「――起きて、ねぇ起きてってばぁ!」
「う、う~ん……」
ぐっすり眠っていたところを体ごと揺らされる感覚。
いったい誰だよ、こっちは明け方にやっと帰って眠れたところなのに。
おまけに連休なんだから一日くらい寝て過ごしてもいいじゃないか。
「お兄ちゃん、起きてってば! 起きろーっ!!」
「……んあっ!?」
耳元で大声を出されてビックリするように起き上が――ろうとしたところでできなかった。
「やっと起きたぁ……。おはよ! お兄ちゃん!」
「あ、あぁ……おはよう」
目と鼻の先には妹の顔があった。
こんな手荒な起こし方をするのはこいつくらいしかいないので納得できた。
――あれ? そもそも何で学園の寄宿舎に妹がいるんだ?
「じゃ、おやすみ……」
「寝るなバカーーッ!!」
でも真相を追究するのはもう一眠りしてからにしよう。
大の字に寝転がる僕に妹が覆いかぶさるようにマウントポジションを取る。
ついにはボコスカと叩いて僕の二度寝を妨害してくるじゃないか。
――くそっ、このまま一方的にやられるのは何か嫌だな。
ここは一つ兄としての威厳を保つ絶好の機会だろう。
伸びた右手首を掴み反撃の狼煙を上げる。
「オーラァー!!」
「あぁん」
「人の眠りを妨げる悪い妹にはオシオキだっ、コチョコチョコチョコチョーーッ!!」
「ぶひゃひゃひゃ、やめて、お、おにぃ、ちゃん!」
左右のわき腹をくすぐり怯んだところをマウント返し。
上を取ったら一気に畳み掛けるようにわき腹から腰にかけてくすぐりポイントを拡大させる。
「オラオラオラオラァァ!!!」
「はっ、ぁあ、んっ、くっ、あああっ!!」
一際大きな悲鳴を上げたかと思えばコテンと脱力して、涎を垂らしながら惚けている妹の姿。
K.O!
勝った! エクストリーム勝利っ!!
兄より優れた妹などいない!
そんな勝利の余韻に浸っているところに誰かの視線を感じた。
しかも突き刺すように酷く冷徹な視線。
そう、部屋の入り口には一人の女性が佇んでいた――。
「き、霧切さん……。お、おはようございます」
「おはよう苗木君。朝からお盛んのようね?」
「そ、それは誤解だよ! いきなりこいつが僕を叩き起こすんだもん、反撃するしかないじゃないかっ!」
「それで性的暴行を加えて屈服させたの? 見損なったわ、苗木君……」
「それも違うよ! こいつ妹だから! ただの兄妹のスキンシップ! だからその携帯電話を閉まってくださいお願いします!」
僕の悲痛な叫びが届いたのか霧切さんは取り出した携帯電話をそっと懐に閉まったのだった。
きっと110番に通報しようとしていたんだろうなぁ――。
「それじゃあ苗木君、最後に言い残す言葉はあるかしら?」
「妹だけど、オシオキだから問題ないよねっ! ……なんちゃって」
「そう……。それがあなたの遺言ね」
「ちょっと待ってよきり……ごばぁ!!」
僕の制止に聞く耳を持たず霧切さんが一瞬で僕に詰め寄り跳躍した。
僕の目線に霧切さんの膝が重なる。
うん、綺麗な膝小僧だ。
――これが跳び膝蹴りだったと喰らってみてようやく気づいたのだった。
~ 妹だけど、愛さえあれば関係ないよねっ! 風雲編 ~
「うぅ、まだ鼻がジンジンするなぁ……」
「あら、反省が希薄ね。もっと強めのオシオキにしとけばよかったかしら?」
「滅相もございません! とっても反省してます!」
「……よろしい」
「ねぇ、お兄ちゃんお兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「この人、お兄ちゃんの何なの……?」
僕の肩越しに霧切さんを睨んで警戒している妹だった。
そりゃあ目が覚めたら兄である僕に問答無用の一撃を決めていたんだからなぁ。
怖がるなっていうのも無理な話がある。
「あぁ紹介するよ。この人はクラスメイトの霧切響子さん。ほら、挨拶しなよ」
「は、はじめまして! 兄がお世話になっています!」
「はじめまして妹さん。……フフッ、そんなに畏まらないで」
「それで、響子さんはお兄ちゃんの彼氏なんですか?」
「ぶっ」
妹はオブラート抜きで直球の質問をしてくるじゃないか。
霧切さんが何か逡巡しているみたいだけど、何だかこっちもドキドキしてしまう。
「そうね……ステディというよりパートナーと言った方がしっくり来るわ」
「パートナー?」
「ビジネス・プライベート共に苗木君には支えになっているのは確かね」
「……やったねお兄ちゃん、これは脈ありだよ」
「う、うるさい。それより何でお前が学園にいるんだよ?」
そもそもよく学園に入れたなお前――。
守衛の人に摘み出されるのが関の山だと思っていたら妹がドヤ顔でネックストラップにあるソレを取り出した。
「じゃーん! 入校許可証! ちゃーんと前もって手続きしておいたから問題ないですよーだ」
「ふーん。だったら何で僕の部屋に入れたんだよ。ちゃんとドアの鍵は掛けたはずなんだけどな……」
「それはね……ジャジャジャジャッジャジャーン! マスタァキィー」
妹のドラ声に合わせてゴソゴソとポシェットから取り出したるは一つの鍵。
――っていうか、それ学園のマスターキーかよ!?
