kk8_899-906



――それは一秒にも満たない僅かな時間
けれど私にとっては今まで生きてきた時間より遥かに長く感じる一瞬
全てがスローモーションに感じ
その暖かい感触が失われるのがどうしようもなく辛い
そんな一瞬の出来事。


あれは昨日の放課後の事だった……

いつもの様に苗木君と一緒に帰ろうとして、私の用事で彼を待たせていた。
私と苗木君は付き合っている。
いわゆる彼氏彼女の関係だ――おそらく……。

彼の煮え切らない態度に我慢できず、私の方から告白したのだ。
だと言うのになぜ断言出来ないのかと言えば……具体的なエピソードに欠けるからだ。

確かに何度かデートを重ねたが、最近ようやく手を握ってくれるようになった。
それも私の方から握ってだ………

勿論、私は彼と遊びに行ったりするのは楽しい――でも彼も本当にそう思っているのだろうか……。
彼は本当に私の事を好いていてくれるのだろうか……最近そんな事をよく考える。
私の告白を受け入れてくれた時の彼の顔……本当は嫌々だったんじゃ無いだろうか?
そんな不安。


彼を待たせている教室に近付くと、何やら話し声が聞こえる。
職業病かしら、つい立ち聞きしていたら苗木君の声が聞こえてきた。

「……という訳で私様と付き合って欲しいの」
「勿論いいよ」
え?今なんて……?

「じゃあ早速今度の日曜日ね」
「うん、でも午後からは予定があるから午前中がいいんだけど」
「苗木のクセに私様とのデートに――」

もう限界だった。
これ以上は黙って聞いていられない、……ただショックが強過ぎて
踵を返してその場から逃走した。

やっぱり彼は私の事は好きでは無かったのだ
だって江ノ島さんに告白されて彼は即答していて、私の時は少し間があったのに
今度の日曜日だって私と約束があるのに……二股をかけるつもりなのだろうか
酷い裏切りだ。……彼はそういった事はしない人だと思っていた。

それともやはり、私の事は好きでも何でも無いのだろうか……
確かに私は江ノ島さん程可愛くもないし、胸も…大きくない。
一般的に胸は大きい方が良いと聞くし

だからって酷い、あんまりだ。こんな事なら好きにならなきゃよかった。

――――――
あれは…霧切!やったねーさすが私様。作戦大成功♪時間も読み通り、タイミングバッチリじゃん。

普段からイチャイチャしやがって、しかもなに?まだ手を繋ぐだけ?
お前ら小学生かっつーの!今時そんな純情物語、流行んねーよ。
見ててイライラするし、私様が引っ掻き回して別れさせてやるよ。
せいぜい絶望しな!それこそが私様の楽しみなんだからな


苗木君からメールが来た。
『まだ用事に時間かかりそう?教室で待ってるから』
―いつもなら彼を待たせて悪いな、と思うところだけど……
『悪いけど先に帰ってて、まだ時間かかりそうだから』
どうにか怒りを鎮めながら返信した。
『霧切さんの事待ってるよ、それに僕ら付き合ってるんだし』
いけしゃあしゃあとそんな事をよく言えたものね。携帯を握りしめる手に力をこめていると……

「あれ霧切じゃん、何やってんの?」
…今、苗木君と同じ位会いたくない人に声をかけられた。
「あら、江ノ島さん…あなたこそどうしたの?…私はちょっと用事があって」
どうにか表情を殺しながら、努めて声を落ち着けて返した。

「ふーん。私様は今苗木にコクってきたとこなの」
「!!……へぇ~意外ね。あなた苗木君みたいなのがタイプなの?」
若干の怒気を孕ませながらまたも無表情を装って返す。

「あれ?怒らないの?…あんたと苗木って付き合ってたんじゃなかった?」
この女は!分かっててやっているのか!
「別に…付き合ってないわ……あんな軽薄な人。あなたによくお似合いじゃないかしら」

「何それ酷い~まっ、付き合ってないならいいんだ。後顧の憂いってやつ?」
「言っちゃあ悪いと思うけど~、やっぱ苗木みたいな奴って胸が大きい方が好きっしょ」
「霧切じゃあ~ちょっとね……」
生まれて初めて人に殺意を覚えた。

「ごめんごめん~そんな怖い顔すんなって」
「とにかく、苗木と付き合うことになったから、あんまし彼にちょっかい出さないでね」
「そう……お幸せに」そう別れを告げるのが限度だった。
「…うぷぷぷぷ……じゃあね~」

信じてたのに…………


――次の日――
「酷いよ霧切さん、僕ずっと教室で待ってたのに。それに夜電話もしたのに……」
「……(酷いのはどちらかしらね)……」
「えっ何か言った?」
「いいえ、ごめんなさい。用事が終わった後、疲れてたからすぐ寝ちゃったのよ」
「そっか、なら仕方ないね」
見るからにしょんぼりする彼。
……何故だろう頭の中は怒りが占めているはずなのに、少し罪悪感を覚えた。
罪悪感を覚えるべきは彼のはずなのに……

