ナエギリ顛末記 2 > 2

玄関で靴を履き替えた僕の背中から、女将さんが声を掛けてくれた。

「お怪我の方、大丈夫ですか?」
「はい、ご心配なく。……それと色々ご迷惑かけてすいません」
「いえいえ、お気遣いなく」
ブーツを履き終えた霧切さんも立ち上がり、女将さんの方を向いて挨拶をする。
「色々わがまま言ったにも関わらず、それに応えていただき有難うございました」
「お客様がご満足していただければ私達従業員は嬉しい限りでございます。ご満足いただけました?」
「はい、とっても」
「えぇ、素敵なサービスでした」

「それではまたのご宿泊、心よりお待ち申し上げております」

笑顔で出発を見送ってくれた女将さんに手を振りながら僕らは旅館を後にした。


~ ナエギリ顛末記 2/2 ~


パーカーのポケットの中に入れていた手袋を右手のみ嵌める。
左手は手袋を嵌められない以上、コートのポケットに入れておくことで防寒対策をする。
霧切さんはウェストポーチに入れていたニットキャップを被る。

僕らが歩く道路には雪がほとんど残っていない。
昨夜の内に除雪車を走らせて除雪したのか、大きなタイヤの後が残る雪を踏みながら駅まで歩く。

「結局、ローマ式のお風呂に入れなかったなぁ……」
唯一の心残りがあるとすればお風呂の制覇。
大浴場のローマ式千人風呂と、オランダ風呂に入れなかったことだ。

「また泊まりにいきたいね……」
「えぇ、その点は私も同意するわ」

――ふと、昨夜見た夢の内容が頭の中を過ぎった。
あの光景が僕の願望とか未来予想図なのか、真偽のほどはわからない。
それでも僕は……

「もし、また行く機会があれば……霧切さんと行きたいな」
「えっ……?」
「今回は仕事の都合で来たことになったけど、最初から旅行目的のプライベートでさ」
「……そう、期待しないで待っているわ」
「今回は宿代を霧切さんに負担してもらったから、今度は僕が出すよ」
「あら、その時は個室に温泉がある高いお部屋を予約しましょうね」
「えーっ? それってひどくない、霧切さん?」


そんないつ実現するかわからない二度目の宿泊をする場合の話題に花を咲かせながら駅に着いた。
券売機で切符を買い、無人の改札口からホームへ。
そして時刻表通りの時間になると、ホームにワンマン電車はやって来た。

車内は土曜日の朝と言うことで人の数も疎らだった。
あと4つの駅で終点の乗換駅に到着するから、吊り革に?まって立ち乗りをする。

ふと、四人掛けの席に僕らと同じ高校生が座って雑談をしている光景が目に映る。
土曜日と言えど、部活があるから電車通学しているのだろう。
……ちょっと前までの僕も、あそこの輪の中にいる人たちのような普通の高校生だった。
それが今は普通の高校生でありながら、たまに探偵の助手をしていて。
本当、世の中って何が起こるかわからない。

僕の隣では出発前に駅の本屋で買った文庫版の推理小説を読んでいる霧切さんが、片手で吊り革に?まりながら電車のリズムに合わせて揺れていた。
霧切さんの読書を邪魔するのは良くないかなって思い、窓から見える雪景色を眺めて終点の乗換駅に着いた。

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駅員に切符を渡して駅の改札口を潜る。そのまま緑の窓口へ。
帰りの新幹線の切符を買う手続きは行きと同様、霧切さんにおまかせした。

待合室にあるテレビのニュース番組を見ていると戻ってきた。
「朗報よ、指定席で2人分を確保できたわ」
「それって隣同士?」
「えぇ。次はお昼ご飯を先に買っておきましょう」
そう言って昨日、帽子や手袋を買った駅内のコンビニに移動する。

ここでも僕の左手を考慮して片手で開けやすい、食べやすいものを選ぶ。
ミックスサンドイッチに海苔の巻かれた五目お握り、飲み物にはストローで挿す紙パックの烏龍茶。
何だか和・洋・中ミスマッチな気がしてならないけど、あまり意識しないようにする。
一方、霧切さんがカゴに入れたものは固形タイプのカロリー食品、ボトル缶のブラックコーヒーだけだった。
え、それだけで足りたりするの……?

