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「ねぇねぇ苗木! ご飯よそっていいの?」
「あ、それは駄目だよ! 〆の雑炊に使うご飯だから残しておかなきゃ」
「ぶーっ! ケチ!」
「そう言わないの朝日奈さん。お楽しみは最後まで取っておきましょう」
「そうだべ朝日奈っち。短気は損気だべ」
「うぅ~、ご飯……」

恨めしそうに炊飯器を睨み付ける朝日奈さんの姿に苦笑しながらウサギ姿のミトンを右手に嵌める。
カセットコンロの上でグツグツと煮込まれた"ソレ"を掴み、開封するのであった。

「じゃーん、今日はちゃんこ鍋に「うおおっ!うまそうだべ!」「コラァ葉隠! 肉ばっか取るな!」「ちょっとあなた達、手を合わせて"いただきます"の挨拶が先でしょう?」しました……って、聞いてないし」


何のことはない。
元・クラスメイト、現・職場の同僚の僕らが一つの鍋を皆で突っつくだけの話である――。


~ 霜月、二十日の晩 ~


それぞれが食べたいものを小鉢に移し、鶏がらの味が染みた食材に舌鼓を打つ。
うん、白菜にもバッチリ浸透している。問題ないね。

「そういえば来週から保護観察って名目でジャバウォック島のみんなが来日するんだよね?」
「えぇ。まずは九頭龍君とソニアさんね。担当は確か……「十神君だよ」そうだったわね」
「けーどよぅ、何で十神っちが二人を受け持つことになったんだべ?」
「きっと組織にしろ国家にしろ、上に立つ者同士の方がうまく行くと思ったからじゃないかな?」
「むしろ財団を復興させるためのコネクション開拓だったりするかもしれないわね……」
「あり得る話だべ」
「でも十神なんかにまかせていいの? 腐川ちゃん……っていうよりジェノサイダーが出てきたら色々と面倒なことになるよ?」

そういえばソニアさんはオカルトマニアでジェノサイダーの事件に興味を持っていたんだっけ。
おまけに九頭龍君は男だし、ジェノサイダーの好みだったりしたらハサミを取り出す可能性だってある――。
熱のこもった豆腐を冷ますついでに二人とジェノサイダーが会った時の光景を想像してみる。

「なんか嫌な予感がするかも……」
「……奇遇ね。私も一波乱あるんじゃないかと思ったりしたわ」
「何にしても十神っちが鍵を握っているべ。"待て"って命令をすればいいだけの話だし」

うんうん、と皆で首を縦に振って納得するのであった。

「それに来月になれば今度は私達が保護観察の担当になるんだもんねっ!」
「そうね。朝日奈さん達が終里さんを、私達が左右田君を受け持つことになるわ」
「さくらちゃんの道場の人たちも他流試合オッケーだって許可をもらってきたし、こっちは万全だよ!」
「私もその頃には取り寄せていた部品が一式揃いそうね」

そっちもそっちでもう一波乱ありそうな予感がしそうだな。
二人の会話に耳を傾けながら豆腐を口にして――はふっ、はふっ!
まだ熱かったものだから息を吐き出すと、豆腐の湯気も一緒に出てきた。

「大丈夫か、苗木っち?」
「……うん。何とか」

今度は熱が逃げやすい小振りのえのき茸を一つまみして口に運ぶ。

「今日みたいに寒い日は鍋物にして正解だべ。体の芯までポッカポカになるべ」
「薬味に使った生姜の効果はバツグンみたいだね」
「ねぇねぇ、ソニアちゃん達が来日する時も皆で鍋パーティーとかしない!?」
「それもいいわね。親睦を図る会食も私達で用意しましょう」
「でも問題はソニアさんの所の食文化なんだよね……」
「食文化?」
「そう。ノヴォセリック王国って生卵を食べる習慣があるかどうかわかれば、すき焼きを献立にしようかなって思うんだけどさ……」
「まずは本人にリサーチしてみるのが一番だべ」
「あるいはおでんなんてどう? 日本通だし、時々妙に庶民的だったりもするし」
「なるほど……」

鍋の底に埋まりやすい野菜の大根と人参をサルベージし、小鉢に装う。
うっすらとスープの色に染まった大根を噛むと鶏がらのダシが口の中にジュワーッと広がる。
これだよ、これこれ。

