助手への労い VD編

刻む。
一つの塊を半分に、半分から四分割に――。
刻む。
四分割から小さな欠片に――。

刻み続けたソレを沸騰する鍋の中へ入れる。
そして焦がさぬよう泡立て器で掻き混ぜる。


淡々と細かく刻む作業を続けてみたが、ふと猟奇殺人犯の心境がどんなものか考えてみる。
遺体を切断する時は興奮し、言葉通りの快楽殺人者と化すのか。
それとも、私のように一つの作業として淡々とこなす機械的殺人者となるのか。
……どちらにしても思考を働かせすぎると食欲が減退するのは確かね。

鍋の中に残滓がないことを確認し、再び火にかけて加熱する。
湯気と共に甘い香りが漂う。 頃合ね。
携帯電話を取り出して指定したメモリの番号から呼び出す。

『も、もしもし、霧切さん? どうしたの?』

3コール目を告げた時に彼が応答する。
声を聞く限り驚きが半分、嬉しさが半分ってところかしら。


~ 助手への労い VD編 ~


"血のバレンタイン事件"――。

一枚目の表紙に書かれていた表題は何だか歴史の教科書に載ってそうなタイトルだ。
霧切さんに呼ばれて彼女の部屋を訪れることになったが、助手の僕は依頼のファイリングを手伝う傍らで探偵学のイロハを教えてもらっている。

次のページから依頼人との遣り取り、向かった先の日時と場所、事件現場などなど……
バレンタインの日に、霧切さんが学校を休んで何をしていたのかという詳細が事細かに書かれていた。
僕も助手として同行したかったけど、連れてってもらえずに授業を受けていた。

3ページ目を開くと、テーブルに頭を突っ伏して倒れている人の画像が。
思わずギョッとして霧切さんを見ると、無言で続きを読むように促される。
恐る恐る画像の下にある説明文を見ると、そこには「被害者」と書かれていた。

さらに次のページを捲れば霧切さんによる検死が記録されていた。
死因は毒殺による中毒死。
凶器は被害者の飲んだカップに混入された毒物。
それが入っているとも知らず飲んでしまって――。


「しかし、凶器が毒物か……」

一度、報告書の閲覧を中断してテーブルに置かれた湯気の立つカップを見る。

「えぇ、その場にいた私たちにも振舞われた同じものを再現してみたの」
「それがこのホットチョコレート……」
コーヒーの琥珀色の液体より、濃い目のココアを淹れたような色をしている。
「その時はマシュマロやアーモンドが加えられていたけど、まさか青酸カリまで配合していたのは予想外だったわ」
「僕のにも……混ぜてないよね?」
「……探偵が事件を起こすとでも思っているの、あなたは?」

そう言って自分の手に持っているカップを飲みだす霧切さん。
僕の持つカップと同じ中味のホットチョコレートを。

「……ここまでやればわかるわね、苗木君」
「い、いただきます……」

毒食らわば皿まで、もとい毒飲めばカップまで。
僕も覚悟を決めて霧切さんのバレンタインの贈り物を口にした。
でも、素直に喜べないのはなぜだろう――。



――甘い。
始めて飲んだ感想に浮かんだ感想は3文字の言葉だけだった。
具体的にはココアなんかより何倍も甘い。

二口目を飲む。
でも、ホットミルクと絡めたと聞いたのに牛乳の味が全然しない。
溶かしたチョコレートをそのまま液体にして飲んでいる感覚だ。

三口目は甘さの中にほんのりとした苦さが浮かんだ。
霧切さんと目が合うと「ビターチョコレートも混ぜてみたの」と解説してくれる。

「……どうかしら?」
「とっても美味しいよ、霧切さん」

率直に思った感想を口にして再び飲みだす。
チョコの甘さがしばらく残りそうだけど、普段味わったことのない甘さからもっと飲みたい衝動に駆られる。
ココアでもない、カフェオレでも、ミルクティーとも違う甘さと飲み口。
僕はホットチョコレートの虜になっていた。


そして報告書を読み進めると、事件の顛末は霧切さんが容疑者を特定し容疑者は犯行を自供した。
僕も居合わせていたら、きっとサスペンスドラマや推理小説のような展開ではクライマックスの状況だろうけど。
霧切さんの報告書では簡素に一行で"尚、容疑者は抵抗を示すもこれを撃退"と記されていただけだった。

