シナリオA 君は愛という名の希望に微笑む

霧切さんと一緒に夕暮れの砂浜にやってきた――。
しかしお互い何もしゃべらず、砂の上に腰掛けて波の行く末を眺めていたら5分以上が経過していた。
そんな沈黙を打ち破るかのように霧切さんがポツリと問いかけてきた。


『苗木君、あなたは私に何をしたの……?』
『何って……どのことを指すのかな?』
『惚けても無駄よ。あやふやな意識だったけど、あなたが私にしたことは今でもはっきり覚えているわ』

ドクン、と心臓が大きく跳ねた音がした。
思い当たる節が出てきたのを悟られないよう霧切さんの顔を見ずに視線は海をキープする。

『あれは……霧切さんがうなされていたし、薬を渡しても飲めなそうだったから飲ませたまでだよ』
『だったら口移しで薬と水が流れ込んだ後もしばらく唇を離さなかった理由も聞かせてもらおうかしら?』
『あ、あれは……!』

あの時は何としても薬を飲ませようと必死で、咄嗟に思いついた口移しに邪な気持ちはこれっぽっちもなかったんだ。
薬を飲み込ませても唇を離さなかったのは祈ることしかできなかったから――。


神様、どうかお願いです。
僕はこのまま絶望病で倒れてもいい。
けれどこの人だけは、彼女だけは助けてください。
彼女が僕に希望を託したように、今度は僕から彼女に希望を託せるように――。
そんな風に祈ることしか僕にはできなかったんだ。


『これ見よがしに無抵抗の女性を蹂躙するなんて、苗木君も邪な『それは違うっ!!』……っ!?』

つい反論してしまう。
無抵抗の女の子にキスをしたという否定できない事実。
それでもあの時は必死でああするしかないと思えなかった自分に非があるのは確かだ。
けれど、不純な目的で唇を貪ったわけじゃないことを伝えたいがために叫んでしまった。

視線を海から隣の霧切さんへ。
すると霧切さんは僕の方を向いたままビックリして硬直していた。
てっきり軽蔑の眼差しを向けているかと思いきや、僕の予想に反してポーカーフェイスを保ちながらも頬を赤く染めているのであった――。


―――――

呼び鈴もなく玄関のドアが開いた音がした。
空き巣や強盗、モノクマ暴徒の襲撃などの物騒な話かと思うけど僕の住んでいるマンションは未来機関に宛がわれているだけにセキュリティレベルは高い。
難なく僕の部屋に侵入できるとすれば、僕の家の鍵を所有している人物となる。

「お邪魔するわ」
「ん、いらっしゃい」

自ずと合鍵を渡している響子さんに絞られてくる話だ。
アウターのコートとスーツの上着をクローゼットに掛け、スーツから部屋着に着替えているのか衣擦れの音が聞こえる。
生憎と僕の目は彼女ではなく手元の携帯ゲーム機の画面を見ているからだ。

「コーヒー淹れるけど、あなたも飲む?」
「うん、いただこうかな」
「それと一つ聞きたいけど誠君……。あなた、まさか今日一日ずっとゲームばかりしていたの?」
「……そのまさかです」
「……呆れた。非番だからって時間の費やし方を間違えているわ。あの娘の真似事をして体を壊しても知らないわよ?」
「実はこれ、アルターエゴが作ってくれたゲームなんだ。恋愛シミュレーションゲーム」
「恋愛シミュレーション?」
「うん。あの娘、恋愛ゲームが苦手なもんだから少しでも克服できるように……って作ったんだ」

インスタントだけど、香ばしい匂いを放つミルクと砂糖の入ったブレンドコーヒーのマグカップが炬燵の上に置かれた。

「それで、彼女のために作ったゲームを何故あなたが遊んでいるの?」
「僕はそのテストプレイヤーってわけだよ」
「そう……」
「僕ら七十八期生のメンバーでジャバウォック島50日間サバイバル生活するって内容なんだ」
「何だか新世界プログラムと似通ったところがあるわね」
「そこに恋愛要素を盛り込んでみて特定のキャラと親交を深めていくって狙い」
「どんなものか少し隣で見ていていいかしら?」
「どうぞどうぞ」

