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「…『霧切ンガル』?」
 葉隠君の滑稽な発明品の名前を、僕は復唱した。
 見かけは黒のボディに、恐らく朝日奈さん作だと思われる、霧切さんらしき仏頂面の似顔絵が彫られている。
 一時期流行ったバウリンガルを模して作られた、対霧切さん用のコミュニケーションツール…らしい。
 なんていうか、色んなところに怒られそうな商標だ。

「別に俺が原案出したワケじゃねえべ。アルターエゴの中に入っていたアプリを、朝日奈っちが見つけてたんだべ」
「アルターエゴは壊されちゃったけどさ、データは十神が全部USBに入れてたらしくて、残ってたんだよ」
「暇つぶしがてら、そのデータを元に作ってみたんだべ。これは売れる、間違いねえ!」
「ホラ、学園にいた時にモノクマを解体してたでしょ? あの時のパーツで作れないかな、って思って」

 二人とも疲れているんだ。そうに違いない。

 確かに学園を後にしてからの生活は、危険とまではいかなくとも、相応に辛いものだった。
 数少ない物資を分け合い、人々に希望を伝える活動に従事して、昼夜を問わず駆けずり回っているのだから。
 体力が取り柄と自他ともに認める朝日奈さんですら、目の下にクマが浮かんでいる。

 それにしても、対霧切さん用のコミュニケーションツール、とか言われても、どこに需要があるのだろう。
 …まあそんなことを言っても、此処に一人欲しがっているどうしようもない男子がいるわけなのですが。
 僕も疲れているのだろうか。

「苗木っち、試しに何か話してみるべ!」
「え、僕が話しかけても意味無いんじゃない? 霧切さん本人じゃないと」
「霧切っちはノリ悪いから、きっと試してくれないって」

「…言ってくれるわね」
 本人はソファーに腰掛けながら、毛布に包まっている。
 此方を恨めしそうに眺めているものの、それでどうこうするつもりは無いらしい。
 彼女もきっと、疲れているんだ。

「ホラ、苗木。なんかこう、霧切ちゃんの言いそうな台詞!」
 ずい、と朝日奈さんが『霧切ンガル』を突きつけてくる。
 朝日奈さんがスイッチを入れるのに合わせて、僕は口を開いた。
 それにしても、なんて言おうか。霧切さんらしい台詞なんて…

「えっと…な、『苗木君のクセに生意気ね…』」

 ぶふ、と、朝日奈さんと葉隠君が同時に吹き出した。
 僕にしても、会心のチョイスだと思う。
 正直、これ以上に霧切さんを表している言葉はないんじゃないだろうか。

「…ちょっと、苗木君。あなたは私を何だと思っているの?」
 ネタにされているのが気に食わないのか、霧切さんが抗議の視線を向けてくる。
「え、いや、その…」
「私らしい台詞と問われて、真っ先に出てくる台詞がソレだなんて…」

「あ、静かに! 霧切ンガルの判定が出るよ!」
 僕に突っかかろうとする霧切さんを、朝日奈さんが制した。グッジョブ。

 四人分の視線を受けて、霧切ンガルがカタカタと何かを演算している。
 霧切さんですらソファーから身を乗り出して、モニターを固唾を飲んで見守っている。

 ポン、という茶目っ気のある効果音とともに、中央のモニターに文字が表示された。
 と同時に、霧切さんのものと思われる機械的な音声が、霧切さんの声色を真似て文章を読み上げる。

「ウィー、ハンテイケッカ…『苗木君のくせに生意気ね。でも好き』」

 固まる、四人分の視線。全員が霧切ンガルを凝視した。
 全く同じ台詞に付け加えられた四文字が、その言葉の意味するところを大きく変えてしまっている。
 どちらかというと、この台詞は恋人とかそういう…

「…くだらないわ」
 憮然とした表情の霧切さんが、最初に口を開いて一蹴した。
 ニヤニヤと見つめる葉隠君と朝日奈さんを睨みつつ、ソファーに戻っていく。寒いのだろうか。

「アルターエゴ…いえ、不二咲さんがどうしてこんなくだらないプログラムを残したのかは、永遠の謎ね」
「霧切ちゃん、苗木に対して弁解は?」
「する必要はないわ。彼はそんな玩具に翻弄されるような、間の抜けた男の子じゃないもの」
「…今、さりげに俺たちのこと馬鹿にしたべ?」

