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2月14日はバレンタインデーである。
この日は一般的に女性が男性にチョコレートを贈ると共に好意を伝える日とされているが、3月に卒業を控えた学生達の大多数はそんな事に現を抜かしている暇などない。
希望ヶ峰学園の3年生となった苗木誠達も例に漏れず、大詰めを迎えている大学受験や就職活動に追われていた。
この日、とある私立大学の入試を受けた苗木と舞園は少々古びた無人駅の待合室で旧式のストーブで暖を取りながら電車の到着を待っていた。
本来の予定なら今頃電車に乗って希望ヶ峰学園に戻っている筈だったのだが、苗木が途中でコンビニに寄って用を足していたため乗り遅れてしまったのだ。
都心なら1本乗り遅れてもすぐに次の電車が来るのだが、生憎と苗木達の居る駅はローカル線で、時刻表によれば次の電車が来るまであと20分近くあった。
そのためか、他の利用客は皆一つ前の電車に乗ったようで、待合室には苗木と舞園以外の人間には居なかった。
電車に乗り遅れてしまったことを学校側に連絡し終えた苗木は、携帯電話を折り畳んでポケットにしまった。

「ごめんね、舞園さん。僕がトイレになんか行かなければ、今頃学校に戻れていたのに…。」
「生理現象ですから仕方ありませんよ。私は気にしていませんから、謝らないで下さい。」
「うん、ありがとう…。」

舞園は気にしていないというが、当の苗木は変わらず申し訳なさそうな表情を浮かべている。
それを見た舞園は、苗木の気を晴らそうと話題を変えることにした。

「そういえば、4月からは皆バラバラになっちゃいますね。皆と一緒に居られるのがあと少しだと思うと、何だか寂しいですね。」
「そうだね。皆凄く個性的なメンバーだったから、あまり会えなくなるのは僕も寂しいよ。」

高校生はいつまでも高校生ではいられない。3年生になれば、否が応でも進路を決めて進まなければならない。
苗木や舞園のように大学へ進む者、大和田のように就職を選ぶ者、大神のように家業を継ぐため実家へ帰る者など、その進路は人によって様々だ。
皆、慣れ親しんだ希望ヶ峰学園の学び舎に別れを告げ、それぞれの進路へ向けて旅立ってゆくのだ。

「あと10年か20年もしたら、皆とも同窓会くらいでしか顔を合わせなくなっちゃうんだろうなぁ。」
「そうですね。お酒とか飲みながら、高校時代の思い出話に花を咲かせるんでしょうね。」
「あはは。何だか想像付かないや。」
「私もです。」

10年や20年もすれば皆それぞれ家庭を持っているだろうし、容姿もガラリと変わっている者も居るだろう。
そう遠くない自分達の未来を思い浮かべ、苗木と舞園は思わず笑ってしまう。

「でも…。」
「ん?」
「皆と離れ離れになっても、私はずっと苗木君と一緒に居たいです。」
「ずっと?」
「ええ。ずっと…。」

顔の前で両手を合わせ、舞園は熱のこもった視線を苗木に向ける。
苗木は何だか無性に照れ臭くなり、舞園から顔を背けてポリポリと頬を掻く。

「あの、舞園さん…。一応聞くけど、“ずっと”って具体的に何時までなのかな?」
「言葉通りの意味ですよ。ずっと、ずうっと…です。」
「それってやっぱり、そういう意味…だよね?」
「はい。」
「ま、またそうやって僕の事からかうんだから…。」
「あら。私は結構本気ですよ。冗談でこんな事言うと思いますか?」
「そ、それは…。あうう…。」
「うふふ♪」

顔を赤くしてしどろもどろになってしまった苗木を見て、舞園はクスクスと笑う。
希望ヶ峰学園で同じクラスになってからというもの、苗木は舞園が時折見せる積極的な態度にはいつもドキッとさせられている。
中学の頃は話しかけるどころか近づくことさえ出来なかった舞園は、苗木にとっては高嶺の花もいい所だった。
その舞園とお近付きになれただけでなく、彼女の方から積極的に仲良くしてくれるなど、中学時代には想像も出来なかっただろう。

「ぼ…僕も、舞園さんとは…その、ずっと一緒に居たいと思う…よ。」
「…嬉しい。苗木君、私、ずっと待ってますからね。」
「え?待ってるって、何を?」
「何を?って…んもう!苗木君のバカ!」
「ええ!?僕、何か気に障るようなこと言った!?」
「知りません!ふん!」
「???」

突然舞園が頬を膨らませてそっぽを向いてしまったため、苗木は何が悪かったのか頭にクエスチョンマークを浮かべて考える。
苗木が自分自身に対する好意に鈍感であることは舞園も重々承知しているが、時々その鈍感さ加減が頭に来ることもあった。
いくら鈍感とはいえ今の流れは流石に酷かったので、舞園は苗木に少し意地悪してみることにした。

