人類史上最大の???事件

 【人類史上最大のバカップル事件】 //508 JtQUMTqI


希望ヶ峰学園を卒業して僕と響子さんは結婚した
ここにその足跡を記したいと思う



『荒廃し絶望が満ちた世界を希望に染める』

そのための戦いを進めていく中で、僕たち人類の希望は様々なトラブルに巻き込まれた
中でも僕は希望を捨てていない人達には歓待され
響子さんに超高校級の"希望"なんて冠された為にあちこちの希望の集落で旗頭に担ぎ上げられてしまい
絶望に染まってしまった人達との争いには真っ先に駆り出されるはめにもなった



まぁ元々の超高校級の幸運(不運かも?)とはダテではないのか
何度も危機に陥ったが無事五体満足の身である
ただ僕がいくら人よりも少し前向きなのがとりえでも、さすがに1人で絶望的な事態に直面し続けて平気でいられるはずがない
僕が正気を失わず常に前を向いて進めていたのは彼女の―霧切響子さんのお陰なのだ
僕と彼女は希望ヶ峰を卒業してから一緒に行動していたのだ



僕が自身の無力感に直面し絶望しそうな時も
彼女は冷静さを失わず持ち前の洞察力と推理力で僕を立ち直らせ励ましてくれた
僕から言わせれば彼女の方がよっぽど"希望"だ
「苗木君ここまで言えばわかるわね?」
立ち直らせ方が多少回りくどい気がしないでもなかったけれど…



ところがある日絶望勢の罠にかかり僕は生死の境をさ迷うハメになった
その時ばかりはいつも冷静なはずの彼女が―僕を救うために必死になってくれていて
それを夢うつつで見ていたんだ
まるであの時の学級裁判の時のように自分を責める彼女を見ていられなくて―それこそ必死(?)に生き返ってきたんだ


「ただいま霧切さん…初めて見たけど泣き顔もかわいいね」
「…っ!バカっ!!バカバカバカっ!!!」
「私がっ…どれだけ…どれだけ心配したと思ってるの!」
「ごめんね心配かけて」
「苗木君のクセに生意気よ」
そう言って彼女が目を腫らしながらそっぽを向きながらいつものように呟いたんだ



そして僕が目を覚ました時―彼女の学園長の件でも見られなかった泣き顔と
泣きながら怒る彼女を見て激しい罪悪感と同時に感情を露わにした姿は
僕の胸に言葉では言い表せられないような温かい気持ちを抱かせた
今ならあれが恋に落ちたんだ…と表現する事ができる。

最も響子さんに言わせると「嗜虐的な性癖ね」とバッサリだけど



ともかくその件以来一層彼女を意識し僕は彼女を愛していると悟った


それに死にかけたことで失われたハズの記憶を少し思い出すことが出来たんだ…


僕らは恋人同士だったーそこに至るまでの経緯はまだ思い出せないけど
彼女に対する好きという気持ちと
僕が響子さんに告白したことは一言一句間違いなく覚えているし
もちろんその後記憶が消されるまで事も…



「霧切さん…いや響子さん僕は世界で一番君の事が好きだ愛している!」
「例えこの学園で一生を過ごすことになるとしても、無事ここから出ることが出来たとしても君以外の女性は考えられない」
自ら留まる事を選んだとはいえ外の世界に出た後の事もしっかり考えていたようだ

「僕じゃ足手まといになるかもしれないけれど一生を君の隣で生きたい!君がいない人生なんて考えられないんだ!」
「僕の奥さんになってください」
だからただの告白じゃなくてプロポーズだったんだけど


普段は新雪のように真っ白な彼女の頬が瞬時に真っ赤に染まり
いつもは感情をほとんど顔に出さない彼女がこれ以上ない位驚いた顔になり
すぐに幸せそうな満面の笑顔を浮かべ頷くのを見たんだ
「私もよ…苗木……誠君」



その事を思い出せた僕は気持ちを真っ直ぐに伝え続けたんだ


元々僕と響子さんはお互いの安全のため2人で行動することも多かったので愛を囁くチャンスはいくらでもあった
残念だけれど彼女はまだ記憶を取り戻せていなかったから僕らが恋人同士だったことは伏せておいたんだ
記憶を失っても同じ人を好きになったんだから彼女も同じ気持ちになってくれるはず―そう思いこんでいたんだ
ご飯を食べている時、絶望勢力達への対策を練る時、一緒に朝日を眺めている時、絶望事件を捜査する時や
もちろん朝起きた時や夜眠る前も

