kk11_607-612

 あからさまにわざとらしいモノには、あからさまに純粋なものがよく似合う、と聞いた。
 今、その出で立ちを見て、僕はそれを実感する。

「……何、じろじろと」
「いや、…似合うな、と思って」

 特に照れるでも嫌がるでもなく、霧切さんはただ首を傾げた。
 その仕草の、似合うこと。

 『雪女』、だそうだ。
 白地に仄かな群青色が宿った、帯まで本格的な意匠の着物。
 雪の結晶をかたどった、透明な髪飾り。
 仮装というよりはコスプレに近い装いだけれど、どこか浮世離れした彼女の雰囲気と相まって、

「…うん、似合うよ、やっぱり」
「…褒めてるのかしら、それは」
「え? や、そりゃ、まあ…」
「……貴方は邪気の無い人だから良いけれど。妖怪の出で立ちが似合うと言われても、反応に困ってしまうわ」

 ああ、そういうことか。

「いや、うん…妖怪というか、こう……冬の国のお姫様、みたいな」
「…褒めすぎは嫌味に聞こえるわよ」

 ほんの少し、白い肌に朱の色が差す。
 見たままの感想を言っただけだけれど、本当に困らせてしまったみたいだ。
 朝日奈さんや舞園さんは、素直に褒め言葉を受け止めてくれるのだけれど。
 やっぱり霧切さんは、ちょっと、変わってる。

「……ところで。貴方のそれは、ギャグか何かかしら?」
「え、可笑しいかな」
「ええ。ここまで似合ってないと、むしろ清々しいわね」

 そのくせ、此方への評価はストレート一本。
 あまりに歯に衣着せないので、さすがにちょっと傷つく。

「『狼男』…カッコいいと思うんだけど」
「……」

 くっ、と、霧切さんが頬を赤くして、口元を隠す。
 彼女が笑いを堪えている時の仕草だ。

「っふ、……、はぁ。あのね、苗木君。兎が狼の皮を被っているのは、滑稽だと思わない?」
「…虎の威を借る狐、ってこと?」
「ん、ちょっと違うわね…」

 まあ、霧切さんのように本格的な装いじゃない。
 毛皮に見せた着ぐるみを、茶色に染めただけのものだ、けど。

「それにしても…苗木君が狼男、ね……ふふ、皮肉にもほどがあるわ」
「…舞園さんや朝日奈さんは、褒めてくれたんだけどな」

 ぴくり、と、霧切さんの眉が動いた。

「いや、すまないね、二人とも」
 と、彼女が何か口を開きかけたところで、しわがれた声に呼びとめられる。
 希望ヶ峰学園の理事長だ。

「せっかくの同窓会だというのに、こんなことをさせてしまって…」
「……気にしないでください」
「僕たちもわかってて、一般開放の日程と被せたんですから」

 そう、希望ヶ峰学園の一般開放。
 年に何度かの頻度で、一般向けに教室や授業の公開を行っている。
 僕たちが卒業した後にできた制度らしいけれど、その実施には霧切さんが一枚噛んでいる、らしい。

 そして今年の同窓会は、それに合わせて、久しぶりに校舎を見学しよう、というものだった。
 提案は、一応僕。
 贔屓目に見ても企画としてはなかなか魅力的なものだと思うし、多くのクラスメイトが再び顔を揃えた
 後輩たちの顔を見てみたい、久々の校舎を見て歩きたい、身内がいるので挨拶に行きたい、など、理由は様々。

 そして、

「今回の一般開放は、更に学園祭を兼ねていたものでね。生徒はもちろん、教師やOB・OGも…一応主催者側ってことで」
「公開する側とされる側を見分けるために、仮装で判断するワケですね」
「ああ。君たちを一般客としてしまってもいいんだが…一般客では立ち入れない区画もあるからね」

 まあ、この学校を訪れたのは僕たちのワガママ、みたいなものだ。
 郷に入っては、とはやっぱり少し違うけれど、これはこれで楽しかったりもするし。

 と、ふと視線を感じて、その出所を探る。

「……ね、アレ」
「うん…霧切先輩と苗木先輩、だよね」
「マジ? …あの『超高校級の探偵コンビ』?」

 まあ、そりゃ希望ヶ峰学園の出身ともなれば、それだけで有名人にはなるけれど。
 まさか学内でも名前が通っているだなんて。

「……」
 霧切さんが、居心地悪そうに身じろいだ。
 ふわり、白い裾が揺れて、何かを言いたそうに僕をジト目で見る。

 もともと注目されるのを嫌う人だ。
 決して悪意はないのだろうけれど、好奇の視線というのは時に面倒で厄介なもの。

「…あの、僕たちは、これで」
「ああ。もてなすことは出来ないが、まあ…ゆっくりしていってくれ」

 在学当時と変わらない、しわくちゃの笑顔を向けて、理事長は校内巡察に戻っていった。
 懐かしさを覚えつつも、その増えた白髪を数えて、自分たちがここを卒業してから時間が経ったことを実感する。

