二人の過去の話

※このSSは「スーパーダンガンロンパ2」の重要なネタバレが含まれています。
本編を未プレイの方でネタバレが嫌な方は回れ右を推奨します。
閲覧の際は自己責任の下でよろしくお願いします。





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Happy ever after.
そして二人は幸せに暮らしましたとさ――。

その言葉が当てはまるのは昔話や童話の世界の話だけで、僕らの世界は例外なく含まれていないのだった。

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水面から体全体が浮くような感覚で目が覚める。

「知らない天井……なわけないか」

そこは見覚えのある天井で、僕の部屋の天井だった。
閉めたブラインドの隙間から覗く空の色は生憎の曇り空。
スリープモードにしていたエアコンの駆動音に混じってポツポツと窓を叩く雨音も聞こえてくる。
――残念、今日は布団でも干そうと思っていたのに。

そのまま視界を天井から右側に向ける。
目の前にあるローテーブルにはプルタブの開いた缶ビールが2本、おつまみのカシューナッツが残ったトレーが置いてあった。

「ん……」

すると僕の左隣でモゾリと動く人の気配。
絹のように艶やかな髪の毛の感触が僕の左腕をなぞった。
空いた右手で優しく髪の一房を掴み、手櫛で梳かす。
傷んだ箇所もなく、手櫛で梳いた髪はフワリと重力に任せて当人の体を撫でた。

「おはよう、響子さん。朝だよ」
「ぅん……」

昨晩、僕の部屋に泊まった職場の同僚・霧切響子さんにニッコリと微笑みモーニングコールを告げる。
その響子さんは瞬きを数度繰り返してから、寝ぼけ眼のまま僕を視界に捉えた。


「おはよう……くっ……!」

挨拶を返すや否や、米神を軽く抑えて痛みを堪える表情を浮かべる。
どうやらお酒の力の前にはポーカーフェイスを保つことが難しいようだ。

「待ってて、水と頭痛薬を用意するから」
「大丈夫……。そこまで酷くないからお水だけ貰えるかしら?」
「わかった」

枕代わりにしていた左腕をスルリと外してベッドから離れる。
ハーフパンツ一丁というみっともない格好のまま、フローリングの床に脱ぎ捨てられていた部屋着のTシャツを回収しながら冷蔵庫へ。
Tシャツに袖を通しながら食器棚からコップを取り、冷蔵庫にあるミネラルウォーターを注ぐ。

「はい、どうぞ」
「ありがとう、誠君」

コップを手渡したら昨夜のまま放っておいたテーブルの空き缶とおつまみのお片づけ。
何の変哲もない、僕らの日常がそこにあった。


~ 二人の過去の話 ~


「ごめんなさい、いつも非番の方が食事の用意をするって決めていたのに……」
「別にいいよ。あんまりにも気持ちよさそうに眠っていたからね。起こすのも悪い気がしちゃって」

昨日は"名前さえもない小さな事件"に協力してくれた御礼も兼ねて、仕事上がりの響子さんをディナーに誘ったのがきっかけだった。
徐々に絶望の世界から復興しつつある夜景を眺めながら、コースメニューに舌鼓を打ち僕らはワインを空けた。
そして僕のマンションの部屋に誘い、撮り溜めしていたサスペンスドラマを缶ビール片手に視聴していた。
二人掛けのソファーで一緒に腰掛け、スリスリ擦り寄ったりと戯れながら視聴していると途中から響子さんはすごく眠たそうだった。
翌日――つまり今日が響子さんは非番。僕が当直の夜勤ということもあり、ドラマの視聴を早々と切り上げて響子さんを自分のベッドで寝かせた。
ここ最近の激務が祟ったのか、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきたので片付けもそのままに僕も就寝したのだった。

真の相棒(パートナー)とは相手を尊重することと得たり。
イチャイチャと恋人同士で"らーぶらーぶ♪"なことをしようにも、響子さんの体調が優れていないのであれば紳士を貫かなければならない。
我慢した分だけ次の逢瀬がより熱く、より激しくなるなんてこれっぽっちも思ってないよ?
――すいません、嘘です。割りと思っています。

片づけの次は朝食の用意。
どちらかの部屋で宿泊する時は必ず非番の方が朝ごはんを作るっていう二人の決まり事があったりするけど、こういうイレギュラーだってあったりする。
深皿にドライフルーツ入りのシリアルを乗せて牛乳を注ぐ。所要時間1分ほど。
スプーンを持てば手っ取り早い朝ごはんの完成だ。