「…霧切さん大好きだよ」
「…愛しているよ霧切さん」
「…君こそが僕の太陽だ」
「…君さえいれば他に何もいらない」
「…君の顔を見るだけで朝から元気がわいてくるよ」
「…眠ると君の姿が見れなくて辛いよ、だからせめて君の夢が見れたらいいな」
等々…今思い出すと少し恥ずかしいかもしれない
でも響子さんと一緒が愛しすぎて恥ずかしさなんてどこかに消えてしまう


そんなこんなで僕は正直に愛の言弾を撃ち続けた
けれど彼女はなかなか首を縦に振ってくれなかった
初めの内はいつもからかわれている仕返しだと思ってたみたいなんだ


それでも僕が毎日毎日少ない語彙を駆使して愛を囁いていたら
ようやく本気だと思ってもらえて
記憶の中の彼女と同じ笑顔を向けて貰えたんだ
そうして僕たちは再び恋人同士になったんだ…


けれど…それから突然彼女は失踪してしまったのだ
体調が悪いから病院へ行くと告げたきり…



《突然あなたのもとを去ってしまってごめんなさい体調の方は問題ないわ
苗木君の気持ちが嬉しかったのは事実
けれど私は貴方の側にいられる様な…貴方に愛してもらう様な資格はないのよ
決して貴方を嫌いになった訳じゃないの私のことは忘れて幸せになってね
許してとは言えないわ裏切ったのは間違いなく私なのだから…サヨナラ》
そんな書き置きを残して…



愛する人が突然姿を消し悲嘆にくれ絶望した僕は数日間塞ぎ込んでいたんだけれど
―前向きが長所の僕は余計に愛を募らせ
何か落ち度があったに違いないと判断し彼女を捜し謝罪と何度でも愛していると伝えると決めたんだ
それに書き置き以外にも彼女はヒントを残していたんだ
彼女の行き先を示唆するような……



―――ところで僕が絶望していた時皮肉にもすでに世界のあちこちに希望が取り戻され始めていて
強い絶望の中にはそれに負けないくらい…いやそれにも勝る強い希望が芽吹いていたんだ


それは僕たち超高校級の希望が一端を担っている―そう確信させるような出来事が起きたんだ。
今まで僕と響子さんが希望の言弾を撃ち〔絶望に染まってはいたが、まだ完全に希望を取り戻していなかった人達〕
が響子さん捜索を手伝ってくれるようになったのだ


彼らいわく「希望を取り戻させてくれるはずのアンタが恋人に完全に捨てられ絶望するのが見たい」とか
「彼女を見つけ希望を取り戻せるなら自分たちも希望を取り戻せるかもしれない」
「アンタとあの女が希望を取り戻せなんて言ったんだから責任をとれよ」などといったものだった…


理由が理由なのだけれど藁にもすがる思いだったので喜んで手伝ってもらったなだ
更にーそこからどう転がったのか
「超高校級の"希望"の象徴である苗木誠を絶望させられれば世界はまた絶望に包まれる」
「いや"希望"の愛があれば世界は希望に包まれる―愛こそが希望であり世界を救うんだ」


という対立が起こりいつの間にか希望対絶望の図式が出来上がっていたらしい…
けれど当人である僕にはそんな事に構っている余裕はなかったんだ
四六時中響子さんの事だけを考えていたから…


僕は希望ヶ峰の仲間達や現希望の勢力に協力してもらいながら響子さんを探し続けた
流石超高校級の探偵だ今更ながらにそう実感した
人捜しも一流なら逆に見つからないように隠れる事も一流だ
それなのに相変わらず彼女が潜んでいたであろう隠れ家にはヒントが遺されていたんだ



ひょっとして彼女は僕に見つけてもらいたいんじゃ………




だから僕は思い切った行動に出た
コロシアイ学園生活の時に黒幕が使った電波ジャックを――そう全国放送をする事にしたんだ
幸い希望勢力の中に技術者がいたおかげですぐに準備は出来て会場を設けたんだ
…まぁ会場といってもの瓦礫を撤去しただけの野原なんだけど