 と、白い裾が僕の袖を、くいくいと引っ張ってくる。

「……苗木君」
 何、と振り返って、例のジト目が僕を睨んでいた。

「……」
「あー、……」
 無言のまま、圧をかけてくる。
 むぅ、という効果音までつきそうな。
 苗木君、の先は、霧切さんはいつも言わない。
 僕に察させようとする。

『助手は探偵が言わずとも、その心意を察してしかるべきなのよ、苗木君』

 いつかの彼女の言だ。
 幾度となく主張してきたことだけれど、僕は彼女の助手を主張したことは、ただの一度もない。

 けれど。
 雪女、ファンタジーの世界の姫のような、幻想的で儚げな出で立ちの霧切さんが、不満を隠さずにジト目。
 なんというか、ミスマッチが新鮮で、愛くるしささえ覚える。

「あー、えっと…じゃ、行こ「苗木先輩っ!」」

 エスコートの手を差し伸べようとして、突き飛ばされるような大音声に呼ばれ、つんのめる。
 聞き知らぬ、甲高い声。
 見ると、不二咲さんほどの小さな女の子が、顔を真っ赤にして僕を見上げていた。

「あ、あのっ…苗木誠先輩、ですよね…?」
「あ、うん…そうだけど」

 女の子は、西洋の魔女のように黒いローブに身を包んでいた。
 竹箒を握りしめる手に力が入って、痛々しいほどに赤くなっている。
 は、は、と息は上がり、言葉を探して眼を泳がせ。

 いくら鈍い僕でも、流石に分かる。
 こういう相手は、希望ヶ峰学園に入学する前までは、少なくとも僕には縁のないものだと思っていたけれど。
 いや、もちろん、悪い気はしない。本当だ。

「あ、あの…私、苗木先輩の…ふ、ふぁん…です…」
「えーと、…気持ちは嬉しい、よ…」
「ざっ、在学中の武勇伝も、色々耳にしています!」

 げ、と思わず口に出して言いそうになる。
 ちょっとクラスメイトと起こしたドタバタ騒動が、どういうわけか尾ヒレがついて、武勇伝としてこの学校には残っている。
 有名人がマスコミに翻弄されている気分を、少しだけ味わっている。

 す、と、霧切さんが距離を取った。
 僕に用事があるから、と、彼女なりに気を利かせてのことだろうけど。

「あ、霧切さん…」
「……ごゆっくり。私は一人で楽しんでくるわ」

 色の無い瞳が、僕を捉えることなくそう言ってのける。

「あ、…えっと」

 気まずそうに、後輩の女の子が怯むのを置き去りにして、霧切さんは廊下を足早に抜けていった。

「あの…すみません、興奮しちゃってて、その…お邪魔、でしたか?」
「え? あ、いや、そういうワケじゃないんだ、ゴメンね」
「い、いえ、とんでもないです!」
 声をかける度に恍惚に震える姿は、江ノ島さんが時々見せていたあの笑みを思い出させる。
 ちょっと、なんか、嫌な予感。
「あの…君、さ」
「ああっ、すみませんでした、私なんかがその、お呼びとめして…」

 少しだけデジャヴ。
 初めて霧切さんや、他のクラスメイトと出会った時の僕も、このくらい物怖じしていたっけ。

 そう思うと、霧切さんを追いかけたいのは山々だけど。
 このまま何も無しに、彼女に別れを告げるのも、どこか心苦しい。

 と、今日が何の日か思い出して、ポケットを探る。

「あの…先程の方、霧切さん、ですよね?」
「ああ、そうだよ」
「えっと……あの、お呼びとめした私が言うのもなんですが…追いかけた方が」
「ああ、うん、ちょっと待ってね」

 あった、あった。内ポケットの奥の方。

「えっと、せっかく会えたのも何かの縁だし。今日、ハロウィンだし、ね」

 手を差し出すと、おずおずと、女の子も手を伸ばす。
 その小さな手のひらの上に、落とした。
 ビニールに放送された、お気に入りのキャンディ。黒糖とミルクが混ざった、特別の。

「え…」
「プレゼントにしちゃ、ちょっとしょっぱいかもしれないけど…味は保証するからさ」
「……! あ、ありがとうございます!」

 少女に背を向けて、足早に去る。
 廊下にはもう、霧切さんの影は無かった。

 そうだ、今日はハロウィン。トリック・オア・トリートの日。
 いたずらか、もてなすか。
 それはつまり、「なんでもいいから構ってくれ」という、寂しがり屋の小悪魔たちの言葉だ。

 ほったらかすなんて、ありえない。
 一度も自称したことはないけれど、僕は彼女の助手なんだから。
 この学園祭、同窓会、ハロウィンでも、やっぱり彼女と一緒にいないと、絵にならないじゃないか。

 ふ、と、人混みの奥の奥に、見覚えた白の着物の裾。
 一瞬だけ、その主と視線が合う。

「あ、霧切さ…」

 ふい、と、そらされる顔。
 主はそのまま背を向けて、人混みの奥へ奥へと。

 ああ、そうだ、こういう時の彼女は頑固だ。
 拗ねた時。意地になった時。徹底的に、僕とのコミュニケーションを拒む。

 昔の僕なら、ここでへこたれて、ほとぼりが冷めるのを待つだけだけれど。
 生憎、追跡術と図太さは、彼女の側でイヤというほど学ばせてもらった。

「霧切さん、待ってってば…!」
「……」
 するすると、水が流れるように人の隙間を抜けていく、その少女の裾を掴む。
 着物を着ていた分だけ、少しだけ歩みが遅かった。追い付くのは、ワケもない。

