真夏の昼の夢 3 > 3

―――――

「「はぁ……」」

プールサイドに体育座りする男女が同時に溜め息を吐いた。
僕と霧切さんだった。
先ほど行われた表彰式も終わり、会場の撤収作業が動き出そうとしていた。

僕の場合はやっと終わった、という安堵感から漏れ出た溜め息だ。
一方、隣の霧切さんの場合はと言うと――。

「探偵としてはあるまじき醜態よね……」

自嘲めいた溜め息だった。

「お爺様にどう釈明すればいいかしらね、苗木君……?」
「そんなの僕に聞かれてもわからないよ……」
「そうよね、聞いた私が馬鹿だったわ……」

そう言って顔を伏せ、貝のように閉じこもるのだった。
舞園さんと額をぶつけた拍子で付ける羽目になった冷えピタを隠すように――。


あの騎馬戦は結局、霧切さんも舞園さんも落馬したということで失格処分という結果になり、残るメンバーの生存から舞園さんの紅チームの勝利という形で終わった。
僕も霧切さんも負けたことでお役御免となったけど、着替える気力もなく水着姿のまま肩にバスタオルを掛けてこの状態のまま眺めていたわけだ。
もちろん、霧切さんと舞園さんの脱げた(もとい脱がされた)水着は回収し、二人とも着用している。

「隣、いいですか……?」
「舞園さん……。うん、いいよ」
「失礼しまーす」

そういって僕の左隣に舞園さんが座った。
まず一番気になることを聞いてみることにする。

「それで、結局僕らの騎馬戦ってどうなったの?」
「私と霧切さんのシーンはカットすることにして、それまでに決着がついたように編集してもらえるようです」
「そうなんだ、よかった……。それにしても大丈夫? 霧切さんとおでこぶつけたのに何ともないようにしていたけど」
「はい、平気ですよ。ぶつけたおでこは前髪で隠せましたし」
「本当? 腫れたりしてない? ……って、やっぱり少し赤く腫れてるね」
「ちょ、ちょっと苗木君っ!?」
「収録も終わったことだし僕、スタッフさんから冷えピタもらってくる……ぁ痛っ! 何するのさ、霧切さん!?」
「気安く女性の髪を触る野蛮な苗木君を嗜めていたところよ。舞園さんも気をつけなさい、人畜無害で羊の顔をしている苗木君も腹の中ではケダモノの狼を抱えているんだから」
「誤解を招くような言い方をしないでよ!?」
「以前あなたが教えたことをそっくりそのまま再現しただけじゃない、何がおかしいの?」
「言うタイミングってものに問題があるって言ってるの!」
「フフフッ……。苗木君のような狼さんなら私、襲われちゃっても構わないかも……?」
「えっ!?」
「よしなさい舞園さん。このラッキースケベ、さっきも舞園さんの胸に密着できたことで鼻の下を伸ばしながら気絶したのよ?」
「それは違うよ! 僕が直撃したのは胸をガードしていた腕で、肘が急所の米神にクリーンヒットしたから気絶したんだよ!」
「見苦しい言い訳とはよく言ったものね」
「事実だよ!」
「あ、あの二人とも大声で喧嘩はよした方が「「舞園さんは黙ってて!」」……はい」

舞園さんの仲裁を無視して、眉間に皺を寄せて霧切さんと睨み合う。
でも、そう長くは続かなかった――。

「……不毛ね」
「……同感」
「えっ、えっ?」

10秒も持たず同時に溜め息を吐いて、無益な争いだったと気づいたからだ。
この切り替えの早さには舞園さんも困惑しているようだ。
また冒頭のように体育座りをして二人同時に項垂れるのだった。

「これから二人はどうされるんです?」
「どうって……着替えたら学園に戻るんだけど?」
「よろしければ一緒に帰りませんか? マネージャーさんが車で送迎してくれるんですよ」
「えっ、いいの?」
「はい、一人乗ろうが三人乗ろうが変わりませんし」
「じゃあ、お願いしていいかしら……?」
「では着替えたら1階のロビーで待っていてくださいね」
「あ、舞園さん。借りたアロハシャツって衣装さんに返せばいいんだよね?」
「はい、そうしてください。ささっ、霧切さんも一緒に着替えましょー」
「ちょっと、無理に引っ張らないでよ……!」

舞園さんに腕を引っ張られながら去っていく霧切さんを見送る形で、僕だけが一人プールサイドに残った。
さっきまでの喧騒がまるで嘘のような穏やかさ。
運動会や文化祭が終わった後に感じる寂寥感とどこか似ている。
どこか儚げな光景だけど、目を閉じればその時の情景がありありと浮かぶような。

記録に残らない霧切さんの水着姿――。
写真でもいいから形に残しておけばよかったなぁと、今更ながらもったいない気持ちになる。

「舞園さんに頼んで未編集の映像とかコピーしてくれないかなぁ……」

後でこっそり相談してみることにしよう――。


―――――

処変わって、希望ヶ峰学園構内。
日曜の夕方ということもあり僕らしか舗道を歩いておらず、寄宿舎までの道のりを三人の影だけが動いていた。

「暑い……。そして遠い……」
「同感ね。車を敷地内にも入れることが出来ればこんな思いはしないで済んだでしょうに」
「だったら霧切さん、学園長に直談判してください。交渉事は得意なんですよね?」
「嫌よ。個人的にあの男に頭を下げるのは願い下げよ」
「そんな殺生な……」