会場には希望も絶望も入り乱れた聴衆が集まっていて注目の高さを窺わせ
お互いが牽制しあい―ある種の均衡状態が保たれていた
そこで僕は全国に向けて希望の演説とどれほどまでに響子さんを愛しているかどれほど心配しているかを切々と語ったのだ


「―――最初にこの放送を見ている皆さん、いくら僕が"希望"の象徴と呼ばれていても、愛する女性に会えない」
「ただそれだけで絶望しそうになるそんな弱い人間だという事を忘れないで下さい」
周囲のざわめきが聞こえてきた

僕は響子さんへの想いをぶちまけた


「ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが…僕の愛する霧切響子さんが半年ほど前から行方を眩ましているんです」
「僕と彼女はあのコロシアイ学園生活を耐え抜き絶望を打ち破って外に出てきた」
「そうして希望と絶望その両方の勢力に影響を及ぼす存在になったのです」
「希望の勢力には"希望"の象徴として崇められ」
「絶望の勢力には明確な"天敵"と恐れられ」
「何度も生死の危機を乗り越えて来ました」
「そんな苦しみ悲しみを常に分かち合い支えてくれる彼女を好きになるのに時間はかからなかった」
「まるで太陽がすべてを照らすように彼女は僕の進むべき道を照らしてくれた」
「僕にとって彼女は正しく太陽なのです」
「彼女の微笑みが僕に力を与えてくれていて」
「彼女の言葉が僕に勇気を与えてくれていて」
「彼女の存在が僕に希望を与えてくれていた」


「そんな僕の命とも―いや命よりも大切な彼女が目の前から姿を消して」
「どうして希望を抱いていれようか」
「どうして絶望せずにいられようか」


「けれど…僕の"希望"としての本質―自分でも異常とすら思えるこの前向きさ」
「どれだけ絶望的な局面に相対しても挫けないこの性格に―」
「前を向き希望を捨てないこの性格に―」
「諦めるなんて選択は無かった」
「彼女は自らの意志で僕から去っていった」
「それだけなら嫌われた…捨てられたんだと思っただろう」
「事実僕は数日間はずっと塞ぎ込んでいたんだから」
「けれど彼女は手掛かりを遺していた―」
「彼女が本当に姿を眩ませようとすれば僕なんかには手掛かり一つ見つけられないだろう」
「彼女を見つけることは出来るはず」
「僕はそこに気付き希望を取り戻した」
「ただそれだけの事で希望を取り戻せた」
「―そう愛する彼女の事を深く想うだけで」