 さすがに手を掴まれては観念したのか、ゆるり、と霧切さんが振り向いた。
 本当に、着物の白と相まって、恐ろしいほど綺麗な所作。
 寒気すら覚えるのは、彼女の視線のせいもあるだろう。

 『雪女』は舞園さんの見立てだったのだけれど、中々どうして。

「……もういいのかしら、苗木君」
「何が?」
「お邪魔そうだったから、空気を読んで場を外してあげたんだけど…私の厚意に気付かなかったワケじゃないでしょう」

 色の無い瞳で、僕を睨む。
 ジト目の彼女は、まだ感情を表に出してくれている分、扱いやすい方。
 こういう時の彼女は、頑固だ。ホントに。

「……偉くなったわね、苗木君。ファンの一人や二人、適当にあしらってきたってワケかしら?」
「…別に、有名人を気取るつもりはないよ」
「……ええ、そうね。優しい対応だったわね。お菓子まで上げちゃって…餌付けのつもり?」
「ちょっと、霧切さん…」
「優しいのね、他の女の子には」

 『他の』女の子には。

「ちょっと待ってよ。霧切さん、今の、」
「…その気もないクセに、どうして私の側に来るのよ、いつも……」
「あの、」
「『狼男』…良い皮肉だわ、本当に」

 捲し立てるように、僕の言葉を跳ね返すように、言葉の弾幕を張る霧切さん。
 もともと理性の人だ。こういう頑固な時は、いつもより数倍ボロが出る。

 頬を上気させて、眼を苦しげに細めて、自分の言葉で自分を追い詰めるようにして。
 いつもの霧切さんらしくない。
 いや、これはこれで綺麗だけれど。

 一通り言葉をぶつけて、少しは熱が冷めたのか、僕を見ていた色の無い瞳に、ふ、と色が戻る。
 滲む。涙だ。
 すう、と胸を反らせて、大仰に息を吐く。

「……ごめんなさい、当たり散らして」

 やっぱり、理性の人だ。
 我を失いそうになっても、そこからの回復は早い。

「…変な事を、言ったわね。忘れて頂戴」

 でも。
 理性の人と、いうことは。
 こうやって喚き散らした飾らない言葉にこそ、本音があったというわけで。

「…僕こそ、ゴメン」
「苗木君…?」
「いや、うん…正直、後輩に慕われるって、今までなかったからさ…ちょっと舞い上がっちゃって」
 特に、相手が女の子ともなれば、そりゃあ嬉しさも一入なわけで。
 憧れの眼差しは、彼女のような人にとってみればむしろ、慣れすぎて煩雑に感じるのかもしれないけれど。

「…でも、一番隣にいて欲しいのは、霧切さんだよ」
「……それは、探偵と助手、という意味で?」
「僕は一度も、助手を名乗った覚えはないんだけど」

 色の宿った瞳が、潤みだす。
 彼女は別に、感情を持っていないワケじゃない。
 ただ、人よりそれを表に出して、相手に伝えるのが下手なだけ。
 本当は印象よりも、ずっと優しくて、繊細な人だ。

 だから。

「そう、ね……私が、そういう言葉でしか…貴方を隣に拘束できなかっただけ…」
「…霧切さん、そうじゃなくて、」
「…自分でも分かってるわ、ずるい方法だった……でも、私からは…怖くて、口に出せないのよ…」

 震えた声。
 ああ、ちょっと言い方を間違えたか。

「…うん。だから、僕が霧切さんの隣にいるのは、霧切さんの助手だからじゃないよ」
「……」
「僕が、霧切さんの隣にいたいから、いるんだ」

 ば、と、銀色の髪が広がる。
 彼女が勢いよく顔をあげたからだ。

「な、苗木君、……それって、」

 白い生地に、映える赤。
 知的でミステリアスな印象の強い人だけど、その狼狽する表情も、僕は好きだ。

「…あー、コホン。せっかく現実離れした衣装を着ていることだし…もうちょっと、オシャレに言ってみよう、かな…」
「……止めておきなさい。『狼男』ではしゃぐような貴方のセンスじゃ、大火傷するだけよ」

「そうかな? じゃあ――トリック・オア・トリート」

 数瞬だけ、霧切さんが目を伏せて考える。それから、きっと意を介したんだろう、また噴き出した。

「……苗木君、私はお菓子を持っていないわ。…貴方、分かってて言ったでしょう」
「そっか、残念……じゃ、悪戯、するね」
「ええ、どうぞ」
「…じゃあ、えと……目をつぶってください」


 後日。
 希望ヶ峰学園の苗木誠武勇伝に、新たな一ページが刻まれたそうだ。
 曰く、『後輩の一人に唾を付けつつも、本命の彼女を侍らせて学園祭を徘徊した』と。


ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。