セレスルート【2章】

『オマエラ、おはようございます! 朝です、7時になりました! 起床時間ですよ~!』

……モノクマの声がスピーカーごしに聞こえる。
あいつは妙に明るい調子で朝が訪れた事を告げ、ボクを夢の世界から叩き出した。

目を開ければ、そこにはまだ見慣れない部屋の風景。
ここは……ボクや超高校級の才能を持つ仲間たちが、閉じ込められている『学園』の寄宿舎の個室だ。

昨夜はよく眠れなかった。
あの有名な希望ヶ峰学園に“超高校級の幸運”として招待されて……期待に胸を膨らませて入学式に臨んだボク。
だけど気がつくと不気味な建物の中にいて、同じように集められた仲間達と出会い──
それから……立て続けに二人の仲間の死を目の当たりにした。
こんな状況で、熟睡なんて出来る訳がない。

これから先、自分や生き残った仲間がどうなるのか……考えると気分が重くなってくる。
そんなボクの気持ちにはお構いなしに、壁にかけられたモニターの中でモノクマが話し続けていた。

『ではでは、朝のご挨拶はこれくらいにして……。
今日は無事、第一回の“学級裁判”を乗り越えた生徒の皆さんに、大切なお知らせがあります。
大至急、体育館に集まって下さい。サボッたりしたら……“オシオキ”しちゃうよぉ?』

正直、これ以上あのモノクマには関わりたくないが……“オシオキ”──処刑と言われたらそうもいかない。
あいつの話がただの脅しじゃないって事は、もう痛いぐらいによくわかってるから。
ボクは暗い気持ちでベッドから起き上がり、部屋の出口に向かった。


ボクが部屋の外に出るのとほとんど同時に、廊下に並んだ個室の扉が開いて他の仲間達も出てきた。
ほとんどの人がボクと同じように浮かない顔をしているが……取り繕うように軽い挨拶を交わす。
そんな中、唯一極上の笑顔を見せてくれたのが“超高校級のギャンブラー”、セレスさんだ。

「おはようございます、苗木君」
「ああ……おはよう」
子供のように無邪気で上品な微笑み。こんな絶望的な状況でも、笑顔でいてくれる人が一人でもいれば心が洗われるようだ。
きっと彼女も、無理をして皆の為に笑顔を──などと感動していると、
「あら、あなた……死相が出ていますわよ? ……うふふ、冗談ですわ」
なんて事をさらりと言ってのける。
「こんな時に縁起でもない事言わないでよ……」
やっぱり、よくわからない人だな。セレスさんって……。
ボクは歩きながら、小さくため息をついた。


校舎棟一階の体育館。ここに来るのは二回目だが、今度は他の皆とも一緒だ。
しばらく待つと、またも教卓の裏から白黒のクマのヌイグルミ──モノクマが飛び出した。
「うぷぷ、皆揃ったようだね。……えー……では早速、発表しますッ! 
この学園は学級裁判を乗り越える度に“新しい世界”が広がるようになっております!
オマエラも、一生ここで暮らしていくのに、なーんも刺激がないと困るでしょ?
まあ、ちょっとしたご褒美ってヤツだね。どうぞ、探索はご自由に」

“新しい世界”……?
確か、学園のあちこちに封鎖された場所があったけど……そのどこかが解放された、って事だろうか。
意外な展開にざわめきが起こる。──すると、すぐにモノクマが手を鳴らしてそれを止めた。

「ハイハイ、お静かに。まだ話は終わってないよ。もう一つ、オマエラに大切なお知らせがあります。
むしろ、こっちが本題でね……これから一人ずつ名前を呼びますので、こちらに来て下さい」
わざわざ一人ずつ……嫌な予感がしたが、逆らう訳にもいかない。
全員が言われた通りに壇上に上がり、モノクマの前に立った。
そして、何をしたのかと言うと……それぞれの名前が書かれた白い封筒を受け取った。
──何の変哲も無いありふれた封筒だ。ほとんど厚みが無いから、中に入っているのは紙が一枚ぐらいだろうか。
「よし、これで全員受け取ったね? ……まず、それが何か気になっているでしょうから、教えてあげましょう!
その封筒の中には……な、なんと! オマエラの“恥ずかしい思い出”や“知られたくない過去”が入っています!
さあ、他の人に見られないように気をつけて、さっさとご覧になってくださ~い!!」
モノクマの号令に従って、ある人は慌てて、別の人は半信半疑という表情で中を確認し始めた。
ボクも緊張しながら……恐る恐る封筒を開く。そこには──

『苗木クンは小学校5年までおねしょをしていた……』

「なっ、なんだよ……これ……!?」
思わず、呟いていた。周りからも、次々と動揺の声が上がる。
「な、なんで……?」「嘘だろ……?」「どうして……どうして知っているんだ……ッ!?」
皆が赤くなったり、蒼くなったりしている中、モノクマが意地の悪い笑みを浮かべた。
「うぷぷ……どう? スゴイでしょ、ぼくの情報網は。
それでね、どうしてこんな事をしたかというと……それは、オマエラに動機を与えるためさッ!」
ど、動機って、まさか……?
「どうせオマエラ、『すぐに警察が助けに来るしぃ~』とか、『自分が殺らなくても誰かが殺るよ~』とか思ってるんだろ!?
甘いんだよ! 氷砂糖で作ったカキ氷の練乳シロップがけぐらい甘々なんだよ!」
どんだけ甘いんだよ、それ……──なんて、くだらない事をつい考えてしまった。モノクマの話は続く。
「今から“24時間以内”に殺人が起きなかった場合、そこに書いてある“恥ずかしい思い出”を世間にバラしちゃいまーす!
嫌でしょ? バラされたくないでしょ? だったらいつ殺るのか? ……今でしょう!」
モノクマが壇上で大袈裟な身振りを入れて、ボクらに『コロシアイ』を勧めてくる。

確かにバラされたくない思い出だけど──ボクは意を決して、言い返した。
「甘いのはお前の方だよ……。こんな事の為に……ボクらは人を殺したりしないぞ……!」
「……な、なんですとッ!?」
長い胴を大きく仰け反らせるモノクマ。ボクの言葉に、石丸クンも賛同する。
「そ、そうだ! 実にくだらないな! この程度の事で殺人なんか起きるはずがないッ!」
「そんなぁ……誰にも知られたくないから……って事もあるかと思って……せっかく調べたのに……!
……しょうがないなぁ。じゃあ、24時間後にこの秘密をバラして、ささやかな自己満足に浸るとするよ……。
ガックシトホホ……バイナラ……」
おかしな事を言いながら、モノクマは背中を丸めてトボトボと体育館を出て行った。


