愚者の贈り物

ルアックコーヒー。
ブルベリの香水。
ボージョボー人形。
蝶ネクタイの変声機。
桜の花束。
そして、イン・ビトロ・ローズ――。

以前、彼女に贈ったプレゼントはどれも僕の予想を遥かに超えて喜ぶものばかりだった。
果たして今回は彼女にとって価値ある一品を贈ることができるのだろうか――?


~ 愚者の贈り物 ~


響子さんの誕生日まであと6日と控えた非番の日、僕は一人で街を歩いていた。
誕生日プレゼントを求めて街に繰り出したけれど、これといって目星をつけなかったのが不味かったのかもしれない。

まずはコーヒーショップ。オリジナルのブレンド豆を贈ろうかと思ったけど、どの銘柄が好きだったかを聞き出していなかった。
次に男性一人では足を運びにくい化粧品店。そもそも響子さんはあまり化粧をしない。やるとしても精々ナチュラルメイクだ。
お次はアンティークショップ。ボージョボー・人形のような願い事を叶えるアイテムは見つからなかった。
そして花屋。バラの花束でも――なんて思ったけど、僕のキャラじゃないような気がする。

「結局僕はモノモノマシーンを超えるようなプレゼントを贈りたかっただけなのかな……」

休憩がてら公園のベンチに腰掛けてため息を吐く。
僕の心境は秋晴れの天気とは異なり、どんよりとした曇り空だ。

「ん? どうしたのさ、青年。しけた顔しちゃってさぁ?」
「えっ……?」

ボーっとしていたら目の前の男性がいきなり声をかけてきた。
無精髭に黒のはだけシャツというように、だらしない格好をしているけど腕時計やネックレスは高級感が漂う。
その男性は懐からタバコを取り出し、ライターで火を点けて「隣、いい?」なんて座る許可を求めてきた。
特に断る理由もないので「どうぞ」と促すと喜んで腰掛け、空に向かって煙を吐いた。

「……それで、君の悩み事ってどんなのさ? もしかしたらおじさんに話すことで解決の糸口が見つかるかもよ?」

咥えタバコでパチリと僕にウィンクをしてくる。
初対面の人でも、こう気さくに話しかけられたら警戒の糸を緩めて愚痴の一つや二つこぼしてしまう。

「その、近々誕生日を迎える人にどんなプレゼントを贈ろうかで迷っているんですよね」
「ほうほう。つまり君の……"コレ"?」

タバコを親指と人差し指で摘んだ状態で小指を一本立てる仕草をする。
そのサインにコクリと首を縦に振る。

「だったら指輪とかどうだ? 大抵の女の子ならそれで喜んでくれるさ」
「指輪は最初に考えましたが、すぐに候補から外しました」
「どうしてさ?」
「その……彼女、手を怪我していて指輪を身に付けるのはNGかと思って……」
「ありゃま、そうだったか……。だったらネックレスならどうだい?」
「ネックレスも考えたんですけどね……。ビジネスもプライベートもネクタイを愛用している人なんで難しいところですね」
「うーむ……。話を聞いてみると中々手強いお連れさんみたいだな」

僕と同様に相談に乗ってくれる男性も腕を組んで考え込むようになった。
吸い終わったタバコを携帯灰皿に押し込む。

「だったら車ならどうだろう? 形になるものより実用的なものなら喜ぶんじゃないかな?」
「車って……。僕みたいな若者がポンと買えるものでも限度がありますよ」
「そうとも限らないよ? それに若いのが"限度"や"限界"を軽々しく口にするのはいただけないな」

そういって懐から二本目のタバコを取り出すかと思いきや、掌サイズの紙切れを取り出し僕に渡す。名刺だ。
記載されている文字を声に出して読んでみる。

「……スカイファイナンス?」
「そ、俺ってそこの金貸しの社長なの」
「そうなんですか」
「入り用に困った時に頼るのが俺ら金貸しの出番なの」
「まぁ、言われてみればそうですね」
「そういうこと。"賢者の贈り物"だって本来なら俺ら金貸しが担保や利子をつけて金を貸してもいい話なんだけどね」
「その話って……確か相手のプレゼントのために自分の大切な物を売ったっていう話ですよね?」
「そうそう。まぁ、俺だったらそれくらい必死なら無担保・無利子で貸し付けちゃうんだけどね」
「えっ、それって商売になるんですか!?」
「まぁ俺もちゃんと信念持って金貸しているんだけどね」

