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キ~ン、コ~ン、カ~ン、コ~ン♪

「苗木君!」
「あ、舞園さん!どうしたの?何か用?」
放課後。私はいつもの様に苗木君に声をかける。目的は、勿論一緒に帰ることだ。
でも敢えてそのことは彼には告げず、ちょっとからかってみる。
「はい。そうですけど…何の用事か、分かりますか?苗木君?」
「えぇ~っ…ボクは舞園さんみたいにエスパーじゃないんだし、そんなの分かるわけ無いよ…」
『エスパーだから』言い出しっぺは私だけど…まさか、苗木君は未だに私が本物のエスパーなんだって信じてる…?
そんな彼の純情にはさすがに驚きを隠せない。でも、そんなところも苗木君らしいといえばそうなんだけれど。
「じゃあ、答え言っちゃいますね…ズバリ、苗木君、一緒に帰りませんか?」
その言葉を聞いた瞬間、私よりも少し小さい身体がビクッと動く。どうやらこの答えは予想外だったようだ。
「うん、いいけど…ボクと一緒にいてもあんまり楽しいことなんて無いと思うよ?」
この、分からず屋。心のなかで呟く。
私は苗木君と一緒にいるだけで楽しいからいいんです!…出かかった言葉をギリギリで飲み込んだ。
苗木君と一緒に帰る――このチャンスを活かさない手はない。
頭に電流が走る。芸能界を生き抜くためには、頭の回転だって必要だ。
―今までの学園生活で私が送った様々なアプローチを、彼は見事に粉砕してくれた。
―苗木君の鈍感さとこれまでの実績から考えると、苗木君が私の想いに気付くのは一回生まれ変わった後でもおかしくはない。
つまり…ここで勝負に出るしか無い!!
「苗木君、あの、もし良かったらちょっと寄り道していきませんか?行きたいお店があるんですけど」
「いいよ。どのへんにある店なの?」
「それが、若干遠くてですね…1人で行くと帰り道が不安だったんです」
「まぁ、確かに最近は暗くなるのも早いしね…」
「あ!別に理由はそれだけじゃないですよ!!苗木君と一緒に行ってこそ、意味のあるところなんですから!」
「……う~ん?舞園さん、それってどういう…」
「ふふふっ、早く行きましょう!このままゆっくりしてるのもいいですけど、それじゃ夜になっちゃいますよ!」
「はぐらかされた…!?」
まずは第一段階突破ってところかな。でも安心はできない。大事なのはこの後だ。

「…大分歩いたね…」
「そうですね…でも、歩いてる間は苗木君とのお話が楽しかったですし、私はあんまり時間は感じませんでしたよ」
「そ、そう…?照れるなぁ…」
う~ん、効果アリ…なんだろうか?
私は目的地だったカフェで苗木君とお茶をしながらも、やはりそんなことばかり考えていた。
残念なことに、私の言葉はイマイチ苗木君には響いていないようだ。
…からかい過ぎたせいだろうか。真に受けてくれてないのかも?少し後悔する。
まぁ、ここで響くようなら私はわざわざ今回のような計画は立てないだろう。今のは軽いジャブみたいなものだ。
苦いコーヒーを啜って、頭を整理する。いつ、勝負に出ようか…
「あ、そういえば、舞園さん。あれって結局どういう意味だったの?」
手元に運ばれてきた砂糖を入れたコーヒーをチョビチョビと熱そうに飲んでいた手を止め、苗木君が不思議そうな顔でこちらを覗きこんでくる。
「?あれって何ですか?」
「いや、さっき言ってた『ボクと来てこそ意味のあるところだ』ってのが気になってさ…」
「あ」
「?」
「それですか…それは…ですね」
「それは?」
「実は…ですね…」
「実は?」
「あのですね…」
「何?スゴく気になるんだけど…もったいぶらないで話してよ」
…………しまった。ココに来て実に初歩的なミスを犯してしまった。
………考えてなかった…
あの時勢いで言ってしまった台詞。
少しでも苗木君の気を引こうと思って、ろくすっぽ何も考えずに適当に言ってしまったあの台詞。
その台詞の『意味』を、全く考えてなかった………!
「ま、舞園さ~ん?あの、もしも~し…」
どうしよう…苗木君はまだ私が嘘をついたってことに気がついていない。
そのことに苗木君が気付いたら…私が嘘をついたんだと、彼が知ったら…!きっと…いや、間違いなく苗木君は私のことを軽蔑するだろう。
――自分の純粋な感情を弄んだ身勝手な女。自分の放課後の時間を潰し、誘惑してきた悪女。
そう思うはずだ。
「えっと…ですね……」
何とか誤魔化さないと…取り繕うべき嘘を必死で考える。
濁りがちな私の語尾を遮り、苗木君が言葉を投げかけてきた。
「…あの、さ…舞園さん」
「は、はい?…どうかしたんですか?」
「もしかして…ボクの勘違いだったらホントに悪いんだけど……」
固唾を飲んで、苗木君の言葉に耳を傾ける。
「『ボクと一緒でこそ』って言ってたの…あれ…嘘だったの…?」

