湯上り

 それは、アルターエゴが発見された後の話だった。
 黒幕に、バレないよう出来る限り接触を控えていた僕らだが、
 それでも時々ファイル解析の進捗具合を確かめる為に、度々「入浴」という形で脱衣所へ訪れていた。
 まあ、実際に女子たちが入浴することもあったんだけど……それは、その時の話だ。

「……ふう、いいお湯だったわ」
「そう、良かったね」
「えへへ~、やっぱりこんなところでも、ああいう大浴場があると嬉しくなっちゃうね!」
「……うむ」
 入浴後、食堂に集まったのは僕(一応言っておくけど、覗きとかしてないからね)、霧切さん、朝日奈さん、大神さんの四人。
 夜時間までにはまだ時間があったし、朝日奈さんの誘いで僕も食堂でコーヒーを貰いつつ、話をすることになったんだ。
 殺人事件が起きて、「おしおき」されて……そして、次々につきつけられる「動機」……こうした非日常的な状況においても、
 敢えてこういう時間を取らないと、僕らの心の均衡は保たれないのかもしれない。
「…………」
 そんな僕の気持ちが、表情に現れていたのか、朝日奈さんが声をかけてくれた。
「苗木!どうしたの、そんな顔をしちゃって!元気を出せ出せ!」
 他のふたりも僕の気持ちを汲み取ったのか、朝日奈さんの元気な声に協調するかのように頷く。
「そうだ…ここで気落ちしていたら、奴らの思うツボだ」
「…貴方もお風呂に入ってきたら?入れるときに入った方がいいわよ。気分転換にもなるだろうしね」
「あはは、ありがとう。でも、いいよ。男ひとりで大浴場に入るっていうのも、何だかさびしいものがあるし」
 葉隠君を今度誘ってみようか……十神君は鼻で笑いそうだし。

(しかし、それにしても…)
 僕はちらりと他の三人を眺めた。風呂上りということもあってか、少し薄着だ。その……こう、ほのかな色気というものを感じる。
 僕も年頃の男なんだし、そう思うことは悪いことじゃない…よね?
 大神さんはそんな僕の目線に気づいたのか、(いつも以上に)険しい表情で僕を見咎める。
「……苗木よ」
「は、はい!」
「そういう妄想は、やめろ。朝日奈が嫌がる」
「はい!」
 威厳のある重々しい言葉に僕は思わず返事をしてしまう。そこで霧切さんも気づいたのか、ジト目で僕を睨んでくる。
「成程…ね。こういう閉鎖的な状況に置かれているのだし、苗木君は年頃の男の子だから、そう思うのは悪くないわ。
 むしろ、健全な男の子だという証拠でしょうね。誰かに性欲を抱いてしまうのも、仕方がないこと」
「へ…せいよく?」
 ほへっとした表情で、朝日奈さんが呟いた。
(そんな…はっきりと性欲だなんて言わなくても…)
 厳しい目で霧切さんは僕を睨み付けていたが、大神さんが腕組みをしながら、朝日奈さんを眺める。
「ふむ…だが、確かに朝日奈の身体は程よく筋肉が締まっている良い体だ」
「えっへへ~!伊達に水泳をやってるわけじゃないからねっ!」
 得意げに胸を叩く朝日奈さん。………胸、か。
「苗木君?」
 自分の名前が呼ばれて、振り向く。

(………!)

 すごい形相だ。いや、一見無表情に見えるかもしれない。
 けど、彼女から教えて貰った【観察眼】でよく見てみると―――、何だろう。
 この、希望ヶ峰学園における絶望とはまた別のベクトルの絶望感を感じさせる、圧迫感と緊張感と冷たさは。
「そうね、彼女は胸が大きいものね」
「へ?霧切ちゃん、何言ってるの?」
「………」
 霧切さんの発言に虚を突かれるのは、朝日奈さんと大神さん。
「確かに…筋肉を鍛えながらも、女性らしさを失わない朝日奈の肉体は素晴らしいな」
「ふへっ!?さ、さくらちゃんまで何言ってるの!」
 顔が真っ赤だ。…そうだった、彼女は下ネタとかそういうのは苦手なんだったんだっけ?

