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変わらぬモノなどありはしない――。



今日も隣のデスクから張り詰めた空気を感じる。
その出所を確認しようにもジェリコの壁のように書類やファイルの山が机にそびえ立って確認しようがない。
――けれど、該当する人物には心当たりがある。

「……チッ」

重苦しい雰囲気に耐えられないかのように、向かいのデスクに座る十神君が舌打ちをする。
朝日奈さんや腐川さんに至っては無言で僕を睨んでいる。
共通して言えることは"苗木、お前が何とかしろ"と目で訴えていることだ。
僕は両手をクロスさせて×印のサインを出す。"ごめん、無理"って意味を込めて。


「あなた達、自分の仕事に集中しなさい」


絶対零度に匹敵するくらいの威圧感。
ただの忠告の筈なのに室温が3℃下がったような気がした。

同僚兼交際相手である霧切さんをここまで変えたのは他でもない、この僕だから。


―――――


きっかけは本部に出向した時――。
用件を済ませて支部に戻ろうとした矢先のことだった。

「ンフフ、君が"超高校級の探偵"って呼ばれた霧切響子さんだね?」
「そうだけど、なにかしら?」
「あはっ! そのツンツンっぷり最っ高だね!」
「……用件を早く言ってもらえる?」
「是非ともベッドの上でデレデレの姿を見てみたいよ! どうだい、今度僕と一発してみない?」
「邪魔よ。どいて」
「パードゥン? 君から"Yes"の言葉を聞かない限りどくわけないじゃない?」
「三度は言わないわ、どきなさい」

口で言ってもわかりそうにないようなので、霧切さんは言い寄ってきた男性所員を押しのける。
しかし押しのけられても彼女の手首を掴んでは離さなかった。

「そこの背もナニも小さそうなおチビさんより僕の方が君を満足させられるけど?」
「なっ……!」
「おまけに僕の方が男前! "超高校級のホスト"であるこの僕がこんな普通代表に劣るなんてナンセンスなのさっ!!」
「この……っ!」

言わせておけば――!
自分の彼女に色目をつけられて黙っているほど僕も聖人君子ではない。
衝動のままに拳を振り上げ、ホストの商売道具であろう"顔"目掛けて渾身のストレートをお見舞いしようと――!

「待ちなさい」
「あたっ!」

出来なかった。
寸前で霧切さんに足を引っ掛けられて華麗なヘッドスライディングを披露していた。


「ンフフ、おチビちゃん自ら地べたに這ってくれるなんてサービス精神旺盛だね!」
「黙れ! それ以上汚い手で彼女に触るなっ!」
「二人ともやめなさい。周りの迷惑になるでしょう?」

霧切さんが僕らの間に割って入り仲裁に入る。
――確かに、本部の正面玄関前で大声を出していれば注目の的だった。
ムクリと起き上がりスーツに付いた埃を軽く叩く。

「……ごめん。ついカッとなって視野が狭くなってたよ」
「へぇ、さすが"超高校級の探偵"さんだ。愛犬の躾も完璧じゃないか」
「こいつ!「苗木君」……ごめん」
「あなたもあまり彼を刺激しないでちょうだい。"チビ"や"かわいい"って言われるのを気にしているから」
「き、霧切さん……!」

ちょっとどころか、かなりショックな話である。
霧切さんが僕をそんな風に見ていただなんて――。

「とにかく私達はまだ仕事があるの。早く支部に戻りましょう」
「次は僕の方から支部に足を運ぶよ。その時はじっくりお話しようね! ンフフ……」

最後に投げキッスをして僕らに背を向けて"超高校級のホスト"と呼ばれた男は去っていく。
その後姿を見て僕の中では嫌悪感しか残らなかった。


―――――

「それで、結局彼は何者なのさ?」
「先日保護されたばかりの才能持ちの生徒ですって。花村君の弟さんで、学園が存続していたら七十九期生の生徒になっていた人よ」
「花村君の……。そういえば弟と妹がいるって話していたけど本部は保護したんだ」
「そのようね」

仕事も終わり帰宅の途についても本部で起こったイライラは収まろうとしなかった。
気持ちを落ち着かせるためにコーヒーを淹れようとしても、肝心の薬缶のお湯が沸騰しなければ話にならない。
それまでの時間がもどかしく、炬燵に頬杖をついて人差し指で天板を何度も叩き時間を潰す。

