kk10_62-64

「霧切さん!大丈夫?」
「ええ。なんとかね」

汗ひとつ垂らさずに、霧切さんはあくまで冷静に玄関のドアの鍵を閉め、チェーンをかける。
霧切さんの話によれば、僕の家に超高校級の絶望の残党が向かっているとの未確認情報があったらしい。
無いとは思うが万が一の事があるかもしれないという事でこうして駆け付けてくれたみたいだ。霧切さんは優しいな。

「未来機関の重要メンバーである苗木君を狙う…あり得ない話ではないから、念には念を入れないとね」

霧切さんは心配そうにつぶやくと、持っていたビニール袋から長い鎖を取り出し、ドアをがんじがらめにして強く縛り付ける。
さらには板を用意し、絶望しそうなバットで小窓にガコンガコンとクギをさしていく。

「ちょ…いくらなんでもやりすぎじゃ」
「ここは7階だから、外から入るとしたらこのドアと廊下に面してる備え付けの小窓くらいしかないの。苗木君。これは貴方を守るためなのよ」

霧切さんの気持ちは非常にありがたい。
しかし、鎖でごちゃごちゃに備え付けられた扉や、板で補強された窓を見るとなんとも言えない気持ちになる。
まるでいつぞやの絶望学園のようだ。
とりあえず満足したのか、霧切さんはくわえていたクギを小箱に戻し、バットと共にビニール袋にねじ込む。

「ふう。これだけやれば大丈夫のはずよ。さてと」

霧切さんは次にリビング全体に目をやった。
何か仕掛けられていないか、観察しているのだろう。
銀色の艶やかな髪をふわりと揺らしながら辺りを見回していく。
デスク周辺に歩を進めた時、何か気になるものでもあるかのようにぴたっとそこで止まった。

「…苗木君はいつからタバコを吸うようになったのかしら?中に2、3本入っているようだけど」
「ぼ、僕が吸ったわけじゃないよ!この前来た人が置いてったんだよ」

霧切さんは指を口元まで動かし、悩む仕草をする。そして何かを思い出したかのように口を開く。

「…まあそうね。メンソール入りは女の子に人気あるから」
「そうらしいね」

途端に霧切さんの腕がピクッと反応する。
何かに気づいたかのように、まるで証拠品でも発見したかのように、その箱をデスクにポンっと落とす。
顔を少し伏せ、凄みのかかった霧切さんの口元は笑っていた。

「どうしたの?」
「…なんでもないわ。ところで苗木くんの部屋はどこかしら?もしかしたら危険物が仕掛けられているかもしれないし…」

確かに、僕がいない間に家に忍び込んだ可能性はある。
そんな痕跡はまったく見られなかったけど、霧切さんは用心深いから仕方ない。

「そこのドアを入った所だよ」
「そう。分かったわ」

僕は何の躊躇もなしに霧切さんを部屋へ招き入れる。
霧切さんは部屋へ入るなり丹念に部屋全体を観察する。
観察眼でも発動しているのだろうか、テキパキと見るべきところを確実に潰していく。

「意外と綺麗な部屋ね。男の子の部屋なんてもっと汚れている物だと思ってたけど」
「暇な時は掃除すると心が落ち着くんだ。ほら、僕は掃除が得意だから」
「…初めて聞いたわ」

霧切さんは背を向けながら作業を続けていると、何かを発見したのか、かがんで棚に手を深く突っ込む。

その手に握られていたのは小さめの酒瓶だった。
あれは確か…

「これは…開封済みのビール瓶かしら?苗木君。貴方という人がよくわからなくなってきたわ」
「ち、違うんだ!それも前に来た人が置いてったんだよ!本当だよ!」
「…怪しいものね。まあいいわ。なら……!?」

血相を変えて酒瓶の口を見つめる霧切さん。まさか毒物でも付着していたのだろうか?
素人目では分からなくとも、類稀なる観察眼を持つ霧切さんなら話は別だ。
光に照らして何かを確かめると、満足したのか、すぐに落ち着いた表情になった。

「苗木君。ちょっといいかしら?」
「う、うん」

にっこりと僕に微笑みかける霧切さん。口元は弧を描いて微笑んでいるけれど目が完全に座っている。
どんよりとしたその瞳を見つめるとぐいぐいと吸い込まれそうになる。
膝をおろして鋭い視線から背けるように酒瓶に目を向ける。

「この瓶の口…ほら、分かる?瓶から直接とは豪快ね」
「な、なに…あ!」

灯りに照らされた口に目をやると、うっすらと口紅の赤色が浮かび上がった。
咄嗟に拭き取ろうとしたけど、霧切さんがそんな愚行を見過ごすはずもなく、伸ばした手はバシッとはたかれてしまう。