そう言ってスカイファイナンスの社長・秋山さんは二本目のタバコを咥える。
でも"賢者の贈り物"ってクリスマスプレゼントに夫のジムは妻に鼈甲の櫛を、妻のデラは夫に形見の懐中時計に合う鎖を贈る話だっけ。
でも二人はプレゼントを買うために懐中時計を質に入れ、自慢の長い髪を切って売った。

そんな昔話を思い出していると、何かが頭を過ぎった。
閃きアナグラムやロジカルダイブのように深く考えて導き出すのではなく、もっと直感的なナニか。

「天啓が……来た……!」
「へっ、テンケイ?」
「いいプレゼントが思い浮かびましたんで、これで失礼します」

秋山さんが首を傾げているけど気にせず立ち上がり、足早に去るのであった。

向かった先のブランドショップ、そこのショーケース内に収められている商品を眺めている時だった。

「これなんてどうだい?」
「っ!? って、秋山さん……」
「よっ。気になったから後を尾けてみたんだよ」

熱心に品定めをしていたら店員ではなく、秋山さんが僕に声を掛けてくるのであった。
そのまま秋山さんと一緒にショーケースに並ぶ商品を眺めて目星を付けることにする。

「僕としてはこっちかそっちで迷っているところなんですよね……」
「うーん、俺としてはこっちの方がお勧めだと思うな」
「どうしてです?」
「そりゃあケースが少々でかくて君にはちょっと不恰好に思えたからさ」
「うっ……」


それが響子さんの誕生日まであと6日の出来事だった――。


―――――

「誠君、これは何かしら……?」

響子さんの誕生日まで2日と控えた今日、仕事上がりに自室で晩御飯に招いた時のことだった。
キッチンのグリルで秋刀魚を焼いている傍ら、響子さんが突然問いかけてきた。
秋味のビールと焼き秋刀魚で晩酌をしているが、特に響子さんが見たことないような真新しいものをテーブルに並べた記憶はないけど――。
そんな風に頭に"?"を浮かべながら追加で焼きあがった秋刀魚を皿に乗せて振り返ると、そこには箸で摘んだ引換証がヒラヒラと揺れていた。
引換証――。先日ブランドショップで購入した響子さんに贈るプレゼントのだ。

「ちょっと、響子さんっ!?」

行儀が悪いよ、と注意するより先に引換証を取り戻そうと体が勝手に動いていた。
ヒラヒラとたなびく引換証を取り返そうと手を伸ばしては虚しく空を切る僕の手。
響子さんは僕をおびき寄せるように右腕を伸ばし、引換証をヒラヒラと揺らす。
さながら猫じゃらしで戯れる光景だ。 僕が飼い猫で、響子さんが飼い主で。

「……このっ!」
「きゃっ! ……ちょっと誠君、行儀が悪いわ」

数回、その戯れを繰り返したけど埒が明かないということで実力行使に出ることにした。
響子さんの右腕ではなく本体に覆いかぶさるように飛び掛り、押し倒す形で戯れを強制終了する。
それなのに僕の方が行儀悪いと怒られるのは不本意な話である。

「食べ物以外をお箸で摘むのも行儀が悪いと思うよ?」
「あれは誠君の注意を引きやすくするためのアクションの一つ。他意はないわ」
「わざわざ財布の中に入れていたものを引っ張りだすのもどうかと思うんだけどな……」
「レシートからあなたのアリバイを推理するつもりが、予想外のものが出てきたんですもの。問い詰めるしかないじゃない?」

軽い浮気チェックと称して何度か身の回りのチェックをされたりすることはあるけれど、後ろめたいことをしていないから特に気にすることもなかったけど――。
今回ばかりは間が悪すぎる。
たとえ見たとしても、そっと財布に戻すのではなく問い詰めるというのは探偵としての性(さが)なのだろう。

「当日になって渡そうと思ったんだけどな。中味を知られたら贈る方はちょっと気恥ずかしいものがあるね」
「私としては何を贈ってくれるかわかることで安心するわ。心構えが出来るから」

確かに響子さんがプレゼントを貰ったことで口を押さえて感動する――。
そんな光景を見てみたい気もするけど、ポーカーフェイスを保つので精一杯な姿が一番現実的だろう。
響子さんの右手首を掴んでいた左手をそっと離し、這うようにして右手の指同士を絡めるように手を繋ぐ。
その拍子で響子さんの手にあった箸と引換証はカーペットの上に転がった。

