kk7_214-221

 導かれてやってきたのは、社を右に回った奥。
 枯れ木を埋め尽くすように結ばれた紙は、まるで白い若葉だ。
 結ぶための木は他にもあるようだが、ここは社の陰になっているためか、人もおみくじも他と比べて少ない。

「他の木はもう結ぶスペース無いからさ。ここは目立たないから、まだあまり結ばれてないね」
「…そうね、苗木君。けれど、」


 くい、と、結ばれた手を引く。

「…あなたが手を離してくれないと…、結べないわ」


 いずれ気づくだろうから、それまでは、とも思ったけれど。
 二人きりになってさすがにいたたまれずに口に出せば、苗木君は恐る恐る指を解いた。

「……ゴメンなさい」
「…まさかとは思っていたけれど、本当に無意識に繋いでいたの?」
 証拠に、顔が真っ赤だ。
 慌てうろたえるのを必死に堪えている、といったところだろう。
 人が慌てる姿を見て、ようやくこちらも落ち着きを取り戻してくる。

「苗木君」
「は、い」
 肩を強張らせる苗木君に、助け舟。
「結び方が分からないの。悪いけれど、先に結んで見せてくれないかしら」
「あ、うん…そうだよね」

 言うなり苗木君は手袋を脱ぎ、丁寧に自分のおみくじを折り畳む。
 縦に折り目を入れて、細い紐状にしたそれを、同じくらい細い枝に括りつけた。

「…それだけ?」
「特別な作法は無いと思うよ」
 まだ頬が赤い苗木君が、あまり気にしていない体を装っている。
 さっきまでは私も恥ずかしかったのに、それがあまりにおかしくて。

「…笑わないでよ」
「だって…ふふ……自分から握ったのに、照れるって…ふふっ」

 少しだけ、ムッと頬を膨らませる。
 こちらを見る恨めしい瞳に、肩をすくめて返した。

 苗木君の見様見真似で、おみくじを細く折って、枝に手を伸ばしてみる。

「む…」
 案外と難しい。
 枝が太いというのもあるけれど、手袋をしたままではかさばって上手く結べない。
 端を結び目に通そうとしては外し、力を入れた拍子に、あやうく他のおみくじを破ってしまいそうになる。

 手袋下の火傷跡は、まだクラスメイトにも見せたことは無い。
 なんとなく事情があるのだ、と、皆も察してくれている。
 苗木君も分かってくれているようで、目を細めてこちらを見てはいるけれど、手袋を外すべきだとは言わない。

 その代わりに、

「…ちょっと、貸して」

 彼の手が、再び私の手を握った。

「ひゃ…」
 意図せず、間の抜けた声を出してしまう。
 触られた手が、ひどく敏感になってしまったように。

 苗木君は私の腕を覆うようにして両腕を被せ、子どもの折り紙にでも付き合うかのように、私の指を取った。

「や、ちょっと…」

 抗議の声はあげるけれど、自分から振りほどくことは出来ない。
 履いているブーツのせいもあって、頭半分ほど私よりも低い少年が、手取り足取りに結び方を教える。
 なんともアンバランスな構図。
 足元を見れば、案の定背伸びをしていた。

「指、ここに入れて…」
「……」

 言われたとおりに指を動かし、おみくじを結ぶ。
 触れている手の甲が、ひどくくすぐったくて、ムズムズする。

 私の両腕の上から、苗木君の両腕が覆いかぶさっている。
 肩と肩、吐息と吐息、視線と視線がぶつかる距離だ。

 私はじっとおみくじを見た。
 目を反らせなかった。
 こんな至近距離で、苗木君の方を向くことなんて、出来ない。
 ただでさえこれほどまで近くにいて、頭が沸騰してしまいそうなのに。

「そしたら両端を持って、引っ張るんだ…そう」
「……」
 無言のまま、彼の言う通りに。
 二人羽織のような格好で結んだので、やや不格好だけど、確かにおみくじを結べた。


