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「あっ」

と、声を上げた時には時、既に遅し。
僕の手から離れた食器は地球の重力に引かれるようにフローリングの床に落下した。

「あちゃー……」

割れちゃったか。
仕方なく古新聞とガムテープを用意する。
破片で手を切らないよう細心の注意を払いながら割れた食器を摘みあげる。
何層もの古新聞で包んだ後はガムテープでグルグル巻きにしてサインペンで"割れ物"と記入する。

「……おっと、もうこんな時間か」

余計な手間が増えたことで予定の出勤時間が迫っていた。
部屋着からスーツへ手早く着替える。

割れた食器の補充は今日の仕事が終わった後にでも補充するとしよう――。


~ As You Like ~


「おはようございます」
「おはよう、苗木君」
「ん、おはよう霧切さん。……おや?」

自分のデスクに座ると一枚のメモ紙があった。
なになに――


―――――

 苗木へ

 お誕生日おめでとー!
 冷蔵庫にプレゼントを入れておいたからみんなで食べてね!

 なんか有名シェフがプロデュースしたっていうお菓子だからすんごい行列だったよ!
 私も食べてみたけどすっごい美味しかったー!


 朝日奈

―――――

メモ紙に書いてある通り、給湯室にある冷蔵庫を覗いてみる。
そこには"マダムテルカの卵たっぷりバウムクーヘン"とデザインされた箱が一つあった。

あ、これテレビで見たことあるぞ。
確か――有名料理店のタツヤシェフがプロデュースしたっていうお菓子だ。
う~ん、箱の外からでも卵のふんわりした匂いが漂って美味しそうだ――。
よし、休憩時のお茶請けにしよう。

「……どうしたの?」
「いや、当直の朝日奈さんから冷蔵庫にプレゼントがあってさ」
「そう……。ところで苗木君。今日の仕事が終わったら時間、空いているかしら?」
「もちろん。オッケー」

霧切さんからの誘いに心躍らせていると携帯電話が震える。
メールを受信して見ると、葉隠君からだ。



【From】だべ
【Sub】 苗木っちへ

 誕生日おめでとう!
 俺からのプレゼントとして
 全快した時には俺が
 苗木っちの今年一年をタダで占ってやるべ!

 それと、ついでと言っちゃあなんだが
 先日、強運を引き寄せるっていう招き猫を手に入れたんだ。
 どうだ、苗木っち? 欲しいと思わないか?
 今なら30万円のお値打ち価格で提供するべ!


 END


「ハァ……」
「なに? 厄介事?」

ため息を吐きながら携帯電話をしまうと、霧切さんが何だか心配そうに尋ねてきた。

「いや、インフルエンザで休んでいる葉隠君からのメール」
「それにしては浮かない顔ね……」
「中味が誕生日を祝っているのか、金を集りたいのか解釈に困っているところ……」
「彼も相変わらずのようね」

まったくだよ、なんてお互い苦笑していると誰かが僕の机に何かを置いた。

「あ、おはよう十神君」
「苗木、黙って受け取れ」
「誕生日プレゼントだよね? 開けていい?」
「好きにしろ。ただし、返品は受け付けんぞ……」

そういって包装紙を剥がし、小さな箱の中身を見てみる。
すると――。

「あっ、万年筆だ……。ありがとう、十神君。大事に使うね」
「フン、礼は俺じゃなく選んだ腐川にも言っておけ……」

無愛想な口ぶりだけど指の腹で眼鏡を何度もクイックイッと上げる仕草をしている辺り、ご機嫌なようだ。


―――――

そんなこんなで今日の勤務は比較的穏やかに過ぎていった――。
途中、3時のおやつに朝日奈さんからもらったバウムクーヘンをみんなで食べて顔を綻ばせたりして。
そして本日の業務は終了となった。

「それじゃ、お先に失礼しまーす」
「お先に上がるわ」

霧切さんと一緒に十四支部を後にしたのだった――。



「それで、晩御飯は外で食べていく? それとも家の方かしら?」
「うーん……。家の方がいいかな?」
「それだったらリカーショップでワインでも買っていく? あなたが生まれた年と同じ年代物のワインを開けるのも素敵じゃない?」
「何だかすごく値が張りそうだなぁ……」
「今日は私がお金を出すから、誠君は何も気にしなくていいの」

鞄を持たない手同士を繋いで街を歩く。
風が寒いので早足となるが、お互い気にすることなく人の垣根をすり抜けるように目的地の百貨店へ到着した。
1階のフロアを歩き、エレベーターを待つ。
近くの展示パネルには催事場の案内が書かれていた。
ほどなくして、ベルの音と共にエレベーターが開かれたので乗り込む。

「あら、食材の買出しには行かないの?」
「その前にちょっと欲しいものがあるからそれを買いに、ね」

僕らしかいないエレベーターだったので、目的地の7階催事場フロアを指定したエレベーターは上昇する。

「ところで誠君……」
「なぁに、響子さん?」
「今日はあなたの誕生日なんだし、その……あなたが欲しいものを誕生日プレゼントとして贈ってもいいかしら?」
「えっ、いいよ。そこまでしなくて……」
「あら、どうして?」
「だって、僕が欲しいものって」