何でお前が持っているんだと訝しんでいると隣の霧切さんが口を開いた。
「一つ聞きたいけど、その鍵。"誰"から借りたのかしら……?」
「うーんと、学園内を歩いている時に偶然職員の人と会ったの。それで"お兄ちゃんの寄宿舎はどこですか?"って聞いたら場所とこの鍵を貸してくれたんだ」
「その人の特徴とか覚えている?」
「確か……ちょっとカッコいいおじ様だったかな。……あ! それと響子さんみたいに綺麗な瞳の人だったよ!」
霧切さんの方をちらっと見ると顔が少し引き攣っている。
これはやっぱり――妹が会った人って学園長なんだろうなぁ。
後でしっかり御礼を言わなきゃな。
「それにお兄ちゃん、冬休み一度も家に帰って来なかったじゃん……」
「あー、ごめん……。学園でのことが忙しくて帰る暇がなかったんだ」
「お父さんもお母さんも口には出さないけど寂しがっていたよ? だからお兄ちゃん、今から一緒にお家に帰ろ?」
「急に言われてもなぁ……」
「ついでに希望ヶ峰学園に来たんだから舞園さんやエノジュンのサインやツーショットの写真が撮りたいなぁ……なんて思ったり。ぁ痛っ!」
「お前の欲望も駄々漏れだってのはよくわかったよ!」
妹の頭を小突いて霧切さんの顔をそっと窺う。
きっと僕の部屋を訪ねた理由は昨夜の仕事の反省会だろう。
もし妹が来なければ、そのまま一緒にご飯を食べたり探偵講座の座学をしていただろうに――。
「一応聞くけど、霧切さんが僕の所に来た理由って……昨夜の反省会のため?」
「それもあるけど……苗木君に"アレ"をしてほしくて訪ねたんだけど、また今度にした方が良さそうね」
ポーカーフェイスを繕っているけど、どこか寂しそうな様子を感じる。
別に"アレ"ならそんなに時間も掛からないし問題ないはず。
「別にいいと思うよ? "アレ"をするとしないとでは随分違うんだからね」
「いいの? ご家族に会う時間が減ってしまうのよ?」
「大丈夫大丈夫。僕だったら霧切さんの方を優先するよ」
「……ねぇねぇお兄ちゃん、"アレ"って何なの?」
「それは……"アレ"は"アレ"だよ」
「そうね、"アレ"としか言いようがないわ」
「もったいぶってないで教えてよ!」
――って言ってもねぇ。
伝授してくれた弐大先輩からは"門外不出の秘技だから決して口外するべからず"って約束してるし。
「まぁ見ればわかる。……と思うよ? ほら、霧切さん。脱いで」
「えぇ」
そう言ってブラウスのジッパーを下ろし脱ぎ始める。
開かれた胸元の隙間から紫色の下着が見えたところで慌てて明後日の方向を向く。
躊躇なく服を脱ぐ辺り迷いがないっていうか、男気があるっていうべきなのか――。
ふと視界に妹の姿を捉えたけど、何やら様子がおかしい。
「嘘……」
「えっ?」
「嘘、うそ、ウソ、嘘……!」
「ど、どうしたんだよ一体……?」
「嘘だよね? 嘘でしょ! 嘘だよね!! お兄ちゃんが妹の目の前でエッチなことなんてする訳ないよねっ!」
こえぇぇぇ!!