「あ、響子さんも食べる?」
「えぇ」
「はい、"あ~ん"」
「……あ、あーん」

一匙分のシリアルをおずおずと開けた彼女の口へと運ぶ。
まだ牛乳でふやけていない固めのシリアルの噛み砕く音を聞きながら尋ねてみる。

「どう、美味しい?」
「……食べ慣れた味なんだけど、不思議といつもより美味しく感じるわ」
「そうなんだ。それじゃ、僕もいただきまーす……」

今度は自分が食べる分を掬い、そのまま口に運ぶ。
シリアルとレーズン、二つの食感を味わいながら胃に流し込む。

「きっと、美味しいと感じたのは誠君の手で食べさせてくれたおかげね」
「そっか……。だったら次の朝食からは用意することに加えて、相手に食べさせるって項目を追加しようか?」
「んっ……。それは魅力的な提案なんでしょうけど、食事の時間だけで何時間と費やしそうね」
「んぐっ、確かに。お互い奉仕されてばっかりって性に合わないから、食べさせっこに発展しそうだね」

そんな会話をしつつスプーンは僕の口と響子さんの口を何度も移動した。
思えば霧切さんとこんな間接キス一つで顔を真っ赤にしていた高校時代の僕は、この光景を見たら卒倒するんじゃないだろうか――。
慣れって恐ろしいんだな、そんなことを思いながらシリアルの皿を空っぽにした。

「ごちそうさま。食器の片づけは私がするから、誠君は夜まで休んでて」
「じゃあ、お願いするね。響子さんはこれからどうするの?」
「私は昨夜中途半端にしたサスペンスの続きを見るわ。ヘッドフォンを借りてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」

ヘッドフォンのプラグをテレビに挿し込み、DVDを起動させた響子さんを眺めながらベッドに潜る。
タオルケットを掛けて目を閉じようとした時、壁に吊るしていたコルクボードに貼っている写真が数枚目に入る。
そういえば、"この"写真で一騒動があったんだっけ。
そんな風に記憶を軽く掘り起こし、どこか響子さんの残り香に包まれるような感じで僕は睡魔に身を委ねたのだった――。

―――――

水面から体全体が浮くような感覚で目が覚めた。

「気分はどうかね……?」
「大丈夫……じゃないかもしれません」
「それはそうかもしれない。何せ失った記憶が一気に甦ったんだ、脳の処理能力は相当な負担だろう」
「少し、時間をいただいてもいいですか?」
「構わない。我々も午後から話の続きを聞こうと思っていたんだ。少し早いが昼休憩としよう」
「ありがとうございます」

大量のコードが繋がったヘルメットが外される。
続いて手首と足首を拘束していたバンドも解除されて自由の身となった。

"超高校級の神経学者"が遺した研究成果を基に、僕らを保護した未来機関は記憶の復元装置を開発していたという。
コロシアイ学園生活によって奪われた希望ヶ峰学園の思い出が再び自分の所に戻ってくるという説明を聞いた時は嬉しさのあまり二つ返事で記憶の復元に同意してしまった。
そして実際に怪しい機械を装着し待つこと数分。
ヘルメットのバイザーから記憶と思しき映像の断片が映される度に僕は悲鳴を上げた。

頭をハンマーで殴られるような衝撃が僕の体を何度も駆け巡った。
それが嫌で何度ももがこうとするけど手首と足首の拘束になす術もなく、失われた記憶は最後まで掘り起こされたのであった。
"ショック療法"なんて言葉があるけど、これは心不全を招きかねないショックレベルだ。
出来ればこのような体験は二度としたくない。


首に掲げた臨時のIDカードをカードリーダーに挿し、未来機関本部内の通路を行き来して食堂へ。
日替わり定食Aセットを注文し、トレーを抱えてどこに座ろうかと考えていたら見知った後姿を発見した。
叫び過ぎて少し声が嗄れてしまったけど、その人の近くまで寄って名前を呼んでみる。

「霧切さん。隣、いいかな?」
「苗木君……。別に構わないわ」
「ありがとう」

本人の許可が取れたので隣の椅子に座り、トレーをテーブルに置く。
喉を潤すためにコップに注いだお冷を半分くらい飲んでから"いただきます"の挨拶をする。

「そういえば霧切さん、昨日言っていた記憶の復元作業っていうのをさっき体験してきたよ」
「そう……。どうだったの?」
「一言で言うなら……頭がパンクしそうって言えばいいかな。霧切さんはまだなの?」
「えぇ、女子は午後から始める予定よ。……それで、記憶を取り戻しての感想は?」
「何ていうか……うーん、そうだなぁ……」

一度箸を置いて両腕を組み、じっくり考えてみる。
希望ヶ峰学園時代の記憶を取り戻したところで、学んだカリキュラムの一つ一つを細かく思い出せるわけもない。
失った記憶を取り戻したことで眠っていた第三の力が覚醒する――。そんなオカルトじみた話もない。

「なんていうか……僕の中にもう一人の自分がいるって感じかな?」
「苗木君はジキルとハイドみたいなことになっているの? 大丈夫?」
「そうじゃないよ! 僕もその……上手く例えられないけどコロシアイ学園生活を生き延びた今の僕と、希望ヶ峰学園時代の僕の人格が独立しているような感じなんだよ」
「どちらかの記憶が上書きされたってわけじゃなさそうね……」
「うん。それと僕と霧切さんの関係を思い出すと、今とほとんど変わらない探偵と助手って関係だったから安心したよ」
「そう……」

憂いの溜め息を吐くように霧切さんは僕の話に耳を傾けていた。
あまり反応がよくない。何かまずいことを言ったかな、僕――?

