彼と彼女の話

―――――

「江ノ島盾子についてどう思うか、ですって?」
「そう。……って、いふぁいてふ、ひょーこふぁん」

僕の問いに訝しげな表情を浮かべるや否や、頬っぺたを抓ってくるのであった。

「痛くして当然よ。ピロートークに他所の女の話題を持ち出すんですもの」

口に出した時点で時既に遅し。
響子さんは僕の腕枕から離れ背中を向けてベッドの隅でむくれてしまうのであった。


~ 彼と彼女の話 ~


草木も眠る丑三つ時、ベッドの傍にあるサイドランプだけの照明だけが灯る僕の部屋。
事後の余韻から一糸まとわぬ姿で抱き合っている時、ふと前述したことが頭に浮かんでしまったのだった。
江ノ島アルターエゴの狙いである"江ノ島盾子量産化計画"――。
僕らの"新世界プログラム"を通じて人格を乗っ取り、ゆくゆくは世界中を江ノ島盾子だけが闊歩するという恐ろしい計画のことを。
身も心も一つになるような情事の後の気怠い中で、そんな話題を口にするのは野暮ってものだろう。

「…………ごめん」

僕は体を起こし、そっと響子さんの体を後ろから抱き寄せる。
僕が触れる響子さんの肌は磁器に触れたように滑らかではあるけれど、どこか冷たいような感覚を訴えてくる。
だけど響子さんから拒絶のサインがないので首筋を触れ合わせ、ぎゅっと抱き寄せる。

「……私から言わせれば自分の手を汚さない、自分の足を使わない人って大嫌いなのよね」
「……えっ?」
「私の江ノ島盾子に対する主観的な評価よ」

ポツリと漏れ出たつぶやきを危うく聞き逃すところだった。
呆然としている僕を尻目に、静かに抱きしめられていた響子さんがそっと動く。
背中を向けた状態からモゾモゾと反転するように真正面を向く。
腋から回した手を僕の首筋に伸ばしてぎゅっと抱き寄せてくる。――同じ布団の中の僕の温もりを逃さないように。

「……そっか。探偵の響子さんから見れば自分の目で確かめる現場主義とは真っ向から異なるね」
「えぇ。それでいてコロシアイ学園生活でも高みの見物をしていたから不愉快極まりないわね」

苦虫を噛んでいるような表情を浮かべるけど、すぐにそれは収まり僕をじっと見つめてくる。
"今度はあなたの番よ――?"言葉にしなくても目で訴えることで伝わってくるものもあるようだ。

「……僕の場合、実は子供っぽいっていう印象かな」
「子供っぽい?」
「自分の主義や主張を言う時はやたら饒舌だし、人格もコロコロ変わる……。けれど、自分の思うように行かないと素の表情に戻って子供のように駄々をこねるところがあったよね?」

"キライキライキライキライキライ――!"
"ウザイウザイウザイウザイウザイ――!"

最後の学級裁判で僕が絶望に屈せずあきらめない態度を見ると、江ノ島盾子は感情の赴くままにしか喋れなかった。
"人類史上最大最悪の絶望事件"という大きなスケールの事件を引き起こした張本人とは思えない単純な3文字の言葉で僕を罵倒することしかできなかった。

「彼女が子供のように見えるのも、他人の価値観を受け入れるという当たり前のことが出来ないからじゃないかしら……?」
「そうかもしれない……。戦刃むくろの件にしたって実の姉なのに、結局自分を絶望させるための手駒としか扱わなかった」
「たとえ誰かを愛しても江ノ島盾子はその後に失うことを喜ぶような絶望フェチですもの……」

指を伸ばし響子さんの頬に触れようとする。
それと同時に響子さんが手を伸ばして僕の手を頬にぎゅっと押しつけた。

「こうして打算もなしに他人と心も体も一つになることを彼女は"無駄なこと"って一蹴するのかしら……?」
「僕の場合は打算を持って響子さんを抱いているんだけどな……」
「あら、やっぱりそうなの?」
「僕は響子さんのことがどれだけ大好きなのかを伝えたくて必死だよ」
「時々私を呼び捨てにするのは、男としてのイニシアチブを取り戻したいっていう魂胆があるからじゃないの?」
「あ、あれは……! 響子さんのことしか考えられなくて夢中で叫んでいるだけだよ、他意はないよ。信じて!」

そんな慌てる僕を見て響子さんがクスクス笑う。
どうにも彼女はわかっていて僕の反応を窺ったらしい。
うーん、たまにはそんな響子さんに一泡吹かせたいないなぁ――。

「ぼ、僕だって響子さんにも打算があるってことぐらい、とっくに気づいているんだから」
「あら、何のことかしら?」
「霧切さんが一族の誇りを取り戻したいことにさ……」
「えっ……?」