「愛する人が側にいればそれだけで希望は無限に湧いてくるんです!だから絶望に苦しんでいる皆さん!」

僕にはこんな風に人前で演説したりするのは荷が勝ちすぎると思うんだ


「愛して下さい!絶望に苦しんでいる人を…お互いに愛を感じて下さい!愛こそが希望そして希望こそが愛なのです!」

それもこんな独善的で平凡とはかけ離れた演説を


「愛を―希望を捨てちゃだめだ!」

キザすぎるかな…ヒヤヒヤするよ


そしてここから僕の正直な心情を吐露する

「だからっ…お願いだよ響子さん」

半分涙混じりの声で俯きながら

「いつものように僕の隣でいつものように『苗木君のクセに生意気ね』ってそう言ってよっ…」

それはきっと失われた2年間にも何度となく呟かれたはずで


「僕は人より少し前向きなのがとりえの…ただ平凡な人間なんだからこんな演説なんて柄じゃないよ」

そう僕は超高校級の幸運でもましてや"希望"などではない


「君がいなければただの凡人なんだ」

ただの凡人・・・ただの平凡な人間なんだから


「響子さん…ここまで言えばわかるよね?」

僕は顔を上げいつもの彼女の様に笑みを浮かべつつある女性を見つめたんだ



―――はたして彼女はそこにいたカツラとメガネと彼女には明らかにぶかぶかな不審者が着そうな厚手のロングコートを着て


「…どうして私とわかったの」

カツラとメガネをポイっと投げ捨て彼女はそう尋ねてきた


「どうしてって?」僕はその質問をオウム返しにした
「どうして…私がここにいると思ったの…どうしてあなたを捨てて姿を消した私にまだ好きなんて言えるの…どうして」

彼女が冷静を装いつつ僕に尋ねてきた
だから僕はそれに一つづつ答えて言ったんだ


「君は優秀な探偵だ、尾行することは勿論尾行を撒く技術も完璧だ」
「そのはずなのに君は必ず何がしかの痕跡を遺していった―まるで見つけて欲しがっているかのように」
「そこで僕は考えたんだ、いや自惚れたのかな君は僕を捨てたと言ったけれど僕に未練があるんじゃないだろうかってね」
「そう考えると辻褄が合うんだよ」
「僕らを誘導することで君は尾行が容易くなる」
「それにヒントを遺しすぎだ―ワザと行く先々を予想させるようなメモを置いて」
「かつらに帽子、メガネ、上げ底の靴や挙げ句に僕が以前プレゼントした変声機まで置いて行って」
「…これじゃあ変装していると教えている様なものじゃないか」
「おまけに行く先々がかつて僕らが希望を取り戻した集落ばっかり―」
「僕にこの会場を選ばせたのも君がそう仕向けたんだろう」


この野原はかつての希望ヶ峰のグラウンド―かつてここで過ごしたはずの記憶はまだ戻っていない


「今まで尾行していたのは僕を見守るためだよね?」
「そして遮蔽物も何も無いこの場所なら変装して群衆に紛れるのが一番だよね」
「だから君がここにいるのは当然なんだ」

僕がそう突きつけると


「よくわかったわね…でもそれは見つけて欲しかったんじゃなくて私は無事だから心配しないで―そういう意味を持たせただけよ」
「それに貴方を捨てた私が貴方に未練を?そんなの有り得ないわ」

いつもの彼女からは考えられないような苦しい言い訳―珍しく少し動揺した顔でそう言ったんだ

だから僕はその矛盾を論破しただって僕には確信があったから


「それは違うよ」
「そんな説得力のない顔でそんな矛盾だらけの発言無理があるよ」
「本当に心配をかけたくないのなら一緒に居てよ…隣に居てくれるだけでそれだけでいいんだよ」
「僕に見つけて欲しい―そうでもなきゃヒントを遺すはずがないじゃないか」
「それに例え君に嫌われたとしても何度でも僕を好きになってもらう」
「だって生きている限りいくらでもその機会はあるし―僕には君が必要なんだ」
「君に捨てられた位で僕は諦めたりしない…例えどんな理由があろうとも」
「君を―響子さんを諦めたりしない」
「希望は捨てない」

そして僕は彼女の手をとろうとして

その手をはねつけられた


「どうして?どうしてアナタはそんなに強いの?どうしてそんなに好いてくれるの?」

彼女はまるで幼子がだだをこねるように体を左右に振り地団駄を踏みながら

「私はアナタに愛される資格なんて無いの!」

そう叫びながらロングコートを脱ぎ捨てた


「―っ!?」
僕は思わず息を飲んだ


だって彼女のお腹が大きく膨らんでいたんだから…


―――――――――――――――――――――――――――――

「わかるでしょう…」

分かってはいたけれど彼の驚いた顔は私の心をひどく傷つけた

「私…妊娠してるの」

あぁこれで彼に捨てられる―彼はもう私の事を見捨てるはず

「これがアナタから去った理由」

さっきまで取り乱してはいたけれどどうにか冷静を装って淡々と告げる

「許せないでしょう…アナタが愛している女性はすでに誰とも知らぬオトコの子を宿しているの。
こんな男の人が着るコート着てたのも、このお腹を隠すため…ただそのためだけに着てたの!」

