真夏の昼の夢 2 > 3

―――――

水上騎馬戦――。
僕の知っている運動会の騎馬戦とは少々異なり、相手チームの額の鉢巻ではなく紅白帽を奪うことが目的だ。
もちろん、落馬することでも失格だ。
馬役を務める男性陣も浮力のおかげで、騎手の体重をそんなに意識することはない。
そのおかげで頭数に加えられた僕が前馬を務めることになっているんだから――。

「どうしてこうなったのかしら……」
「あ、それ僕も思ったよ」
「出場するとは聞いていたけど、まさか舞園さんと敵対するとはね……」

向こう側にいる舞園さんのチーム、アイドルユニットのメンバーがそれぞれ乗馬しているんだから。

『位置について、よーい!』

"パァァン!"と乾いたピストル音の合図と共に各員一斉に動く。

「交戦は控えましょう。まずは左に旋回して。そう……なるべくゆっくり」
「わかった。……っていうか、僕の癖っ毛を操縦レバーか何かと勘違いしてない? 何で握っているの?」
「気のせいよ、気のせい」

スタッフさんを含めた僕ら騎馬役の3人は霧切さんの指示に従う。
一見、戦局を見極める軍師っぷりを見せているように見えるが、実はそうでもない。
スタート前にアシスタントディレクターらしき人が霧切さんに近づき、何かを耳元で囁くようにして去っていったのを目撃したからだ。

―――――

『今の人、何て?』
『番組プロデューサーさんからの伝言で"適当に逃げて舞園さんのチームに負けてください"……ですって』
『えっ、それって……』
『もとより、私もそのつもりで行く予定よ』
『どうしてさ?』
『ポッと出の代理が勝利を掻っ攫う光景を視聴者が望む? 咬ませ犬らしく負けて舞園さんに華を持たせるのがセオリーじゃない」
『……霧切さんはそれでいいの?』
『えぇ、もちろん』

―――――

そんなこんなで、いつの間にか孤立し最後の一人になっているようなシチュエーションになっていた。
メンバーの娘達が逃がさないように周りを囲み、舞園さんの騎馬隊がジワジワと近づいてくる。
チェックメイトまであと一歩だ。

しかし、舞園さんがここで予想外の行動に出る。
自分の左手の手袋を突然外して、霧切さんの足元にぶつけてくるのだった。

「……舞園さん。あなた、これが何を意味しているのかわかっていてやっているの?」
「もちろんです。霧切さんと一騎打ちをしたくて手袋を投げました」
「ナンセンスね。勝利まであと僅かなのに単騎で挑むなんて」
「やる気のない霧切さんをその気にさせるためです」
「……どういう意味かしら?」
「私、見てしまったんです。霧切さんがスタッフさんと打ち合わせしているところを」
「何のことかしら?」
「とぼけないでください。きっと、適当に逃げて負けてくださいって唆されたんでしょうけど、そんな霧切さんに勝ってもちっとも嬉しくありません」
「舞園さんが勝てばいいっていうシナリオは番組サイドと視聴者の意向に沿っていると思うけど?」
「それはテレビの都合です。だからアイドルの舞園さやかではなく、クラスメイトの舞園さやかとして決闘を申し込むんです」
「……そう。さすがにこの状況では拾えないけど、受諾と受け取ってほしいわ」
「ありがとうございます」

糸を張り詰めるような緊張感がプール全体に浸透した。
僕らと舞園さんの騎馬隊の動きに一挙一動、目が離せなくなった。

「みんな、チキンレースと洒落込みましょう?」
「うん」
「「おぅ!」」

そんな中、霧切さんが僕の癖っ毛を二回右方向に軽く引っ張った。
――なるほど。ぶつかる直前、右に避けろってことか。
僕と霧切さんにしか分からない合図を確認してから前進する。


「「「うおぉぉぉぉっ!!」」」
「「「はあぁぁぁぁっ!!」」」

両者の騎馬隊が咆哮しながら突撃する。
そして前馬の僕らがぶつかる直前だった。

「今よ!」
「っ!?」

――って、あらっ!?
右に動けない! どうして!?
困惑する僕を尻目に一人だけ右方向に重心をずらした霧切さんがバランスを崩してしまう。

「そこっ!」
「……っ!」

舞園さんはそのチャンスを逃すはずもなく、左腕を伸ばす。
だがそこは"超高校級の探偵"、バランスを崩しながらも舞園さんの腕を交わして生命線の帽子を守る。
が、舞園さんの腕は帽子ではなく別のものを掴んでいた。


「っ!?」
『あーっと!! ここでお約束の"ポロリ"です! 白チーム、万事休す!!』

そう、舞園さんの左手には霧切さんの水着である黒のトップスが握られていたのだった。
その"ポロリ"の隙を付いて追撃するのかと思いきや、舞園さんの騎馬隊は後退していく。