そして肉団子を食べようと箸を伸ばすと――。

「最後の一個もらいっ!「あっ!」……んがっ、ふっふ」
「うぅ、せっかく最後のお楽しみとして残していた肉団子が……」
「すまねぇ、苗木っち……」

どんよりと沈む僕の姿を見て罰が悪そうな葉隠君だった。

「だったら私が既に装ってしまったものだけど食べる?」
「えっ?」
「ほら。ボーッとしてないで口を開けなさい。冷めてしまうわよ」

そして僕の目の前に突き出される湯気の放った肉団子。
霧切さんの箸で摘まれたそれは僕の鼻先10cmの所で固定された。

「うっ、いやっ、その……いただきます」
「はい。「あーん……」……どう? 美味しい?」
「はふっ、はふっ!」

思ったより熱が残っており言葉での返答が難しい。
なので首を何度も縦に振り肯定のリアクションをする。


「……ごちそうさまだべ」
「ごちそうさまだね」
「あら、二人共もう満腹になったの? まだ雑炊が残っているじゃない?」
「こう……苗木っちと霧切っちの様子を見ていた途端、胃から何かがこみ上げて来そうな状況だべ」
「無自覚ほど恐ろしいものはないってよくわかったよ……」

朝日奈さんと葉隠君はやれやれって言うように首を横に振るのであった。
何だか気恥ずかしくなり、コホンと軽く咳払いをする。

「その……僕らだけで雑炊、食べよっか?」
「そうしましょう」

保温にしていた炊飯器から鍋の中にご飯を移し、蓋を閉めてコトコトと煮立たせる。
鍋の蓋が蒸気によって振動する様子を眺めながらポツリと愚痴をこぼしてしまう。

「本当は日向君も呼びたかったんだけどなぁ……」
「今回は駄目でも次の保護観察がある時、本部の人が首を縦に振れるよう上手く交渉しましょう?」
「霧切さん……」

何気なくこぼした独り言をきっちりと聞かれてびっくりしたけど、優しい声で励まされると嬉しさと恥ずかしさがこみ上げてくる。
霧切さんと目を合わせないよう蓋を開け、ご飯の状態を確認する。
このぱしゃぱしゃ具合だったらいけそうだな。

「先に苗木君が食べたいだけ装っていいわ。だってあなた、あまり食べてなかったんですもの」
「そうだね。本来、ちゃんこ鍋ってお相撲さんが効率よく栄養を採れる鍋って聞いたけど……」

そう言いながらジト目で肉類ばっかりに手をつけた二人を見る。
朝日奈さんは炬燵から離れ、僕のベッドを背もたれにして体を伸ばす。
葉隠君はポケットに入れていたタバコを一本出そうとソフトパックの隅っこを指でトントンと叩いていた。

「げっ。ちょっと葉隠、タバコ吸うのやめてくんない?」
「なーに言ってんだ朝日奈っち。食後の一服と言ったら至高の一時だべ。それに家主の苗木っちが「葉隠君、タバコ吸うんだったらベランダで吸ってね?」……そりゃねぇーべ」
「バーカ! バーカ!」

神も仏もありゃしねぇーべ、そんな文句をブツブツ言いながらもベランダに出て寒空の中ホタル族になった葉隠君だった。
その光景に苦笑しながらお玉で雑炊を装う。霧切さんと分け合って半分くらいになる量で。

レンゲで一匙口に運ぶ。
鶏がらのスープに加え、鍋に使った食材の風味も混ざって濃厚な雑炊だったがもう一口、もう二口と食べたくなる美味さだった。
霧切さんの様子が気になってチラッと見ると頬を綻ばせている姿を確認できた。
こういう顔を見ると料理した甲斐があるなぁ――って思う瞬間だ。
そして予想以上に雑炊が美味しくあっという間に完食。

「ふぅー、ごちそうさま」
「ごちそうさま。美味しかったわ、苗木君」
「お鍋美味しかったよー、苗木ー」
「はいはい、お粗末さまでした」

暖かい炬燵から抜けて食器類を流し台へ。
もう少し食後の余韻に浸っていたいけど、明日も仕事が早いということで悠長にはできない。
鍋を運ぼうとすると霧切さんが先に取っ手を掴む。

「私も手伝うわ」
「ん、ありがとう。でも霧切さんはお客さんだからくつろいでていてよ」
「でも……」
「うーん。だったらすすぎ終わった食器を布巾で拭いてくれる? それまでは休んでいて」
「そう……。それまで待っているわ」

はい、と僕に鍋を渡して再び炬燵に入りテレビのリモコンボタンを押し、夜のニュースを見るのであった。
"休んでいる"じゃなく"待っている"と答える辺り、僕がやんわりと手伝いを断っても後片付けをするような気がした。
キャスターの声に耳を傾けながらスポンジで洗っていると突如数秒だけ寒気が入り込む。

「ふぅーさぶさぶ。やっぱ炬燵はあったかいべぇー……って、朝日奈っち。もう寝てるべ」

一服を終えた葉隠君のつぶやきを聞いて振り返ると既に朝日奈さんが僕のベッドを占領してスヤスヤと寝ていた。
通りで途中から反応がないと思ったら――。
しょうがない、今夜は炬燵を布団代わりにするか。