「紙に書いてある通りペアウォッチにするけど、それより欲しいものとかあったりする?」
「そんなわけないでしょう……? あなたが考えに考え抜いて選んだ品ですもの」
「そっか……。ありがとう」
「仮に欲しいものがあったら真っ先に誠君に伝えるわ。そうね……、来年からはそういう取り決めにしない?」
「響子さん……!」

彼女の描く未来に僕が隣にいることがわかると、途端に感動で打ち震えてしまう。
右手を彼女の頬に添え、衝動のままに唇を貪ってしまう。

「んっ……ん、んんっ、んふっ……んんっ!」
「んぅ、んぅ、んぅ……ん、んんんっ……」

歯茎をなぞり、舌を絡めて彼女の舌に残っていたビールの炭酸を絡めとるように貪る。
まだビールを口にしていないにも関わらず、酩酊状態のように僕の顔は真っ赤になっているのかもしれない。

「んくっ……ぷぁ、はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……」
「んく……はふ、はふ、はふ……」

ビールの苦味が唾液の無味に変わる頃、欠乏した酸素を求めて唇を離してしまう。
1分くらい、そのまま何も語らず見つめ合っていたら響子さんが口を開いた。

「確認したいけど、ペアウォッチにはブライダルウォッチ・エンゲージウォッチという意味合いもあるの。ここまで言えばわか「ちょっと待って!」……何よ、いきなり?」
「そこから先は当日になって、僕の口から言わせて欲しいんだ」

食事中というシチュエーション。
ワイシャツとスラックスの姿のままエプロンを身に着けた格好。
一世一代の告白をするにしてはあまり相応しくないと思える。

そんな響子さんの誕生日まで2日と控えた夜の出来事だった――。


―――――

10月5日――。つまり響子さんの誕生日前日の朝。
この日は二人して早起きしてシャワーを浴びることにした。

体をサッパリさせた後は響子さんにベッドで腰掛けてもらい、僕がドライヤーで長い髪を乾かすことにした。
髪の一本一本に含まれる余分な水分を払うようにして指通しをよくする。
その後は姿見を響子さんの目の前に姿見を用意し、彼女のトレードマークである左の三つ網を結っている間に僕は後ろ髪を櫛でブラッシングする。

「響子さんは"賢者の贈り物"って話、覚えてる?」
「クリスマスの時によく聞く話だけど、まだ先のことでしょう?」
「うん。ちょっと思い当たる節があって内容を思い出してみると、何であの夫婦は"賢者"って呼ばれたのか気になってさ」

ジムの金時計。デラの美しい髪。
相手の宝物を思うが故に、自分の大切なものを手放してクリスマスの日を台無しにしてしまった話だけど。

「少なくとも、デラの方は短く切った髪も時間が経てば元通りになる筈よ。ジムの方は金時計を質に手放した以上、戻ってこない可能性だってある……」
「確かに」
「でも私から言わせてもらえば、つまらない見栄は張らないで素直に欲しいものを口に出せばよかったものを……って子供の頃は思ったわね」
「ははっ、響子さんらしいね」
「だから誠君、あなたの誕生日である来年の2月5日は有給の申請を済ませているわ。二人で有意義な時間にしましょう」
「えぇ!?」

話がいきなり飛躍して戸惑ってしまう。

「いきなり言われても……僕は響子さんがいれば「それで十分、なんて言わせないわ」……すいません」
「時間はまだまだゆっくりあるから、今の内に考えておくこと。いいわね?」

三つ網を編み終わった響子さんがビシッと姿見越しに僕を指差すのであった。
響子さんがジムやデラよりも何倍も賢い賢者なんだとよくわかる話だった。

―――――

後日談的な何かをお話しよう。

「……おい、お前ら。朝から何度もジロジロ時計を見ているようだが、そんなに早く帰りたいのか!?」
「気のせいよ十神君。確認したい事項が左手の付近に集中しているから腕時計を自ずと見てしまっているだけよ」
「そうだよ十神君、目の錯覚だって。メガネを調整するより眼科に行った方がいいんじゃないかな?」
「そうやってアンタ達、百夜様の方を見ないでずっと腕時計を見ているんじゃない!?」
「気のせいよ」
「気のせいだよ」
「……はっ! わかったわ! そうやってアンタ達が仕事を疎かにすることで百夜様に残業をさせる気ね! そして私も居残り百夜様に夜通し愛玩調教させようって魂胆ね!!」
「チッ! 使える連中は他にいないのか!?」 


未来機関第十四支部は今日も騒がしい一日です。



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