「ところで霧切さんの方は午前中、何をしていたの?」
「調べ物よ。父が希望ヶ峰学園のOBに送っていた資料をね」
「えっ、学園長の?」
「私たち七十八期生に関する資料よ。卒業アルバムの編集に役立てるつもりだったんでしょうけど、未来機関のアプローチに一役買っていたなんて予想外ね」
「それってどんなのだった?」
「数枚の写真よ。こういうね」
「これは……!」

そう言って霧切さんはポケットから写真を一枚取り出したのだった。
それは運動会の写真で、最後の学級裁判の時に渡された写真とは異なり16人全員がファインダーに収まっている一枚だった。
僕がファインダーの中心となって収められたソレは、確か最終種目のリレー競走を終えた直後の撮影だと認識できるようになっていた。
桑田君・舞園さん・霧切さん・僕という四人のチームで行ったバトンリレーは大接戦の2位で決着がついたという情報を僕の脳はいつの間にか引き出していた。

そんな中、今のように僕の隣に座る写真の霧切さんをじっくり観察してしまう。
そして思わずこうつぶやいたのだった――。

  やっぱり霧切さんの笑顔はかわいいじゃないか
→ 霧切さんもこんな風に笑うんだ……
  霧切さん、このアングルはすごくエッチだよ


「霧切さんもこんな風に笑うんだ……」

そりゃあ"はい、チーズ"って言われた時って視線は真正面のレンズに向いてしまう。
だからこそ霧切さんがポーカーフェイスを保つ"超高校級の探偵"ではなく、女の子らしく微笑む姿を映したこの一枚は衝撃だった。

「そう……。苗木君は今の私が無愛想な女だと遠回しに嫌味を言うのね」

しかし、その一言がまずかった。
無意識につぶやいた言葉は霧切さんの不機嫌度を臨界点にまで達するほどの威力だった。
後の祭り。大和田君風に言えば"後の苛亜煮罵瑠(カーニバル)"である。

「そ、それは誤解だよ霧切さん! 今の霧切さんだって記憶を取り戻せば自然に微笑むことだって「あっち行って」……うぅ」
「今は一人で食べたい気分なの。あっち行って」
「うん……。また今度会ったら一緒に食べようね、霧切さん」

ここは素直に引くべきだと、学園時代の僕の記憶が叫んでいるような気がした。
すごすごと霧切さんから遠く位置する別の席へ移動し、中断していた食事を再開させる。
何とも味気ない食事で、記憶に残らない味だった。


それから数日が経過して霧切さんが学園時代の記憶を取り戻してどうなったかという感想を聞こうにも、無愛想に無視を決め込むばかりで会話らしい会話をしていない。
そんな中、本部の所長から僕らに進路調査票という書類が渡された。
――と言っても、未来機関の配属先の希望調査を意味する書類だ。

「どうしようかなぁ……」

最後の学級裁判で"超高校級の希望"を名乗ることになってもカリスマ性があるわけでもないし、おとなしく組織の歯車の一つとして貢献している姿の方が平凡な僕らしいと思ったりする。
なので、

第一希望:未来機関本部
第二希望:他の5人と同じ配属先
第三希望:霧切さんと同じ配属先

と書いて所長室へ。
ドアをノックして入室すると席を外しているようだった。
机の上にわかりやすいよう、進路調査票を置こうとしたら僕より早く提出している人がいた。

「これは霧切さんの……」

心臓がドクリと跳ねたような気がした。
そして、彼女の進路希望がどう書いているのか気になって心拍数が上昇する。

「霧切さん、ごめん……!」

彼女が彼氏の携帯メールを見て浮気をしていないかというチェックをするような、どこか背徳めいた気もするが知りたいという誘惑に抗えなかった。
そして僕は彼女の進路希望を見てしまった。

第一希望:未来機関第十四支部
第二希望:なし
第三希望:なし



足元がグニャリと飴細工のように溶けるような錯覚に襲われた。
自分の心がポキリと折れるような感覚を味わった。

"あなたみたいな人と一緒なら、私はむしろ楽しみよ……"

このままでは、あの玄関ホールで聞いた霧切さんの宣言が早くも淘汰されようとしている。

でも何だって霧切さんは第十四支部を配属先に希望したのだろう?
確かそこは来月新しく開設する支部だという情報は記憶していたけど――。
それは周りの、僕以外の誰かに相談したから? 一人で考え抜いて導いた結論なの?

あんなに一緒だったのに、どうして――?
僕一人では疑問ばかりが浮かんでしまう。
聞かなければ、知らなければ、彼女の真意を――!

自分の進路調査票を提出することをすっかり忘れて、僕は無我夢中で霧切さんの宛がわれた私室へ走っていった。


続く

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