 まあ、僕としても判定の結果をそのまま鵜呑みにするつもりは、当然ないけれど。
 そんなことをしてしまったら最後、しばらく霧切さんとは口が利けなくなるだろうし。
 それにしても霧切さんの言う通りだ。どうして不二咲さんは、こんな謎のプログラムを…

「むむむ…ビビッと来たベ!」
 なにやら葉隠君が、考える素振りを見せている。珍しくも。
「このプログラムは、俺らが記憶を失う前、学園生活時代に作られたものなんだべー!」
「葉隠、どういうこと?」
「きっと当時から、霧切っちは素直じゃなかったんだべ! んでもって、俺らもそれを今みたいにネタにしてたんだべ!」

 だからこんなプログラムを作らせた、俺の占いは三割当たる。いつも通り豪語する葉隠君。
 今回に限って、その三割は当たっているんじゃないかな、と、僕は直観した。
 加えて言うなら、このプログラムの製作には、僕が大きく貢献しているような予感までする。

「…黙っていようかと思ったけれど、貴方達は不二咲さんにいいように遊ばれているのだと気づかないの?」
 少しイライラしている時の霧切さんの声だ。
「それに、さっきの判定は苗木君の声で出された結果でしょう。信憑性もないのに、よくそこまで遊べるわね」
「じゃあさ、霧切ちゃん!」

 僕と葉隠君は、霧切さんの威圧の籠った声に押されている。
 こと対人関係で怖いもの知らずの朝日奈さんの性格は、こういう時に限って便利だなぁ。

「霧切ちゃんの生声で、同じ台詞を言ってみてよ! それなら文句ないでしょ?」
「…いいわ、付き合ってやろうじゃない」

 意外に煽り耐性のない霧切さんなのであった。

「…『苗木君のくせに生意気ね』」
 いつもの調子の霧切さんの声だ。本人は認めないけれど、彼女の口癖といっても過言ではない。
 何か意図するところでもあるのだろうか、僕の方を見ながら台詞を言う。

 さっきと同じ演算音を立てて、霧切ンガルが喋る。

「ウィー、ハンテイケッカ…『貴方のことが好きです』」

 さて、どうしてくれようか、このポンコツは。

 うひょー、と盛り上がる葉隠君と朝日奈さん。さっきよりも露骨な結果に、二人の出歯亀は沸き立っている。
 対して、霧切さんはものすごい形相で僕の方を睨む。
 いや、あの、僕のせいじゃないんですけど。

「いつもの霧切ちゃんの意地悪な当てこすりも、苗木に対しての愛情表現だったんだね!」
 うんうん、と訳知り顔で頷く朝日奈さん。そして眼を剥く霧切さん。
 やめて、これ以上状況を悪化させないでください。
「他にも霧切っちの言いそうな台詞を集めてみるべ!」
「えっとね、何だろう…『苗木君、ここまで言えばわかるわね』とか?」

 ドウシテ僕関連ノ台詞シカナイノカナー。
 此方の苦悩など知る由もなく、霧切ンガルは演算を始める。

「ウィー、ハンテイケッカ…『苗木君なら、私のことわかってくれるわよね』」

 あ、やばい。砂糖吐きそう。

 同じような台詞なのに、細部を変えるだけで此処まで違うのか。
 どういう発音の構造をしているのかはわからないけれど、機械の出す音声は霧切さんの声そのものだ。
 本人がけっして言わないような甘い台詞に、不覚にもときめいてしまう、健全な元男子高校生。

「…貸しなさい。貴方達が台詞を入力しても、信憑性に欠けると言ったでしょう」
 本人も本人でムキになり、葉隠君から霧切ンガルを奪い取る。
「苗木君、私の言いそうな台詞を選んで頂戴。貴方の言った通りに、私は霧切ンガルに入力するわ」

 どうやら『霧切ンガル』の商標は、本人公認のものとなってしまったらしい。
 此方を睨む霧切さん。どうしよう、迂闊な台詞は選べそうにないのだけれど。

「えー…あ、ホラ、霧切さんって僕のこと、よく馬鹿正直っていうよね」
「…それを台詞に直せばいいのね?」
 コホン、と咳払いをし、霧切ンガルのスイッチを入れる霧切さん。

