HOPE vs DESPAIR

―――――


瓦礫と化したコンクリートの塊が崩れ落ちる。
辺り一面炎の海に包まれ、ここも長くは持ちそうにない。
そんな中で悠然と僕の前に歩いてくる一人の影。
何年も僕の隣にいた相棒が目の前の敵として立ち塞がることになるなんて、誰が想像できただろうか――?

「こういうの……感動の再会って言うらしいわよ、苗木君?」
「……僕にはとてもそうは見えないね」

一ヶ月前から行方をくらませていた当人と、こうして対峙する羽目になるなんて。
第二の"人類史上最大最悪の絶望事件"を引き起こした張本人として再会するなんて。

「……霧切さん、事件の重要参考人として身柄を拘束させてもらうよ」


~ HOPE vs DESPAIR ~


「あら、てっきり私を事件の首謀者として処分するためにいるわけじゃないの?」
「確かに未来機関は君の殺害命令を指示した。けれど、僕には霧切さんがやったという確証が持てないんだ」
「情に絆されて冷静に物事を分析できないなんて、私の"元"パートナーとしてあるまじき行為ね」

姿かたちは一ヶ月前と変わらないのに、虚ろな人形を思わせるような顔つき。
そして瞳だけはどこか恍惚と快感に酔いしれているような、絶望に堕ちた人特有の表情をまさか霧切さんが浮かべることになるなんて。
僕はそんな君の顔を見たくないのに――。

「あなたが私を止めるのは未来機関としての使命? それとも個人的な理由から?」
「……両方だ。だから、その前に僕にだけは全てを話してほしい」
「たとえこの身を絶望に堕としたとはいえ、"超高校級の探偵"だった私にもプライドってものがあるわ。……ここまで言えばわかるわね、苗木君?」
「だったら力ずくでも聞かせてもらうさ!」

そう吐き捨てると同時に僕は姿勢を低くして霧切さんに向かって駆け出した。
その距離、およそ10m。

言葉で紡ぎ、言刃で斬り、言弾で撃ち抜いてきた僕らはもう今までのように"言葉"で解決することが出来なくなっていた。
力で捻じ伏せて相手を屈服させる他、残された道はなかったのだった。


「このッ!」

加速した分だけ威力の増した右のパンチを霧切さんの襟元へ伸ばす。
大振りの動作だったのであっさりと身をかわされ、手首と肘を横から押されてしまいバランスを崩す。

――ここまでは予定通りだ。
本命は左手で袖口を掴み、手首を取って素早く腕の関節をとることだから。

「シッ!「甘いわ」……くっ、カハッ!」

僕の動きを想定済みだったかのように、伸ばした僕の左腕を捻りこむように投げ飛ばす。
さらに倒れてがら空きになった胴に追い討ちの蹴りをお見舞いしてきた。
護身術の応用として僕らで編み出した連携"大木倒し~大木砕き"をまさか自分達に向けて使う日が来るなんて誰が想像できただろうか。

「……っ!」

さらなる追い討ちとして繰り出されたストンピングを寝たまま転がる形でかわす。
転がった勢いを利用して立ち上がり、すぐに体制を立て直したいけど霧切さんは攻撃の手を緩めない。
水月を狙ったトーキックを寸前のところでガードする。
しかしガードした両腕は蹴りの勢いを抑えきれず、弾かれてしまう。

「っ!? ……ぐわっ!」

無防備になったことで視界がクリアになった途端、僕の目の前にはパンプスの爪先が目前に迫っていた。
しまった、と気づくより先に顎にクリーンヒットしてしまう。
下から上に蹴り上げられたことで宙に浮く僕の体。
受け身も取れず地面に叩きつけられた。
痛みの衝撃でフラフラするけど、僕の両腕を踏み台にしてサマーソルトキックをお見舞いしたのだと喰らってから状況を把握したのだった。


「くぅぅ、まだ……!」

急所の顎にもらったことで脳が麻痺している。
起き上がろうとしても立ち上がれず、大の字に寝転んでしまう。

モクモクと天へと浮かび上がる黒い煙。
飛び交うサイレンにかき消されながらも聞こえる誰かの悲鳴。

あーあ、せっかく"人類史上最大最悪の絶望事件"の爪痕が消えようとしていた矢先のことだったのに僕らの努力が水の泡になってしまった。
長い年月を経て立ち直ろうとしていたのに一瞬で元通り。
こうして人類は歴史を繰り返すのかなぁと思うと、僕らがやっていたことは何と無力なことなんだと痛感してしまう。

仮にこのまま生き延びたとして、霧切さんがいない現実に僕は耐えられるのか――?
大切な相棒を失ったことで、僕まで絶望堕ちしている可能性が高いかもしれない。
霧切さんの死を引きずったまま、僕はイキキルことが果たして出来るのか――?

「……無理だ」

今の僕には到底耐えられない。
ほんの少しだけ前向きな所が取り柄の僕でも彼女のいない未来を受け入れることが出来ないと結論付けた。


こうして、僕はもう考えることをやめてこのまま力尽きることにした。
最後の光景、つまり蹴りをもらう前に一瞬だけ見えた霧切さんの下着を目に焼き付けて終わりにするとしよう。
薄れ行く意識の中、徐々に視界は狭まり目蓋も閉じられた。



「それ以上私のパートナーを痛めつけないでくれる?」



頭を持ち上げられて堅い地面から別の何かに乗せられたようだ。
眠るように意識を手放そうと思っていたけど、肩口を揺さぶられているので中々実現できそうにない。

「誠君、目を覚まして……。こんなところで倒れるあなたじゃないでしょう?」
「お前に用はない! 彼から離れろ! さぁ、苗木君こっちへ来なさい。私だけが……あなたの理解者よ」
「そういうのが一番嫌われるタイプだと言ってて気づかないのかしら?」

二人の女性の声が聞こえる。
視覚が遮られている分、聴覚が鋭くなっているのだろう。
けれど、目の前と遠くからも霧切さんの声が聞こえてくるのはどうしてだろう――?