彼と一緒に居ることはできない、彼の愛を―彼を裏切ってしまった私には彼に愛してもらう資格などない

「サヨナラ誠君…もう二度と会うことはないでしょうね」

何とか別れを告げ、脱ぎ捨てたロングコートはそのままに彼に背を向け離れて行こうとした


「それは違うよ!」

再び彼の矛盾を突く凛とした声が―私の心に響いた


「何が違うのかしら?」

彼に背を向けたまま問うた


「僕は言ったはずだ」
「例えどんな理由があろうとも君を諦めたりしないって」
「っ!?」

私は忘れていたのかもしれない―彼はどんな絶望的な状況に陥っても必ず前を向いて困難を打開してきたという事を

「それに少し訊きたいんだけど…そのお腹の子の父親のこと」

これは予想していた質問だった

「…本当にわからないの医者が言うにはもう8ヶ月程らしいんだけれど」

本当に相手が誰か分からないのだ―逆算すると相手は希望ヶ峰の誰かということまでは分かる
けれど確証が無いのだ…私達の記憶は失われていて誰が相手か分からない

仮に相手が苗木君なら嬉しいし彼なら責任をとってくれるだろう―記憶が無いのに子どもが出来たのなんて言われて
責任を押し付けるような真似はしたくはないから認知だけはしてもらうつもりだった…


でも私は探偵―すべての可能性を鑑みなくてはならない

故に絶望し同時に希望も抱いた
誰かさんの影響か私も仲間の死を引きずっているようで
自分の性格からして無理やり関係を強要されるはずもなく
この子はその誰かとの愛の結晶――
だからこそ無事に産み育てようと決意した


それでも記憶を無くした私が愛していた誰かより
今の私が愛しているのは苗木誠君ただ1人なのだ

だから彼の重荷になりたくない
彼ならたとえ自分の子でなくとも愛して育ててくれるだろう
それが私には辛い
彼を愛しているからこそ
彼にそんな無理をさせたくない
そう結論づけた…つけたハズなのに


彼の側を離れるのが辛く苦しい
私が彼を捨てたのに彼に捨てられたくなくて


見つかっちゃだめ―いいえ見つけて欲しい
私の事はもう忘れて―いいえ絶対に忘れないで
嫌いになってほしい―いいえもっと私を愛して


相反する感情を処理できずに私は彼から逃げ続けた
それでも無意識のうちに彼に見つけて欲しかったのだろう―だからヒントを"希望"を遺してしまったのだ


私はどれほど嬉しかっただろう
どれほど悲しかっただろう彼が私を捜してくれる―でも決して見つかるわけにはいかない

彼を想うだけで涙があふれ
彼から離れて涙を流し
彼が私を想っているそれだけで涙が止まらなくなり
彼を裏切った自分を許せなかった
彼を好きになった自分を許せなかった
そして何より彼に愛されてしまった自分を許せなかった