「…『気を付けてね、馬鹿正直の苗木君』」
 心なしか、馬鹿の部分に強い憎しみが込められている気がする。

「ウィー、ハンテイケッカ…『…貴方が誰かに騙されないか、心配です』」

 絶叫である。出歯亀二人組、歓喜の大絶叫。
 やんややんやと囃し立てる二人の横で、いよいよワナワナと震えだす霧切さん。

「あ、あのさ…僕は信じてないから」
「…貴方本人に慰められるのが、一番屈辱よ」

「ウィー、ハンテイケッカ…『心配してくれてありがとう。でも少し恥ずかしい…』」
 ああもう、空気を読め、このポンコツは…!
 耳まで真っ赤にした霧切さんなんて、初めて見た。
 きっと羞恥じゃなくて、単純に怒っているんだ。そうに違いない。

 と、ミシミシと機械を握りしめる霧切さんの奥から、人影。
 意地の悪そうな嫌らしい笑みを浮かべて、腐川さん…訂正、ジェノサイダー翔がぬるりと現れた。

「もー、マコちんったら! そんな生温い台詞ばっか選んでもつまーんなーいでしょー!」

「最悪のタイミングで現れたわね、殺人鬼…!」

 親の仇でも見るような目で、霧切さんはジェノサイダーを睨みつける。
 この場面では一番厄介な相手だ。愉快犯というか、確信犯というか。
 一人で十人分はがやがやと騒がしい殺人鬼は、長い舌を器用に波立たせて謳う。

「もっと過激なのがあるでしょ、『私も…貴方という人間に、興味を抱き始めているのかも…』とかさぁ~」
「なっ…!?」
 ああ、学園にいた頃に、霧切さんを雑談に誘った時の返事だ。
 その時は珍しく上機嫌だな、くらいにしか思わなかったけれど。
 ケタケタと高らかに笑うジェノと、顔を青くして目を見開く霧切さんを見る限り、どうやらそれ以上の意味があるらしい。

「あの仏頂面系ミステリアスな探偵少女キョーコちゃんが、随分素直になったものよねぇ~?」
「貴女…盗み聞きしてたのね…!?」
「キャー! 恥っずかしー! でもでも気付いていない鈍感なマコちんのために、霧切語翻訳、開始♪」
 なんというかもう、痛々しいほどまでに騒がしい。
 霧切さんは霧切ンガルを背中に隠すのだが、後ろにいた朝日奈さんにまんまと奪い取られる。
「くっ…」
「観念しなよ、霧切ちゃん! 霧切ちゃんが自分で言うって約束したんじゃん」
 目を爛々と光らせる朝日奈さんとジェノに囲まれて、霧切さんも逃げ場がないと悟ったようだ。
 こういう時のうちの女性陣は、強いというか頼もしいというか怖いというか怖い。
 そして睨まれる僕。無実なのに、何故。

「……『私も…貴方という人間に、興味を抱き始めているのかも…』」

 ジェノサイダーの台詞を復唱する霧切さん。
 一切感情を込めない棒読みだけれど…

「ウィー、ハンテイケッカ…『異性として、貴方に惹かれています』」

 ああ、うん。なんか予想ついてた。
 別に霧切さんがそんなこと思っているとかじゃなくて、この機械ならそういう風に変換するだろうな、と。
 うすら寒い殺気を感じる。振り向かずとも、誰のものかはわかった。

「…随分、人を小馬鹿にした機械ね…」
 絶対零度の声。
「人の声色まで真似て、勝手なことをベラベラと…」

 激昂する霧切さんなんて、初めて見た気がする。
 いつもはどれほど怒り心頭でも、理性で蓋をして、むしろ僕や仲間たちを宥める役に回っていたのに。
 ベルトコンベアに乗せられてオシオキされた時の方が、まだマシなほどの戦慄。

 僕は何一つ悪くないはずなんだけど、もしかしてこれのせいで、二度と霧切さんに口を聞いてもらえないんじゃないか。
 それはちょっと、いや、かなり傷つくので、僕なりにフォローを入れてみる。

「お、落ち着いてよ、霧切さん…その、霧切さんがそんなこと微塵も思ってないってのは、よくわかったから」
「え…?」
「いや、だから…そうやって思いっきり否定するくらい、嫌なんだよね?」

 あれ、何この空気。

 心なしか薄ら寒いというか、みんなの視線が氷柱のように突き刺さる。
 言弾を選び損ねたか、と、更にフォローを重ねてみる。

「ほら、心にも思って無いことを自分の言葉のように言われたら、霧切さんじゃなくても傷つくし、怒るでしょ」
「待って苗木君、それは、」
「僕だったら全然気にしてないからさ…それに霧切さんがあんなこというの不自然っていうか可笑しいし」