レジで精算後、思わず僕は霧切さんに尋ねてしまった。

「ところでさ、さっき買った量で大丈夫だったりするの?」
「? ……質問の意図が読めないわ、苗木君」
「その、朝食の時みたいに僕と似たようなモノを食べる必要はないと思うんだ。
 だから、車内販売とかで売られている駅弁とか気にしないで食べても「苗木君」……はい、なんでしょうか」
「別に私は食い意地が張っているわけでも、ダイエットをしているわけでもないわ。
 余計なお節介を焼く必要はないの……」
「すいません……」
「いいのよ。……それと今回の旅行の件について振り返りたいことがあるの。
 少し、時間いいかしら?」
「えっ、それって……?」
「あまりここでは話しにくい話題だから、場所を移すわ」

そう言って人のいる待合室を出て、駅の改札口へ。
新幹線の発車時刻までまだまだ時間があるから、人のいないホームで話の続きをするのだろう。
僕は黙って霧切さんの後を付いていくことにした。

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近くに駅員のいない1番線ホームにある4人掛けのベンチに僕らは座る。
お互い真ん中の席に座って、商品の入ったビニール袋を端の席に置く。

「さて、最初はそうね……。今回ここに来るに至った依頼の件から振り返りましょう」
「依頼って……。家出人の捜索だよね?」
「正確には特異家出人。犯罪に絡んで行方不明になっている人たちの捜索よ」

やっぱり他の人には聞き耳を立ててほしくない探偵業に関わる大事な話だったんだ。

「事件に巻き込まれて行方不明になるパターンと、事件を起こしたから行方をくらませるパターンがあるわ。
 ……そう、被害者か加害者の二つに一つ」
「そして今回は、加害者のケースだった……」
「加害者と言っても彼、家出人の起こした事件は既に時効が成立していたし、依頼人は家出人の親族だった」
「確か"お孫さんの結婚式には顔を見せてくれるようにお願いします"って言っていたね」
涙ながらに依頼人は霧切さんに訴えていた時のことを思い出す。

「さて、苗木君。ここで問題よ。
 特異家出人の捜索をするにあたって被害者と加害者、どちらのケースが難しいでしょう?」

→ 被害者
  加害者

「う~ん……。被害者、かな?」
「その理由を教えてくれる?」
「理由って言うより、僕の勘って言ったほうがいいかな……」
「……はぁ。勘を頼りに答えるようではまだまだ助手の領域ね、苗木君」

呆れたような溜め息を霧切さんに吐かれてしまった。

「正解は加害者のケース。理由は生きている限り行方をくらませ続けることが出来るからよ」
「えっ、それってまさか……」
「被害者のケースは最悪の場合、死体となって遺棄されるケースがあるわ。
 その場合は捜索箇所が一点に絞れるけれど、加害者は自らの意志で逃げているから一箇所だけとは限らない」
「だから加害者の捜索の方が困難だったりするんだ……」
「今の話を聞いて何か思い当たる節があったりしないかしら、苗木君?」

思い当たる節って言われても。
あ、もしかして……

「源義経、だよね?」
「えぇ、今度は正解よ。私たちがさっきまでいた瀬見温泉も、義経一行の潜伏先の一つに過ぎなかったわ」

確かに。
探すための事情は違うけれど、親族が家出人を捜してほしいという部分は僕らの依頼と似ている。

「実のところを言うと、今回の依頼は途中から私一人で捜索するつもりだったの」
「えっ、ホント!?」
「対象者の所在地がここにいるとわかっても、既に次の場所に移動している可能性だってあるわ。
 その場合、またそこから聞き込み調査を再開して次の潜伏先を捜索する……。そんなイタチごっこの可能性が」
「今回の依頼が長期戦になるかもしれない……。だから僕を途中から外そうとした?」
「その通りよ。下手をすると授業のある日まで捜索が長引いて、苗木君の学業に悪影響を及ぼすかもしれない。
 それなのに苗木君ったら"お孫さんの結婚式のためにも、一緒に探そうね"なんてあっけらかんと言うんですもの」