核心を突いたのか、響子さんが呆然とする。

探偵は中立であるからこそ、唯一の真実を手に入れられる――。
そのために自分達の存在を隠し、一線を画していることを聞いたことがある。
そして、学園長に会うためにその"誇り"を曲げてしまったことに。
コロシアイ学園生活によってその"誇り"を奪われてしまったことに。

「時々、響子さんがふと寂しそうな表情を浮かべるからさ。もしかしたらと思ったら、やっぱり……」
「……私を見る暇があったらもう少し仕事に集中しなさい」
「ごめん。でも"人類史上最大最悪の絶望事件"の復興がある程度目処を立ったら、十神君のように僕らのしたいことをやろうとは思わない?」

確証はないけど、未来機関の目的は希望ヶ峰学園の再建だろう。
今の本部の人たちが評議委員といった学園を運営する側につき、政府や教育の土台を再構築したいように。

でも、僕にだってやりたいことはある。
国単位の大きなスケールより、もっと普通で平凡な暮らしの生活を。
そう、傍にいる人とずっと暮らせるようなありふれた生活を――。

「いつか二人で小さな探偵事務所でも開こうかって考えていたんだ。あの頃のように響子さんが探偵兼所長で、僕が助手兼事務で」

頬に触れていた手をそっと離し、響子さんの髪を何度も撫でる。
寝物語を語るように、いつ実現するかわからない僕の夢を静かに語る。

「それで、最初の依頼人は僕にしてほしいんだ」
「誠君が依頼人……?」
「うん。単純に僕の家族を捜索することなんだけど」
「未だご両親と妹さんの安否が確認できない件ね。まだ不安なの?」
「それもそうだけど……」
「私が調べる以上、誠君にとって最悪なケースもあり得るのよ?」

最悪なケース、つまり僕の家族が他界しているという可能性。

「それは覚悟しているよ。それよりも大事なことは見つけた後のことなんだ」
「見つけた後?」
「僕の目的は血は繋がってないけど、心は繋がっている。そんな関係の人を僕の家族に紹介したいから」
「誠君……」
「だから響子さん、僕の依頼を……ぁイタッ!!」

右肩に鋭い痛みが走る。
するとすぐに痛む箇所を何かが這い、痛さとくすぐったさが混ざる。

「ちょっと響子さん。いきなり噛まないでよ……」
「あなたが突拍子もないことを言って生意気だったからよ。……それにすぐ殺菌と手当てをしているからいいじゃない」

目を開けてジト目で響子さんを睨むと、僕の噛まれた箇所を舌で舐める響子さんと目が合う。
なんていうか、反省の色が薄い。
ピロートークの件といい、響子さんの扱いには細心の注意を払うことを学習した。


―――――

翌日、未来機関第十四支部は朝から大騒ぎだった。

「いきなり本部の査察があるなんて聞いてないよぉ……」
「何言ってんの、苗木! だからこうしてデスク周りを整頓してるんじゃない!」

朝日奈さんのご指摘はごもっともだ。
でも僕がしたいのはデスクの整頓じゃなく、報告書の作成だ。
きっと本部の人もそれが目当てでわざわざ足を運んでくるのだろう。

「苗木君」
「は、はいっ!」

本部の人がお越しすると同時にご指名される。

「新世界プログラム改訂版の報告書の件なんだが……「はい、その件につきましては!」……よく出来ているじゃないか」
「…………はい?」
「監視者ともコンタクトを取り、実用化に向けての確認も取ったらしいね。よくまとめられている」
「は、はい」
「それと"彼ら"については引き続き監視を怠らないことだ。何かあったら我々がすぐに管轄する」
「わ、わかりました!」
「すべては希望溢れる未来のために……」

そう言って所長と一緒に本部の人は奥の会議室に引っ込んでいった。
これから作成しようと思っていた新世界プログラムの報告書が既に完成していた件について。
狐に抓まれたように唸っていると、隣のデスクからクスクスと笑う声が聞こえた。

「あら、何か不思議なことがあったの?」
「霧切さん……」

そういえば、先日の新世界プログラムデバック作業に霧切さんも同行していたんだ。
モニター越しでの映像ではわからないとプログラム世界に侵入し調査をしたんだっけ――。
だから本部の人が納得するような報告書が出来上がるわけだ。

「……うん。誰かさんがいいことをしてくれたみたいで今日はラッキーみたいなんだ」
「そのラッキー、少し私に分けて欲しいわね……」
「もちろんだよ! 今日のお昼は僕に奢らせてください」
「決まりね」


ふとスーツのポケット入れていた一枚の写真を取り出す。
アルターエゴが監視カメラでモニターした映像を画像化してプリントアウトしたものだ。
その一枚には高校時代の僕と霧切さん、そして監視者の一人と一体のアバター。
カメラに収まるように身を寄せ合ってニッコリ微笑んでいる一枚に釣られるように僕も口元が緩む。

その写真の件についてはまた次の機会にでもお話しよう――。




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