……………………………………終った。何もかも、もう、終りだ。
自分の中で総てが崩れ落ちていく音を聞いた。
「…あ、ゴメン…やっぱ違うよね…ハハ……ゴメンね…」
消え入りそうな声で、苗木君が呟く。
『私を傷つけた』―苗木君は、そう思ったはずだ。
今、明らかに苗木君は自責の念に駆られている。
本当に責められるべきなのは私なのに…私が本当のことを言わないから…
苗木君は元々、人を疑ったり、誰かを責めたり、とかいうようなことが苦手なヒトだ。
そんな人に――しかも、自分の意中の人に――私はこんな思いをさせている。
恥ずかしくないの…?私は…!
自分の想いを伝えたい。ただそれだけで苗木君を振り回し、自分のせいで、苗木君に本来背負うべきではない罪の意識まで背負わせて……もう、『勝負』云々なんかじゃない。
……私は…最低な女だ。
「…違いませんよ。…何も」
「えっ」
「…全部、嘘だったんです…今日のこと」

私は総てを―総てと言っても、私が彼に好意を持っていること以外、だったけど。今更そんなことを言っても、彼を混乱させるだけだと思ったから―話した。
自分に言い聞かせるように。
私はこんなにヒドイことをしてしまったんだ、と戒めるために。
………彼と別れる決意をするために。

諦めるべきだったんだろうか?
幾重にも重ねたアプローチでも気持ちが届かなかった時点で、気づくべきだったんだろうか?
今となっては、それすらも分からない。
最早彼と一緒にいても、私は彼に十字架を背負わせることしか出来ない。
総てを伝え終った後、私は罪悪感から俯いた顔を上げることが出来なかった。
それでも、苗木君の様子は痛いほど伝わってくる。…これも今までの学園生活の賜物なのだろうか。
だとしても、それは今の私には単に罪の意識を再認識させる働きしか与えてはくれなかった。
「…………」
苗木君は、何も言わない。…それとも、言えないのだろうか。
暫く、二人の間に沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのは、苗木君の方だった。
「…ねぇ……舞園さん」
「はい…」
「今日の…舞園さんの言葉……『ボクとの話が楽しかった』とか、『このままゆっくりしてるのもいい』だとか…あれは……全部嘘だったっていうの?」
正確に言えば、嘘じゃない。苗木君とのお話はとっても楽しかったし、苗木君と一緒に放課後をゆっくりすごすのもいいとは、確かに思った。
でもその気持ちより、「苗木君に私の想いを気付いてほしい」という強めのアピールの意味のほうが、ずっと強かった。
「そう…ですね…嘘、みたいな感じです……」
「…………そっか…」
再び、沈黙。
痛いほど、沈黙という名の重圧を感じる。今にも潰されてしまいそうなほど、重々しく私にのしかかってくる。
「………一つだけ…聞いてもいいかな…?」
今回も、苗木君の質問で静寂は崩れ去った。
「はい…大丈夫です…」
ふ、と顔を上げると、苗木君は神妙な面持ちで、真っ直ぐにこっちを見つめていた。
その真っ直ぐさは、私にはとても耐えることが出来ない弾丸となって私を貫く。思わず、顔を背けてしまう。
「何で…そんな下らない嘘なんてついたの?…ボクをおちょくる為……?それを聞いて喜んでるボクを見て……バカにするため…?」
「ッ!!それは違います!私はただ、苗木君に私の気持ちを分かって欲しくて…ッ……!!」
条件反射。
そうとしか比喩できないほどスムーズに、言葉は口をついて出ていた。
さっき『この恋は諦める』と決めたはずだったのに…まだ私はこんなことを言っているのか。
…本当に、どうしようもない女だ。私は。
「…よかった。初めて本音を言ってくれた。…だよね?舞園さん」
…え?
私は、自分の目と耳と頭を疑った。それくらい、苗木君が何を言っているのか分からなかった。