その先を言おうとしたと同時に目的地に到着したことを告げるベルが響く。
エレベーターの扉が開き、催事場の入り口と繋がる。


「……お茶碗だし」

"全国大陶器市祭り 開催中!"と書かれた横断幕が僕らを歓迎していた。

「……どういうことか説明してくれる?」
「いやぁー、今日の朝、洗い物をしている時についうっかり割っちゃってさぁ……」
「へぇ、そういうこと……」

響子さんのジトリと睨む瞳から逃れるようにそっぽを向いてしまう。
すると僕の手首を掴み、僕自身を引っ張るようにして響子さんは歩き出した。

「ちょっと、響子さんっ!?」
「だったら掘り出してみせようじゃない、決して割れない硬質な茶碗を」
「ねぇ、どうしてそんなにイライラしているのかなぁ……?」
「さぁ? せっかく思い出になるようなプレゼントを贈るつもりが、誰かさんのせいで台無しにされたからじゃないかしら?」

ギリギリと僕の手首を拘束する握力が強くなってくる。
た、助けて――!

僕の声無き悲鳴を周りのお客さんや店員が気づくわけもなかった。


―――――


「おかわり」
「ん、ご飯の量はどれくらいで?」
「普通に盛ってちょうだい」

響子さんから差し出された茶碗を受け取り、しゃもじで炊飯器に残っているご飯を装う。

「はい、どうぞ。……このエビチリ、響子さんの好みだったりした?」
「いいえ、可もなく不可もない味付けね……。それがどうかしたの?」
「てっきりおかわりするくらいだから美味しかったのかと思ってさ……」

ご飯を盛った茶碗を響子さんに渡して、僕もエビチリに箸を伸ばす。
うーむ、デパ地下の惣菜だから多少は美味しいと思うけど響子さんの口には合わなかったか――。

「そんな難しい顔をしないで……。あなたが作ってくれるエビチリの方が美味しいと思っただけよ」
「あっ、そうだったの」
「それに……おかわりした意味は"もっと食べたい"っていうわけじゃなかったし……」
「えっ? じゃあ、どういう目的でおかわりしたのさ?」
「……誠君にもっと茶碗をもっと見せていたかった。ここまで言えば、わかるでしょう?」

そう言われて自分の左手に持っている茶碗と響子さんが持っている茶碗を見比べる。
翡翠色に彩られた持ち手、内側には花が描かれているデザインの茶碗。
僕の方は紫色に彩るすみれ、響子さんの方は桃色に彩られた桜。

「これからは大事に使うよ……」
「そう、その言葉だけで贈った甲斐があるわ」

何せ、桐箱に入っているくらい高価な夫婦茶碗なんだからさ――。

「個人的にはマイセンにするのも悪くないと思ったけど……」
「よしてよ、そんな高価なもの。コーヒーを飲むにしても割らないように気を遣って味を堪能できないよ」
「それもそうね……。フフッ、飲み終わったらビクビク震えながら洗い物をしそう」

贈られる品としては嬉しいけど、使う方としてはメンタルが問われそうだ。
もっとも、十神君やセレスさん辺りなら躊躇なく使えそうだけど――。

「ごちそうさま」
「お粗末さまでしたっと。あ、お茶は僕が入れるよ」

そう言って立ち上がりポットの傍に置いていた急須に湯を入れる。
円を描くようにゆっくりまわしたら二つの湯飲み茶碗にほうじ茶を注ぐ。
この湯飲み茶碗も夫婦茶碗に付いていた品だ。
「はい、熱いから気をつけてね」
「ありがとう。それと、お誕生日おめでとう……」
「こちらこそ。これからもよろしくね」

いつも食後はコーヒーだったけど、これからは日本茶や紅茶になる日々が続くのかな――?
そんな風に漠然とした未来図を描いてみると、ふと気づいてしまった。

「……こうして外堀って埋められていくのかな」
「あら、なんの話?」
「い、いや、何でもないよ? こっちの話だから」

そうして内堀は針で貫かれた避妊具による既成事実とか――!
あるいは、"誠君、この書類に署名してくれない?"って渡された書面にサインしたら裏にカーボン紙が仕組まれていて、その下には婚姻届が「私がそんな小細工するとでも思う?」――って!?

「えっ、エスパー!?」
「声に出していたわよ」
「うぅ、恥ずかしいな……」

顔が赤くなっているのを自覚しながらほうじ茶を飲んで、どうやってこの状況を誤魔化そうか考えてみる。
すると響子さんは僕を見てニヤリと笑みを浮かべる。

「恥ずかしがる必要はないでしょう?」
「えっ、どうしてさ?」
「それが私の欲しい言葉だし……。いつか、あなたの口から自発的に言わせてみせるわ」

まさかのドヤ顔で宣戦布告をされたのだった。

「えっと、まぁ、その……待っていてください」
「……もちろん。でも、待たせ過ぎもダメよ、いいわね?」
「善処します……」


こうして君と明日を、未来を紡いでいけるのならば僕は――


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