僕の座っている箇所の炬燵布団を捲って彼女を招きあげる。
肩と肩がくっつくぐらいピッタリと寄り添った状態になったら手元の携帯ゲーム機を少し右側に寄せて画面を一緒に見やすいようにする。

そして僕は中断していたゲームを再開させた――。

―――――

『……ごめん、急に怒鳴っちゃったりして』
『いいの、気にしてないわ。それよりも今までのことを振り返り苗木君との関係は果たして何だったのかを確認したかったの』
『僕と、霧切さんの関係……?』
『えぇ、気づけば常に隣には苗木君がいたんですもの。不思議よね、私も断る理由が浮かばなくて断る気持ちにもなれない……』

浜の風になびく髪をかき上げる霧切さんの顔はまだ赤かった。
でも高熱でうなされていた反動で基礎体温が高くなっているという身体的な理由ではなさそうだ。
もっと、精神的な何かから来るものかもしれない――。

『確かにみんなが次々と原因不明の病で倒れていく中、僕と霧切さんで原因を調査するようになってからは常に一緒だったな……』
『絶望病という治療法が確立されてない状況下で、島の素材から治療薬を処方するための材料採集もあなたとコンビを組むのは必然的だったのかも』
『いつ感染するかわからない状況で不安でたまらなかったけど、霧切さんと一緒にいる時は不思議とそんな不安も和らいでいたよ』

奇遇ね、私もよ――。
彼女が相槌を打つと同時に僕らは苦笑してしまう。
お互い心の中で思っていたことを一つ一つ吐露していると、思い出話をしているみたいでおかしくなってしまう。
数日前までは僕らは助かる見込みのない絶望的な状況下にいたっていうのに。

『そうなると苗木君、私達のこの関係を表現するとしたら何て言えばいいのかしらね……?』
『それは……』


→ 超高校級のバカップル
  超高校級の相棒
  超高校級の夫婦


―――――

「ちょっと待って」
「ふぇ? どうしたのさ?」

僕が選択肢の項目を決めようとしている最中、隣で見ていた響子さんから"待った"の合図が入る。

「状況が上手く把握できないわ。経緯を掻い摘んで説明して」
「……ですよねー」

いきなりクライマックスの場面を見ても感情移入なんてできないわけだよね。
右頬をポリポリ掻きながら僕は響子さんにシナリオの経緯を簡単に説明した。

「日数の半分を過ぎた頃から絶望病っていう不治の病が蔓延し始めて、僕と響子さんが一緒に原因と薬の素材集めをしていたんだ」
「それはさっきの会話を見ていたら察しが着くわ。危機的状況下だって言うのにじゃれ合うなんて見上げた根性ね」
「……うん、そ、そうだね。その後はあと一個の素材を採集するだけの段階になった時に響子さんが絶望病に感染して床に着くんだよね」
「その後は誠君が一人で最後の素材を集めて治療薬の完成……そういう筋書きね」
「そういうこと。……そうだ! ちょっと待ってね」

メニュー画面を開きシステムの項目を開く。
僕は今の場面をクイックセーブして、保存していたデータをロードした。

「少し話が遡るけど、印象的なシーンだったからこれを見れば感情移入しやすい……と、思うよ?」
「そこは断言しなさいよ」

"データのロードが完了しました"という一文が開くとシーンが切り替わるのであった。

―――――

霧切さんの額に乗せていたタオルを洗面器の氷水に浸して絞る。
気休め程度にしかならないけど、絞ったタオルを再び乗せると僕の方に視線を向けてくる。
高熱でうなされながらも彼女は僕に語りかけてきたのだった。