堂々巡りする感情は私の中で大きくなりすぎていたのだ
抑えきれない感情の嵐が暴発してしまい現在に至る。

常に冷静に第三者の中立の立場で物事を考える
それが霧切家の―私の信条だったはず

それが自分が当事者になるとどうしていいかわからなくなるなんて
私は探偵失格だ…


「誰だかわからない…?」

彼の動揺した顔が目に浮かぶ

「何故?なんて訊かないでしょうね」
「だって相手がわからないもの記憶を失っているんだから」

彼の顔を見れない
努めて冷静を装って私は告げた

「おそらく希望ヶ峰の誰かのはずよ」

そこは揺らがないであろう事実を述べた



ところが間髪をおかず

「それは違うよ!」

三度彼の声が響いた


「何が・・・違うと言うのよ」

最近めっきり弱った私の涙腺から涙が零れ落ちた
一体何が違うのだろう…もう動揺を隠すこともせず私は振り返った

「逆算すれば分かるでしょ」

何故こんな簡単な事がわからないのと苛立ちを交えながら

「私達が卒業してから半年!記憶が消されたあの悪夢の学園生活がおよそひと月!」
「ここまでいえばわかるわね!!」

自分でも驚くほど感情を高ぶらせて彼に突きつける


「あぁ…わかっているよ」

対照的に彼は落ち着いていて

「だから僕らが二年間の記憶を保ったままの一ヶ月があるはず」
「そして勿論その間僕らは自ら閉じこもる事を選んだ」

まるで親が子を諭すように微笑みを浮かべて

「その時の記憶が無いからこそ誰が父親かわからない―そう言いたいんだよね」


だんだんムカムカしてきたこっちはこんなにも怒っているのに彼は涼しそうな顔で受け止めているんだから

「響子さん…その子の父親はね間違いなく―僕なんだ」

彼は事も無げにそう言った…



「え…?」

私の頭の中が真っ白になる
先ほどまで彼に抱いていた怒りや悲しみ安堵感や愛しさそういった悲喜こもごもの感情がすべて掻き消えた


「響子さん…?」

時間にしてみればわずか―10秒にも満たない
けれど私にとっては永遠にも等しい空白の時

「どうして!どうしてそんな見え透いた嘘を吐くの」

気がつけば考えるより先に彼を詰っていた


「嘘なんかじゃないよ」

彼が親に誉められた子供のように嬉しそうな顔をして語る

やめて!そんな薄ぺらな希望を抱かせるようなマネは
もし……もしも本当に彼の言うとおりだとしたら私が彼や
自身を欺いてまで行った逃避行がすべて無駄になってしまう


…本当に彼の言うとおりだとしたら私はどうしようもなく抑えきれない―この幸せな気持ちを暴発させてしまう


「…証拠はあるんでしょうね」

まるで刑事ドラマの追い詰められたら犯人のような陳腐なセリフ
せめてもの抵抗だった―自分のちっぽけなプライドを守るための


「僕はね響子さん…」

彼はそれすらお見通しのようで

「君に黙っていたけれど―失われた記憶が…全てではないけれど甦ったんだ」
「!!!」

私は目を大きく見開いた

「詳しい経緯はまだ思い出せないけれど―僕は今と同じ様に君を愛し…」
「君も僕を愛していてくれたんだ!!」


彼は私のちっぽけなプライドを守る盾を粉々に砕いたのだ



「そんな…そんなはずないわ」
「だってそんな…」

彼女は見るからにうろたえていた―あんな姿をみたのは彼女のお父さんの死を直面させられたとき以来だろうか
でも流石僕の愛する響子さん表情を殺すことは出来なかったみたいだけど
幾分か冷静さを取り戻して尋ねてきたんだ


「本当に…その証拠はあるんでしょうね」

かわいいなぁ響子さんは
そんな怯えと期待をない交ぜにした顔をされたらイケナイ気持ちになっちゃうよ
そんな自身も知らなかった嗜虐的な性癖を覚えつつ
努めて諭すような表情を作りながら

「そうだね…例えば君が10歳までおねしょをしていたとか」

彼女の顔が真っ赤に染まった

「なっ…!?」

赤くなりながら非難するような目で睨んでくる

「君が教えてくれたんだよ」「他にも君の将来の夢がウエディングドレスを着たいってことや」
「子どもが生まれたら自分が満たされなかった分までたっぷり愛情を注ぐって決めてること」
「これは僕がお願いしたんだけど子どもは少なくとも4人は欲しいってこと」
「それに…その手袋の下のこと…」

すっかり赤くなっていた彼女の顔が少し陰った

「ここまで言えば少しは信用してもらえたかな?」
彼女にそんな顔をさせたくなくて少し早口でしめる




結局僕たちは最初からお互いのことを想い過ぎていたんだ



「そんな…そんな……」

すっかり項垂れいつもの自信に満ちた表情がすっかり影を潜め
肩を小刻みに震わせている彼女を抱きすくめ
頬を寄せ恋人に愛を囁くように僕は彼女の耳元に口を近づけ謝罪した


「ごめんね…本当にごめん」
「僕がすぐに記憶を取り戻したことを言わなかったばっかりに」
「君を不安にさせて…君を苦しめて」
「本当にごめんなさい」
「謝って許されるような事じゃないと思う」
「だから一生を懸けて僕の罪を償うよ」
「君の隣で―嫌とは言わさないよ」

頬を暖かい液体が伝っていった
これは彼女の涙なのかそれとも僕の涙なのか


彼女が妊娠していたことは驚いたがそれ以上に嬉しかった
僕と彼女の愛の結晶
それが確かに存在する
その事実に


そして彼女を不安にさせていた自身に激しい憤りも感じていた
だからもう決して彼女を離さないそう決意し
「罪を償わさせて欲しい」ではなく「罪を償う」
「一生をかけて」そう告げたんだ