瞳孔開きっぱなしで胸倉掴まないでよ妹さん!
「違う! お前は一体何と勘違いしてるんだよ!?」
「そうなったら別の板のお話になっちゃうんだから!」
「メタな話でわかんないよ!」
「……苗木君。こっちの準備はできたわ」
妹言い争っている内に霧切さんの方は準備オーケーになったようだ。
ベッドの上で上半身裸のままうつ伏せになっている。
よし、始めるとしますか。
僕もベッドに上がり、霧切さんの腰の辺りに馬乗りする。
ポニーテールの後ろ髪を右肩に寄せて背中周りをよく見えるように。
妹がギャーギャー騒いでいるけど無視して霧切さんの背中を凝視する。
正確には霧切さん直伝の"観察眼"で彼女の血流を捉える。
――ここだ!
その箇所に親指をそっと添える。
「霧切さん、いくよ……?」
「お願い、待ちきれないの。早くして……!」
霧切さんの口からそんな言葉を言わせるなんて――。
彼女も今じゃ立派な"アレ"の虜になってしまったんだね。
それじゃ、いっちょ気持ちよくなってもらおうか!
「墳っ!!」
「んくぅ、あぁっ、はぁあああああああっ!」
クールな彼女からとても想像できないような嬌声が僕の部屋に響く。
「ほらほらほらっ!」
「ん、んんっ……! いい、わっ……!」
全身のツボというツボを押しまくる。
アタタタタタタタ!
霧切さんに残っている疲労よ、吹き飛んでしまえ!
「これで……終わりっ!」
「ああっ、ぁあぁああっぁああぁぁぁぁーーー!!!」
最後は首筋にあるツボを押し込んでクライマックス。
霧切さんはこっちが聞いてうっとりするくらい気持ちよさそうな絶叫を上げて仰け反る。
「ん……ふぅ…はぁ…くふ……っん……はぁ……」
絶頂の余韻に浸るように肩で息をしている姿を見ると僕の"アレ"は効果があったようだ。
「なーんだ、ただのマッサ「それ以上言うな!」……ひぅ!?」
「口に出したら最後。僕らは口封じされてしまうんだから……!」
「ご、ごめんお兄ちゃん……」
瞬時に筋肉の緊張をほぐし血行を促進すると同時に、静脈内のあらゆる物質を滝のように押し流す。
これにより瞬時に疲労が回復するという"超高校級のマネージャー"弐大猫丸先輩直伝の"アレ"。
霧切さんの探偵助手もどきをしている僕だけど、少しでも彼女の役に立てればと先日弐大先輩に頼み込んで教えてもらったというわけだけど。
内側から支えるという点で助手もマネージャーも似通っている部分があるだけに彼も共感してくれたのだ。
余談だけど実際に教えてもらうために先輩のマッサージを体験してみたけど、すごかったの一言に尽きる。
「わ、私……もうこれなしじゃ……生きていけない体になってしまいそうね」
どこかうっとりした表情でブラウスのジッパーを閉めて霧切さんの着替えが終わったようだ。
「とても気持ちよかったわ。流石ね、苗木君」
「どういたしま「お兄ちゃんお兄ちゃん! 私にも"アレ"やって!」……駄目駄目。霧切さん限定でしかやらないって条件で教えてもらったんだし」
「そこを何とか! ……っていうか、私も昨日の部活頑張り過ぎちゃって少し筋肉痛だったりして?」
「そうかそうか。だったら自分で湿布でも貼ってるんだな」
「もう! お兄ちゃんのバカッ!」
くっ、痛い!
筋肉痛ならこんなに力強く殴れないってば!