ひとまずモノクマがいなくなり、ボクらはようやく少しだけ緊張から解放された。
そんな中で、真っ先に口を開いたのは石丸クンだ。
「皆、僕に提案があるのだが……。いっその事、その“秘密”とやらをここで告白し合わないか!?
そうすれば、もう動機の心配はしなくて済むぞ! うん、これはいい考えだ!」
先に自分から“秘密”をバラして、秘密じゃなくしてしまおう──そういう事だろう。
ボクには中々いい考えのように思えたけど……これには数人があからさまな拒否反応を示した。

「わ、私は嫌よ。誰になんと言われようと……話したくないから……!」
苦々しい顔で歯軋りするのは、腐川さんだ。
「わたくしも……嫌というより無理ですわ」
続いて、物憂げな表情で俯くのはセレスさん。
「私も……それだけは許して下さい……」
イメージが命の“超高校級のアイドル”──舞園さんに至っては真っ青な顔をしている。
さすがに女性陣には、男子の前で告白できない秘密もあるのだろう。
そう思ったが……無表情のまま、十神クンまでもが頷く。
「俺も御免だな。そもそも、話す必要などない」

思った以上の反発を受けて、味方を求めるようにさまよう石丸クンの視線。
それが止まったのは、仲間の中で一番穏やかで気が弱そうな不二咲さんの顔だ。
「ふ、不二咲くんはどうだ……?」
“超高校級のプログラマー”は一瞬、肩を小さく震わせて、首を横に振った。
「あの……ごめんなさい……今は話したくない……。で、でも……このままじゃダメだと思うから、
後できっと話すよ……頑張って、強くなって……皆には話すから……」
……ここまで反対意見が出てしまっては、石丸クンも引かざるを得ない。
「ま、まぁ……いいだろう。……どちらにせよ、その程度で殺人なんて起きる訳がないしな……。
では、秘密の話し合いはやめておくが……期限の24時間以内には全員覚悟を決めておくのだぞッ!
どうしてモノクマが我々に殺し合いをさせたがるのかはわからんが……傷つくのは名誉だけだ!
……だから……その……くれぐれも早まった真似はするんじゃないぞ……」
そんなに念を押されるとかえって不安になってくるけど……大丈夫、だよな……“秘密”くらいで……。


一抹の不安を残しながらも場は解散になり、一同は思い思いの場所へと散っていった。
大半の人は朝食を摂る為に食堂に……残りの人はモノクマの言っていた“新しい世界”を探索しに。
さて、ボクはどうしようか……。
何気なく辺りを見渡していると、ボクと同じく、その場に残っていたセレスさんと目が合った。
「えっと……セレスさんはどうするの?」
「そうですわね……何となく、このまま朝食という気分でもありませんし……
朝のお散歩がてら、モノクマの言う“新しい世界”とやらを確かめに行きましょうか」
「そう……。じゃあ、ボクは──」
「──もちろん、エスコートして下さいますわよね?」
笑顔の奥に、有無を言わさぬプレッシャーを感じる……。
まあ、特に断る理由もないし……ボクもセレスさんとご一緒させて頂く事にした。

体育館を出て、少し歩いた所で、ボクらはすぐに学園の変化に気がついた。
これ見よがしにシャッターで封鎖されていた、昇り階段が解放されてる……!
「新しい世界というのは、校舎棟の2階の事だったのですね……」
2階って事は、あまり出口には期待できそうにないけど……やっぱり好奇心は抑えられない。
ボクは少し緊張しながら、セレスさんの歩調に合わせて階段を昇った。


校舎棟の2階は、やはり1階と似たような構造と雰囲気だった。
薄暗く、静まり返った廊下が奥まで続いていて、窓には厚い鉄板、天井には監視カメラが取り付けられている。
まずはボクが先頭に立って、階段に近い部屋から回ってみる事にする。

階段に一番近い位置──体育館のちょうど真上にある部屋には、かなりの面積が割かれている。
両開きの青い扉にイカリのマークがデザインされていて、その上には『水練場』のプレートが掲げられていた。
水練場って事は、もしかして室内プール?
早速、青い扉を開けてみると、中にはすでに朝日奈さんと不二咲さんが来ていた。
「苗木! プールだよ! プール! プール!」
“超高校級のスイマー”だけあって、よほどプールが恋しかったらしい朝日奈さんをなだめつつ、部屋を見渡す。
部屋の壁際にビート板や浮き輪といった備品が並べられている所を見ると、ここは室内プールの『準備室』のようだ。
だが、そんな事よりもっと気になるのが……部屋の奥の二つの扉と、天井にぶら下がった────これは、機関銃……?

「ご説明しましょう!」
機関銃に見入っていたボクの目の前に、いきなりモノクマが現れた。
「その二つの扉はそれぞれ、プールに繋がる『男子更衣室』と『女子更衣室』に通じています!
中には最新のトレーニング機器も一通り揃っていますので、どうぞお好きなだけ体を鍛えちゃって下さ~い!」
『最新のトレーニング機器』……そう聞いて目を輝かせる朝日奈さん。…………と不二咲さん。
さっき体育館で『頑張って、強くなって』とは言ってたけど……意外な感じがする。
──と、少し呆気に取られたボクに向かって、ふいにモノクマの右手が突き出された。
「こらソコ、苗木クン。……ダメだよ。『女子更衣室』と聞いて、いやらしい事を考えちゃ」
「考えてないよ!」
慌てて否定したが、朝日奈さんの非難めいた視線を感じる。……女子の前でいきなり何て事言うんだ!
「そう? まあ、どっちでもいいけどね。何せその扉はセキュリティ対策の為に、
“男子更衣室の扉は男子の生徒手帳で、女子更衣室の扉は女子の生徒手帳でしか開かない”ようになってるから。
ちなみに、他の人が扉を開けてる時に入ろうとしてもダメだよ。
そんな不埒な事を考える輩は、天井の機関銃で即、蜂の巣にしちゃうからなッ!」
よく見ると、それぞれの扉の横にはカードリーダーのような端末が付いている。
あそこに、ボクらの持っている『電子生徒手帳』をかざして鍵を開ける仕組みになっているのだろう。
さすがに機関銃はやりすぎだと思うけど……納得していると、セレスさんが口を開いた。
「では、生徒手帳を貸し借りした場合はどうなるのですか?」
「えっ……そ、それは考えてなかった……。……よし。じゃあ、こうしましょう。
──今からこの学園の『校則』に、『生徒手帳の他人への貸与禁止』の項目を追加します!
もちろん、『校則』を破った生徒は“オシオキ”の対象になるからね。……うん、これで完璧だね!」
一人で落ち込んだり喜んだりしているモノクマを見る、セレスさんの目は冷ややかだ。
「更衣室のセキュリティにはやけにこだわるのですね。……どうせなら、寄宿舎の方をもっと取り締まって欲しいですわ。
若い男女が一つ屋根の下で寝泊りするなんて、危険極まりないと思うのですが……」
「いやー、だってホラ、ぼくは学園長ですから! 神聖な学び舎のイメージを守りたいだけなんだよねー。
寄宿舎の方では不純異性交遊でもアブノーマルでも何でも好きにやって貰えば」
訳のわからない理屈を並べ続けるモノクマを無視して、こちらに向き直るセレスさん。
「……だ、そうですわ。苗木君」
「いや、だから何でそこでボクに振るの!?」
焦るボクに、彼女は悪戯っぽくころころと笑った。
これ以上、からかわれるのは困る。ボクはそこで話を切り上げ、セレスさんと一緒に元の廊下に戻った。