…本音を言った…?…私が…?
「…どういう…こと…です…か……?」
心に浮かんだ言葉が、そのまま口をついて出てきた。
「そのままの意味だよ。舞園さん」
「いや…そのままも何も…!私は、今日一日、ずっと苗木君に嘘をついてたんですよ!?
そんな人から急に『気持ちを分かって欲しい』なんて言われて…何で…それが本音だって思えるんですか!?」
「う~ん…何て言えばいいのか分からないけど……何か今日の舞園さん、いつもと様子がちょっと違ったから…だと思うんだ」
「様子が…違った…?」
「うん。何かこう…背伸びしてる感じ…?っていうのかな?その感覚を、さっきは全然感じなかったからさ…『これは舞園さんの心からの声なんだ』って分かったんだ」
背伸びしてる感じ…そこは気付くんだ…。どうしてこう、どうでもいいことばっかり苗木君は気付くんだろう。
「どうでもいいこと、なんかじゃないよ…」
「えっ…!?」
「ち、違ったらごめんね…?」
読まれた…!?
…そういえば、今まで私がそれを言うことはあっても、苗木君の方から仕掛けてきたのは今回が初じゃないだろうか?
「…こんなに長い間、一緒にいたんだし…そろそろ、ちょっとは舞園さんが何考えてるか分かってきた、と思ったんだけどさ…」
「じゃあ…何でさっきみたいな質問したんですか…?私が何考えてるか分かるなら…わざわざ聞かなくてもいいじゃないですか…」
「今日舞園さんにつかれた嘘の仕返し…だったりして」
「…もう…いじわる」
私の反応を見て、苗木君は嬉しそうにクスっと笑った。
それに私も連られて微笑んでしまう。
気がつけばさっきあったような沈黙は消え去り、二人の間には和やかなムードが漂っていた。
かと思うと、急に苗木君は改まって私の方に向き直ったかと思うと、その表情は一転して真面目なものになっていた。

「苗木君…?」
「あのさ、舞園さん。舞園さんは…ボクの気を引くために…嘘をついたんだよね?」
「…はい…ごめんなさい…」
「いや、謝らなくてもいいよ!ただ…ボクはさ…」
そこで一瞬だけ顔を俯け、続けた。
「ボクは…素の舞園さんを嘘で塗り固めちゃうのは勿体無いと思うんだ…だって…そんなことしなくても舞園さんは可愛いんだし…
それに…その……何て言うか…ボクはいつも通りの舞園さんの素直なところとか……好きだからさ…」
顔を真っ赤にした苗木君は、私にそう告げた。
瞬間、私の頭のなかは真っ白に染まった。
”好き”―その言葉だけが、その中をループし続けていた。
それは、紛れも無い彼の本心。
それは、私の好感度の計算とか、上っ面だけの言葉だとかのバカな考えなんて遠く、遠く及ばないくらい、私の心に深く染み渡っていった。
なら……私は、どうする?
…考えるまでもなかった。
伝えるんだ。私の声で。私の本心を。
もう計算も、打算も、タイミングも、関係ない。
応えなきゃ、苗木君の想いに。届けなきゃ!私の、この想いを!!
「苗木君。私も…そうなんです。私、希望ヶ峰学園で苗木君に会った時から…うぅん、もしかしたら、もっと前から…ずっと…ずっと…苗木君のこと!!」
「!タ、タイム!ゴメン!その先は言わないで!!」
「…え…!?そ、そんな!どうしてですか!!?」
「ホントにゴメン…でも…何か、今起きてることが全部夢に思えてきて…あの舞園さんとボクなんかが一緒にいるなんて未だに信じられないし…
だから…舞園さんの気持ちを聞いた時…その時…もし、この楽しい夢が終っちゃったらどうしようって思って…」
『夢』。
苗木君は、今この瞬間をそう形容した。
確かに、夢のように楽しい時間だったことは間違いない。けれど、これは紛れも無い現実だ。だから…
「苗木君」
「何…?舞園さん」
「ちょっと目を瞑ってくれませんか?ほんとに、ちょっとでいいので」
「?べ、別にいいけど…」
そう言って、苗木君は眼を閉じた。少し緊張しているのか、表情が力みがちだ。
そんな初心な苗木君の顔に、唇を近づける。
そして…………………………………………………
「夢なんかじゃ、ないですよ…。苗木君のことが大好きな、舞園さやかは…ちゃんと、ここにいますよ…」
「~~~~~!!!!!!」