 だが、ここで弁解しておかないと、僕がただのスケベということになってしまう。
「い、いや、違うよ!た…確かに、朝日奈さんの胸は大きくて、つい目が追っちゃうし、女の子として可愛いところがあると思うけど!」
 ………つい、必要のないことを言ってしまうのは、追い詰められているからだと解釈して貰いたい。
「ふうん、だそうよ。朝日奈さん」
「ふぇっ!ちょ、な、苗木ぃーっ!何言ってんのよぉ!苗木のバカ!アホ!痴漢!すけこまし!変態!ヘタレ!」
(いや、最後のは関係がないんじゃ…)
 とにかくそういうことに免疫のない彼女は、ぷしゅーっと煙を吹きそうな程真っ赤になりながら、手足をじたばたさせて抗議してくる。
(大神さんは……)
 ふと彼女へ視線を向けると、当然ながら険しい表情を僕に向けてくる。…四面楚歌とはこういう状況のことなんだろう。
「……ふむ、良い時間だな」
 と、そこで時計を見上げて、呟く大神さん。確かに時計の針は22時前を指していた。そろそろモノクマのアナウンスが来るだろう。
 ……良かった。このままだと、学級裁判時並みの緊張感に僕が卒倒するところだった。
「もう!苗木は座禅でもして、煩悩を消してしまえーっ!ばかっ!」
「…夜だ。ふたりとも気をつけろ」
 朝日奈さんと大神さんはそう言うと、部屋へと帰ってしまった。

 立ち入り禁止区域となっている食堂を出て、取り残されたのは僕と霧切さん。
(…まずいな)
 気まずい。気まずすぎる。このまま別れればいいんだけど……、それじゃ何だか僕がスケベとして見られたままで終わりそうだ。
 ……その誤解だけは解いておかないと。
 僕はちらりと霧切さんの顔を見る。
(……怖い)
 だが、このまま黙っているわけにもいかなかった。
「あ、あのさ……、僕は別に朝日奈さんの胸が大きいからどうとかそういうわけじゃなくて…」
 確かに朝日奈さんは、どこか健康的な色気というものがある。確かに体つきはスポーツをしているだけあって均整がとれており、
 だからと言って、女性らしさを失っているわけではなかった。
「なら、どういうこと?」
 クールという一言では言い切れない程の冷たい声で、無機質に聞いてきた。
 ……学級裁判で、犯人を追及するときの霧切さんよりも容赦がないような気がするのは、気のせいじゃないと思う。
「そうね、朝日奈さんはスタイルいいわよね。たとえ苗木君がむっつりスケベじゃないとしても、目が奪われるのは仕方がないと思うわ」
(それじゃまるで、僕がむっつりスケベみたいじゃないか…)
 だけど、あの状況じゃ反論はできないよな…。
 小さく僕は溜息をつく。どうしたら、彼女を説得できるのだろう。
 そう考え込んでいると、霧切さんはじっと僕を眺めたあと、ふいっと視線を背ける。

「…そうね。私の身体は貧相だものね」

(……え?)

 まて。彼女は何を言っているんだ?
 彼女の発言は、今までの会話の流れからして矛盾している。――裁判のせいで、思考がそれっぽくなってしまった僕は考える。
 今までの会話で集めた言弾は―――

 【朝日奈の体型】
 【大神の証言】
 【苗木のバカ】

(……いやいや、最後のは違うだろ)



 とにかく、僕は彼女の真意を知る為にも、発言の矛盾を突く。
「待って!それは違うんじゃないかな?
 飽くまで話題になっていたのは、【朝日奈さんの体型】についてだよ?」
「…!」
 霧切さんは、なぜか僅かに『しまった』と動揺が顔に表す。
「…別に、いいじゃない。私だって女よ。あそこで朝日奈さんばかり褒められたら、複雑な気分じゃない。
 大神さんだって、そう思ったはずよ?」
「ご、ごめん…」
 反射的に謝る。でも、理由はそれだけなんだろうか?
「謝られたら、余計に複雑になるじゃない……って、それは私の身体が貧相だということを認めるわけね?」
「ち、違うよ!」
 何だか変な話になってしまった。
 霧切さんの体型か……、思わず僕は霧切さんの全身を眺めてしまう。確かに胸は朝日奈さんと比べて、控えめかもしれない。
 だが、それでも膨らみは確認できるし、すらりと手足の伸びたスレンダーなスタイルは、モデルのようだ。
 それらしい服を着れば、江ノ島さんといい勝負が出来るんじゃないかと思うぐらいだ。
(むしろ僕は…)