水練場を出て少し廊下を歩くとトイレがあり、そのさらに先には『図書室』があった。
廊下の角から長々と壁が続いているところからして、ここもかなりの広さがあるようだ。
扉を開けて中に入ってみると────外から見た通りの大部屋の、壁一面を埋める本棚に圧倒される。
さすがは日本最高の教育機関の図書室と言ったところだろうか。
先にこの図書室を探索していたのは、十神クンと霧切さん。
それに、腐川さんも来ていたが……彼女は離れた場所で一心に十神クンの方を見つめている。
不審に思って声をかけようとしたが、その前にセレスさんに止められた。
「お邪魔ですわよ」
「邪魔って……何の?」
首を捻るボクに、セレスさんは意味ありげに微笑んだ。
「彼女は今はただ、ああして見ていたいのでしょう。……見ているだけで、手に入る物などありませんのにね」
結局、どういう事かボクにはよくわからないけど……とりあえず探索に専念する事にする。

本棚に収められている本は小説や学術書が中心で、漫画や雑誌の類は見当たらない。
おまけに、今まで見てきた部屋はどこも清潔な感じがしたのに、この図書室だけは妙に薄暗くて埃っぽい。
まるで、長い間──何年も放ったらかしにされていたみたいに。
静かなのはいいが、あまり過ごしやすい場所では無さそうだ。

ふと、薄く埃が積もったカウンターの上に、同じく埃を被ったノートパソコンが置かれているのに気が付いた。
もしかして、これ……ネットに繋がるんじゃ?
微かな期待を込めて電源ボタンを押してみる。…………が、反応はない。
「残念だけど、壊れてるみたいね」
霧切さんが言いながら、こちらに向かって歩いてくる。そして、そのまま図書室を出て行ってしまった。
もう見るべき所はない、という感じだけど……相変わらずクールな人だ……。

「あの……わたくしたちも出ませんか? ここは埃っぽくて嫌ですわ。そろそろお腹も空いてきましたし……」
セレスさんがボクの袖を引く。壁にかけられた時計を見ると、もう8時を過ぎている。
言われるといい加減、お腹が空いてきた。……ここは霧切さんと十神クンが調べてくれたみたいだし、そろそろ切り上げようか……。
ボクらは残る十神クン(と腐川さん)の邪魔をしないように、そっと扉を開けて図書室を後にした。


朝食の為に食堂に入ると、探索を終えた数人の仲間も集まってきていて、自然と報告会の流れになった。
どうやら校舎棟では2階以外にも玄関ホールが、寄宿舎では倉庫、ランドリー、大浴場、ダストルームが解放されていたらしい。
ここでの生活が良くなるのは助かるが、やはり外への出口は見つからなかったようだ。
最後には誰も言葉を発しなくなり、食事を終えた人からぽつぽつと食堂を出て行く。
ボクも簡単に食事を済ませ、食堂を出ようとしたところで、セレスさんに声をかけられた。
「苗木君。倉庫にトランプが置いてあったらしいのですが……この後お暇でしたら、わたくしとギャンブルでもしませんか?」
彼女はもうこの現実に『適応』しているかのように、楽しげに振舞っている。
……確かに、くよくよしても仕方ないか。……どうせ暇に決まってるし……。
承諾すると、ゴスロリ服の少女は可憐に微笑んだ。
「うふふっ。搾り取って差し上げますわ」
その後、言葉通りに……容赦なく搾り取られた……。


夜10時……モノクマが校内放送で『夜時間』を告げたのをきっかけに、床に就いた。
今日の収穫は『学園生活』が便利になった事と、セレスさんとまた少し仲良くなれた事ぐらいだろうか。
気になるのは、いつになったらここから出られるのかという事。それに──朝一番の『動機』の件だ。
もやもやとした不安に包まれながら、無理やりに目を閉じる。


『な……くん……なえぎ……ん……』
誰かがボクを呼ぶ声が聞こえる。
……ああ……また、あの夢か……。真っ暗な夢の中で……白と黒の……。
……だけど……声が……?
薄く目を開ける。するとすぐ前に白と黒の────モノクマの顔があった。
「うわああああっ!?」
「おはようございます。朝です。7時になりましたよ」
反射的に飛び起きたボクに、事も無げに朝を告げるモノクマ。
「な、何でここに……?」
「いやぁ、今日は趣向を変えて直接起こしてあげようと思ってね。それに……“事件”が起きた事も教えてあげようかと」
じ、事件!? 事件って、まさか……!?
「さあ、早く調べに行ってよ。それがオマエラの仕事なんだからね……うぷぷぷぷぅ」
意地の悪い笑みを浮かべたモノクマは、さっさとボクの視界から姿を消してしまった。
どこから入ってきて、どこに消えたかは気になるけど……今はそれどころじゃない。
ボクは身支度もそこそこに、慌てて自室を飛び出した。

