二人の未来の話

※このSSは「スーパーダンガンロンパ2」の重要なネタバレが含まれています。
本編を未プレイの方でネタバレが嫌な方は回れ右を推奨します。
閲覧の際は自己責任の下でよろしくお願いします。










―――――

「…………ハッ!?」

嫌な夢を見た。
やけに現実的で、それでいて絶望的な顛末で。
深呼吸を繰り返して冷静になろうとしていた矢先のことだった。

「……誠君?」

僕の頭の上からいきなり問いかける声が聞こえてビックリする。
それと同時に湧き上がる安堵感。

「霧切さん……」
「……今はまだプライベートの時間でしょう?」
「そうだったね、ごめん……"響子さん"」
「……よろしい。ところでうなされていたわよ、大丈夫?」
「うん、なんとか」
「本当に?」
「……実を言うともう少し、このまま抱きしめてほしいってのが本音かな。でも、この時間だとご飯の支度をしなきゃ……」
「その心配はしなくていいわ、晩御飯の冷やし中華は既に作っていて冷蔵庫の中よ。だから誠君……」

響子さんの両腕が僕の頭を包み込み、彼女の胸元に引き寄せられる。
Tシャツ越しに感じる彼女の体温と乳房の感触、そして規則正しいリズムを刻む心音。

「今のうちに蟠りはすべて吐き出しなさい。今日の仕事に響かせては駄目よ」
「ありがとう……。そうするよ」

そうして僕は歯を食いしばり、堪えていた嗚咽を存分に吐き出した。
この温もりを二度と味わうことがなかったという夢の中の出来事は、これでまっさらな状態にしてほしかった。


一通り泣き止んで落ち着いた僕の代わりに響子さんが夕食の準備をする。
――といっても、冷蔵庫からラップに包まれた冷やし中華を取り出し、コップに麦茶を注ぐだけ。
今朝の朝食の待ち時間と引けをとらないくらい早かった。

「さ、食べましょう」
「うん。いただきます」
「はい、召し上がれ。……それで、誠君はどんな夢を見ていたのかしら?」
「うん……。記憶を取り戻した頃の夢を見ていてさ、ちょうど僕らがどこの場所で働きたいか希望調査を出そうとしている時の夢を見たんだ」
「……続けて」
「その前にも運動会の写真を見てお互いギクシャクしていたこともあったじゃん。偶然、僕が響子さんの希望の配属先を見てしまって慌てて響子さんの部屋を訪ねたんだ」 
「そういえばそんなこともあったわね……」
「でも……夢の中で響子さんは既に部屋を出て行って、どこにもいなかったんだ」

胡蝶の夢のように"もしも響子さんがあの時、部屋にいなかったら――"という内容をまざまざと僕に見せ付けた内容だった。
夢を見るきっかけになったかもしれない、壁に吊るしているコルクボードに目を向ける。
そこに貼られている七十八期生が全員写った運動会の写真。
失われた過去の記憶と、どう向き合えばいいかという発端になった写真。
夢の中で味わった苦味はタレや野菜の酸味で誤魔化せるわけもなく、小さく舌打ちしてしまう。

「美味しくなかった……?」
「いやいや、そんな筈ないよ。美味しかったさ、ごちそうさま」

皿とコップをキッチンのシンクまで下げたら洗面台に行き歯磨きをする。
次に髭剃り。シェービングジェルを顎の周りに付けて、桃の産毛のように短く生える顎鬚を剃る。

顔をすすぎ終わったら着替えのためにクローゼットの前に立つ。
部屋着のTシャツを脱いだら速乾性の高いドライシャツを下着にしてワイシャツを羽織りボタンを締める。
次いで靴下を履いたらハーフパンツから黒のスラックスへ。
ワイシャツの裾をスラックス内に収めてベルトを締めたら黒のネクタイを片手に姿見へ。
仕上げのネクタイを締めて、上着の黒スーツを羽織って腕時計を装着する。
スラックスのポケットにハンカチを入れて、テーブルの足に寄り掛からせていたビジネス鞄を左手に持ったら出勤準備完了。

「それじゃ、いって「待って、誠君」……?」
「ネクタイが曲がっているわ。すぐ直すからじっとしていて」
「うん。ありがと」

響子さんからすれば僕のネクタイの締め方は甘かったらしい。
高校の制服からネクタイを締める習慣はあったけど、息苦しいのが嫌で緩めに締めていた傾向にあるのが原因だ。
苦しすぎず、緩すぎずという絶妙な加減はまだまだ響子さんに頼りっぱなしだったりする。

「どう、苦しくない?」
「ちょうどいいよ、いつもありがとう」
「ネクタイの件もあるけど、夢見の方は大丈夫? あなた、引きずりやすい性格でしょう?」
「あぁ、そっちのか……。大丈夫だよ、もう夢として割り切っているから」
「"困った時はすぐに相談する"ってあなたから提案した筈でしょう? 見え透いたブラフなんて出したらすぐに問い詰めてあげるから覚悟して」
「うん、気をつけるよ」


