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 その年のバレンタインはいつもよりちょっとだけ浮かれていた。
 バレンタインデーという日はどんな、高校生男子にとっても緊張する日だと思う。
どれだけのチョコをもらえるか、意中の人はいったい誰にあげるのか、みんな不安でしょうがないと思う。
ただ、この年の僕は期待でどきどきしていた。
なぜって、いままでの人生で初めて彼女ができた後に迎えるバレンタインデーだったからだ。

 僕の学校は、ちょっと特殊な学校で超高校級の人材ばかりが集められている。
当然の事ながら、アイドルやタレントなんかもいるわけであり、バレンタインともなると
沢山のチョコが郵送されて来る事になる。誰が誰にチョコレートを渡したという本当なら微笑ましい程度の
ネタが、本当に週刊誌に載ってしまうネタになるので、学校でのチョコの受け渡しは禁止になっている。
それでも、クラスの女子全員から男子全員へという名目で、きらきらに包装されたいくつものチョコを
ありがたく頂いた。それらは、もちろんうれしかったが、僕は他の人からチョコを受け取る間もずっと、
本命の方が気になっていた。

 そんなわけで、僕が彼女である霧切さんから、チョコを受け取ったのは、寮の自分の部屋に着いてからだった。
「今日は大変だったわね。みんな苗木君の所にチョコを渡しに来て」
椅子に腰掛け、いつもの様に紅茶を用意したところで、霧切さんが冷静につぶやいた。
「僕のところってわけじゃ無いと思うけど」
「あなたは、観察力が足りないわね。いい、今あなたのカバンに入っているチョコを良く見ることね。
山田君や石丸君がもらっていた物とは、ラッピングの凝り方も大きさも違う事に気づくはずよ」
「そ、そんな事ないよ。それに、僕より不二咲君の方が人気だったし」
「あの子は特別よ。どっちかと言うと、友チョコに近いもの。あなたに渡していた人の中では、
特に舞園さんの気合いの入り方は危なかったわ」
霧切さんの眼にはすごく力が入っている。今にも僕に掴みかからんばかりだ。それよりも、気になったので聞いてみる。
「ずいぶん僕の方見てたんだね?」
そう聞くと、霧切さんは急に頬を赤らめて、
「そ、それは、わ、私の苗木君に他の女の子がチョコを渡してるんだもの、き、気にならないはずないわ」
その言葉だけで、こっちまで赤くなるほどの破壊力だった。

「霧切さんからのチョコは無いの?」
あの後、何となく恥ずかしくなって無難な話を続けてしまった僕たちだったが、しびれを切らして自分から聞いてみる事にした。
「え?あ、あのね、苗木君」
「霧切さんからのチョコ欲しいな~」
「私、自身が無いのよ。自分じゃみんなのように上手く作れないし」
「別に、いいよ。霧切さんがくれるって事が大事なんだから」
「で、でも」
どういうわけだか、霧切さんは渋ってなかなかチョコを渡そうとしてくれない。
放課後僕の部屋に来たって事は準備はしていると思うんだけど。

「誠君コレ!」
そう言って、霧切さんが差し出したのは、何の包装もされていない。
コンビニで売っているような板チョコだった。
……まじか。
 正直期待していただけ、ショックだった。いくら霧切さんが料理が苦手だとしても、
チャレンジくらいしてくれていると思ったのだ。ビターチョコを作ろうとして、ものすごく苦くなったり、
ミルクを入れ過ぎてべちゃべちゃだったりしても、ちゃんと食べようと思っていただけにショックだ。
「あの誠君、怒らないで聞いてくれる?私だって昨日頑張って作ろうとしたのよ。でも、
絶望的に料理が下手で、苗木君が体調壊してしまいそうな物しか出来なかったのよ」
 ちゃんと作ろうとはしてくれたんだ。
僕は少しだけ落ち着いた。そうだよな、霧切さんにも苦手な事位ある。残念ではあるけど、
霧切さんからのプレゼントだし喜んで頂こう。そう思った僕に、霧切さんは顔を赤くしながら爆弾を落とした。
「だから、これを買って来たの。ごめんなさい。その代り、このチョコを好きに使っていいわ」
「好きに使ってって?」
「だから、その。これを好きな食べ方していいって事よ。その、私に食べさせて欲しいとか。そのチョコが無くなるまでどんなお願いでも聞くわ」

「それじゃあ、えーっと、た、食べさせてくれる?」
僕がそう言うと、霧切さんは板チョコを銀紙から出すと最初の一列をパキッと折った。
折った欠片を、手袋越しの指でつかむとそのまま、赤い顔をしてテーブル越しにチョコを差し出して来る。
「あ、あーん」
「あーん」
僕も釣られて赤くなりながら、チョコを口にする。
口に甘い香りが広がる。でも正直言ってそれどころじゃない。僕の目線は霧切さんの手に釘付けだ。
チョコレートをどんどん食べ進めて、軽く手袋を甘噛みして、僕は口を離した。
「それじゃあ、次は」
「へ!?」
どこかボーっとしていた霧切さんに声をかける。
「次は、口移しでいいかな?」
「口、くち移しって、誠くん?!」
霧切さんの返事を聞く前に、僕はチョコレートの包みを剥がすと、強引に一欠けらを折ると霧切さんの小さな口に押し込んだ。
間髪入れずに、その口に唇を合わせる。
「ん~!ん~!?」
霧切さんが何か言おうとしているみたいだけど、気にしない。これは、僕のバレンタインのプレゼントなんだから。
チョコは二人の口の間でみるみるうちに溶けていく。
最初の一瞬で、ほとんど溶けてしまったチョコを良く味わうために、僕は舌を奥へと伸ばした。
ぬめぬめと音を立てながら、二人の口の中が混ざり合う。
チョコの甘さと、吐息の甘さと、舌の甘さとが混ざり合って、もう良く分からない。
霧切さんの舌も僕の方に侵入して来て、お互いの歯列をなぞる。そのままの状態でずっと、チョコの味が無くなるまで楽しむ。
 霧切さんの腕が、テーブルの上のチョコに伸びる。片手で強引に包みを破ると、片手で器用にチョコを割り、
一瞬離した口の隙間から放り込み、またすぐに吸いつく。まるで、酸素を求めるみたいに、一分の隙もないくらいにくっ付きあう。
結局僕のバレンタインのプレゼントはチョコを食べ終わるまでに30分以上費やしたのだった。

「まさか、こんな風になるとは思わなかったわ」
ようやく正気に戻った二人が見たのは、チョコでべとべとに汚れたお互いの顔と、散乱したチョコの包み紙だった。
ぐちゃぐちゃになった銀紙が、二人ともどれだけ夢中だったかを表している。
「苗木君、洗面所借りるわね。これじゃ帰れないわ」
そう言って、この場を離れる霧切さんに僕は一言告げた。
「ホワイトデーのお返しの時には、どんな風に食べたいか考えといてね」


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