「じゃあボクは野菜を見てくるね」
「ええ、私はあのあたりに居るわ」
そういって霧切さんは指差した方向に歩いていく。
現在僕たちはスーパーの食品コーナーに居る。つまり、一緒に買物をしているのだ。
と、いっても前もって約束してたとかそういうのではなく、
寮を出るときに偶々霧切さんと鉢合わせて、行き先が一緒だったからせっかくだし、
ということで同行することになったのである。
基本希望ケ峰学園では3食の食事は出るのだが、長期休暇のときは別である。
つまり、今は冬休みなので食事は出ないのだ。
家に帰ることも考えたのだが、妹が高校受験を控えているので、
迷惑をかけないように寮で過ごすことを決めたのだった。
まあ、こんな感じでボクの身の上話は終わりである。
「あ、ズッキーニ……、
今日のパスタに入れよう。
…さて、一通り揃ったかな?」
献立も決まり、野菜も必要な分をそろえたボクは霧切さんを探すことにした。
「確かこのあたりのはず…」
霧切さんが指差したあたりに来て、あたりを見渡してみる。
すると、後ろのほうかかズゴゴゴゴゴと、まるで雪崩のような音が聞こえてきた。
何事かと思い振り返ると、そこにはカゴ一杯のカップラーメンと、
それを掴む黒い手袋が見えた。
ボクは、この手袋の主が霧切さんじゃないと良いなぁ…、なんて思いながら顔を上げた。
「あら、苗木くん。
もう買うものは選び終わったみたいね。
私も今決めたところよ。さあ、お会計に行きましょう」
霧切さんだった。
カゴ一杯に同じカップラーメンをぶち込み、あまつさえ嬉しそうな顔でそれを見ている。
貴重な笑顔をこんなところで使わないでもらいたかった。
「えっと……、霧切さんってカップメンが好きだったんだね。
あはは、知らなかったよ」
ダメだ、自然に笑えない。
「…?
ああ、これのこと?
そういうわけではないのよ」
どうやらカップメン中毒とかではないようだ。少し安心した。
「私料理ができないのよ。
でも外食だと高いし、時間は掛かるしで続ける気にはなれなくて……、
だから一週間分の食事が安く手に入って嬉しかったのよ」
同じカップメンで一週間過ごすつもりらしかった。
流石にそれは不味いと思ったボクは、思わず次の言葉を口走っていた。
「それは健康に悪すぎるよ。
なんだったら昼休み中はボクが食事を作ろうか?」
「…え? いいの……?
迷惑じゃないかしら?」
「そんなことないよ!
霧切さんには世話になりっぱなしだし、
それに体調不良でも起こしちゃったら後悔してもしきれないし」
「そう……、じゃあお願いしようかしら」
そう言って、カゴ一杯のカップメンを売り場に戻す霧切さん。
こんな感じで、ボクは今夜霧切さんの食事の世話を見ることが決定したのだった。
フライパンの上の麺がクリームベースのソースと絡み、良い匂いをあたりにまき散らかす。
ボクはあらかじめ炒めておいた野菜をそれに混ぜ、軽くさえばしでかき混ぜる。
「うん、こんな感じかな」
ボクは2人分の夕食を作り終わり、それを2枚の皿に盛る。
「運ぶのは手伝うわ」
「あ、…うん。ありがとう、霧切さん」
「礼を言うのはこっちのほうよ」
霧切さんと2人で料理を運び、食卓につく。
なんだか家族みたいである。いや、他意はないよ?
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
出来立てのパスタをフォークに絡めて口に運ぶ。
うん、おいしい。
ソースは市販のものだが、野菜が取れる上に簡単なパスタは1人暮らしの友である。
ふと、霧切さんの方を見る。
「……」
フォークを手に固まっている。
既に一度口に運んでいるようなのだ。もしかして口に合わなかった?
カップメン大好き疑惑がボクの脳裏をよぎるが、霧切さんは基本嘘はつかない。
だとすると、どうしたというのだろうか?