「あ~あ。せっかく忙しい合間を縫って用意したのに、渡す気なくなっちゃいました。」

舞園はわざとらしくそう言って、鞄の中から綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出し、苗木に見せつけるように右手で弄ぶ。
苗木の視線も、自ずと舞園が取り出した箱に向いた。

「舞園さん、その箱は?」
「今日は2月14日ですよ。苗木君、ここまで言えば分かりますね?」

あるクラスメイトが苗木によく使うフレーズを拝借し、舞園は苗木にコレが何なのか気付かせようと試みる。
2月14日に女の子が用意する物と言えば一つしかないので、鈍い苗木でも簡単に察することが出来た。

「バレンタインのチョコ…だよね?」
「正解です。でも、あげません。」
「え~?そりゃないよ!皆この時期は忙しいから今年は貰えないだろうなって諦めてたのに!」
「苗木君が悪いんですからね。」
「そんなぁ~…。」

チョコのお預けを食らった苗木がガックリと肩を落として本気で落ち込んでいるので、舞園もそろそろ彼を許してやることにした。

「冗談ですよ。ちゃんとあげますから。苗木君があまりに鈍いものだから、ちょっと意地悪しただけです。」
「ご、ごめん…。何だかよく分からないけど怒らせちゃったみたいで…。」

舞園が差し出したチョコを、苗木は申し訳なさそうに苦笑いながら丁重に受け取る。

「本当は手作りにしたかったんですけど、今年は時間が取れなくて…。」
「お店で買ったものでも構わないよ。舞園さんから貰えただけで僕は嬉しいよ。」

先程の苦笑いから一転、今度は屈託のない苗木の笑顔が舞園に向けられる。
わざとやっているのか、それとも天然なのか、本当にこの少年は厄介だと舞園は思う。
自分に向けられた好意に鈍感な一方で、今のようにさらりと殺し文句を言ってくる。
当の本人に自覚が無いのは困りものだが、そんな所もひっくるめて舞園は苗木のことを好きになった。
苗木は真っ直ぐで寛容で、周囲に振り回されがちなお人好しだけど、垣間見せる気丈さと並大抵の困難では挫けない強い心の持ち主であることを舞園は知っている。
苗木誠という人間の本当の良さを知っているからこそ、本人がどんなに鈍感だろうと舞園は彼のことを諦めないし、諦められない。

「苗木君。」
「何?舞園さん。」
「絶対、合格しましょうね。そして春からまた一緒の学校に通いしょう。約束ですよ?」
「うん。約束する…って、舞園さん。こういう約束は試験の前にするものじゃないかな?」
「細かい事はいいんです。要は気持ちの問題ですから。合格したい気持ちに試験の前も後もないでしょう?」
「そうだよね。うん、その通りだね。」

二人はどちらから言い出したわけでもなく、右手を出して互いの小指を絡め合う。

「「指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲~ます…指切った!」」

二人同時に指を離し、苗木と舞園は笑顔を向け合う。
その時、待合室の外から踏切の警報器が鳴るのが聞こえてきた。

「あ。電車、来たみたいだね。舞園さんから貰ったチョコ、食べようと思ってたのに。」
「学校に戻ったら、ゆっくり食べて下さい。さあ、ホームに出ましょうか。」

苗木と舞園がホームに出ると、外はすっかり日が暮れて真っ暗で、駅に近付いてくる電車のライトがやたらと眩しく感じた。
やがて電車が二人の居る駅に停車し、そのドアが開く。

「舞園さん、暗いから足元気を付けてね。」
「はい。ありがとうございます。」

二人が電車に乗り込んで程なくして、電車はドアを閉めて駅を発った。
今はまだ、これでいい。電車に揺られながら、舞園は心の中でそう思った。
この難攻不落の鈍感少年を口説き落とすには一筋縄ではいかないし、芸能人である自分が恋愛をするには様々なリスクが伴うことは舞園も熟知している。
芸能界の事をあまりよく知らない苗木にそのリスクを無理矢理背負わせることは舞園だって望んでいない。
時間はいくらでもある。本格的に交際を始めるのは自分達がもう少し大人になってからでもいいだろう。
もしかしたら、この先お互いに別々の人間を好きになるかもしれないが、その時はその時だ。
自分の隣に座っている少年・苗木誠のハートを射止めるその日まで、舞園さやかはアタックし続けるのみである。
10年後も、20年後も、もっと先の未来でも、自分と彼が変わらず隣同士で居られるように。

苗木と舞園のもとに、この日受験した大学から合格通知が届くのは、もう少し先の出来事である。

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