「それは違うわ」

私には彼ほど相手の矛盾を強く撃ち抜く術はない
けれど彼が私と同じ気持ちを抱いているなら
その発言は見過ごせなかった

「私がアナタを信じきれなかったのがいけないのよ」
「自分の性格は自分が一番知っているわ」
「それなら過去の私が愛したのもアナタ1人のハズ」
「私の頑なな心を開くことが出来るのはアナタしかいない」
「だからこそ今もアナタの事を愛しているのよ」
「それにアナタは以前も過去の記憶を取り戻す事が出来た」
「アナタが記憶を取り戻した事に気付かなかったのは私の不手際」
「アナタに毎日告白されて舞い上がっていたから」
「普段の私ならバカ正直なアナタの事なんてすぐにわかったはずなのに」

「…もしかしなくても響子さん怒ってるよね…?」

ギロリ

「…人の話は最後まで聞きなさい」
「大体怒ってるんじゃなくて呆れてるの」
「何よ罪を償うって」
「そんな嫌々やらされてるような言い方はどうなの」
「…ごめんなさい……」
「全く誠君たらいつもそうなのよ」
「どこかズレた答えばっかり出すんだから」
「だからあの時だって遂に告白されるのねってドキドキしてたら」
「プロポーズだもの―あんなに驚いたのは生まれて初めてよ」
「でも…とっても嬉しかったんだから」
「えっ?何故それを」
「あら…?」
「響子さんもしかして記憶が?」
「……えぇさっきまで思い出せなかったけど、アナタに抱き締められてから一気に思い出したの」
「あの時もこんな風に抱き合っていたわね」
「僕のプロポーズを受け入れてくれたときだね」
「そうよ、私も女の子なんだからやっぱり好きな男の子から告白してもらいたいじゃない」
「アナタってば鈍感なんだから私がどれだけ我慢したか」
「何度私から告白しようか悩んだのを覚えているわ」
「……あはっ…はははっ……」
「笑って誤魔化そうとしない」ぎゅ~
「痛い痛い背中をつねらないで」
「ごめんっ響子さん…愛してる愛してるからつねらないで」
「本当に愛しているのかしら」
「さっきも私が動揺しているのをイヤらしい顔して見てたわね」かぷっ
「痛い痛いって耳を噛むのを止めて」
「本当に愛しているのなら態度で示して」
「ここまで言えばわかるわね?」



僕は顔だけを離して彼女にあの日の誓いを再び伝えた
「霧切さん…いや響子さん僕は世界で一番君の事が好きだ愛している!」
「僕じゃ足手まといになるかもしれないけれど一生を君の隣で生きたい!君がいない人生なんて考えられないんだ!」
「僕と結婚して下さい」
「僕にも子どもを抱く権利を下さい」


正真正銘のプロポーズ


「嬉しい本当に嬉しい」
「けど条件があるわ」

彼の顔が一瞬強張った

「え…?」
「何よ文句があるの?」
「それともアナタは私を騙したの…愛してると言いながら私を孕ませたくせに」
「許せない!アナタを刺して私も死ぬわ」
「ちっ違うよ…条件があるって言うから驚いただけで」
「冗談よ…少しからかっただけ」
「心臓に悪い冗談はやめてよ…」
「でも条件があるのは本当よ」
「うん何でも言ってよ」
「あのね実は私って凄く子どもっぽくてわがままなの」
「うん」

知っているよ君が実はとても素直だってこと―

「だから私の事を一番に見てくれなきゃ嫌だし」
「一番愛してくれなきゃイヤ」
「うん」

勿論そのつもりだ―そうでもなきゃこんな事態になっていない

「それにそれを証明して欲しいの常に」
「う…ん」うん?
「だからここまで言えばわかるわね?」
「いやわからないよ!」
「何よ少しは思い当たるでしょ」
「いや全然」ニヤニヤ
「もう…誠君のクセに生意気ね」
「いい?まず朝起きたら私にキスすること」
「次に朝ご飯を用意すること美味しくないと怒るから」
「それで出かける前も行ってきますのキスね」
「ちょっ…え?」

ええっ?彼女の発言が理解できず少し混乱する

「一緒に出かけるときは手を繋ぐこと…離したりしたら承知しないから」
「一緒に出かけない場合は必ず連絡すること最低一時間に一通はメールすること」
「一日二回以上は愛を囁くこと」
「え…」