『ハァ、ハァ……。ねぇ、苗木君……?』
『何……?』
『私はもう、ここまでみたい……』
『バ、バカ言わないで! これが最後みたいなこと言わないでよ!』
『絶望病に冒された以上、助かる術はないわ……。せめて最後は家族のような人に看取ってほしいの』
『家族のような人って……まだ僕をからかうつもりなの?』
『……わかったわ。それじゃあもう少し建設的な話をしましょう』
『私が病に倒れた後の話だけど『霧切さん何を言っているだよぉ!? それじゃまるで……!』……そう、遺言よ』
『嫌だ……霧切さんからそんな言葉、聞きたくない!』
『いいえ、聞きなさい。あなたが"超高校級の希望"ならば……ゴホッゴホッ! もう私は苗木君と共にいられないんだから……』
『なんで? なんでなの、霧切さん? どうして僕をそこまで……?』
『いいから耳を貸して。黄金のマカンゴの弱点は……』

霧切さんのかぼそい声を少しでも聞こえるよう、彼女の口元に左耳を寄せる。


左わき腹に見える古傷よ、きっと――。


睦言を囁くように彼女は僕に希望を託したのだった。

深い森の奥、人が決して踏み込んだことのない領域で目撃した黄金色に輝くマカンゴ。
その神秘さに僕は呆然としていたけど、彼女は持ち前の観察眼で弱点になりそうなところを分析していたのだった。

そして次の瞬間、僕の右頬に手が添えられて左頬に柔らかな感触が押し付けられる。

『私を治したら続きをしましょう……。いってらっしゃい』

そのまま彼女は瞳を閉じて意識を手放すのだった――。



いってきます、霧切さん。
僕は必ず君を――――助けてみせる。

―――――

「……解せないわね」
「な、何がさ?」
「あの時だって発熱してうなされていたのは誠君の方だったのに。なぜ私が病人の醜態を晒さなければいけないのかしら?」
「それは……普段弱みを見せない人の弱々しい姿を見せて庇護欲をかきたてる狙いじゃないかな? ほら、山田君が"ギャップ萌え"って言ってたみたいな」
「むしろ私はこんなに軟弱じゃないわ。たとえ病を患っていてもあなたと一緒に前線に出るわ」

Woman――。(女ってヤツは――)
どうしてこう僕の周りにいる女性達はこんなにも勇ましいのだろう。
思わずどこかの大統領直轄エージェントみたいにぼやくところだった。

僕はそっと画面を切り替え、先ほど中断させた場面をクイックロードした。

―――――

『私たち、この関係を表現するとしたら何て言えばいいのかしらね……?』
『それは……』


  超高校級のバカップル
  超高校級の相棒
→ 超高校級の夫婦

『僕達は"超高校級の夫婦"って言った方がしっくり来るよ……』
『超高校級の、夫婦……』

僕の言葉を噛み締めるように霧切さんが復唱する。

『それに図書館の資料で見たマカンゴって、本来生息しているノヴォセリック王国の文化では恋人同士でマカンゴを見せ合うのは結婚の証って言うし』
『でも私達の場合、結婚の証より前の過程が抜けているわ。苗木君、ここまで言えばわかるわね?』
『もちろんだよ霧切さん。だからこそ僕から先に言わせてほしい』

コホン、とわざとらしく咳払いして精神を集中させる。
一世一代の告白なんだ。噛むんじゃないぞ、苗木誠――!


『すべては君のために。大好きな霧切さんのおかげで僕はここまで頑張れたんだ』
『苗木君……』
『霧切さん、こんな僕ですがお付き合いよろしくお願いします……!』


右手を差し出し、頭を伏せて彼女の返答を待つ。
何とも"普通"の僕らしいシンプルな告白だ。

『……苗木君のクセに生意気ね』
『えっ?』

霧切さんの予想外の返答。
そして僕の右手に触れるガサガサした感触。
二重の意味で戸惑い、僕は伏せていた顔を上げた。

『こういうのは私の方から告白するつもりだったのに……。苗木君に先を越されるのはあまりいい気分ではないわ』
『霧切さん……!』


今度は二重の意味でビックリした。
霧切さんは手袋を外し、火傷痕の生々しい地肌の手でしっかりと僕の手を握っているからだ。
そして――。

『自分でも信じられないけど、在り来りに言えば"一目惚れ"かしら……?』
『えっ……?』
『最後まで諦めずに立ち向かい、"絶望病"を打ち破ろうとするあなたに私は心を奪われた……。そして、そんな苗木君の隣に立っていたいと思ってしまった……。それだけよ』
『霧切さん……ありがとう』