廊下に出て、とっさに辺りを見回す。すると、斜め向かいの部屋の扉が勢い良く開いた。
「な、苗木くん! 今、モノクマが……!」
ボクの同じく血相を変えて飛び出して来た石丸クンも、モノクマに直接起こされたようだ。
「……と、とにかく、急いで何が起きたのかを確かめようではないかッ!
僕が他の皆に声をかけて回るから、きみは先に調査を始めてくれ!」
返事をする暇さえ惜しい。ボクは頷きを返して、駆け出した。
石丸クンが寄宿舎にいるから、ボクは校舎棟から調べた方が効率が良さそうだ。
それも、出来るだけ遠くの……2階から……。

息を切らせて階段を駆け上がり、2階にたどり着く。
ここに来るまでの廊下に異常は無かった。やっぱり、何か事件があったなら、どこかの部屋か……?
まずは、一番近い部屋──水練場に足を向けた。

息を整え、覚悟を決めてから青い扉を開くと──部屋の中央辺りの床に、量こそ少ないが赤い液体の垂れた痕が見える。
ぎくりとした瞬間、まるで見計らったかのようなタイミングでチャイムが鳴った。
同時に準備室の壁のモニターの電源が入り、モノクマの姿が映し出される。
『現在、捜査の為にロックを解除してあります。どうぞ、遠慮なくお入り下さい!』
ロック……モノクマがわざわざ言うって事は、更衣室に……?
男女二つの更衣室……どちらにも入れるのだろうが、いきなり女子更衣室に入るのは躊躇いがあった。
まずは男子更衣室の扉に手をかけ、握り手に力を込める。
──そして、ボクは見つけた。

様々なトレーニング器具が並んだ更衣室の中……“その人”は宙に浮いていた。
両腕を器具の柱に縛り付けられて……まるで、十字架にハリツケにされたされた聖人みたいに。
斜めに傾いだその顔は、すっかり色を失っている────!

『死体が発見されました! 一定の自由時間の後、“学級裁判”を開きまーす!』

チャイムとモノクマのアナウンスを聞いてから、ボクは叫び声を上げた。思い切り、腹の底から。


それから、どの位時間が経ったかはわからない。
今は──ボクの声を聞いて駆けつけた皆と一緒に、吊るされた“被害者”の遺体を取り囲んでいる。
今度の“被害者”、それは──“超高校級のプログラマー”こと……不二咲千尋さんだ……。

ある人は、苦痛に顔を歪ませて。ある人は、怒りに震えながら。ある人は、感情を凍らせたような表情で。
立ち尽くすボクらの前に、モノクマが姿を現した。
「うぷぷぷ……さあさあ、ボケッとしてる暇はないよ。言うまでもなく、“クロ”はオマエラの中にいるんだからね。
……あ、言っちゃった。……とにかく、さっさと捜査を開始しちゃって下さ~い!」
モノクマの手から、『毎度お馴染みになるつつある』モノクマファイルが配られる。
生き残る為には……また、やらなきゃならないのか……あんな事を……。
ボクは強い虚脱感に襲われながらも、気力を振り絞って「02」と書かれたファイルを開いた。

  • 『被害者は“超高校級のプログラマー”、不二咲千尋』
  • 『発見現場は校舎棟2階、水練場の男子更衣室』
  • 『致命傷は鋭利な刃物による胸部の刺し傷』
  • 『死亡推定時刻は昨夜の0時~2時頃』

ファイルから目を離し……もう一度、被害者をよく見てみる。
不二咲さん……いつも控えめで、ほとんど話した事はなかったけど、
人を穏やかな気持ちにさせるような、優しくて……少し儚げな笑顔が印象的だった。
仲間の誰よりも華奢で小柄なその体は、左右の手首をロープで縛られ、トレーニング器具に吊るされている。
胸に刺さっているのは……ずいぶん変わった形だけど……ハサミだろうか?
凶器が刺さったままのおかげか、流れ出た血の量が少なく、足元のカーペットを汚したりもしていない。

「お、おい……何だよ、こりゃ……」
桑田クンの声が聞こえて、ボクははっとして周りを見た。
彼が驚愕の表情を浮かべて見つめるのは、遺体が吊るされた後ろの壁だ。
そこには、【赤いマジック】で大きく『チミドロフィーバー』と書かれている。
「ね、ねえ……あれってさ、もしかして“ジェノサイダー翔”の……」
ボクと同じように壁を見た江ノ島さんが怯えたような声が上げた。

“ジェノサイダー翔”──! その名前は、ボクも……いや、日本人なら誰でも知っている事だろう。
残酷かつ猟奇的な手口で何人もの被害者を出しておきながら、警察の捜査を逃れて犯行を続ける殺人鬼。
犯行現場に必ず『チミドロフィーバー』という署名を残すヤツに、ネット上でつけられた通称がそれだ……!

「じゃあ、何か? 俺らの中に、その殺人鬼がいるってのかよ……!?」
大和田クンの言葉で、一同に衝撃が走った。
「お、俺らもそいつに狙われてんのか!?」「下手をすれば皆殺し……?」「ちょっと、やめてよ!」
多くの人が恐怖と動揺を表す中、モノクマが口を開く。
「それは困るなあ。そんな事になったらつまらないもん。
……ただ今から、校則で『同一のクロが殺せるのは2名まで』とさせて頂きます!」
「どうして1名じゃないの?」
すかさず聞き返したのは、相変わらず冷静な霧切さんだ。
「いや、だってミステリー的には“連続殺人”ってフレーズも捨てがたいからね。
そうだ、ついでに『共犯によって殺人を犯しても、卒業できるのは実行犯一人だけ』のルールも追加しておくよ。
もしオマエラがよってたかって一人を殺したりしたら、やっぱりシラケちゃうし!」
異常だ。どこまでも異常だ、この場所は……。
だけど……ひとまず、場のざわめきは治まった。