「……何をそんなに苛立っているの?」
「本部での一件でモヤモヤしているだけさ」
「また日向君の保護観察が却下されたこと?」
「それもあるけど、その後の玄関であったアレがね……」
「アレって?」
「その花村君の弟が響子さんに言い寄ってきたこと」
「あぁ、アレが……」

首を傾げる響子さんの様子から、彼女にとっては記憶にも残らない瑣末な出来事だったらしい。

「人をおチビとか普通代表とか散々こき下ろすわ、君をくどくわって腸が煮えくり返るくらいだよ」
「誠君は誠君よ。ムキになる必要はどこにもないわ」
「ちょっと待って。それって君も僕を"チビ"や"かわいい"って目でずっと見ていたの?」
「えっ……?」

僕の反論が予想外だったのか、響子さんが呆然とする。

「だってそうじゃないか。あの頃から僕を雑用か手駒か何かと思って色々パシらせたよね?」
「あなた、さっきから何を言っているの?」
「ほら、その目。飼い犬に手を噛まれたような顔をして僕を上から見下ろしているじゃないか」


これは只の八つ当たりだってその時の僕は気づけなかった――。
それくらい僕は頭に血が昇っていて、やり場のなかった怒りを目の前の相手にぶつけていたんだから。
薬缶の沸騰を告げる笛の音が響くけど知ったこっちゃない。

「バカみたい。響子さんとこういう関係になって対等なパートナーになれたと思ったら只の勘違いだったなんて」
「それは誤解よ。私もあなたのことを……」
「だったら! どうしてあの時殴らせてくれなかったの? 彼氏面もできないほど僕って頼りないのかな……?」

ジリジリと詰め寄り彼女の両手首を掴んで押し倒す。
唇同士が合わさる寸前のところまで顔を近づけるが、響子さんは一向に目を閉じず冷たい眼差しで僕を見ていた。


「……誠君。"愛しているから"っていう理由を掲げれば全て許されるものなの?」

頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
"愛してる"という言葉を免罪符にして僕は理不尽なことをしようとしていたんだと今頃になって気づいたことに。

その隙を突いて響子さんは僕の拘束から逃れる。
おもむろに立ち上がりクローゼットに納めていたコートを羽織る。
僕を一瞥することもなく玄関で靴を履き、ドアノブに手を掛けたままポツリとしゃべる。

「あなたも私も、距離を置いて頭を冷やしたほうが良さそうね……」
「ちょっと待って! 待ってよ響子さんってば!」
「……サヨナラ」

僕の声に耳を貸さず部屋から出て行く響子さん。
ドアが閉まる直前に聞こえた"バカ――"とつぶやいた声が今でも耳から離れなかった。

――と、まぁこんなことがあって以来、支部で仕事をしようにも僕を無視するようになった。
連絡も十神君や朝日奈さんを通して僕に業務連絡をするようになり、徹底的に距離を置くスタンス。

いつかの"あっち行って――"状態。
謝罪する機会すら僕には与えられなかったのだった。


―――――


「苗木君との関係はすべてもう終わったことなの」


一番聞きたくない言葉を彼女の口から言わせてしまい絶望する。
耳を塞いだところで何度も再生され僕の精神を蝕む。

跪いて絶望に打ちひしがれる僕に目をくれず響子さんは離れていく。
僕には彼女を引き止める言弾も実行力もなく、その背中を見送ることしかできなかった。
そして彼女が向かう先には――。

「ンフフ、早く帰ろうよ。僕らの愛の巣へ!」
「そうしましょう」

"超高校級のホスト"と呼ばれた男がいた。
響子さんの腰に腕を回し、二人は寄り添いながら僕から離れていった。


本当に大切なものは失ってからわかるもの。
そのことを嫌というほど実感した僕は――。





「うわあああああああああっ!! ……ゆ、夢?」


自分の悲鳴で目が覚めた。
乱れた呼吸を整えながら状況を確認する。
見慣れた天井、寝相が悪く床に転げ落ちた掛け布団、セットしたアラームより3時間早い時刻を告げる目覚まし時計。
ここが自分の部屋で、悪夢にうなされていたとわかるまで数分かかった。

「酷い夢だったな……」

床に落ちた掛け布団を拾って体に覆う。
ふと、布団に包まったところで気づく。

――ベッドってこんなに広かったっけ?