 パキ、と、薄氷の割れるような気配。


 霧切さんの表情が、いつものポーカーフェイスのままに凍りついた。
 そのまま顔を伏せ、前髪で表情が隠れてしまう。

「苗木っち、お前そりゃ…」
「ちょっと酷いっていうか…マジで言ってんの、苗木?」
「草食系も此処まで行くと、萌えを通り越して萎えるわ…」
「え、え?」
 総スカン。
 それぞれに浴びて、どんどん肩身が狭くなる。学級裁判でクロだと疑われた時以来だ。
 僕はただ、霧切さんを弁護しようとしただけなのに。

 そうだ、当の本人の霧切さんは、

「…苗木君の、言う通りよ」

 いつも通りの、ポーカーフェイスだった。

 肩に掛けていた毛布を外して、ジェノサイダーの手の霧切ンガルに手を伸ばし、スイッチを切る。
 そのまま霧切ンガルをジェノサイダーから奪い、自分のポケットへ。

「そんな乙女チックな事、私が考えているワケがないでしょう」
「…そ、そうだよね」
「ええ、全くもって苗木君の言う通りよ」
 ああ、なんだ、いつもの霧切さんか。
 胸を撫で下ろす。
 一瞬何の根拠も無しに、彼女が泣きだすんじゃないかと思ってしまったのだ。

「柄にもなく、頭に血を上らせてしまったみたいね。ゴメンなさい」
「あの、霧切ちゃん…?」
「少し風に当たってくるわ。みんなは先に寝て頂戴」

 時刻は午前一時。
 一人で外に行くなんて危ないんじゃないか、とも思ったけれど、声をかける前に霧切さんは部屋を出ていった。


「っと、何だ…おい、人にぶつかっておいて、…? 何だ、あの女…」

 と、入れ替わるように十神君が戻ってくる。
 髪が湿っているので、シャワーを浴びてきた帰りなのだろう。

「ああ~ん夜露に濡れる白夜様素敵ですクンカクンカハァハァ」
 通常運転のジェノサイダーをいつも通り足蹴にして、先程まで霧切さんが身を横たえていたソファーに座る。
 そのまま足を組み、さも興味なさそうに尋ねてきた。

「お前等、俺の目の届かぬ内に口論でもしたのか」
「え、何で?」
「あの気丈な女が目を潤ませていた…余程のことを言われたんだろう」

 四人分の視線が、僕を刺す。
 十神君にしても、元凶が僕であることの察しはなんとなくついていたらしい。
 つまりこの場において、状況を理解していないのは、クロである僕自身だけということ。なんとも滑稽な。

「あの、僕…?」
「苗木さ、自分がどれだけ酷いこと言ったか、分かってないでしょ」
 友人の涙という事実を経て、真っ先に朝日奈さんが突っかかった。
 自分が霧切ンガルで霧切さんを弄んだことは棚の上のようだけれど、言及すれば確実に僕の首から上が弾け飛ぶ。
 とりあえず曖昧に頷いて返すと、朝日奈さんは深くため息を吐いた。

「霧切ちゃんだって女の子なんだよ?」
「あ、うん…知ってる、けど」
「女の子に向かって、『女の子っぽいことをいうのが不自然だし可笑しい』だなんて、無神経だよ!」

 いや、でも、それは。

「ぼ、僕はただ、霧切さんが僕を好きだとか、あの機械が根も葉もないこと言うから…」
「んああ゛…萎えるわ、マジ萎えるわ…三流のメロドラマじゃあるまいしさ」
 自己弁護の台詞も、ジェノサイダーの台詞で止められてしまう。
 瞳孔が歪に曲がっているのは、彼女が本気でイライラしている証拠だ。

「鈍感ってレベルじゃないってばよぉ。そこまでいくともう萌えないっつーか」
「別にお前が萌えるとかはどうでもいいんだけど…じゃあ、何だっていうのさ?」
「…賢しい凡人と思っていたが、お前に対する評価を改める必要があるな」
 十神夫妻の毒舌は、本当に容赦ない。
 むしろ僕を非難するのが本当の目的なんじゃないだろうか。

「そこのくだらない機械が、本当に霧切の本音を暴いているかどうかは別としてだ」
「くだらなくねーべ! これは俺の暇つぶ…粋の結晶だべ!」
「黙ってろ、俗が。いいか、苗木」