確かに出発時、駅の改札口で霧切さんに言った記憶がある。

「私も思わず"見つかるといいわね"って言ったけど、あれは皮肉だったの。
 助手の苗木君に探偵業の厳しい現実を教えるいい機会だと思って、結局ここまで連れてきちゃったわ」
「それで今回は運良く簡単に見つかって、温泉旅行みたいなことになった……」
「今回は比較的に容易な調査だったとしても、次がそうとは限らない。
 もしかしたら苗木君の身に危険が及ぶことだってあるかもしれない……。それでも探偵の助手として私の隣にいれる?」
「いれる」

考えるよりも先に口から言葉が出ていた。

「昨夜も夢現で言ったけど、もう一度言うね。
 僕は、僕自身の意志で霧切さんの助手として隣にいたいんだ」
「苗木君……」
「霧切さんの助手としてこれから先、色々辛いことがあったとしても、それは僕の意志で選んだことなんだ。
 後悔はしない」
「……覚悟の上で言っているのね?」
「もちろん。それに授業に出られない日があったとしても、二人で仕事のない日の放課後に補習をすればいい。
 そうすれば僕も学生と探偵の助手を両立できる」

さて、これで僕の持っている言弾(コトダマ)は撃ち尽くした。
はたして霧切さんを論破できるのか……?

「……やっぱり生意気ね」
「えっ?」
「苗木君のクセに、助手のクセに生意気って言ったのよ。
 昨夜もそう思ったけど、今度は学業と探偵業を両立させるために一緒に勉強をしようですって?」
「やっぱり、嫌だったりする……?」
「苗木君、あなたが提案したから発言の撤回はさせないわ。やるからにはきちんと両立させてもらいます。
 一つでも試験で赤点なんて取ってみなさい、その時点で探偵の助手は解雇(クビ)よ」
「そ、それって厳しくない、霧切さん?」
「そうならないように私が勉強のフォローをするんじゃない。
 まさか私が家庭教師の真似事をするなんて……。改めてわかったわ、助手を持つって大変なことなのね」

一人で納得して頷いている霧切さんを見ていると、論破したってことになるのかな……?
むしろ僕に高いハードルが課せられているようにも見えなくはない。


そんなことを考えたら霧切さんが立ち上がる。
「苗木君はそこで待ってて」
一人でブーツの靴音を鳴らして自動販売機まで歩く。
そして一本のホットコーヒーを買って戻ってきた。

「はい、これ。カイロ代わりに持っておきなさい」
「ありがとう……。でも霧切さんの分はいいの?」
「私はいいの。これは助手の労を労う上司の計らいよ、素直に受け取りなさい」
「ありがとう。やっぱり優しいよ、霧切さんは」
そう言ってコートのポケットに突っ込んでいた両手を出して受け取る。
うーん、温泉とは違った温かさだけど、これもこれで温まるなぁ。

「そういえば霧切さん。僕からも確認したいんだけど、いいかな?」
「なにかしら、苗木君?」
「さっきコンビニで買ったお昼『間もなく、1番ホームに電車が参ります。黄色い線まで下がってお待ちください』……なんだけど」

構内のアナウンスが流れた。
そのアナウンスが終わったすぐ後に、徐行の速度で1番ホームに僕らの乗る新幹線が入ってきた。
「……話の続きは車内でしましょう」
ベンチに置いていたビニール袋を持って僕らは乗車する。

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指定席の車両、乗車券と同じ番号の座席を見ると右側にある座席だった。

「苗木君は窓側と通路側、どっちに座る?」
「行きは窓側だったから……今度は通路側で」
「そう、わかったわ」

霧切さんが先に窓側の席に移動して、上着のコートを脱いでから座る。
「しばらくは車内だから、苗木君も脱ぎましょうね」」
旅館の部屋でしてくれた時とは逆に、今度は僕のコートのボタンを外してくれる。
「他に人が見ていないとは言え、やっぱり恥ずかしいな……」
「あら、今なら人目も憚らず"響子姉さん"って言える絶好のチャンスじゃないかしら?」
「やめてよ、その話を引っ張るのさ……」

