさんの気持ちが……チョコの方には舞園さんの気持ちも入っている。
これ、本当に食べてしまわないといけないんだろうか。食べたいけど勿体無い気がして仕方がない。
ボクはしばらくの間、チョコを眺めながら頭を悩ませ続けた……。

ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。