 十神君が言うには、こういうことだ。

 僕と霧切さんはあの学園において、文字通り死線をくぐり抜けてきた仲間。
 何の感情も抱いていない相手にどれほど馬鹿にされても、霧切さんは傷つきはしないだろう。
 けれど、こと相手が僕に限っては、ほんの些細な言葉でも気に留めてしまう。
 それほどの絆を、僕と霧切さんは結んでしまっている…らしい。

 いやもう、なんというか、百歩譲って理屈はわからないでもない。
 ないけど、

「でも…やっぱり可笑しいよ」

 僕は、霧切さんが乙女チックなのは可笑しい、と言っただけだ。
 いや、朝日奈さんの言う通り、それが失礼な言葉だったことは認める。
 けれどもそれにしたって、涙目で部屋を後にするほどのものではなかったはずだ。

 むしろ僕の方が日頃霧切さんからもっと酷い扱いを受けているというか、
 ああでも、これは思い出すと僕の方が涙目になるから深く考えないようにしよう。

 確かに僕は霧切さんのことを信頼している。
 彼女が僕を認めてくれているというのも、十神君が言うのならそうなんだろう。
 けれど、それだけでは結びつかない。

「…とりあえず、追うべきだって、苗木っち」
 珍しく、本当に珍しく、葉隠君が年長者として大人の意見を述べた。
「女の子泣かせたんなら、頭下げるのは男の役目だべ。訳は後からでも聞けるんだから」
「う、うん…」

 そういうと葉隠君は、恐らく予備のものだろう、霧切ンガルを僕の手に握らせた。

「とにかく…ちゃんと話し合ってくるよ」
 何につけても、僕だって霧切さんと気まずいままなのは嫌だから。

 ―――――

 建物の二階、バルコニーを出たところで、霧切さんの背中を発見する。
 僕も同じように、扉を開いてバルコニーに出た。
 音がしたので気付いているとは思うけれど、霧切さんは此方を見ようとしない。

 勢いで追ってきてみたはいいものの、話しかけにくさに黙りこむ僕。
 それを見かねたかのように、口を開いたのは霧切さんの方。

「…何をしに来たの」
 少しだけ、潤んで掠れているような声。それに、
『私を探しに来てくれたの?』

 甘ったるい副音声が付随して、耳の中で反響した。

「いや、その…」
「もし私を心配して来てくれたのなら、それは不要よ。頭も冷えたし、そろそろ帰ろうと思っていた所だから」
『…心配かけてごめんなさい』

「や、そうじゃなくて、えっと…」
「相変わらずはっきりしないわね。言いたいことがあるならはっきりして。男の子でしょう」
『私に隠し事なんてしないで…』

 いつもならたじろぐはずの、霧切さんの冷たい声。
 台無しなのは、イヤホンから届く彼女の声とがあまりにもアンバランスだからだ。
 コードはパーカーの中を通して、ポケットの中の霧切ンガル二号に繋げている。

 今更なんだけど、コレ見つかったら怒られるじゃ済まないんじゃないだろうか。
 そんなことを思っていると、霧切さんが唐突に大仰な溜息を吐いた。

「…ゴメンなさい」
『…ゴメンなさい』
「へ、え?」
 ステレオで聞こえてきた謝罪の声に戸惑う。
 脈絡もない上に、霧切さんが謝るだなんて意外すぎて。

「『心配して呼びに来てくれた貴方にかける言葉にしては、酷過ぎるわよね…自分でも、上手く言葉を選べなくて』」

 思えば彼女は、いつだったか、本音を隠すのが得意だと言っていたっけ。
 それで、事あるごとに僕のことを馬鹿正直だと引き合いに出す。
 アレは単純に、僕のことをからかっているんだと思い込んでいた。

 けれど、本音を隠すのが得意だということは、本音を晒すのが苦手だというのと同義じゃないだろうか。

 霧切ンガルが、彼女の全てを語ってくれるとは思わないけれど。
 十神君たちが言っていた、霧切さんが怒った理由と言うのが、うっすらとわかってきた。

 なので、僕はポケットの霧切ンガルのスイッチを切る。
 これは彼女の言葉じゃない。
 霧切さんが本当に、この機械が言うようなことを思っていたのだとしても。

「…私があんな態度を取ったワケは…貴方の言っていた通りよ」
「あ…霧切ンガルに怒った理由、ってこと?」
 ええ、と返して、肩を竦める。
 彼女の手には、腐川さんから奪い返した機械が握られていた。
「例えそれが事実でも、そうじゃなくても…自分のことを語られるというのは、良い気分じゃないから」
「そう、だよね…ゴメン」
「…貴方が謝ることじゃないでしょう? 主犯は朝日奈さんと葉隠君よ」