 瞬間、苗木君がついたひと息が、耳元にかかった。

 ぞわり、走る感覚。
 震えた背に気がついたのか、ゆっくりと苗木君が離れる。

 耳まで真っ赤だった。
 学習しない人だ。

「だから…照れるのなら、自分が恥ずかしいなら、どうしてやるのよ…」
「し、仕返ししようかと思って…」
「私にひと泡吹かせるために、そんな…リスクを犯すワケね」
「でも…仕返しは成功、かな」

 霧切さんも、真っ赤だよ。
 言われて、手袋のまま頬に手をやる。
 革の手袋がやけに冷たく感じた。

「……」
「……」

 沈黙は、私のせいじゃない、はず。

 おみくじを握り締めた学生が、社の向こうからヒョコ、と顔を出した。
 結ぼうとしたのだろうが、私たちを見るなり、気まずそうな顔をして踵を返す。

 考えてみれば、頬を染めて向き合う二人。
 どう見えるのか、だなんて、考えれば分かることだ。

「その…行こう、か」
「…ええ」
 おみくじ一つ結ぶのに、えらく時間を取ってしまった。
 時計を見れば、集合時間までまだ余裕がある。
 少し寄り道もしつつ、ぶらぶらと駅に向かえばちょうどいい。

「あ、そういえば…」

 沈黙が苦手なのは、私よりも苗木君だ。
 気を遣ってか、必死に話題を探そうとする。

「霧切さんはさ、なんてお願いしたの?」
「…お願い?」
「ほら、お賽銭入れてさ」

 ああ、と独りごちる。
 そういえば、何を願っただろうか。
 思い出せないということは、大したことでも無かった気がする、けど。

「…あなたの事よ」
「う、ぇ…僕?」

 素っ頓狂な声をあげて、苗木君が反応を見せる。
 やられっぱなしは趣味じゃないのだ。
 勝ち逃げは許さない。


「……苗木君が、良い人と結ばれますように、って」

 もちろん、舞園さんのことを意図しての発言。
 鈍感な彼は、恐らく気づきはしないだろうが。

「からかわないでよ…」
「…もうそろそろ卒業になるのに、浮ついた話の一つもないでしょう、あなたは」
 男の子なんだから箔の一つでも付けておきなさい、と付け加える。
「こ、高校生じゃ、まだ早いんじゃないかな…」
「最近の学生を甘く見ているわね、苗木君」
「そういう霧切さんは…どうなのさ」
「私?」

 してやったり、と、ドヤ顔。
 だが、カウンターを決めたつもりの彼の鼻っ柱に、ここでもう一発。

「…あるわよ」

「…へ?」
「告白なら、されたことくらいは」

 ガツン、と、苗木君の面食らう音が聞こえてきそうだった。

 生憎向こうでは、恋人と友達の境界線は日本よりも曖昧だ。
 話して少しでも気が合えば、遊びに誘うような軽さで交際を迫ってくる。
 まあ、ほとんどがナンパ紛いのものだったし、その告白に応じて付き合ったことも皆無だけれど。


「……そっ、か」
 雪の音かと聞き紛うほど、静かで冷たい声。
 苗木君のものだと、一瞬気付けなかった。
 顔を見れば、あからさまに沈んでいる。

「あるんだ…告白されたこと」
「…同級生に先を越されて、ショック?」

 様子がおかしい。
 からかい半分の私の言葉は、相変わらず流される。

「うん、そう…かな。ショックかも」
 目に見えて、テンションが低くなった。
 そんなに私が告白されたことがあるというのがショックなのだろうか。
 だとしたら、今度は私がショックだ。
 これでも彼の前では、一応ながらファッションや言動にも気を遣っているのに。

「…苗木君は何を願ったの?」
 話題をそらすべきか、と聞いてみる。

「僕は、霧切さんと、」

 はた、と、顔を上げる。
 しまった、という顔で、苗木君は口元を押さえていた。
 ショックのあまりに気を抜いてしまったのだろう。
 口が滑った、と、表情が語っている。