「誠君。目を覚まして……! 私の知っているあなたは最後まで諦めず絶望に立ち向かう人でしょう……?」


聴覚の次は触覚が鋭くなった。
僕の頭に触れる手の感触が人の地肌でないことがわかった。
髪を撫でる感触・力加減を僕は覚えている――。

そして僕の耳朶を刺激する覚醒を促す声。
僕を呼び続ける人が果たして誰なのか知りたい。
せっかく考えることをやめてこのまま意識を手放そうと思ったのに、目の前の出来事を知りたいという探求心に駆られてしまったじゃないか――!





「目を休ませていただけだよ」
「仕事中の居眠りは良くないわ」

僕の減らず口を軽くいなす口ぶり。
目蓋を開けてみれば真上から僕を見下ろす形の膝枕状態からのご対面。
表情は最後に焼き付けて記憶した虚ろな人形ではなく、凛々しくそして相手に何を考えているかをわからせないようにするポーカーフェイス。
恍惚に浸った瞳とは異なり、芯のある瞳で僕を見つめていた。

間違いない、この人は僕のよく知る相棒・霧切響子さんなんだって確証が持てた。

「って響子さん、その髪……!」
「手短に言えば"色々あった"ってことね。けれど短くなった分、身動きが取りやすくなったわ」

あの長かった髪の毛が肩口の高さまでにバッサリ短く切られていたんだから驚きを隠せない。
しかし本人に至っては左程気にしている様子はなさそうだ。

「これを口にして……「んぐっ」これで少しは体が動くはずよ。立てる?」
「ん、なんとか……。ありがとう」

響子さんから渡されたタブレットを飲み込んだら不思議と体の痛みが治まってきた。
まだやれる、まだ動ける――。
彼女の膝枕をもう少し堪能していたい気持ちもあるけど、ここはゆっくりと立ち上がり目の前の事実を知ることを優先した。



「あーあ、せっかく苗木君の可愛い絶望顔を拝める大チャンスだったのになぁ……」
「お生憎様。彼が私達の最後の砦なのだから、そう簡単に絶望に堕としてたまるものですか」
「バカの葉隠やかませメガネの十神はサックリ殺れたんだけどねぇ、当人が出てきて邪魔されるなんて絶望的じゃないッッッ!!」
「まさか、葉隠君も十神君も……!」
「心配ないわ、二人とも無事よ。しばらく戦線離脱は否めないけど……」
「あっれぇ~、殺り損ねちゃったぁ? 中途半端はマズいよね、てへ☆ぺろ」

対峙している霧切さんは片目を閉じ、舌を出して悪びれないポーズを仕出した。
――うん、何だかとてもミスマッチだ。
隣にいる霧切さんを見ると、不快そうな表情を隠さず親の敵を見るようにもう一人の自分を睨んでいる。

「そろそろ茶番と共にご退場願おうかしら、もう一人の私……。いいえ、江ノ島盾子!」
「ええっ!?」
「Yes! ご名答っ!! 正解者の女コナンちゃんには暴力をプレゼントだ!」

今度は凶悪そうなポーズをして衝撃の事実を告げるのであった。
コロコロ変わる人格と口調、姿かたちは霧切さんでも中味は江ノ島盾子に間違いないなさそうだ――。

「なんかぁ~、目が覚めると私の体が女金田一ちゃんになっていたからマジびっくりだしぃ~。パーフェクトボディだった私様の姿でクローンを生成しなかった絶望サイドの面子に絶望したじゃないの!」
「あぁ、そうなんだ……」

今度はぶりっ子口調と王様口調の霧切さん。
そんな姿を見ていると困惑を通り越してカルチャーショックの領域に近い。

「ここまでしつこいと見苦しいにも程があるわ。あなたもあんな風にはならないようにね?」
「男も女も引き際が肝心だね。僕は心得ているつもりだよ。絶望に立ち向かうことを除いてね」
「だったら結構」
「私を放置してイチャつくバカップルっぷり……最っ高に絶望的じゃないッッッ!!!」

涎をダラダラ零しながら悦に浸る表情。
別の意味で見てみた「誠君?」――ゲフンゲフン! 何も疚しいことは考えていませんよ?



「しばらく鏡を見るのが憂鬱になりそうね……。可及的速やかに終わらせましょう、誠君?」
「そのつもりだよ!」

僕の横にいた霧切さんと一緒に駆け出す。

「響子さん!」
「わかったわ」

霧切さんはそう言うと走るペースを少しずつ落して僕が先行する形になった。

「何を企んでいるか知らないけど無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァー!!!」
「喰らえッ! ……ぐふっ!!」

さっきと同じように大振りの右ストレートを今度は顔面に放つが、江ノ島盾子はクロスカウンターで僕の顔にパンチをお見舞いしてきた。
左頬を穿つ衝撃。
敢えて仰け反らず左頬を江ノ島盾子の拳に押し付け左手で彼女の手首を掴み固定する。
後は仕上げのみ。


「これは誠君の分」
「なんてぜつぼ……ぐはぁ!」

僕の肩を踏み台にして響子さんが跳ぶ。
降下する勢いそのままに爪先を伸ばし、彼女のパンプスが自分と同じ顔をした標的に突き刺さった。


― New World Order ―

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