「…苗木くん?ここまで言えば分かるわね?これってどういうことか?私が何を聞きたいか?」
「いや…その…」
「それにタバコの件。メンソール入りは女の子に人気あるからって私が言った時に、そうだねって頷いたわよね?
吸ったのが男なら、反論して叱るべきじゃないかしら?苗木君?どこの女を連れ込んだのかしら?」

微妙な身長差がさらに開くように、ゴゴゴとでも音がしそうなほどに霧切さんの威圧が増していく。
鋭い目付きとは裏腹に、緩やかな線を描く口元は僕に恐怖を与えるには充分だった。

「き、きりきりさん」
「あ?」
「…霧切さん。違うんだ。それはその…ほら!未来機関の先輩が料理を作ってくれるっていうからお言葉に甘えさせてもらっただけなんだ!」
「タバコに酒…随分と陽気な気分で料理を作ってたのね。それとも、料理されたのは誰だったのかしらね」

ふふふと乾いた笑いが辺りに響き渡る。胃に穴でも空きそうな気分だ。

「そうじゃなくて…ほら…その…な、なんか僕の部屋で酒のみたいって言うからさ。先輩だし上司だし、付き合わない訳にもいかないでしょ?」
「料理云々は嘘と認めるのね?」
「…はい」

どう弁明しても霧切さんには全て見抜かれてしまうということが身に染みて分かってしまった。
先輩を呼んだのは確かだけど、泊まったりしたことは無くて、ただ普通に話を楽しんで終わったんだ。

「呼んだ先輩の名前を教えてくれる?ちょっとお近づきになりたいから」
「絶対何かするつもりでしょ!」
「…まあ、苗気君が教えてくれなくても…なんでもないわ」

霧切さんは妖しい笑みを浮かべて、部屋のドアをかちゃりと閉める。

「え…霧切さん?どうして閉めたの?」

このドアを閉められてしまえば窓を開ける他に出られそうな所はない。もうここに用なんて無い気がするんだけど…

「気付いてないのかしら?苗木君。貴方に逃げ場なんてもうないのよ」
「それってどういう…」
「絶望の残党が向かっているって話…アレは私の嘘よ。全てはそう、この時のため」
「な、なんだって!」

残党が向かっているのは嘘!?
どうしてそんな嘘をつく必要が…それになんだか霧切さんの様子が変だ。
一歩一歩着実に僕に向かってきている。
けどその背中に背負う禍々しいものを感じ取り思わず一歩引いてしまう。
そうして壁際まで追い詰められた時、霧切さんは心底楽しそうに口元を歪ませた。

「前々からなんか怪しいと思ってたのよね。私の知らない所でこそこそ女の子と話したり、私を目にすると電話を切るし。
でもここに来て確信したわ。苗木君、貴方は少し矯正する必要があるようね…」
「き、霧切さん?今日も綺麗だね?」
「覚悟しなさい…泣いても許してあげないから」

今はおだてても何しても逆効果みたいだ。
すぐさま逃げようと思い、出口の扉へスタートダッシュを決める。朝比奈さん直伝のランニングスキルが発動する。
しかし、すれ違いざまに右腕をがっしり掴まれ、身を引き寄せられる。

「っしまった!や、やめ…」
「苗木君の小柄な身体…一度思い切り抱きしめてみたかったの…ほら、こうすればもう私専用の助手ね」

思い切り暴れても霧切さんに込められた力は尋常では無かった。
一度捕まえてしまえばもう離れない、トラバサミの如く強い力で捕まえられた僕が逃げる事は出来ない。
霧切さんの鼻がひくひくと首元で動いている。
そして湿った舌でじゅるりと首筋を舐められると、全身に電撃でも流されたかのような衝撃が走り、身を震わせられる。
そしてわき腹をぐにぐにと指先で刺激され弛緩させられると、僕は抵抗する気力を奪われてしまった。

「おとなしくなったみたいね?なら…後は予定通り…ふふ、ふふふふふふふ…」

興奮に頬を赤くさせる霧切さんはとても幸せそうに見えた。
その後ベッドに寝かされて、霧切さんに身体のすみずみまで矯正されてしまった。全ては霧切さんの計画通り。
何の障害もなく、それは静かに執り行われた。




「苗木君?」
「はっ!…霧切さん?ここは…僕の部屋?」
「怖い夢でも見てたの?冷汗が凄いわよ。
風邪引いて寝込んでいるって聞いたから看病してたのだけど、忘れた?」
「ああ、ごめんありがとう。でも、怒らないでね霧切さん!霧切さんは今日も素敵だよ!」
「ひどい風邪ね。早く寝てなさい」


おしまい


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