前の座席のマガジンポケットに先ほど奢ってもらった缶コーヒーを収納する。
次にお昼ごはん一式が入ったビニール袋を同様に、前の座席にあるフックに引っ掛けて吊るしてからコートを脱ぐ。
最後にコートを膝掛け代わりに敷いて座れば僕の準備は完了した。

「それじゃあ改めて質問するね、霧切さん」
「えぇ、いいわ」
「……霧切さんは探偵業の仕事をしている時って、きちんとご飯を食べてたりする?」
「……どうしてそう思ったのかを聞かせてくれるかしら?」
「さっきコンビニで買ったものが、言葉は悪いかもしれないけど"食事"っていうより"補給"って感じがしたからさ」
「補給、ね……。あながち間違ってない表現ね」

僕の言った表現に霧切さんは怒るどころか、妙に納得しているようだ。

「尾行・張り込みといった調査をする時は基本、二人組みで行動するわ。
 でも、私の場合は単独行動が基本ね。……最近は助手を連れて行動するようになったけど」
「やっぱり一人で張り込んだら食事休憩なんて出来ないよね……」
「当然ね。そして調査を終えて撤収した後は調査報告をまとめなければいけない。
 ……手っ取り早く食事を済ませられるものを選ぶのはいつの間にか習慣になっていたわ」
「霧切さん……」

旅館で出された料理を一緒に食べていた時を思い出す。
地元の特産品が何かを覚えていて、料理に疎いわけではない――。
それに、おじやを食べた時の顔が美味しさから頬が緩んでいた――。
そのことから、必ずしも食事という行為を疎んでいるとは限らない。

「……でもさ、それって少しもったいないよ」
「……え?」
「だって、霧切さんが美味しそうにご飯食べてた顔って、すっごくかわいいんだよ?」
「きゅ、急に何を言い出すのよ……。か、かわいいなんて……いきなり……そんな風に言われても……」
「だから僕、思ったよ。上司の健康管理をするのも助手の務めなんじゃないかって。
 調査報告書を作ることが出来なくても、ご飯の差し入れをすることなら今の僕でも出来る」
「そ、そこまでする必要はないわよ。第一、苗木君は私の助手であって従者にした覚えはないわ」
「従者でもなんでもいいよ。粗末な食事から激務で霧切さんが倒れたりするよりは何倍もマシだよ」
「私がそんなに軟弱なわけ、ないじゃない……」
「僕抜きで探偵の仕事が終わりそうな頃になったら電話してくれるかな?  お握りくらいなら用意できるよ」 

と、なると食堂の余ったご飯を貰って冷凍保存しておけばいいかも。

「ちょっと、勝手に一人で話を進めないでくれる? 苗木君に用意してもらうくらいなら自分でカップラーメンの一つや二つ……」
「……やっぱり僕じゃ役者不足なんだね」
「そ、そんなわけないでしょう……!」

それでも最後には溜め息を吐きながら"……もう、好きにしなさい"って承諾をしてくれた。

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「あ」

間もなく発車する頃になって、突如頭の中であるキーワードが過ぎった。
「? どうしたの……?」
「今になって思い出したんだ……。おみやげ」

すっかり霧切さんとの話に夢中になって、売店に寄ることすら僕は忘れていた。
今から買いに行けるわけもなく、入り口の扉の閉まる音が聞こえた後に、窓の外の景色がゆっくりと加速していく。

仕方ない、今回は諦めよう。いつか次に来た時に買うことにしよう。
日本語と英語の車内アナウンスを聞きながら結論づける。
すると、霧切さんが声を掛けてきた。

「苗木君、到着までまだまだ時間はあるわ。休んでてもいいのよ?」
ウェストポーチから読みかけの推理小説を取り出し、栞の挟んだページを開く。
「えっ、霧切さんはいいの?」
「別に構わないわ。お昼くらいに起こしてあげてもいいのよ?」
「それじゃあ、お言葉に甘えようかな……」
後ろの席の人に迷惑が掛からない程度にリクライニングを傾ける。