先ほどまで特に体調が悪いとか、そんなそぶりはなかったが…。
「あの…霧切さん…?」
「…苗木君」
「あ、うん。
どうしたの?口に合わなかった?」
「私は今始めてあなたを尊敬したわ」
「あ、不味かったわけじゃないんだね」
良かった反面、なんだかとても残念な気分だ。
まあ、超高校級の高校生(つまり普通の高校生)のボクが、
その世界の一流の人たちから尊敬を集めれるはずもないのだけど…。
「でも、霧切さんが料理が苦手なんて意外だなあ、
なんとなく、何でもできるイメージがあったから…」
「苦手じゃないわ、できないのよ。
手のことで避けていたら完全に機会を失ってしまったわ」
「手って…、前話してくれたあれのこと?
部屋の中なら誰も見てないから外せると思うんだけど…」
確かに手袋を着けたまま料理はやりづらそうだけれど、
もしかしたら手袋の下が何か関係しているのだろうか?
あまり詮索したくはないのだが、つい口から言葉が零れ出てしまう。
「理由は色々あるけど半分意地みたいなものよ。気にしなくて良いわ。
それとも苗木君は私の家族にでもなってくれるのかしら?」
あ、ボクをからかう時の霧切さんだ。
つまり、この話題は特別地雷とかではないのだろう。
だったら楽しい会話をするのも悪くないかな。
「ボクは是非とも申し出たいんだけど、学園長が許してくれるかどうか…」
「あら、嬉しいわね。
だったら2人であの悪の根源を倒しましょうか。
苗木君の家族になるのは楽しみだわ、おいしい料理が食べ放題だしね」
「…ボクの価値って料理だけなんだね」
しかも、それも人並みだし。
少し凹んだふりをしてみる。
「そうは言ってないわ。
そうね、例えば……私より身長が低いところとか素敵ね、可愛くて」
「それはありがとう。
ところで出口は後ろだよ」
「…冗談よ」
おかしそうに笑う霧切さん。
めったにこういう会話をする機会がないからとても新鮮だ。
自然とボクも笑いがこみ上げてくる。
「まあ、ボクも冗談なんだけどね」
「ひどいわっ!家族になりたいなんて言葉で騙したのね、信じてたのに…」
「えー……、流石に無理があるよ霧切さん」
今ので騙されると思われてるならちょっとショックだ。
どれだけ馬鹿だと思われてるんだボクは。
「ふふふ…、でも嬉しかったのは本当よ。
久しぶりに楽しい食事ができたわ。ありがとう苗木君」
「どういたしまして」
暖かい空気が流れる。
なんだかとても穏やかな気分だ。
「ご馳走様。洗い物はやっていくわ」
食事を終えて、食器を片付ける霧切さん。
手袋の件もあるし、水仕事を任せるべきじゃないだろう。
ここは止めることにした。
「いいよ、水に浸しておいてくれれば」
「流石にそれは悪いわ。
私としても収まりがつかないし…」
「いいんだって!
大した手間じゃないしさ。
それよりさ、お願いがあるんだけど…」
「…なにかしら?」
いまいち納得のいってない表情で霧切さんが振り返る。
「明日から料理を手伝ってくれるかな?
簡単なことから始めようよ、僕の負担も軽くなるしさ」
多分、こういう言い方をしないと彼女は納得しないだろう。
そして、その後ボクの本心を彼女にぶつける。
「それに…、2人で食事をするのも楽しかったし、
できれば冬休み中は一緒に食卓を囲みたいなあ、なんて」
うーん…、少し恥ずかしい台詞だ。
でも、妹の受験とか言って格好つけてたけど、実際は軽いホームシックなのだ。
霧切さんも、ボクの本心を読み取ったのか、食器を水に浸してこちらに戻ってくる。
「そういうことなら仕方ないわね。
私はおいしい食事にありつけて、料理を覚えれるし、
苗木くんは手間が省けて、楽しい食事ができる、と。
一石二鳥だわ、断る理由がないわね」
「あはは、
うん、そうだね。それじゃあこれからよろしく」
「ええ、よろしく。
……それと、苗木君」
霧切さんが机を挟んで正面に座り、今日見たどんな笑顔とも違う笑みで、
ボクに笑いかけてくる。
「ありがとう」
最終更新:2011年07月15日 12:37