どうやってわがままな妹を黙らせるかで頭を悩ませていると霧切さんが妹の両肩に手を添えたのだった。
「そんなに熱くならないで……。お兄さんはあなたのことを思って言っているの」
「えっ、どういう意味なんですか……?」
「血の巡りをよくする"アレ"も一つ押し間違えれば血の流れを止めてしまうわ。最悪、死に至る可能性だってあるの」
「そんなヤバそうなもの、どうして響子さんは平気な顔して受けているんですか……!?」
"アレ"が失敗しない要因は二つある。
一つは霧切さんの白くて綺麗な肌にある。
雪のように白い肌から血の流れを捉えるのは指圧初心者の僕でも容易にさせてくれる。
もう一つは先に述べた霧切さん直伝の"観察眼"のおかげだ。
これら二つの要因で"アレ"をやったことで霧切さんの調子が悪くなったケースは今のところ一度もない。
「……苗木君を信頼しているから」
「「えっ?」」
霧切さんの予想外の回答に僕もびっくりする。
「彼は私のためを思って労をねぎらうんですもの。信じて受ける以外に他の選択肢があると思う?」
「き、霧切さん……」
「苗木君の押す指には想いが込められているわ。"お仕事お疲れ様"、"いつもありがとう"って気持ちが一緒に伝わってくるの」
「まさに"背中を預ける"だね!」
「誰が上手いこと言えといった」
「痛っ! 照れ隠しにぶたないでよ、暴力はんたーい」
お前みたいに本気で叩いているわけじゃないからいいだろ。
そんな兄妹の遣り取りを見ていて霧切さんがクスクス笑う。
「あなた達兄妹ってとても仲がいいわね。私は一人っ子だったから羨ましく感じちゃう」
「羨ましいだなんてそんな……。響子さん。いえ、お義姉ちゃんと呼ばせてください!」
「「……えっ?」」
「ここまでお兄ちゃんのことを思ってくれる人がいるなんて……。いい、お兄ちゃん? こんな素敵な人に出会う確率は一生に一度あるかないかだよ、わかってる?」
「どうしたんだよ、いきなり……」
「私よりも身長が足りなくてちょっと頼りないかもしれませんけど、けどお人よしで前向きだから辛い時は何より支えになります!」
「お前は僕を褒めているのか? それとも貶めているのか?」
「おまけにバカ正直だから浮気なんてしようものなら一発で見破れるから心配なし!」
「相対的に貶めているのがよくわかったよ!」
「あら、苗木君も幸せ者じゃない。こんなにもお兄さん思いの妹さんが家族で」
「そうかな……。霧切さんみたいな気品さを少しでも分けてもらいたいところだよ」
「じゃ、そういうことで帰ろう、家に!」
そういって僕と霧切さんの腕を掴んでズルズルと引っ張り出す妹だった。
「ちょっと、どうして私の腕も掴んでいるのかしら?」
「お義姉ちゃんも家族候補生だから一緒に来るの! さぁしゅっぱーつ!」
「待って! せめて着替えさせてよ! 僕、裸足なんだから……!」
―――――
次回予告!
「はじめまして、おばさま」
「あらあら、誠君もこんなかわいいお嫁さんを連れてくるなんて隅に置けないわ……」
「ちょっと母さん……!」
「でもこうしてまた響子ちゃんがお家に来る日が訪れるなんて。……運命かしら?」
「えっ、それどういうことなの……?」
"今明かされる、衝撃の事実!"
「忘れたの? 小さい頃一度だけ遊んだことがあったじゃない?」
そう言って母さんは金庫から一枚の写真を持ってきた。
そこには――
僕の癖っ毛を鷲掴みにして頬っぺたにキスをしている薄紫色の髪をした少女が写っていた。
何とも嬉しそうな顔の少女が果たして隣に座る霧切さんと同一人物なのだろうか――?
「……どう見ても幼い頃の私ね。今の今まですっかり忘れていたわ」
「それだけじゃないのよ? ほら、これも見て?」
「なになに、誓約書……?」
差し出された一枚の紙にはこんなことが記されていた。
―――――
誓約書
ぼく、まことはきょうこちゃんをしょーらいおよめさんにします
わたし、きょうこはまこちゃんをしょうらいおむこさんにします
○○年 □□月 △△日
なえぎ まこと
きりぎり きょうこ
―――――
「な、なななななんだべ!?」
あまりの衝撃に葉隠君の口調になってしまった!
霧切さんに至っては顔が真っ赤になっている!
"この後、母親の口から思いもよらない言葉が!"
「それにあなた達、別れ際になると離れるのが嫌でずっとチュッチュってキスしてばかり。見ているこっちが恥ずかしかったわ……」
「もうやめて! 僕らのライフはゼロよ!」
"一体、どうなってしまうのか!?"
~ 妹だけど、愛さえあれば関係ないよねっ! 伏魔殿編 ~
つづかない
最終更新:2013年01月22日 09:22