「葉隠君、今日泊まっていくなら炬燵になるけど構わないよね?」
「問題ないべ。また寒空の中を歩くよりは暖かい炬燵の中で過ごす方が何倍もマシだべ」
「霧切さんは……「私は朝日奈さんの隣に入っても大丈夫かしら?」……まぁ、ちょっと狭いけど炬燵よりはマシだと思うよ?」

炬燵と言えど、フローリングの床をカーペットで敷いたようなものだ。
横寝し過ぎると体の節々を痛める可能性があるから眠るならベッドの方が断然いい。
シングルルームということもあり、客間もなければ予備の布団もないから。

「それじゃあ家主から許可は下りたことだし私も宿泊するわね」
「言っておくけど、明日の朝ご飯はみんなの分なんて用意してないよ」
「問題ないわ。いつもより早く出発して24時間営業のフードチェーンで食べればいいじゃない」
「身支度するんなら遅くても6時には起きないと駄目だよ?」
「間に合わなかったら支部の宿直室にあるシャワーを使いましょう」

すすぎ終わった食器を霧切さんに渡しながら言いくるめられるのであった。
食器を一式棚に戻すとぐごー、ぐごーと豪快な鼾が聞こえてきた。
葉隠君である。


「……僕らも早く寝ようか」
「そうね」

二人して洗面台に移動してコップに入った歯ブラシをそれぞれ手に取る。
手早く歯を磨いたら霧切さんからスーツの上着を貰い、ハンガーに掛ける。
代わりに僕の部屋着のパーカーを寝巻き代わりにしてもらう。

「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい、苗木君」

蛍光灯から常夜灯へ。
ベッドの隅で丸まるように眠る朝日奈さんに触れないよう霧切さんは掛け布団を捲りベッドに入っていった。
僕も炬燵布団を捲り喉元まで体を潜らせると――クサッ! 葉隠君の足、臭ッ!
慌てて布団から顔を出し新鮮な空気を求めて深呼吸をする。

「すぅー、はぁー、すぅー「お邪魔するわ」……いっ!?」

ジーザスクライシス!
突如聞こえた声と共に僕のいる一角に霧切さんは体を潜らせてくるのであった。
びっくりして叫び声を上げる寸前の所で霧切さんが僕の口元を抑える。

「……静かに。二人が起きてしまうわ」

チラリとベッドで眠る朝日奈さんの姿を見ると後ろ姿のままだ。葉隠君の鼾も一向に収まる気配がない。
二人が起きないよう小声で会話をする。

「ちょっと霧切さん? どうしてこっちに潜り込んでくるのさ?」
「朝日奈さんの寝相が悪くて蹴っ飛ばされたの」
「今チラっと見たら隅っこで「蹴っ飛ばされたの」……はい、そうですか」
「それにこれから寒くなってもこうすれば問題ないじゃない?」

そう言って霧切さんは僕の腰に腕を回し抱きついてくる。
僕は汎用人型決戦カイロってわけじゃないんだけどな――。
そんな風に思いながら右腕を炬燵から外に出して彼女の頭の付近に持ってくる。
いつもの腕枕の体勢の準備にしたけど彼女は一向に頭を乗せてこない。
はて、いったいどうしたんだろう――? 何て思っていたら少し体を炬燵に潜らせて仰向けになっている僕の胸に頭を乗せてきた。

「……胸枕っていうのも悪くないわね」
「あの、響子さん? 何しているのかな?」
「あなたの胸を枕代わりにして眠るところ」
「ちょっとでも動くと炬燵にぶつかっちゃうじゃん、あぶないよ?」
「次は私が胸枕をするからこのまま眠らせて」
「どうぞどうぞ」

しまった! 条件反射で許可してしまったぞ!

「ほら、手がお留守じゃない。撫でて」

これ見よがしに更なるおねだりですか。
明日起きたら寝癖が酷くなっていても知らないからね?

「よーしよしよしよし、よーしよしよしよし……」
「ちょっと、私は愛玩動物じゃないのよ?」
「ごめん、嫌だった?」
「……今日だけは特別に許可するわ」

ピタッと止めた手を再び動かし、抵抗する素振りもないので僕は頭を撫で続ける。
この状態からではどんな顔をしているのか確認できないけど、すごく嬉しそう。
だって僕の胸に乗せている響子さんの頭、プルプルと震えているし。


「今日も一日お疲れ様」
「明日もよろしく、誠君」


まったく、これから寒くなる季節だっていうのに――。
こうも身を寄せ合って眠っていたら翌朝は益々起きれそうになさそうだ。
僕に出来ることといったら目覚ましのアラームはいつもより早めにセットすることくらいしか今の所ないようだ。




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