「おやすみ、苗木君」
「おやすみなさい、霧切さん」

霧切さんの方を見て挨拶をする。
昨夜交わした挨拶を再現するように。
そうして僕は再び目を閉じた……。


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「ん……」

ふと目を開けると、目の前にはピンク色のシート。
トンネル内を走っている時の轟音で意識が冴える。
胸元には黒いコート。僕の記憶では膝掛け代わりにしていたのになんで胸元に。
こ、これって、まさか霧切さんの……。

「あら、もう少し眠っていてもよかったのよ?」
「でも、トンネルの音がうるさいから難しいかな……」
起き抜けの欠伸を噛み殺しながら霧切さんの問いに答える。
「そう、だったら少し早いけどお昼にしましょう」

そう言って毛布代わりのコートを自分の膝元に戻していた。
やっぱり、そういうところがお姉さんなんだよね……。
でも思ったことは口に出さない。
言ったら、からかわれるのが明らかだし。

背面収納テーブルを開き、そこにお昼ご飯一式の入ったビニール袋を置く。
まずは紙パックのウーロン茶を取り出し、ストローの包装を破る。
ストローの飲み口部分を左手の3本指で固定し、右手で伸ばす。
伸ばしたストローをお茶の挿し込み口に装填する。

「はい、これ」
お次は五目お握りを取り出し、霧切さんのテーブルの上に乗せる。

「……? 苗木君は食べないの?」
「むしろ霧切さんが食べた方がいいかなって思って。 ほら、学園に戻っても依頼主さんに報告があるでしょ?」
「……依頼人への報告は昨夜の内に粗方メールで済ませてあるわ」
「あ、そうだっけ」
「それに手短に報告するつもりよ。すぐにでも直接会いに行って確認したそうだったし」
「長々と報告するのは野暮みたいだね……」
「そう、だから私のことは心配ないわ。苗木君が食べて」

そう言って僕のテーブルに戻ってくる五目お握り。
やっぱり余計なお節介だったか……。

「……サンドイッチ(ボソリ)」
「えっ?」
「お、お握りよりもサンドイッチの方がコーヒーにも合うわ。
 だから私のカロリーブロック一切れと苗木君のサンドイッチ一切れでトレードしない?」
「……うん、喜んで」
「そう、交渉成立ね」

霧切さんの提案に乗り、ミックスサンドの封を開ける。
そして僕は玉子サンドをトレードに出した。
代わりに僕の手元にはチーズ味のカロリーブロックが加わった。

「「いただきます」」

僕らにしか聞こえない程度の声量で食事の挨拶をする。
まずはトレードで貰ったチーズ味のブロックを一口。
すぐに口の中がパサパサになるけど、ウーロン茶を流し込み解消する。
二口目も同様の食べ方をして胃に流し込む。
お次はミックスサンドの一つ、ツナサンドを食べる。

「学園に戻った後の話しなんだけど……今、大丈夫?」
「うん、続けていいよ」
トマトサンドに手を伸ばそうとした時、コーヒーのキャップを閉めていた霧切さんと目が合う。
「苗木君は怪我のこともあるから、私一人で依頼人に報告しておくわ」
「そうだね、僕は突き指を学校医の先生に見せてもらうよ」
「だったら……。私の方も早く報告を終わらせるつもりだし、せっかくだから二人で診察しに行きましょう?」
「うん、いいよ? だったら僕は自分の部屋で待っているよ」
「そうしましょう」

学園に戻った後の話にも触れてから、トマトサンドと五目お握りを平らげて昼食は終了した。

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そんなこんなで帰ってきた希望ヶ峰学園。
まずは学生課に寄って、外出届を提出した際に預けていた生徒手帳と寄宿舎の部屋の鍵を受け取る。

「それじゃあ私はこのまま依頼人の元へ向かうわ」
「うん、それまで僕は部屋で待ってるから」

そう言って霧切さんと一旦別れた。

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自分の部屋の鍵を開けて室内に入る。
「ただいまー」
誰もいないとわかりつつも、つい声を出してしまう。