「ふう。いいわ、別に私は気にしていないし。苗木君が朝日奈さんの身体を舐めるようにみても、私には関係ないし」
 素っ気なくそんな言葉が返ってきた。
「その、さ……霧切さんは怒るかもしれないけど、僕は霧切さんのスタイルもいいと思うんだ」
「!?」
「お、怒らないで聞いてくれる?確かにその……む、胸は朝日奈さんのが大きいとは思うけど、
 霧切さんの身体はほっそりしているし、より女の子らしいと思うんだ。肌も白いし…すごく綺麗だと思うよ」
「なっ……!」
 怒ったのかな?
 そう思って僕は、霧切さんの顔を覗き込む。が、彼女はそんな僕に気が付いて、視線を逸らす。
「そう、言葉だけではなんとでも言えるものね」
「ええ…っ?」
「だって…貴方が朝日奈さんばかりを見ていたのは、事実でしょう?」
 なぜかこの時、一瞬だけだけど、彼女が年相応の少女らしい表情を見せたような気がする。それでも、僕は言葉を続ける。
「そ、それはそうだけど……ほら、朝日奈さんって普段から露出の多い服装をしてるじゃない?」
 ジャージに隠れてはいるけれど、ランニングシャツはいつも彼女の胸の膨らみで胸元が肌蹴られているし、
 履いている短パンだって丈がかなり短い。彼女はその辺り気にして着用しているのではないと思うのだけれど…。
「でも、霧切さんって…ほら、お風呂上りでもいつものような服装を着てるじゃない?」
「確かに…そうね。なら苗木君は、私が露出度の高い服を着てくれたら、私を見てくれるのかしら?」
「へ?」
 ……なんだか、今日の霧切さんはおかしい気がする。
「いいわ、そこまで言うのなら試してみましょう」
 そう言うと、彼女はいきなりその場で上着を脱ぎ捨てて、ネクタイを緩めはじめる。
「え、あ、ちょ、ちょっと!霧切さん!?」
 だが、彼女はじっと僕を睨んだままシャツのボタンを外しはじめた。その度に彼女の白い肌が見え隠れし、胸元まで開かれる。
 黒い下着が見え隠れしており、彼女の白い肌と対照的に印象づけられた。…思わず僕は、それに魅入ってしまっていた。
「……ど、どうかしら。朝日奈さんと比べて、その…胸は、小さいかもしれない、けど…」
「う、うん、その……凄く、いい…」
 ごくりの生唾を呑み込む。思わず僕がその胸元へと手を伸ばそうとしたその時―――



「うぷぷぷ!不純異性交遊はっけ~ん!」

 もちろん、その声の持ち主は青狸……ではなく、モノクマのものだった。
 そうだ、すっかり忘れていた。…僕らはヤツに監視されているんだった。
「ハァハァ…ボクはそのまま続けて貰ってもいいんだけどね?ほら、校内の風紀が乱れるじゃない?
 野外プレイだなんて、苗木クンもやるぅ~☆」
「ば、ばかっ!そういうんじゃない!」
「またまたぁ~…仕方がないよね、だって苗木君は健全なえっちな男子なんだもン!」
 そんなやり取りを僕とモノクマがしている間に、霧切さんは素早く上着を着て、ネクタイも締めなおしていた。
「……苗木君放っておきましょう。それと、今日のことは忘れること」
「へ?」
「い い わ ね !」
「は、はひっ!」
 無表情に凄んでくる霧切さんに僕は、そう返事をするしかなかった。…モノクマの姿はいつの間にか消えていた。
「……分かった。苗木君がそういう趣味だということは分かった。」
「へ?あ、いや、別に露出の多い服が好きってわけじゃ…」
「兎に角、今日のことは忘れて。おやすみなさい。夜だから気を付けるのよ」
 早口で捲し立てる霧切さん。そう言い置くと、彼女は踵を返して、そのまま自身の部屋へと歩いて帰った。
 ……帰り際、彼女の頬が赤くなっていたのは気のせいだろうか。


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