「じゃあ昨日一緒に帰れなかった分、今日はどこか行こうよ」
「………何を言っているの、何故私が苗木君とどこかに行かなきゃならないのかしら?」
「えっ?……だって僕ら付き合って…」
どの口がそんな事を言うのかしら。彼を睨みつけた。
「霧切さん?怒ってるよね…僕、何か悪い事した?」
「悪い事?アナタ本気で言ってるの?……だとしたら救いようが無いわね」
「えぇ!?謝るから、僕の何が悪いのか教えてよ」
「……いい加減に!「オハヨー霧切に苗木」……」
「おはよう江ノ島さん」
「……おはよう。苗木君…金輪際私に話しかけないで頂戴!」

最後に苗木君と江ノ島さんを一睨みしてから教室を出た。

…………追っても来ない。僅かに残っていた未練も完全に断ち切れた


――――――
うぷぷぷぷ……いいじゃん予想通りの展開。
霧切が出て行った後、すぐに追いかけようとした苗木を止めるのは手間だったが
その甲斐はあった……。あの後授業が始まる直前に帰ってきた霧切だが
苗木に一瞥もくれず、授業が終わるなりすぐに教室を出てを繰り返し
昼休み―霧切に作ってきた弁当を片手に、途方に暮れる苗木を見るのは快感だった。
――勿論その弁当は私様が頂いた。そして霧切が教室に戻ってくるなり
「苗木アリガトー弁当めっちゃ旨かったし、明日もまた作ってね」
なんて言ったら、物凄い形相でこっち睨んでくるし、未練タラタラ過ぎ
最高の快感だわ。ゾクゾクしちゃう


――放課後――
「待ってよ!霧切さん!!」
授業が終わるなり教室を出て行こうとする霧切さんに必死に追いかける。
思えば昨日の放課後からおかしかった。

いつもどんなに遅くなっても僕に待ってて、言うくせに昨日は先に帰って、だもん。
それに朝から理不尽な怒りをぶつけられたら、いや、もしかしたら僕が悪いのかも
訳を聞きたくとも、すぐに教室から居なくなるし
何故か江ノ島さんが今日に限って僕を拘束しているし
とにかく終業のチャイムがなると同時に、僕と霧切さんは教室を駆け出した。

走って走って走って……とうとう彼女を追い詰めた。
逃げるのを諦めた代わりに、僕を睨みつけてくる。……怖い
「霧切さん!話を聞いて、絶対何かの誤解だって」
「…話しかけないでって言ったわよね」
「!!…じゃあ僕の独り言でもいいよ、ともかく僕は謝りたいんだ」
「僕の何がいけなくて、君を怒らせているのか、それは分からないけど」
「改善するから。…どうか許して欲しい!」
「僕の好きな霧切さんには、そんな怒った顔は似合わないよ!」
「……へぇ…じゃあどんな顔をすれば良いのかしら?」
今まで見たことのない冷ややかな顔をしている。……冷や汗が出てきた。
「……何にも知らない振りしてアナタの横で笑ってれば良いのかしら?」
「…それともアナタに捨てられた悲しみで泣いていればいいのかしら?」
「そんなの真っ平ごめんよ!!私の気持ちを弄んだアナタを許すつもりはないわ」
「弄ぶ?僕が霧切さんを捨てる?」
困惑しか浮かばない。

「いつの間にかシラを切るのが上手くなったわね……でも私には通用しないわ」
「昨日聞いたのよ!アナタと江ノ島さんの会話を…」
「江ノ島さんに告白されてアナタは付き合うって言ったじゃない!」

??どういうことだ??
確かに昨日、霧切さんを待ってる間に江ノ島さんとは話はしたけど。
告白なんてされてないし、付き合うなんて一言も……
「あっ!?…違うよ誤解だよ霧切さん」
「何よ…白々しい……もう二度と私には関わらないで!…さよなら」

「本当に違うんだ、待ってよ」
離れて行く霧切さんを後ろからひしと抱きしめた。


――――――
「……離してもらえるかしら」
急に背後から抱きしめられた………よりによってこんなタイミングで
――彼に対する気持ちは冷め切っていたはずである。

昨日からずっと胸が痛い、これが喪失感、失恋というやつだろうか。
だというのに彼はそんな私のことは気にも留めず、新しい彼女とイチャイチャして
休み時間の度に教室を出て行く私の――どれほど惨めだったか、どれほど悔しかったか。
彼には微塵も理解出来ないだろう……
それに私と彼を繋ぐ最後の絆だったお弁当も……

完全に彼とは終わった……そう思っていたのに。
終業の鐘がなると同時に、彼が駆け出して、追いかけて来た……
朝に来なかったくせに!
……けれど不思議とほんの少し、ほんの少しだけ嬉しかった。

