一限目

――今は授業中だ。僕はいつものように真面目に授業を受けている。
僕みたいにただの“幸運”で入学できた身とすれば、せめて人並みに学業を修めなければ卒業後の進路が危うい。
そんな風に考えていた時期もあった。

だけどそんな僕の抱えていた不安は、隣の席で同じく授業を受けている彼女――霧切響子さんが解消してくれた。
僕らは愛しあっている。一生を共にするつもりだ。彼女が居ればいい。他に何もいらない。

今日も、僕らは隣同士席をくっつけている。
建前は彼女が教科書を忘れたから――そうなってはいるが、実のところ僕は今朝、鞄に確かに教科書を入れているのを見た。


これはサイン――彼女のその、求愛の……。


授業が始まって少し経った頃。
「……ねぇ、キスして」
いつもの様に僕の耳朶に熱い吐息がかかった。
机がくっついているだけで、一応身体は触れ合っていない。彼女が身体をこちらに寄せて優しく囁いてきた。

「だ、駄目だよ……皆が居るところでなんて」
これが二人きりの時なら何も問題ない。そりゃ未だに多少の恥ずかしさはある、けれどそれ以上に嬉しいからすぐに応えられる。
だけど……こんな、皆が居る前でなんて。それも授業中の教室で。
確かに僕は彼女を愛しているし彼女も同様だ。その気持ちを隠す気が無いとしても、この状況では無理だと思う……たぶん。
教室の皆に気付かれないよう僕も囁いた。


「私のこと……キライ?」
また耳元で優しく囁いてくる。
……だから駄目だって。
そう目で制そうとするも僕の手を取り、その手を彼女の両の手が包み込んで、情念の込められた、潤んだ瞳でこちらを見てくる。
――可愛すぎる。僕の自制心は一瞬で瓦解した。
キスには強い魔力があるようで、僕なんかよりずっと強い自制心を持つはずの彼女でこれなんだから、おねだりされたら僕が本気で断れるはずもない。
求められたら応えてあげないとね。

「……ちょっとだけだよ」
一度キスをすると時間感覚が吹き飛んでしまう。この前もお昼休みが終わっているのに気が付かず授業をサボってしまった。
理性を溶かされてしまうので出来れば寮に帰ってからのほうがいいけれど、毎回そんな事を考える。
でも彼女は僕の返答を聞いて顔をほころばせている。見るだけで幸せな気持ちになるような……そんな笑顔を見せられて我慢できる奴はいない。

「大好き……」
「僕も大好きだよ……」
ここでまた、いつもの様に愛を囁く。
幸い僕らは一番後ろの席なので、教師が黒板を向いている隙に素早く唇を交わせば大丈夫だろう。
そういうことにしている。僕らは愛し合っているし、校則違反がどうとかじゃあない。ただ単に恥ずかしいから。


――――今だっ。教室の皆が黒板の方を向いている。
先生が板書した内容を説明しつつ、皆がそれをノートに書き写すその瞬間。一瞬で交わされる二人だけの秘め事。
恥ずかしいから絶対に気付かれたくない。と同時に見せ付けてやりたいと思ってしまう僕は、どこかおかしくなってしまったのだろうか。
二度、三度……ついばむ様に軽く唇を合わせる。ばれないように、ばれないように……。
素早く、何度でも何度でも……僕のこの愛しい気持ちが伝わるように。彼女の気持ちが伝わってくるように。

最初は机の下で繋がれていた手も、今は互いの頬に添えられて――互いの唇をついばむ間隔もどんどん短くなって、唇が触れ合う時間は反比例して長くなる。

――口だけで彼女を感じたい。

その欲求に従って、両の目を閉じ、互いの口内を舌で貪り、唾液を交換し合う。
緊張から高鳴っていた胸の鼓動は、彼女を求める昂りによって早鐘を打っている。

ここは教室で、今は授業中。今更ながらに頭の片隅に追いやられていた状況を思い出した。
だけど僕の自制心では歯止めが利かない。たとえ今死んでも何の後悔もない。

「っ……」
その時、僕の舌に電気が走った。

「……ダメよ、まだ授業中なんだから……」
二人の間に透明な糸が垂れた。

いつもこうだ……自分から誘ってくるくせに僕が昂りを覚えると、必ず歯止めをかける。
確かに今は授業中だし、皆もいる。でもここまで火を付けておいてそれは無いんじゃないかな……。
せめてもの抗議として、恨みがましい目つきで見つめる。
口にだして抗議できないのは、噛まれた舌が痛いからじゃない。授業中だから……なんだ。


それでもキスを中断させるタイミングとしては最適だったようで、先生が黒板を消した後、口頭で補足説明をし始めた。
だけど僕は素直に感謝するのが癪だったので、わざと顔を背けた。

すると、さも教科書が見辛いといわんばかりに身体を密着させてきて、教科書を目隠し代わりに持ち上げた――と思ったら僕の頬にキスをしてきた。

「!?」
驚きの余り声を失ったが、悪戯っぽく舌を出して『これで許して――』なんて目で訴えかけてくるんだから……
謝罪を受け入れた証に彼女の耳に口付けをし
「早退しよっか」
そう囁いた。
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