空いた右手を響子さんの左頬に添える。
日向君くらい身長があれば軽く顎を持ち上げるなんてお洒落なことが出来るけど、目線が共に同じ僕らでは出来ない芸当だ。
響子さんの目が閉じたことを確認してから唇と左頬にバードキス。
俗に言う"いってきますのキス"だ。

「それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃい、誠君」

オートロックの扉が閉まるまで手を振る響子さんを見届けて出勤する。
夜とは言え残暑は厳しく、まだまだ蒸し暑い。
さっそく締めてもらったネクタイを緩めたいところだが、上着を脱ぐだけに留めておいた。


~ 二人の未来の話 ~


「お願い、霧切さん! 開けて!」

そう叫びながら霧切さんの私室のドアを何度もノックする。
周りの迷惑などお構いなしと言ったくらいに。
それでも反応がなく、ドアノブに手を掛けようとした矢先のことだった。

「……そんなに騒がなくても聞こえているわ」
「霧切さん……」

不機嫌を隠さない声でドアチェーン越しに僕を睨み付けてくる。

「ごめん……どうしても話したいことがあるからここに来たんだ」
「そう、私からは話すことがないわ。出て「せめて、話だけでも聞いてほしいんだ」……そう。聞くだけ聞いてあげるわ」
「ありがとう」

一度ドアが閉められるも、チェーンロックを外して一人分のスペースがあるくらいまでドアが開く。
その隙間に滑り込むように霧切さんの部屋に入室することが出来た。
第一関門、突破といったところか。

「それで、話って何かしら? 手短にお願いするわ」 
「霧切さんが何であの配属先を希望したのか、教えてほしいんだ」
「……見たの?」
「……偶然ね」
「そう……別に他意はないわ。単純に自分がどこまで出来るかどうか試したかっただけよ」
「そうなんだ……」

でも何かが引っかかる。
もっと別の理由がある気がしてならない――。
僕の第六感はそう訴えて、もっと霧切さんから事情を聞こうとした。


「もう一つ聞きたいんだけど、霧切さんは学園時代の記憶を取り戻してどうだった……?」
「父と思っていた以上に会話をしていたってことを思い出したわ」
「学園長と?」
「"希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件"の件で調査の依頼を請けていたことがあったの」

これは初耳だ。

「だったらその当時、どうして僕を助手で雇わなかったの?」
「単純な捜索依頼じゃなくなってきたからよ。調査を進める内に"希望ヶ峰学園史上最大最悪の事件"に繋がっている可能性が高くなったから」
「僕じゃ足手まといだった、ってこと……?」
「そうじゃないわ。あなたまで危険な目に晒される必要はないと判断したからよ」
「そうなんだ……。ごめん、早とちりして」
「その件で私も父との話を思い出したのよ。"探偵として囚われる必要はない"って言われたことを」

誰よりも才能にこだわっていたであろう学園長が、そんな言葉を言うだけでも驚きだ。

「なし崩し的に父の意向に沿った形になったけど、自分の力がどこまで通用するか試したい理由の一つよ」
「だから霧切さんは本部への配属を書かなかったんだ……。だったら、最後の質問をするよ」

一度、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
今までとは異なる内容のアプローチだからだ。


「どうして最近、僕を避けるの……?」
「…………さぁ、気のせいじゃないかしら?」

妙に長い回答までの間。
ポーカーフェイスどころか能面のように無感情だ。
それが逆に肯定を意味しているような気がしてならない。

「実はさ、僕も記憶を取り戻したのはいいんだけど、知っているようでいて知らないことが多々あったんじゃないかと思ってたんだ」

食堂で見せてもらった写真のように、あの時に微笑んでいた霧切さんのように。

「寝る前に今までどんなことがあったかを少しずつ思い出してノートに書いたりしていたんだ。"記憶ノート"って言うのかな?」
「そのことで私が苗木君を避けていることと関連しているのかしら……?」
「話は最後まで聞いてよ。そしたら霧切さんと一緒に探偵のお仕事をしていたことを次々と思い出したよ」 

家出人の捜索で温泉街に宿泊したり、ずぶ濡れの中だろうと傘なんて差さず捜査したり。
他にもたくさん霧切さんと一緒にいた記憶が蘇ってはノートに書いていた。

「そんな中、ふと思ってしまったんだ。霧切さんはどちらの僕を望んでいるのかって……。助手だった頃の僕か、今の僕なのか」
「苗木君は苗木君よ。今も過去も変わりないわ」
「最初はそう思っていた。でも漠然と肯定するだけじゃあ結論を先送りにしているようでならなかったんだ」