僕と同じ気持ちだったことに歓喜する。
握手していた右手を包み込むように左手を被せてぶんぶんと振り喜びを伝える。
そして左手で彼女の右手の甲を見せるようにしたら僕自身の唇を寄せる。

『……っ!』
『やっぱり手にキスするのは嫌だったりするかな?』
『……平気よ。あなたの好きなようにして』
『では、お言葉に甘えて……』

手の甲に唇を寄せる。
海外で暮らしていた霧切さんには"尊敬"の意味を込めたキスだとご存知だろう。
そして――。

『苗木君、掌の上にキスをする意味をわかってしているの?』
『……もちろん。"懇願"って意味でしょ? ここまで言えばわかるよね、霧切さん?』
『わからないわ。あなた自身の言葉ではっきり伝えて』
『いいよ。僕は、君の、家族になりたい……!』

一語一語力強く区切って、言葉の重みを実感する。
"懇願"。今すぐとかじゃなくていい。だけど約束してほしいという意味を込めて――。

『この修学旅行が終わったらお父さんの学園長、当主のお爺さんにもきちんと挨拶をしよう。娘さんを僕にくださいって』
『……そう。どちらも中々意見を曲げないから気をつけて、と先にアドバイスだけはしておくわ』
『アドバイスだけ?』
『もちろん、私もあなたの隣にいて認めてもらうよう最善は尽くすわ』


霧切さんは左手で僕のおとがいを上に向けさせる。
そして彼女が瞳を閉じて自分の顔を僕の顔に近づけてくる。
僕も慌てて瞳を閉じて待ち受ける展開に心を躍らせた。

唇へのキス、その意味は――。



―――――

僕と響子さんがキスする一歩手前のグラフィック画面がセピアカラーに変色する。
そのすぐ後に主題歌らしいBGMが流れてくる。
どうやらシナリオはこれで終わりらしい。
スタッフロールが画面をスクロールしてきた。


えろい人

シナリオ:腐川 冬子
シナリオサポート:アルターエゴ


プログラムリード:アルターエゴ
スクリプト:アルターエゴ
サウンド:アルターエゴ
キャラクターデザイン:アルターエゴ
背景:アルターエゴ
ディレクター:アルターエゴ
ムービー:アルターエゴ
演出:アルターエゴ
デバッグ:アルターエゴ



スペシャルサンクス
テストプレイヤー:苗木 誠


えらい人

プロデューサー:十神 百夜


製作:未来機関第十四支部


「ふぅー、楽しかったー。次は舞園さんのシナリオで遊んでみよ」
「待ちなさい」
「ん? どうかした?」
「そのゲーム私に貸しなさい。あなただけが遊ぶなんて卑怯よ」
「卑怯って……。僕は十神君に頼まれてやっていただけなんだけど」
「目的はあくまであの娘の学習能力の向上よ。同じ組織の者同士なら協力するのが鉄則じゃない?」
「そうだけどさ、まだ響子さんのシナリオしかクリアして「いいから私に貸すこと、いいわね?」……どうぞ」

スススッ隣に座る響子さんの手元に携帯ゲーム機を移動させる。
そしてちょっとぬるくなったコーヒーを啜って喉を潤す。

「それで、効率よく攻略するためには何からすればいいのかしら?」
「それはね、まず採集レベルの高いキャラを……」

結局僕は彼女のアドバイザーとして隣でフォローする役目と化していた。
そして後日、修正されたスタッフロールのテストプレイヤーの項目には"霧切 響子"の名前が含まれていたとさ。


~ シナリオA 君は愛という名の希望に微笑む  ~


END


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