そして今日だけで何度目か分からない感情の発露
もう抑えがきかない。―彼に決別を告げて立ち去るつもりだった。

そこでこれである。
「嫌だ!絶対に離さない!霧切さんが許してくれるまで離すもんか!!」
「あなたねぇ……」
呆れと怒りがせめぎ合うが今は呆れの方が勝ったみたいだ……それに……

「はぁ……あなたを許せそうにはないの、分かるでしょう?」
「分からないよ、だって、僕が好きなのは霧切さんだけだもの」
「白々しい…あなたが江ノ島さんと付き合うって、江ノ島さん本人に聞いたのよ」
「それは違うよ!…なぜ江ノ島さんがそんな事を言ったのか僕には分からないけど…」
「僕が付き合うって言ったのは今度の文化祭の買い出しだよ」
「1人じゃ大変だろうし、手伝うって意味で言ったんだよ」

「え……?」
彼に背中を向けていてよかった。間の抜けた顔を見られずに済んで…
「だって、あれは江ノ島さんが頻繁に行事をサボるから、その罰ゲームでしょ」
「だからって1人じゃ大変でしょ?それで……」
なんということだ…彼の言い分が本当なら、私はとんだ勘違い女だ。

「でも、じゃあなんで江ノ島さんは昨日私に………」
「ハッハー!それはあんたらがもどかしいから私様が手助けしてやったのよ」
「江ノ島さん!?」
「あなた何故ここに……?」
「いつまで経っても戻ってこないから、心配して……なんて嘘」
「何をヤってんか見に来たのよ、それじゃあね~」


「……何だったんだろ?」
「さぁ?相変わらず常軌を逸してるわね」
「……ともかく、これで誤解って分かったよね?」
「そうね……でもアナタの浮気相手が江ノ島さんとは限らないわ」
「そんな事しないって、絶対」
「分からないわ、そもそもアナタが私に確信を与えてくれていたら……」
「確信ってこういう事かな?」



苗木君の腕の中で回された、と思った瞬間
キスをされた。
――それは一秒にも満たない僅かな時間
けれど私にとっては今まで生きてきた時間より遥かに長く感じる一瞬
全てがスローモーションに思え、その暖かい感触が失われるのがどうしようもなく辛い

そんな初めてのキス――。
「これで良いかな?」
顔を真っ赤にした彼がそう尋ねてくる。
けれど私は――私も顔を真っ赤に染めながら
「こんなんじゃ全然足りないわ」
「私がアナタを想って不安を覚えた時間分はしてくれないと」
と、彼の唇を貪った……。


「……ハァ…ハァ…大好きだよ…霧切さん」
「わ…私もよ……苗木君」

いったいどれくらいの時間が経ったのだろう、もう日は大分傾いていた。
僕と霧切さんの口の周りはお互いの唾液でベタベタだ……
それをまた舐めとって、舌に絡めながらお互いの口の中で攪拌する。

「ハァハァ……霧切さんの美味しいね」
「んぅん…苗木君のも…美味しいわ……」
もう、いい加減切り上げて帰らなきゃ。……でも離れたくない
それは霧切さんも同じなのかも、さっきから僕らはお互いの顔しか見ていない。

後五分、後五分だけ、まるで目覚ましに対する言い訳のように
自分の理性に言い聞かす。後五分したら離れる。
……そんな事をもう何十回も繰り返している。

もう自分達では止めることは出来ないようだ。

「大好き…大好きだよ……」
「私も…私もよ……」

「霧切さん……いいよね?」
「苗木君………えぇ勿論」



「はぁー盾子ちゃんってば絶望的に飽きっぽいんだから……」
「自分でひっかき回しといて、飽きたーって」
そう言いながら、変装をとく。
「別にこんな事しなくてもあの二人なら勝手にくっつくと思うけどね」

「って2人ともまだ居るし!……それに、ずっとキスしてるの?」
盾子ちゃんが居たら面白おかしくひっかき回せるんだろうけど、
ここは見つからないように遠回りして……

「って、苗木くん!霧切さんの服を脱がし始めてって、霧切さんも!?」
「急いで離れないと……///」



――翌日――
「苗木くーん霧切さん、おはようござい…ま…す?」
「おはよう舞園さん?どうしたの?」
「いえ、いつも苗木君と霧切さんは仲良しだなと思いまして…」

舞園さんがぎこちなくなるのも仕方ない、私と苗木君が手を繋ぎながら登校してきたのだから

「霧切さん、昨日喧嘩していたと思ったら、いったい何があったんですか?」
「別になにも、私と苗木君は付き合っているのだし、普通の事でしょ?」
「苗木君!いったい何があったんですか?…私エスパーですから嘘をついてもわかりますよ」

「いやぁ…あはは、僕たち素直になることにしたんだ。ね?響子さん」
「そうね。誠君…行きましょ」
舞園さんには悪いけど二人きりを楽しみたい。

「私を無視して二人の世界に!?いったい何が……」
「説明しよう!」
「江ノ島さん!?何か知ってるんですか?」
「二人は昨日ヤったのよ」

fin


――――――
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