「……ですが、本当にあの殺人鬼の仕業なのでしょうか。有名なだけに“模倣犯”という事も考えられるのでは……」
静かになった更衣室の中に、セレスさんの声が響く。
模倣犯──つまり、別の誰かが“ジェノサイダー翔”の手口を真似たって事か。ありそうな気もするけど──
それに対して、十神クンが一人、首を横に振った。
「いや……。だが……これは妙だな……」
「十神クン……何か気づいたの?」
ボクの問いに、彼は露骨にうるさそうな顔をする。
「……何だ、気になるのか?」
「そ、そりゃ……皆の命がかかってるんだし……気になるよ」
「ふん……。いいだろう。前回の裁判では、お前もそれなりに役に立っていたようだからな。……ついて来い」
別の場所に見せたい物があるらしい。さっさと背を向けて更衣室を出て行こうとする十神クン。
慌てて追いかけようとするボクの背中に、セレスさんの声が投げかけられる。
「待って下さい。わたくしもご一緒させて頂きますわ。」
「必要ない。お前は他の連中と現場を這い回っていろ」
冷たく吐き捨てる十神クンだが、セレスさんはまるで気にする風でもなく、笑みを浮かべた。
「そうはいきませんわ。もし、十神君が“ジェノサイダー翔”でしたら、二人きりになるのは危険ですもの」
ぞくりとするような事を、あっさり言う。……でも、心配してくれたんだよな、きっと……。
そんな彼女に、十神クンは小さく舌打ちをした。
「お前が模倣犯と言い出したんだろうが。……まあいい、勝手にしろ」
こうして、ボクはセレスさん、十神クンと三人で移動する事になった。
セレスさんの発言の影響で、他の人も三人以上で組になって捜査を続けるようだ。
気分が悪くなったという、舞園さんと腐川さんは朝日奈さんに付き添われて食堂で休むらしいが……。


十神クンがボクらを連れて向かった先は、図書室だった。
彼は一言も発さないまま部屋の奥まで歩いていき、そこにあったドアを開く。
ドアの上のプレートには『書庫』と書かれていた。

書庫の中は、狭い上に図書室以上に厚く埃が積もっていて、かなり息苦しい。
ボクと十神クンは書庫に入ったが、セレスさんは顔をしかめて口元にハンカチを当て、入り口で立ち止ってしまった。
「……この書庫には、政府上層部の人間しか見られないような、いわゆる“極秘資料”がいくつも収められている。
十神財閥の跡取りである俺にとっては、既知の物ばかりだが……これだ」
十神クンがそう言って本棚から取り出したのは、『未解決事件』と書かれた大判のファイルだった。
受け取って中を開くと、そこに入っていた資料は、まさに“ジェノサイダー翔”事件のものだ。
多くの事件の概要から、目を背けたくなるような犯行現場の写真や、検死の記録まで混じっている。
吐き気と眩暈をこらえながら、ボクはページをめくっていった。
「なかなか膨大な量だから、要点だけを説明してやろう。まず、“ジェノサイダー翔”事件にはいくつか特徴がある。
一つ、現場に必ず『チミドロフィーバー』の文字を残す事。それも“被害者の血を使って”……だ」
「えっ……?」
ボクは思わず顔を上げて聞き返していた。部屋の外で聞いていたセレスさんが呟く。
「おかしいですわ。こちらの現場では、“赤いマジック”で文字が書かれていましたもの」
「そうだ。その点においては、事件を聞きかじっただけの模倣犯の仕業のように見えるだろう。
だが、そこでもう一つ……被害者は必ず、“ハリツケにされている”という特徴がある」
確かに、不二咲さんもハリツケにされてたけど……それが……?
「そこが妙なんだ。こっちの特徴は、実は一般には報道されていない。
警察内部でも、一部の人間しか知らない事だ。ならば何故、模倣犯が不二咲をハリツケに出来たのか……」
自問するような十神クンの声を聞きながら、再び資料に目を落とす。


次にめくったページには、こう書かれていた。
『プロファイリング結果──犯行時刻の一貫性から、犯人は“学生”の可能性が高いと思われる。
また、年齢も職業も様々な“全ての被害者が男性”である事から──』
男性──! これも矛盾している。不二咲さんは女子なんだから。
……そう思った時、ふと違和感を覚えて首を傾げた。
「どうかしましたか? 苗木君」
セレスさんが不思議そうに尋ねてくる。
「ああ……どうして女子の不二咲さんが男子更衣室にいたのかな、って思ったんだけど……。
犯人が外で襲って、更衣室に連れ込んだんだろうね。あんな格好をさせる為に……」
「そうですわ。……つまり、犯人は男子の誰か……」
セレスさんに言われて、ボクは小さく身震いした。
そう、なるのか……大の男が、あんなか弱い不二咲さんを……なんて考えたくもないけど……。
「……いや、それは短絡的な発想だぞ」
意外な言葉が、十神クンの口から飛び出した。
「事のついでだ。もう一つ、教えてやろう。……こっちに来い」
彼は、ボクやセレスさんの反応を待たずにさっさと書庫を出て行ってしまう。
ボクは持っていたファイルを棚に戻し、急いで後を追った。


校舎棟1階の──ここは──解放されたばかりの玄関ホールだ。
本来なら、ここから学園の外に出られるのだらろうが……今、その出口は重厚な金属の扉で塞がれていた。
おまけに、扉を睨む監視カメラには銃のようなパーツが付いていて、迂闊に近寄る事さえ出来ない……。

十神クンはそんな扉の前を素通りし、ホールの端に置かれたレターケースに手を伸ばした。
彼が取り出したのは──二つの電子生徒手帳だ。一つは新品に見えるが、もう一つは表紙が焼け焦げている。
「電源を入れてみればわかるが、これは前の事件で死んだ二人の物だ。
どうやら、死んだ人間の生徒手帳はここに“返却”される仕組みらしい」
ああ……そうか……焼け焦げた方は、山田クンが“オシオキ”された時に……。
「……なるほど。校則では『生徒手帳の他人への貸与禁止』とされていますが、“借りる事は禁止されていない”……
つまり、ここで亡くなった男子の生徒手帳を借りれば、【女子でも男子更衣室に入れる】のですね……」
セレスさんの言葉に、十神クンは小さく頷いた。
「ああ。だから、現時点では犯人は男とも女とも言えない、という訳だ。……さて」
ここまで言って、彼はボクとセレスさんに背を向ける。
「もういいだろう。……後は、一人でやらせて貰うぞ。俺はまだ、お前らを信用した訳じゃないからな」
冷たい口調だった。ボクらには、ホールを出て行く十神クンを黙って見送る事しか出来なかった……。

「行ってしまわれましたね……」
「うん……」
去っていく『仲間』の背中を見ながら、少し放心していたボクの横で、セレスさんが微笑む。
「わたくしは、あなたを信用していますわよ?」
突然、どきりとするような事を言われ、ボクは驚いて彼女の方を振り向いた。
「うふふっ。……今、この学園にいる方の中では……ですがね。
そんなわたくしが、あなたに……いえ、“あなにだけ”に……一つ、耳寄りな情報を教えて差し上げましょう」
悪戯っぽい笑みを浮かべたセレスさんは、一歩だけ、ボクの方に近づく。
「耳を貸して下さい」
何故か無性に緊張しながら、言われるままに顔を彼女の方に寄せる。すると──
「フッ」という音と共に、冷たい風がボクの耳を撫でた。
「わわっ!?」
情けない声を上げて、反射的に飛びのくボク。セレスさんはまたも、無邪気に笑う。