次々に課せられる条件

「それで帰ってきたらただいまのキスをすること」
「晩御飯は必ず一緒に食べて食べさせあうこと」
「お風呂も一緒に入って私の髪を洗うこと」
「っ!!」

僕の顔が真っ赤になる

「勿論寝るときは一緒のベッドね」
「当然寝る前にお休みのキスをすること」

けれど彼女は耳まですでに真っ赤で
僕の体温が彼女に移ったようで

「響子さん…」

少し呆れたような声でけれど愛しさが溢れた優しげな声で恋人の名前を呼び

「何よ私の事を愛しているなら出来るでしょ」
「それともやっぱり口だけ……」
「そうよね…こんなワガママで束縛する様な女は嫌いよね」

物凄く落胆した声でそんな事言われては

「やるよやりますやらせて下さい」

こう答えるしかない

「嫌々言ってるんじゃないわよね?」

まだ疑ってるようだ

「も…勿論喜んでやるよ」
「怪しい…」じー
「驚いただけだって」
「本当に?」
「本当に本当だって」
「だったら態度で示してよね」

態度で…示そう

「うん」

僕と彼女は互いの背中に回した手を互いの頭と腰に回し
長い長い誓いのキスを交わしたんだ






そうしてしばらくお互いを抱きしめあっていると
本当に今更ながらテレビで放送していた事を思い出した
勿論会場に居る聴衆のこともすっかり忘れていた
皆一様に口をポカーンと開けていて


すると響子さんがそのことに気づいてないわけがないのに

「この際だから全世界に私達の結婚の誓いを見せましょう」
「っええ!」

そんなトンデモナイ事を仰った

「今更何を恥ずかしがるの」
「そんなこと言ったって」
「まさか浮気する気じゃないでしょうね」
「そんな訳ないよ」
「なら出来るでしょ」
「でも…」
「デモもストもない!!」
「指輪がないよ…」

照れ隠しにそう呟いて後悔した
彼女は手袋を人前で外せないのだから

「……ごめん無神経な事言って」

けれど彼女はあっけらかんと

「私は貴金属に興味はないし―2人の愛を確かめるのにあんな物は必要ないわ」
「それに探偵という職種上既婚者とバレてはマズい場合があるもの」
「そもそも指輪は必要ないわ」

そう断言する彼女の横顔は少し寂しげで
僕は必ずちゃんとした式を挙げようと決意した…



彼女が僕から少し離れて

「私霧切響子は汝苗木誠を夫とし一生愛することを誓います」
「ほら私に続けて」
「うん…私苗木誠は汝霧切響子を妻とし一生愛することを誓います」
「ところでこれは誰に誓ったの?」

僕がそう尋ねると

「私達自身と私達の子ども達そして全世界の人々によ」
「これで絶対に浮気できないわよ」
「どれだけ信用がないのさ」
「アナタみたいな天然のタラシこれ位釘を差しておいてちょうどいいのよ」
「さっ誓いのキスよ」
「う、うん」

先程までよりも長く全世界に見せつけるようなキスをした……。









後日談


結論から言うと
僕と響子さんの2人のバカップル振りに周りが呆れ
希望側は一応当初の愛が世界を包むという目的を果たし―僕たちのイチャイチャに当てられて愛に希望を見いだす人が増えたんだ


一方絶望側は同じように当てられて愛を求める人
絶望するのに白けた人
そしてより深く絶望する人の三種にわかれた

今の僕たちにはまだ最後の人達は救えないけど―周囲を希望に染め上げて必ず絶望から救い出してみせる


そしてこれを契機に人類は希望を取り戻し


後に人類史上最大のバカップル事件と呼ばれる僕たちの結婚の誓いはここに幕を閉じた……



「言っておくけど私凄くヤキモチやきだから」
「子ども達ばかり可愛がってたら拗ねるからね」
「う、うん…そういや響子さんさっきも言ってたけど<子ども達>って?」
「あぁ言い忘れてたわ実はこの子達双子なの」
「流石超高校級の幸運ね双子を授かるなんて―それも男の子と女の子よ」
「きっとアナタに似て可愛くて意志の強い子のはずよ」
「いやきっと響子さんに似てカッコ良くて知的な子のはずだよ」

「一緒に子育て頑張りましょうア・ナ・タ」
「うん」

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最終更新:2021年08月17日 09:27
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