「いや、僕もちょっと…悪乗りしてたから。共犯だよ」
 それに、傷つけるようなことも言ってしまったし。

 そこでようやく、霧切さんが此方を向いた。
 軽く驚いたように、少し赤くなった目をぱちくりとさせている。

「霧切さんって、いつも自分の本音をどこかで押さえこんでいるように見えるからさ」
「……そう、ね。貴方がそういうのなら、そうなんでしょうね」
「だから、機械の言うことだったとしても…そんな霧切さんの本音を見ることが出来て、ちょっと嬉しかったんだ」
「嬉しい…?」
「うん。でも考えてみたら、勝手に心の中を覗き見るなんて、すごく失礼なことだって気付いて、……」

 クス、と霧切さんが吹き出したで、僕はそこで言葉を止めた。
 なんだろう、可笑しなことを言ったつもりじゃなかったんだけど。

「ごめんなさい、でも…相変わらず、馬鹿正直なのね」
「え?」
「今のを白状しなければ、私は貴方が悪乗りしていたことに気付かなかったかもしれないのに…損な性格ね、苗木君」

 笑われたのにも関わらず、僕はホッとしていた。
 もう怒っていない。
 いつも二人で談笑をしている時のような、柔らかい表情に戻っている。

「まあ、確かに人の本音を覗こうとするのは、あまり褒められた行為じゃないわね」
「う…ご、ゴメンなさい」

 くるり、と霧切さんが踵を反す。足取りは軽やか。

「それはそうと、苗木君。今の『嬉しい』という言葉は、私の告白に対する返事と捉えて良いのかしら?」
「えっ…」
「さっき、霧切ンガルがバラしたでしょう。『貴方に異性として惹かれています』って」

 え、え? え!?

「で、でも…霧切ンガルは適当なことを言っていた…んだよね? だから霧切さんは怒って…」
「あら、そうは言っていないわ。推理してみて、苗木君」
 ニヤニヤと、人の悪い笑みで僕の反応を楽しむ霧切さん。
「霧切ンガルが全くの嘘ばかり言っていたのなら、私はあれほどまで怒らなかったんじゃない?」

 でも、それはまさか本当のことだとは思わなくて、いや、機械の言ったことだし、本気で受け止めていなかったっていうか、
 十神君は僕と霧切さんの間に絆があるって言ってたけど、僕はそんなの意識したこともなかったし、
 けど、そりゃ霧切さんが僕のこと、そうだと言うのなら、僕としてもまんざらじゃないっていうか、
 いやでも超高校級の探偵相手に僕なんかが釣り合うとも思わないし、


 と、悶々としていると、また霧切さんが吹き出した。

「…冗談よ」
「え? あ、……」
「ふふ…ホント、馬鹿正直ね…」

 耳が熱くなる。今度は本当にからかわれていたらしい。
 そうだ、当然じゃないか。彼女は自分の本音を、けっして晒し出したりはしない。
 仮に本音を告げるとしたら、余程にその告げた相手を信頼している時に限るだろう。

 いつか、あの学園で話していた時のように、クスクスと霧切さんは笑う。
 鈴の音が鳴るような、綺麗な艶笑。

「それにしても…まさか、苗木君に励まされる日が来てしまうだなんて…」
 辛辣である。
 反応に困って、僕は曖昧に笑って見せた。
「僕だって、たまには…霧切さんの役に立ちたいよ」
「私に女の子らしいのが似合わない、だなんて言い放っておいて…どの口が言うのかしら」
「あ、いや、それは…」

 と、悪戯を思いついた子供のように、霧切さんがニヤリと口端を上げる。

 手に持っていた霧切ンガルのスイッチを入れて、口元へ。


「まったく…『私を励まそうだなんて、苗木君のくせに生意気ね』」


 しっかりと機械に言い放ってから、彼女は僕の方へ霧切ンガルを投げて寄越す。
 僕の手の中で、カタカタと計算を始める機械。

「あ、あの…」
「私は先に戻るわ。おやすみなさい、馬鹿正直の苗木君」
 そう告げて、彼女はバルコニーを後にした。
 ウィー、ハンテイケッカ、と、腕の中で空気も読まずに機械が唸る。

 彼女がこれを渡した理由を推し測って、理解したと同時に僕は霧切さんの背中を追った。


「『励ましてくれてありがとう。貴方のことが好きです』」


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