まだ、胸がどきどきしているが……気を取り直して、セレスさんの“耳寄りな情報”を聞いた。
「きっかけは、不二咲さんが大神さんに初心者でも出来るトレーニング法を聞いた事でした。
彼女は体育館で、『強くなる』と言っていましたから、体を鍛えて心も強くしようと思ったのでしょう。
その時、たまたま食堂には女子だけが集まっていて……朝日奈さんが他の皆さんにも提案したのです。
『どうせなら、女子の皆で水練場に行って、気晴らしに軽く汗を流そう』、と……」
「それで、女子全員で水練場に行ったの?」
ボクの問いに、セレスさんは首を横に振る。
「いいえ。それが、当の不二咲さんが頑なに拒むのです。理由も言わず、何故あんなに嫌がるのか不思議なくらいでした。
まあ、腐川さんも行かなかったのですが……彼女の場合はただの人見知りでしょうね」

これで一つわかったのは、不二咲さんが更衣室で見つかった理由だ。
彼女はきっと、夜時間に一人で体を鍛えに行って、そこで犯人に襲われたのだろう。
どうして、そんなに人目を避けていたのかは謎だけど──
「もしかして、水着……?」
無意識に口に出てしまっていた。即座にセレスさんが眉を寄せる。
「いえ、わたくしはこの服で見学していたのですが……気になりますか? 水着が……」
「ああ、いや! ……不二咲さんは水着姿が恥ずかしかったのかな、って思って。
でも、それも変かな。プールに入らなくても更衣室でトレーニングすればいいんだし」
──この問題に関しては、今ここで頭を悩ませていても答えが出ないような気がする。
ボクはセレスさんにお礼を言って、話を切り上げた。
さて、次はどこに──そう思った瞬間、チャイムの音が鳴った。

『えー、それではいよいよ、第二回の“学級裁判”を始めたいと思います。
生徒の皆さんは、速やかに校舎棟の赤い扉の部屋に集合しちゃってくださーい!』

……もう時間切れか。まだ、謎だらけだけど……後は“学級裁判”で明らかにするしかない。
“クロ”以外の全員で生き残って、ここから出る為に……。


  十神「まず、一つはっきりさせておくべきだろう。この事件の犯人が、“ジェノサイダー翔”か、否か──」
 江ノ島「そんなの、決まってんじゃん。あの壁の<血文字>見たでしょ? 犯人はジェノサイダー翔だって!」
  苗木「いや、あの壁の文字は【赤いマジック】で書かれてたよ。
      現場に必ず“被害者の血を使って”文字を残す、ジェノサイダー翔の手口とは明らかに違う……」
 朝日奈「……って、事は……犯人はジェノサイダー翔の偽者……?」
  十神「そう言いたいところだが、その一方で不二咲はハリツケにされていた。
      被害者をハリツケにするのは一般には報道されていないジェノサイダー翔の犯行の特徴だ」
 セレス「その点に注目すると、本物のようでもありますわね。……この矛盾、どう説明すればいいのでしょう?」
  苗木(確かに妙だ……。でも、壁の文字はともかく、ハリツケは偽者には“出来ない”んじゃないか……?)
  苗木「……ボクは、犯人は本物のジェノサイダー翔……だと思う。
      本物がマジックで字を書くことは出来ても、偽者が不二咲さんをハリツケには“出来ない”んだから」
  大神「うむ……。“可能”か“不可能”かを問題にすれば、我にもそれが妥当のように思えるな」
  苗木(事前にハリツケの事を知ってた十神クンは例外だけど……だったら自分で言い出す訳ないよな……)
  十神「……いいだろう。では、“犯人はジェノサイダー翔”という前提で議論を進めるとしよう」

  石丸「だが、犯人が例の殺人鬼だったとして、いつものように血で文字を書かなかったのは何故だ?
      被害者の不二咲くんは刺殺されていたんだから、血は死体のすぐそばにあったはずだぞ……」
  霧切「いえ、そうとは限らないわ。……血を使いたくても使えなかったというのはどうかしら。
     被害者の心臓が止まってから時間が経っていれば当然、血の流れは止まっていたはず……」
  桑田「ハァ? ……犯人がいつものヤツなのに、何で今回だけ時間が経っちまうんだよ?」
  霧切「殺人というリスクを冒しておきながら、血文字を書くまでに時間をかけるなんて、確かに支離滅裂よね。
     ここは、こう考えてみましょう。“殺人犯と血文字を書いた人物が別人”──」
  石丸「ななな、何だとッ!? で、では、まさかジェノサイダー翔に共犯者がッ!?」
 セレス「共犯者……でしたら、もっと上手いやり方があるのでは? 役割分担にしてはあまりに不公平ですわ」
  舞園「誰かが捜査を混乱させて犯人を庇っているんでしょうか? でも、そんな事をすれば……」 
 朝日奈「“クロ”は助かるかもしれないけど、自分もオシオキされちゃうよね……」
 大和田「でも、まー……とにかくコロシと字ぃ書いたヤツが別だっつーのはわかったぜ。
     何でそんな事しやがったのかは、その共犯者に直接聞きゃあいい」