一人で眠っているにも関わらず体は自然と壁際に預けていた。
左半分に眠る人はいないのに。


「今日も仕事なんだから早く寝ないと……」

再び瞼を閉じたところで夢に見た光景が浮かぶ。



眠れるわけもなかった。

―――――

「ふわぁ……おはようございます」
「おはようだべ、苗木っち」
「遅いぞ苗木」
「……どうしたの、みんな? 深刻な顔してさ」

十四支部に出勤すると僕以外のメンバーが神妙な面持ちで一つの封筒を睨めっこしていた。
十神君が封を開け中味を調べるとデータチップが一つ出てきた。

「それ、なに……?」
「本部から送られてきたヤツでさ、アルターエゴのデータだって」
「アルターエゴの?」
「本部の連中は大至急ジャバウォック島にあるそれにアップデートをしてくるよう要請をしてきた」

こいつを使ってな、と親指と人差し指で挟んだチップを振る。

「急だね……」
「だからこそ俺達も手をこまねいている状況だ。それぞれの手持ちで手一杯だからな」
「ア、アタシは無理……。だって、白夜様と予約した1ヶ月前からディナーをキャンセルするなんて真っ平ゴメンよ……」
「私だってクリスマス限定のドーナツ販売を諦めるなんて絶対イヤ!」

まったく、この人たちは――。
葉隠君はどうかと見ると手を合わせて頭を下げている。
さすがに当直でクタクタの身にジャバウォック島まで直行は体が持たないだろう。
まだ出勤していない霧切さんを待つほど悠長な時間もなさそうだし。
と、なると――。

「僕が行ってこようか……?」
「本当か? ならばお前の仕事は俺が引き継いでやる。未消化のファイルを寄越せ」
「わかった……。これとこれ。あ、ついでにこれもお願いするね」
「……フン、この程度なら俺に掛かれば造作もないな。早く行って来い」
「ん、わかった。じゃ、2~3日抜けるけど後はよろしくね」



チップの入った封筒をスーツのポケットに収めて逆戻りする。
エレベーターの開閉スイッチを押して乗り込む。

「そういえば今日、クリスマスだったんだ……」

閉まった扉に寄りかかりながらふと思い出す。
本来なら僕も響子さんにプレゼントなり用意して夕食用のターキーを冷蔵庫に入れていただろうに――。
クリスマスも仕事とは何とも僕らしい巡り合わせだ。 
そんな自嘲めいた笑いを浮かべたら体がグラリと傾いた。

「おっと」
「キャッ」

ボーッとしてたらいつの間にか扉が開いており、体重を横にかけっぱなしだった。
しかし体は転倒することはなく、扉の前に立っていた人がクッション代わりになってくれた。

「す、すいません! って、霧切さん……!」
「それよりも早くどいてもらえる?」
「ご、ごめん……!」

慌てて彼女の胸に当てていた頭を離す。
バツが悪くなり、進路を譲るように扉の前に立ち塞がった体をどける。
霧切さんは僕の行為を咎めることなくエレベーターに乗り込み、スイッチを押す。
扉越しに目が合った。

「次からは気をつけなさい」
「……ごめん」

ぶつかって。
それと今までのことを含めて。
一言のお詫びで済ませて。



「……バカ」
「えっ?」

背中越しから聞こえた声に慌てて振り返る。
閉まる扉の隙間から見えた霧切さんの顔はいつも通りのポーカーフェイス。
けれど瞳だけはどこか寂しそうで。
バカ、と咎める声も"もっと踏み込んでみなさいよ"って聞こえたのは気のせいだろうか――。

後ろ髪を引かれるような思いを残して僕は十四支部を後にした。



外に出て、タクシーを呼び止める。
乗車して窓から空模様をじっくり眺めてみるがどんよりとした曇り空。

「夜にはみぞれ混じりの雪になるって予報ですよ」
「……そうですか」

行きの飛行機に支障はなさそうだ。
帰りは足止めされないことを今からでも祈っておこうかな。
雨が叩く窓を見ながら一路空港を目指すのだった――。



続く


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