仏頂面を浮かべながらパタパタと持っている扇子で首筋を煽る霧切さんだった。
制服の首筋を結っているリボンを外し、一人人工的な風で涼んでいる。
僕も扇子か団扇でも携帯すべきかと思い悩んでいた矢先のこと、学園内に立地しているコンビニまで到達した。

「ねぇ、寄宿舎に戻る前にコンビニ寄っていい? アイス食べたいんだ」
「アイスを?」
「うん、小さい頃に市民プールで遊んだ後は決まってアイスを買い食いして帰っていた習慣があってね。久しぶりにそれをしたくなったんだ」
「いいですね、それ。霧切さんは?」
「私は別に構わないわ」

そうして僕の提案する寄り道に二人は賛同してコンビニへ入店する。

「うへぇ~、涼しい~」
「こうも過度に冷えると代謝機能に悪影響を及ぼしそうね」
「あ、それわかります。あまり長居はできませんね」
「はーい」

そういって冷凍庫の蓋を開けて商品をガサゴソと物色する。
そして僕はイチゴ味のカキ氷、舞園さんはメロン味のカキ氷、霧切さんは宇治金時をチョイスして会計する。

『ありがとうございましたー』

エアコンの効いたコンビニから自動ドアを潜った先にある外の熱気は重みが倍以上感じてしまう。
だけど、木べらで掬ったカキ氷を口に運べば納涼感を味わえた。
少しだけ大きい氷も舌の上で転がしてから小さくすることで嚥下する。

「うーん。やっぱり夏はアイスだよねぇー」
「そうね、食べている間は暑苦しさを忘れさせてくれるわ」
「ねぇねぇ苗木君、私の舌って緑色ですか?」

そんな中、"べーっ"としながら可愛らしく舌を出す舞園さん。
彼女の舌の表面はメロン味のシロップで緑色に変色していたのだった。

「うん、すっごく緑色だよ。舞園さん」
「でしたら苗木君のイチゴ味も味見していいです?」
「「えっ?」」

一瞬、何を言っているのかわからず頭が真っ白になった。
――って、何で霧切さんまで驚くのさ!?
霧切さん、いつも僕の食べてる物とか飲んでる物を平気で集ってるよね?


「前から一度、一緒に違う味のカキ氷を食べたらどんな色になるか知りたかったんですよね」
「確かに……カキ氷って一度に二つ食べるものじゃないよね……」
「だから苗木君のイチゴ味をお裾分けして調べてみたいんですよ、協力してくれます?」
「うん、わかったよ。はい、舞園さん、"あーん"して」
「あーん……」

木べらの上に乗せた一口大のカキ氷を舞園さんの口へ運ぶ。
――何だか母鳥が雛鳥に餌をやっている気分だ。

「うーん、美味しいです。どうです? 緑と赤が混ざってどんな色になってます?」
「一口食べただけじゃわからないよ……」

そんな苦笑を浮かべていた時、9時の方向から何かを突きつけられている気配がして振り向く。

「ねぇ、苗木君……。私の宇治金時を食べたら何色になるか試してみない?」

霧切さんだった。
彼女の持つ木べらの上には僕が舞園さんに味見させたように、小豆・抹茶・カキ氷がバランスよく乗せられていた。

「あ、いいよ。特に変化しないからいらな「さっさと食べなさい、アイスが溶けちゃうわ」……ゲボォ!」
「大丈夫ですか、苗木君!?」

霧切さん、それ食べさせるんじゃなくて喉に捻じ込んでいるだけだから!
抉るように捻じ込まないで! 
咽るを通り越して吐きそうだったよ!

「ゲホッ、ゲホッ! あ、あぶなかった……」
「苗木君、ギブアンドテイクの法則に基づいてあなたのイチゴ味を味見したいの。協力してくれるわよね?」
「何を言っているんですか霧切さん。今度は私が苗木君に食べさせる番ですよ!」
「ちょ、ちょっと二人とも? 自分が買ったアイスを食べないと溶けちゃ「「苗木君は黙ってて!」」……すいません」

あれ、さっきも似たようなことがあったような――?
このまま二人が言い争ってもいいことはないのが明白だ。
大岡越前もびっくりな仲裁案を出さなきゃ。

「だったらさ、こういうのはどうかな……?」


――で、たどり着いた結論がこうなった。

「それじゃあいくよ、せーの」
「「「あーん」」」

僕のイチゴが霧切さんの口に、霧切さんの金時が舞園さんの口に、舞園さんのメロンが僕の口に同時に運ばれた。
三すくみの食べさせっこって見るのもやるのも初めてだ。
なんか、すごくシュールな光景だった。

「次は逆回転にして食べましょう。それなら異論はないわね?」
「はい、いっそのこと皆で同じ舌の色になればいいんですし」
「えっ、そういう目的だったの!?」

アイスを食べて涼む目的はどこに行ったのさ――!?
さながら、泡沫の夢のように浮き出ては消える夏の出来事だった。


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