  霧切「殺人鬼の犯行の数時間後、現場の壁に『チミドロフィーバー』と書いた共犯者──仮に“X”と呼びましょうか。
     “X”の正体に迫る為に、一度事件の流れを振り返ってみましょう」
  大神「事件が起こったのは、昨日の深夜だったな。不二咲は、例の動機の件で強くならねば、と思っていたようだった。
     身も心も鍛える為に、夜時間に一人でトレーニングに向かったところを犯人に襲われたのだろう……」  
 江ノ島「襲われた……ってのは準備室で、だよね。血が落ちてたし。
     それから、犯人のジェノサイダー翔が死体を男子更衣室に運んで──って、あっ!?」
  腐川「そ、そうよ! 男子更衣室には<男しか入れない>んだから、ジェノサイダー翔は男子の誰かじゃない!」
  苗木「いや、それが……玄関ホールに前の事件で亡くなった二人の生徒手帳が置いてあるから、
     そこから借りれば【女子でも男子更衣室に入れる】んだ。残念だけど、まだ男子とも女子とも決められないよ」
  十神「……死体を男子更衣室に運び入れたジェノサイダー翔は、当然そこでいつものように被害者をハリツケにし、
     血文字を書いた事だろう。わざわざ死体を動かしたのは、その作業をしやすくする為だ」  
  桑田「血で……? おい待てよ、んじゃ、血で書いた方の文字はどうなったんだ?」
  霧切「数時間後、死体を見つけた“X”が消したんでしょうね。この事からも、“X”が共犯者ではない事がわかるわ」
  舞園「えっ……血文字を消して……マジックで書き直したって事ですか? 何の為に、そんな……?」 
  霧切「そうね。確かに意味があるとは思えないわ。……その場で書き直したのなら」
  苗木「その場で書き直したんじゃ、意味がない……つまり、別の部屋に書き直した……?」
 大和田「マ、マジかよ……!? て事ぁ、他のも……」
  霧切「ええ。ジェノサイダー翔は、必ず被害者をハリツケにし、そばに血で『チミドロフィーバー』と書き残す……
     文字が書き写されたのと同じように、不二咲さんの遺体や周りにあった物も動かされているはずよ」
  大神「そうか……! ならば、カーペットもその時に……!」
  石丸「むっ……何か心当たりがあるのかねッ!? 大神くん!」
  大神「うむ。昨日の昼間、不二咲と腐川以外の女子の皆と女子更衣室で体を軽く動かしたのだが、
     その時に我が飲んでいたプロテインコーヒーを少しカーペットにこぼしてしまったのだ。
     一見、わからぬ程度の小さなシミがついただけだったゆえ、そのままにしておいたのだが……」
  十神「なるほど。事件の後は、そのシミが消えていた……か。
     では、最初にジェノサイダー翔が死体を運び入れたのは女子更衣室の方だな。
     内装の同じ左右の部屋を入れ替えるだけなら偽装工作も容易だった事だろう」
 朝日奈「じゃあ犯人も、“X”とかいう人も女子!? ……とは限らないか。不二咲ちゃんの生徒手帳を使えばいいもんね……」
  腐川「そ、それで……結局、誰が殺人犯で、誰が“X”なのよ? わけがわからないわ……」

腐川さんの問いに答えられる人はおらず、全員が口を閉ざして議論が中断してしまった。
事件の正しい“形”は見えたけど……結局、犯人や“X”が男子か女子かさえもわからない。
まずい……このままじゃ、“クロ”以外の全員が処刑だ……!
何か、議論を進めるための手がかりはないだろうか……? そう、例えば……まだ残されている謎は────
「……不二咲さん」
ボクは、無意識に呟いていた。その瞬間、全員の視線を集めてしまい、妙に焦る。
「ああ、いや……不二咲さんは、何で一人でトレーニングすることに拘ってたのかなって思って。
犯人が誰か、って話とは関係ないかもしれないけど……」
「そういや、そんな事もあったね」「理由がわかったところで……」「期待させるなよ……」
一同の反応は否定的なものが大半を占めていたが、唯一、セレスさんが場にそぐわない明るい声で言った。
「まあ……このまま黙って時間切れになるのよりは、いいのではありませんか?」
そして、ボクらを勇気付けてくれるような……いつも通りの優しく上品な微笑。
ああ……やっぱりセレスさんは──と、少し感動していると、ふいに霧切さんが一人呟いた。
「もしかすると……私達……いえ、少なくとも“X”は騙されていた……?」
その顔には、珍しく驚愕の色が浮かんでいる。
「霧切さん……何か気づいたの?」
ボクの問いに彼女は小さく頷き、上着のポケットから電子生徒手帳を取り出した。
「これは、亡くなった不二咲さんの物よ。現場が現場だけに、何かの役に立つかと思って回収しておいたのだけれど……」
「うえっ……死体の制服漁ったのかよ……」という、桑田クンの言葉を無視して、彼女はモノクマの方に顔を向ける。
「ねえ、モノクマ。この手帳でどちらの更衣室の扉が開くか、試してきてくれないかしら?」
この急展開に場がざわめく。つまり、彼女が言っているのは──
「うぷぷ。きみは被害者が、本当は男性じゃないかって疑ってるんだね?
いいよ。わざわざ試さなくても、優秀な生徒に先生が教えてあげましょう!
────正解正解だいせいかーい! 不二咲千尋クンは、正真正銘の男性なのでありまーす!」
モノクマの暴露は、まさに衝撃だった。
霧切さんを除く全員が一斉に疑問と驚愕を口にする中、腐川さんが悲鳴に近い声を上げる。
「どどど、どういう事よッ!? う、嘘に決まってるわ、そんなの……!」
「嘘じゃないよ。──不二咲千尋クンは、ここにいる誰よりも弱かったのです。心も体も……。
そんな彼が、自分を守るための唯一の方法が、女装なのでありました……」
不二咲“クン”……それが、彼の抱えていた“秘密”……。
だから、女子の皆と女子更衣室には“入れなかった”のか。
だけど、彼は変わろうとしていた。その矢先に……。

「い、いや、確かにビビッたけどよ……それがどうしたんだ? 何か犯人を当てる役に立つのか?」
まだ少し震える声で桑田クンが言った。それに十神クンが答える。
「役に立つさ。……これで、犯人と“X”は女子だという事がわかった。
不二咲の生徒手帳が使えない以上、女子更衣室に入れるのは女子だけだからな」
玄関ホールには男子の手帳しかない。生徒手帳の“貸与”も校則で禁止されている……。
「少なくとも偽装工作をした“X”は不二咲君を男性とは気づいていなかったのね。
“X”の狙いは疑惑の目を女子から男子に逸らす事……気づいていれば、不二咲君の手帳を壊すか隠すかしていたはず……」
ここで霧切さんは言葉を切り、切れ長の目を伏せた。
ふいの沈黙に何事かと全員が注目する中、数秒して彼女は再び口を開く。
「……そう。わかったわ。あなたが“X”だったのね。…………腐川さん」