「おかえり」
「えっ!?」


思わずびっくりした。
誰もいないと思った自分の部屋のベッドに、人が座っていたんだから。
黒の喪服みたいなスーツを着ていたその人は――。

「ご苦労様、苗木君」
「が、学園長ッ!?」
そして声の主が希望ヶ峰学園の学園長、霧切仁その人だったからだ。
そう、霧切さんのお父さんが僕の部屋にいた。

思わず自分の手に持っている鍵を見る。
……まさか、僕は部屋の鍵を閉めないまま外出していたことに?
「あぁ、マスターキーを使って勝手に入らせてもらったよ」
あっけらかんと恐ろしいことを言う学園長。
思わず警戒してしまう。

「そもそも学園長は忙しくありませんか?
 僕みたいな生徒に時間を費やすほど暇じゃないと聞いたことがあります」
「あぁ、仕事なら全部評議委員に丸投げ……じゃなくて、引き継いでくれたよ」
仕事を全部押し付けて僕に会いに来る理由……いったい何だろう?

「教えてくれ……。娘の響子とはどこまでいったんだ?」
「いっ、いったぁ!!?」
「君達が温泉旅館の二人部屋で宿泊したことは調査済みだよ。
 私にだって探偵一家の血が流れ――「学園長!?」む、なんだい?」
「た、確かに僕らは一緒の部屋で寝泊りをしましたが、け、決してやましいことなんて一つもしていませんよ!」
「……確かに今のは軽率な発言だったな」

コホン、と軽く咳払いして動揺している学園長。
僕も一緒に落ち着こうとする。

「改めて教えてくれ……。娘の響子と一緒に大人の仲間入りをしたのか?」
「なんでそうなるんですかぁ!!?」

無理な話だった。

動揺している僕の気持ちなんて露知らず、学園長は僕の両肩に手を置いて語る。

「苗木君、聞いてくれ。彼女から見れば、自分は家と娘を捨てた男でしかない。
 それは間違っていない。言い訳するつもりはないし、できる訳もない」
「学園長……」
「ただ、それでもいつか……」

目の前にいる男性が希望ヶ峰学園の学園長としてではなく、一人の父親・霧切仁として僕に会いに来たんだと今頃になって気づいた。
この人は誰よりも霧切さんが立派に成長していく姿を知りたいんだ。
同じ学園、学園長と生徒。
――誰よりも近い距離にいるのに、決して自分から知ることのできない距離。
僕を通して知りたいんだ、このお父さんは。

「それでもいつか……初孫を抱きたいんだ」
「そうそう、いつか学園長にも初孫を抱かせてもらおうって……はつまごぉぉ!!?」
「実を言うとな、娘が生まれる前に妻と二人でそこの旅館に宿泊したことがあるんだ」
「えっ!?」
「その証拠に旅館内にある風呂の数を言えば信じてくれるか?
 あ、それとも4つある貸し切り風呂の特徴をそれぞれ言った方がいいかな?」
もしかして学園長、あの旅館の温泉を制覇しているのでは……?
「若い男女が混浴の温泉で二人きり……。さすがの私も紳士を貫けるわけもなかったよ」

"混浴"――。その単語から浮かぶ、岩風呂での出来事がフラッシュバックする。

「ん、どうした苗木君。顔が赤いぞ……って、やっぱりそうなんだな!
 君達は大人の仲間入りを果たしたんだな! ……さすがは霧切一族の逸材だ!」

僕の赤面している姿を勘違いして、嬉しそうに僕の背中をバシバシ叩く学園長。
少しどころか結構痛い。


その後も学園長は今回の旅行の詳細を知ろうと、僕を尋問し続けた。
そして、学校医に突き指を診察してもらうために僕の部屋に来た霧切さんと学園長が鉢合わせて――。

その場に居合わせた僕は"超高校級の修羅場"を体験したのだった。
その顛末を語る体力が今の僕には残っていない。




『おめでとうございます!

 霧切響子との親密度がレベルアップしました!
 「助手以上相棒未満」 → 「相棒(パートナー)」

 自由行動(放課後)において「霧切さんと勉強する」が追加されました!』


ツールボックス

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