ナエギリだんがんアイランド【軍事施設編】

 さて、彼女が規則正しい寝息と、寝言ともつかないもぞもぞとした音を喉からを響かせる間。
 身動きを取れない僕は、かといって本気にして彼女に手を出す度胸も無し。

 せめてもと、徹夜で書き上げたファイルに目を通す。

 向かう場所はこの公園の他に、砂浜、図書館、映画館、遊園地、軍事施設。
 最後にもう一度この公園に戻ってきて、意識を呼び覚まして終了。

 となれば、次に向かうのは、順当に行って砂浜だろうか。
 近いというのもあるけれど、屋外は出来るだけ日のあるうちに済ませておきたいし。

 なんて真面目一辺倒に考えていると、

「ぅ…ん」

 ごろ、と、彼女が寝返りを打って、太ももの上の顔がこちら側を向く。
 うん、まあ、想定していた展開の一つだけど。

「……、…」

 いやー、やばいなぁ。この絵はやばい。
 どれくらいやばいかというと、もし朝日奈さん辺りに見つかってしまえば、問答無用で歯の2、3本は持っていかれるくらいやばい。
 僕の膝の上に体を横たえた霧切さんが、此方に顔を向けて、生温かな吐息を洩らして。
 字面に起こしてみただけで、どれくらいやばいかが浮き彫りになる。

 いけないモノを見てしまった気になって、咄嗟に時計に目を逃がす。
 既に正午、彼女が夢の世界に潜ってから、三十分ほどが経過していた。

「あ、の…霧切、さん?」
 と、なるべく彼女の姿を見ないで肩を揺さぶる。もう起こしてもいい時間だろう。
 と、存外すぐに目をうっすらと開いて、霧切さんはそのまま固まった。

「……本当に何もしないのね」
「え?」

 むくり、と、上半身だけを起こして、猫のように伸び。
 ポキポキ、と、景気よく関節の鳴る音。

「私が徹夜明けなのには気付くのに、タヌキ寝入りには気付かないのね、と言ったの」
「起きてたの…?」
「仮眠は十五分まで、と決めているのよ」

 ぽんぽん、と、僕の太ももを叩く。

「…ありがとう。良い寝心地だったわ」
「あ、うん…どういたしまして」
「ここ数日で、一番よく眠れた気がするわ。貴方の膝枕、いいわね……」

 安眠まくら苗木誠モデル…、と、なにやら物騒な事を呟きだした霧切さんを余所目に、僕は惚れたように呆けていた。
 寝ていたフリ、だなんて。
 どこからだろう。寝返りを打つ前からだろうか。
 本当に僕が手を出したら、霧切さんはどうするつもりだったんだろうか…?

 ……いや、彼女のことだ、これも僕へのからかいの一環なんだろう。
 深く考えたら負けだ、きっと。

「…それじゃ、向かおうかしら」
「あ、うん…じゃあ、最初は砂浜に」
「ダメよ。砂浜は日が傾いてから」
「……?」

 変なこだわりもあったものだ。
 まあでも、彼女がそういうのなら、それでいいけれど。手伝ってもらってるワケだし。

「なら、どこに行くの?」
「定番は遊園地ね。そのあとに図書館で落ちついてから、映画でも見て時間を潰して、軽食なんかも取りつつ……」
「あ、じゃあ軍事施設は…」
「…ああ、それがあったわね。特に用もないし、定番からは外れるけれど…」

 何の定番なんだろう。

「じゃ、最初にそこを終わらせてしまいましょうか」


 ……そんなワケで、といってもよくわからないワケだけど、とりあえず。

 >霧切さんと軍事施設にやってきた。


 見慣れない重火器や車両が、ものものしく並んでいる。
 『常夏の楽園』から最も遠い空間が、橋を一つ渡った先に繋がっていることへの違和感は果てしない。
 霧切さんは事務作業をこなすように、ちゃっちゃと確認を勧めている。

 …手伝いたいのは山々だけれど、この辺の詳しくない分野では特に、僕は足手まといにしかならない。

「……終わったわよ」
「早っ……、…なんか、ネタがないからどさくさに紛れて終わらせようとしているのが見え見えな早さだよ」
「貴方が何を言っているのか分からないわ」

 つ、と、彼女がその手に握っているものに目が向かう。

「…それ、拳銃?」
「そうね。スミス&ウエスンの小型回転式拳銃。モデルは…ちょっとわからないけれど」
「詳しいんだ」
「職業柄、ね。……こういうのに憧れた時期もあったわ」

 言うと、引き金に指をかけたまま、くるくると器用に銃を回す。西部劇顔負けだ。
 まるでヨーヨーか何かのように器用に回しながら撃鉄を起こし、最後に、ば、と此方に向ける。

「……ホールドアップ。手を挙げなさい」

 冗談めいた軽い口調だけれど、流石に銃口を向けられると、此方としては微笑ましいなんて言ってる余裕はない。
 溜まらず両手を挙げると、例によって霧切さんが吹き出した。

「そんなに顔を引き攣らせなくても、大丈夫よ……弾は込めてないから」
「や、割とそういう問題じゃない…」

 探偵が拳銃を持っている、というのは、推理小説のテンプレの一つじゃないだろうか。
 拳銃に限らず、何かしらの護身の手段を覚えている主人公はよく見る気がする。

「…こんなもの、使う機会なんてなかったけれど」
「あ、やっぱりそうなの?」
「むしろ持ち歩いていたら、それだけで危険人物扱いされて、現場に入るのにさえ難儀するでしょうね」

 まあ、現実なんてこんなものだ。

「……でも、憧れてたんだ?」
「それは、ね。こういう持ち運べる小型拳銃を懐に忍ばせて……そういう、『出来る女』と言えばいいのかしら」
「う、うん……何かズレてる気もするけど、言わんとすることは分かるよ」
「子どもの頃って、得てしてそういうものに憧れたりするのよね」

 手を差し出すと、ぽん、と拳銃の一丁を渡される。
 思っていたよりも重くて、冷たい。
 人の命を奪う危険な道具だけど、それでも子ども心に憧れてしまった時期は、僕にもあった。

 遊び心で、銃口を霧切さんに向け返してみる。

「えーと…手を挙げろー」
「なんてやる気のない犯人かしら」
「え…僕、犯人役なんだ…」

 配役に理不尽を覚えつつ、撃鉄を起こす。

「私はそんなものに頼るような男には屈しないわ、苗木君。撃ちたかったらどうぞ、撃てばいい」
「…やっぱりカッコいいや、霧切さん。月九の主役も張れるよ」
「ありがとう。でも、苗木君はせいぜい脇役止まりね。私の助手とか、私に逮捕される犯人役とか」

 ……理不尽なう。

 構えたまま、拳銃の照準を念のため逸らして、引き金に指をかける。
 軽く力を入れただけでは引けない重み。子どもの頃は、どうしてこんなモノに憧れて、


 パン


 間抜けな破裂音。
 大きさだけは一丁前で、耳の奥が突かれたように痛くなる。

 遅れて、衝撃に痺れた手が、煙を挙げる黒鉄を取り落とした。
 霧切さんと目を合わせ、それから二人揃って、銃口の向いていた先を見る。
 大きなベニヤ板に空いた、一円玉ほどの空穴。

「……、…」
「…弾、入っていたわね」


 >……霧切さんと、身の竦むようなひとときを過ごした。


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