「私と…何?」
「……霧切さんとか、みんなと…今年も平和に過ごせますように、みたいな感じの…」
「…あなた、犯罪には向いていないわ」

 嘘が下手すぎる。
 なんだろう、私がなんだというのか。
 聞いてほしくないのなら、あえて追及するつもりもないけれど。

「あー…でも、そっか…告白、されたことあるんだ」
「…そんなに意外?」
 そこまで魅力に欠けているのだろうか、私は。
 苗木君に続いて、こっちまでへこみそうになる。
「意外っていうか、まあ…」
「…言っておくけれど、告白された=付き合った、ではないのよ」
「…あ、そっか」
「…そこまで尻軽でもないわ」

 ホント、散々だ。
 どこまで私は苗木君に見下げられているのだろうか。
 まあ、この恋を諦めた今更、彼にどう思われていたとしても、


「そっか、だよね…よかった」

「え…?」
「え、あ」

 よかった、とは、どういうことだろう。
 私に恋人がいなかったところで、苗木君に何の得があるというのか。
 やはり、先を越されたくはないという気持ちがあるのだろうか。

 まさか、とは思うけれど。
 一瞬抱いてしまった期待を、

「ゴメン…今の、忘れて」

 聞かなかったことにしても、いいのだけれど。

「さあ、どうしようかしら」
「き、霧切さん!」
「さっきあんなに恥ずかしいことを私にしておいて…自分に都合の悪いことは忘れろ、だなんて」
「あ、アレは…その、出来心と言うか」
「出来心で女性の腕を抱きしめるの? 悪い男の子ね」

 顔を真っ赤にした苗木君が、必死に言い訳を喚く。
 これは良いネタを提供して貰った。

 私に恥ずかしい思いをさせた代償は高いのだと、思い知らせてあげなければ。




 木の枝に結んだばかりのおみくじを振り返る。

 恋愛:悪し。待ち人疎し

 結構じゃないか。
 そんな疎い男の子を、私は好きになったんだ。

 少しだけ、あの言葉を理解できる。
 真の愛は、見返りを求めない。
 本当に好きなら、例え相手が自分を好きじゃなくても、好きで居続けられる。


 確かに、そもそも彼を嫌いになることなんてありえないんだ、と、恥ずかしくも理解してしまったのだから。





オチという名の雑記


「あ、餅つきだって」
「…参加者を募っているわね」
 しばらく境内をうろついていれば、露店の前に杵と臼。
 二人の大柄の男性が、威勢のいい掛け声で餅をついていた。
 客寄せのイベントだろうか。
 ついた餅は参拝客に無料で配られるらしい。

「…やってみたら?」
「え、僕…?」
 見るからにそわそわしていたので、提案してみる。
 庶民文化と言うか、こういうイベントは好きそうだ。
「コートなら預かるわよ」
「あ、ありがとう」

 フルジッパーの上着を受け取り、苗木君を見送る。
 …小さい背中、中学生と言われても疑わないほどの肩幅。
 勧めたのは私だけど、ちょっと不安になる。

 受け取った柄を大上段で構え、ふらふらと震える足。
 思いっきり振り下ろした杵は、的を大きく外れて臼の縁を思いっきり殴った。
 ゴカ、と景気の良い音。
 失笑する観客、照れ笑う本人。

 私は目を覆った。
 ああもう、見ていられない。

「あ、霧切さん…はは、なんか上手くいかなくて」
「…下がってなさい」
 苗木君が笑われるのは、あまり良い気分がしない。
 彼の手から杵を奪い取り、コートをその胸に押し付ける。

 体格はそれほど変わらないけれど、苗木君は体の使い方が分かっていないのだ。
 単純な筋力なら、私の方が弱いかもしれないけれど。
 杵を小さく掲げ、腰で上半身を支える。
 ドス、ドス、と、リズムよく餅をつけば、周囲から歓声が上がった。
 カッコいい、彼氏情けねー、と、勝手な声。

「大丈夫かい、彼女さん」
「か、彼女じゃないですよ!」
 囃された苗木君が、真っ赤になって否定する。
 確かに恋仲じゃないけれど、そこまで必死になるものか、と、心なしか杵を打つ手に力が入って、


「お、じゃあ姉と弟か?」


 膝から崩れ落ちた私は、涙目の苗木君に無言で睨まれるまで、爆笑の渦から抜け出せなかった。


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