名指しされた腐川さんは、顔を真っ青にして激しく首を横に振った。
「ななな何なのよぉ……! い、いきなり、何、言ってるのよ……!」
対する霧切さんは、あくまでも冷静だ。
「……さっき話題に出た大神さんがコーヒーをこぼした件……女子で知らないのは、あなただけよ。
遺体を動かす時、念のために周りの物も全部一緒に動かしたんでしょうけど、それが仇になったわね。
血がついていないカーペットは動かす必要なんてなかった。
シミのついたカーペットを動かしてしまったら、逆に部屋を入れ替えた証拠になってしまうのに……」
腐川さん──彼女が、ジェノサイダー翔の犯行の後、現場に偽装工作をした“X”……!
だけど、どうして? どうして腐川さんがジェノサイダー翔を庇うような真似を?
ボクと同じような疑問を皆が次々と口にするが、腐川さんは「知らない」と繰り返すだけだった。

本当の“クロ”……ジェノサイダー翔の正体……それを掴まなきゃ、学級裁判はボクらの負けだ。
その人は、女子で……腐川さんが偽装工作をしてまで庇う人物。
クロが裁判を逃げ切れば、腐川さん自身もボクらと一緒にオシオキされてしまうかもしれないのに、だ。
……わからない……。ボクらはまだ出会って数日、しかも腐川さんは誰かと特別仲良くしていたようには見えなかった……。
「……苗木君」
必死に思考を巡らせていると、ふいにボクの名を呼ぶ声が聞こえた。
驚いてそちらを向くと、セレスさんが優雅な笑みを浮かべている。
「……苗木君。あなたが、事件の第一発見者でしたわね?
あなたには……いえ、あなたならば、何か他の人に見えなかったものが見えているのではありませんか?」
……そうだ。ボクが不二咲さんの遺体を最初に見つけたんだ──
挫けそうになっていた心をもう一度奮い立たせて、あの時の事を思い出してみる。

──ドアを開けるなり、目に飛び込んできた猟奇的な光景。そして、モノクマの死体発見アナウンスが──

────そうか、わかったぞ!
「……死体発見アナウンスは、一度しか鳴らなかった。今朝、ボクが不二咲クンを見つけた時に……」
言葉の整理がつかないまま、誰にともなく呟く。皆が一斉にこちらを見るが、そんな事を気にしている余裕はなかった。
「……前の事件でもそうだったけど、例のアナウンスは“犯人以外の人”が”最初に”死体を見つけた時に鳴るんだよな?
……じゃあ、腐川さんが夜中に、偽装工作をした時には鳴らなかったのは──」
「……腐川さんが共犯者“X”であり、不二咲君を殺害したクロでもあったから……という事ですか」
ボクの言葉を受けたセレスさんが言い終わると同時に、静まり返っていた裁判場がにわかに騒がしくなった。
「な、なんだよ、そりゃ!?」「わけがわからないぞッ……」「……そんなはず……!」
ボク自身にも、わけがわからない。だけど、そうとしか思えない。

「目立ちたがり屋の殺人犯が死体を飾りつけた数時間後に現場に戻り、保身の為に別の場所にまた死体を飾りなおす……。
一見、不合理で、支離滅裂な行動……“まるで別人”のような……これは」
「同一性乖離障害──つまり、二重人格者だったのか。腐川と……ジェノサイダー翔は……!」
二重人格──! 最後の答えは、霧切さんと十神クンによって導き出された。
当の腐川さんは、もはや言葉を失い……この世の終わりのような顔をして証言台に寄りかかっている。
その姿が、ボクらの結論が間違っていない事をはっきりと示していた。

ボクは自分の頭の中で事件の流れを再現する。

夜時間……不二咲クンが、人目につかないようにトレーニングに向かう。
それは、昼間モノクマによって示された動機──秘密の暴露に備えての事だった。
だが、同時にもう一人動いた人物がいる。それが殺人鬼、ジェノサイダー翔……。
ヤツにとっては、秘密の暴露は即、破滅を意味する。
はじめから不二咲クンを狙っていたのかはわからないが、殺人鬼は準備室で獲物を見つけ、凶器のハサミで──!
犯行を終えたジェノサイダー翔は女子更衣室で死体を飾り、現場を後にした。
そして数時間後……ジェノサイダー翔が元の人格である“X”に交替する。
“X”はもう一人の自分が殺人を遂げた事を知り、自分への容疑を弱める為に行動を起こした。
玄関ホールで男子の手帳を調達した“X”は、女子更衣室の遺体を男子更衣室に動かす。
壁に書かれた血文字やカーペットも遺体ごと移しておいたが、
それがかえって自分の首を絞めることになるとは思いもせずに……。
……その犯人、ジェノサイダー翔と“X”とは──“超高校級の文学少女”、腐川冬子さんだ!

腐川さんは証言台の前で膝を折り、消え入りそうな声で呻いていた。
「何で……何でこうなるのよぉ……私は悪くないのに……全部、“あいつ”が悪いのに……。
わ、私に人殺しなんて出来るわけないじゃない……巻き込んじゃうかもしれないに……」
彼女の視線は、離れた場所に立つ十神クンに注がれている。
──ああ……ようやくわかった。腐川さんは彼の事を……。

「うぷぷ……。結論は出ましたね。それでは、議論はここで終了です!
そしてお待ちかねの投票ターイム! さあ皆さん、お手元のボタンを押して“クロ”を指名して下さーい!」
残酷なモノクマの号令。ボクは……躊躇いながらも、ボタンを押した。……押すしかなかった。
「……ハイ、投票の結果が出ました。満場一致で腐川さんですね。 さあ、正解は──
──もちろん、腐川さんです! ……バカな子だねぇ。余計な事をしなきゃバレなかったかもしれないのにさぁ……うぷぷぷぷぅ」

そしてまたも公然と行なわれる──クロへの“オシオキ”という名の処刑。
巨大なローラーに仲間の一人が飲み込まれる光景を……ボクらはただ見守る事しか出来なかった……。

二度目の学級裁判を乗り越え、絶望的な気分で裁判場を出て行くボクら。
こんな事に慣れる訳も無く、程度の差はあれど誰もが受けたショックを隠せないでいる。
人当たりのいい朝日奈さんなどは、すすり泣きながら何度も腐川さんの名を呼んでいた。
ボクの隣を歩くセレスさんが、青白い顔でその姿を見つめる。
「腐川さんは……きっと今まで、我が身可愛さにもう一人の自分を野放しにしてきたのでしょう。
遅かれ早かれ、こうなる事は運命だったのです。“運は命”──負けた者が代償を支払うのは……当然の事ですわ」
……非情な勝負の世界に身を置く、“超高校級のギャンブラー”としての矜持がそう言わせるのだろうか?
ボクは今更ながら初めて……彼女の冷たい一面を見た気がした……。

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