次に顔を上げた時、苗木君は必要以上に顔を赤くしていた。
それを見て私は笑ったけど、たぶん、私も人のことを笑えるような状態じゃなかったと思う。
「うぅ…そんなの卑怯だよ…言わないで、って言ってたのに…」
「ふふふっ…だって、苗木君ばっかり抜け駆けしたりして、ずるいじゃないですか」
「ぬ、抜け駆けって…それを言うなら舞園さんの方だって…!」
「ふふっ…先手必勝ですよ…それはそうと、そろそろ帰ったほうがいいかも知れませんね…暗くなり始めてきましたよ」
「え?あ、本当だ!全然気づかなかった…」
支払いを済ませて店を出たのは、夕焼けと宵闇がちょうどバトンタッチを済ませた頃だった。
「ホントに暗いね…こりゃ舞園さんがボクと一緒に来たがるわけだ」
「もういいじゃないですか、その話題は…あんまりしつこいと私、すねますよ…」
「ははっ…冗談だってば…」
「もう……ひゃっ!?」
「舞園さん!?どうしたの?!」
「今…何か冷たいものが首筋に当たって…」
その「何か」の正体は、いとも簡単に突き止められた。
「…雪…だね…」
雪。
さっきからいやに冷えると思っていたけど、まさか雪が降り出そうとは。
あ、そういえば…
「そうだね…これが今年の初雪、だよね?」
「むぅ…それは私の特技なのに…」
「大丈夫!ボクのは舞園さんにしか効かないからさ…」
「そんなこと言ったら、私のだって苗木君専用です!」
「「あっ」」
お互い、思わず凄く照れくさいことを言ってしまったんだと気付き、少しだけ、二人の間に空白ができる。

「………」
「………」
無言。目と目は見つめ合っているけれど、二人とも口を開くことは決して無かった。
それは、とても心地良い沈黙だった。
このまま、いつまでも時間が動かなければいいのに―そんなことすら思った。
しかし、スッ、と差し出された苗木君の手によって、その願望は打ち砕かれた。
「…手、繋いでも…いい…かな…?」
苗木君は二人の間にあった空白を半歩埋め、尋ねてきた。
相変わらず顔は赤いけれど、私を見つめた眼だけは決してそらさずに。
(喜んで…!)
私からも苗木君に、半歩、歩み寄る。
ついさっきまであった二人の間の空白は、もう無い。
差し伸べられた手を、しっかりと握る。
暖かい、苗木君の体温を感じる。
確かに、私たちは今、繋がっている。
手を繋ぐ、っていう物質的なこともだけど、何より、偽りのない゛本心”で私と苗木君は繋がっている。
私たちは結局、お互いに一方通行に気持ちを伝え合っただけで、相手の返事はもらっていない。
でも、今はまだ、それでいいのかもしれない。
何も焦る必要はないんだ。
少しずつだったとしても、躓いたとしても、私たちはここまで来れたんだから。
だから…
「これからも、よろしくお願いしますね、苗木君!」
                            完

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