「大丈夫!? 霧切さ「見ないで!」……あだぁ!」

霧切さんの状態が心配になって後ろを振り返ったら頭を鷲掴みにされて無理矢理正面を向かされた。
例えるなら、グレープフルーツの果汁を絞るような力と捻りで頭を締め付けられている。
咄嗟に見れた光景は左腕で胸の周りをガードして顔を真っ赤にしている霧切さんだった。

「やられたわね、舞園さんに」

苦虫を噛み潰したような霧切さんの声が聞こえる。
きっといつものポーカーフェイスも今は保てず、不快感を顕にしているのだろう。

「ごめん、僕が動けなかったばかりに……」
「謝罪したところで今更水着が戻ってくるわけじゃないでしょう」
「うっ……」
「おそらく動けなかったのは舞園さんの前馬の人が妨害したんでしょうね。足を踏まれたんじゃないかしら?」
「えっ?」

思わず後退している舞園さんの前馬のジュニアアイドルを見る。
僕の視線に気づいたのか、ニヤリと笑みを浮かべる。
とてもお茶の間で見せるようなものとは異なる、陰惨な笑みだった。
僕を格下の相手と嘲るような負の感情がこもっているようなそんな笑みだった。

「片腕が使えない状態でもまだいける、霧切さん?」
「当然じゃない。むしろこれは舞園さんへのハンデよ」
「言うじゃない」
「やられっぱなしじゃ終われないのよ、私。苗木君、あなたもそう思わない?」

身長180cmくらいはあるであろう長身のジュニアアイドルをもう一度見る。
僕の足を踏んで小馬鹿にした相手を睨みつける。

「……そうだね。霧切さん、もう一度突っ込んでいい?」
「また足を踏まれて妨害されるかもしれないわよ?」
「そうかもね。でも、動けないわけじゃない」
「……なるほど。そういうことね」
「えっ、僕の作戦が何かわかったの?」
「当然じゃない、私を誰だと思っているの?」
「ははっ、"超高校級の探偵"だったね。失礼しました」
「……そういうわけでもう一度舞園さんに突進するわ。後は私と前馬の彼で何とかします」
「いいぜ。それにしても若いっていいなぁ……」
「同感。俺も青春時代にこんな娘が近くにいればねぇ……」

何故か後ろ馬のスタッフさん2人はしみじみとするのだった。
どうしてさ!?

「それじゃあ行きましょうか、最後に一花咲かせて潔く散りましょう?」
「「「おうっ!」」」

『両者再び睨み合って……突っ込んだあぁぁっ!!』

「「「うおぉぉぉぉっ!!」」」
「「「はあぁぁぁぁっ!!」」」

先ほどのチキンゲームの再現。
違うところは霧切さんの右手が僕の頭を掴んで離さないことだ。
僕の体を杖代わりに、片腕だけで不安定な重心を支えている。
霧切さんが、僕を頼っているという事実が嬉しくて、さきほどの汚名をすぐにでも返上したいくらいだ。

そして再び二つの騎馬隊が零距離に。
身長差20cmはあろうかという前馬同士の対面もこれで二度目。
左足に重みが掛かる感触も二度目を迎える。

「終わりです!」

舞園さんの左手が霧切さんの帽子を狙う。
霧切さんが僕の頭をプールに押し付けるような勢いで屈む。
僕も釣られるように水面に潜る。
次に僕の足を踏んでいる位置から相手の顔の位置を特定する。
そして――

「……このぉ!」
「ぐおっ!?」
「……きゃっ!?」

水面から急激に頭を突き出す。
前馬の人の顎を目掛けて。
見事にヒットして、右腕からの二撃目を狙っていた舞園さんもよろめく。

「決めるわ!」
「っ!!」

その隙を見逃すほど、今日の霧切さんは優しくはなかった。
上空へと舞う水飛沫を突き破るように右腕を舞園さんへ伸ばす。
伸ばした先が舞園さんの被っている紅白帽ではなく――。

『おーっと! ここでまさかの"ポロリ返し"だぁ!! 目には目を! 歯には歯を! ビキニにはビキニをぉぉぉぉ!!!』

まさか舞園さんの水着だったとは――。
外道です、まさに外道です!

「……してやったわ」

満足気な声が僕のすぐ後ろから聞こえる。
――っていうか、近すぎませんか霧切さん?
両肩に一つずつ、均等している圧力が掛かっているんですけどぉ!?

「きっ、きききききりぎぎりさん!? どうしてこんなに密着しているのかなぁ!?」
「仕方ないでしょう? ずっと同じ姿勢でいたから腕が痺れちゃったのよ。……ただの小休止よ」
「むしろ大休止でお願いしま「まだですっ!!」……えぇっ!?」

騎馬隊からの離脱、もとい飛翔しながら舞園さんは襲い掛かってきたのだった。
上空の太陽が舞園さんの身体に遮られ形を変える。
呆気にとられて僕らは動けなかった。
なす術なし。

「きゃっ!」
「うわあぁぁ!」

そして舞園さん渾身のボディプレスを喰らった。
二人の男女の悲鳴が野外プールに木霊した。
僕と霧切さんの悲鳴だった。


続く
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