ホントはピーターパンのように子供のままでいるような、このままでもいいんじゃないかと思ったこともある。


「でも気づいちゃったんだ、僕。霧切さんのことが大好きなんだって」

君と一緒に"未来"を紡いでいきたいって思ったんだ――。
独白するように僕の本心をつぶやいたのだった。


「だからこのまま擦れ違いのまま離れ離れになるって知った時、無我夢中で霧切さんのところへ走っていた。でも最後にこうしてきちんと言えたから満足だよ。ありがとう、僕の話を最後まで聞いてくれて」

これから別々の部署で仕事をしていくことになるけど、進む未来が一緒なら僕は構わない。
満足げな僕とは対照的に霧切さんは俯いたままの姿勢だった。


「……嫌よ」

このまま部屋を去ろうとした僕を引き止めるように、霧切さんのつぶやきが聞こえた。

「えっ?」
「……嫌なのよ、それが。そんな苗木君が」
「霧切さん……?」
「あなたは、いつだってそう。……私が拒む拒まないにかかわらずズケズケと勝手に心の中に入ってきて……」

顔を伏せながら僕の胸を霧切さんの握り拳が何度も叩く。

「……そして、いつも」

ゆっくりと顔を上げると――。

「……いつも私を……あたたかく包み込んでしまう」

彼女の瞳から一筋の涙が零れた。

「苗木君のクセに生意気ね」

どこか嬉しそうな声音を含ませて僕に告げるのだった。
間髪置かず僕に抱きついてくるので、思わず僕も抱きとめるのであった。
そして気づけば僕も涙を零すのであった。
これが嬉し涙だと気づくまで一分以上かかった気がする。

「今はこれまで通りでいいからさ……一歩ずつ、新しい関係を築いていこうよ」
「えぇ……そうしましょう」

一通り泣いて、お互いの涙を指で拭う。


「やっぱり僕はこのまま離れ離れになりたくない。霧切さんと一緒にいたいんだ」

そういってテーブルの上に進路調査票を取り出し、第一希望の欄に書いていた"未来機関本部"という文字の上に横線を二本入れる。
そして霧切さんと同じ希望先を横に書く。

第一希望:未来機関第十四支部
第二希望:他の5人と同じ配属先
第三希望:霧切さんと同じ配属先

「……よくこんな恥ずかしい内容を平気な顔で提出しようとするなんて。さすが苗木君ね」
「えっ、えっ?」

隣で見ていた霧切さんが横槍を入れてくる。
あれ? 書き方が抽象的だったのかな、もっと具体的にすればいいってことかな?
僕はさらに注釈を加えたのだった。


第一希望:未来機関第十四支部(※霧切さんがいるという条件で)
第二希望:他の5人と同じ配属先
第三希望:霧切さんと同じ配属先

「あなた、わざとやっているでしょう?」
「そんな筈ないじゃん! 僕のやっていること、おかしいの?」
「組織の上の人が目を通す書類なのよ? そんな子供っぽい動機をわざわざ書く必要はないでしょう? 私が言っているのは第三希望の欄よ!」
「えっ、そうなの? だったら最初からそう言ってよ!」

でも、すぐに僕ら二人は自然と笑みを零してしまうのだった。

最初の二人の決まり事は"悩んだら些細なことでもすぐに相談すること"。
これが、後にたくさんの決まり事を生むなんて僕らは予想できただろうか――。
強制もなければ破ったことでオシオキをされるわけでもない、だけど僕らはこの決まり事を最優先にして今に至るのだった。


Happy ever after.
そして二人は幸せに暮らしましたとさ――。

その言葉が当てはまるのは昔話や童話の世界の話だけで、僕らの世界は例外なく含まれていないのだった。
だからこそ僕達は与えられた恒久的な平和を好まず、自分たちで未来を切り開く道を選んだのだった――。


~ La Vita Nuova ~ A New Life



―――――

「ふわぁ~あ、眠ぃ……」

約12時間の当直勤務。
眠気覚ましのコーヒーを何杯飲んだところで睡魔に抗うのは中々難しい。

「交代までに軽く掃除でもしようかな……」

少しでも睡魔から気を逸らしたく、五月蝿い掃除機でも起動させようかと考えていた時のことだった。

「おはよう」
「おはようございます……って、霧切さん。……何時もより早くない?」

そこには黒スーツ姿の霧切さんがいた。

「お疲れ様、先に上がっていいわよ」
「えっ、いいの?」
「そんなに疲れた顔をしていたら他の人の士気を下げてしまうわ……」
「ごめん……。それと、来週の木曜に出張入れていいか所長に申し送り頼んでいい?」
「出張? どこへ?」
「ジャバウォック島。修正された新世界プログラムのデバック作業のヘルプ要請がメールで来たんだ」
「そう……。無茶は禁物よ」
「うん。死なない程度にデスマーチを奏でてくるよ」


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