「……犯人が暴れて、怖くなかったの?」
「相手は精神的に追い詰められていた分、動きは単調だったわ。
 刃物を振り回しても大振りだったから、その隙を突くだけよ」

僕だったらきっと腰を抜かして抵抗すら出来ないかも。
……それはそれで格好が悪いと思う。
今度、霧切さんに護身術とかのトレーニングを一緒に出来ないか相談しようと霧切さんの方を見ると何か様子がおかしい。
こう、カップを口元に添えながらチラッチラッと視線だけは何度も僕に送っているようで。

「? 僕の顔に何かついてるの?」
「……なんでもないわ、気のせいよ」
「本当? もしかして体調悪かったりする? なんだか顔が赤いよ」
「カン・ケイ・ナイ」

そういってプイッと顔を横に逸らしてしまう。
……ますます怪しい。

  追求する
→ 追求しない


せっかく僕にご馳走を振舞ってくれた当人の気分を悪くするのはよくないな。
下手な詮索はここまでにしよう。

「ありがとう、霧切さん。それとご馳走様。
 カップは後で洗って返すけど、それでい「苗木君」……は、はい」
「あなたは何も見抜けなかったのかしら?」
「えっ?」
「実はあなたのチョコに滋養強壮剤を入れておいたの。日頃の疲れも一緒にとって貰おうという狙いで」
「えっ」

ドクン、と自分の心臓が強く跳ねるような音が聞こえた。
だんだん心音を刻むビートが早くなってくる感じがする。
いつのまにか手汗も滲み出ている。
ゴクリ、と生唾も飲み込んでしまう。

「フフ、……冗談よ」
「えっ!?」
「思い込みによるプラシーボ効果も、バカ正直な苗木君には効果があり過ぎるわね」
「か、からかっただけなの?」
「……そもそも、そんなものを混ぜたら【飲んだ時点】で違和感を唱えるわ」

ん、飲んだ時点……? 
なんで霧切さんは強壮剤の味を知っているんだ?
チョコに混ぜたら違う味になったって、まさか……!
「気づいたようね、苗木君」
僕の表情を見て何を考えているのかわかったのか、今度は霧切さんがリアクションをする。

「味見はしたけれど、とても人前に出せるものじゃなかったわ」
カップをテーブルに置いて立ち上がる霧切さん。

「じゃあ、僕が飲んでいたのは……」
「そう、本来は私が飲んでいるものだった」

霧切さんが僕に近づいてくるけど、どこか足取りが覚束ない。
けれど、目だけは僕をしっかり捉えていて獲物を逃がさない肉食獣のような目つきだ。
先ほどの昂ぶりから来るものとは異なる、恐怖心から湧き出る生唾をゴクリと飲み込む。

「あなたをからかおうと思ったことでバチが当たったのかしら、おかげでこんな醜態を晒しているわ」
「醜態だなんて……」
むしろ色っぽいです。

「最初は企業の宣伝活動に乗せられるなんてくだらないって馬鹿にしていたけど、本当はトリュフでも作って苗木君に振る舞いたかったの」
「でも、14日から依頼が入って数日会えなくなったね……」
「その依頼を終えて帰宅した時にトリュフの試食をしたけど味の質が落ちているのが気になって出せなかった」
バレンタインはチョコの出来栄えより、贈る人の気持ちの方が僕は大事だと思うけどな――。


「そんな中で依頼の件からホットチョコレートを知ったの。余った材料でも作れたし時間もかからなかった」
「……たとえどんなものでも、僕は霧切さんからチョコを貰えれば嬉しいことに変わりないよ」
「ありがとう、苗木君。そこで提案があるの」

気づけばドアと霧切さんの板挟みにされた状態になっていた。
足も彼女の膝に割り込まれて無理矢理開かされている。
……こういうのって男の人がやる行為だと思うんだけど。

「時は金成りっていう言葉があるように、14日当日の時間は取り戻せない。
 けれど、その日を埋め合わせをする時間は今からでも設けることが出来ないかしら?」
「霧切さんはそれでいいの……?」
「もちろん。拒む理由はないし、拒む気持ちにもなれない……。
 私もあなたという人間に、興味を抱き始めているのかも……」

霧切さんと一晩、一緒に過ごした。


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